キースとシウが出会って少し月日が経ち、シウが簡単な日常会話くらいならほとんど出来るようになり、
キースがシウを自分の通うテニスクラブに誘い、ふたりで仲良く一緒に通うようになった、そんな頃。

キースとシウは、キースのおばあちゃんの家の屋根裏部屋にいました。
シウの、英語の勉強のために、ふたりで、文字の少ない、絵本を読んでいたのです。

「キース、これ、本当なのかな?」
「ぼくも初めて聞いた。これ、本当なのかな?」

ふたりが読んでいた絵本のあらすじは、こうです。

昔々、あるところでとうもろこしのパンが焼かれていました。
よく見張っているように言われたのに、こどもが少し目を離したスキに、とうもろこしパンは、オーブンから
飛び出して、駆けて、逃げていってしまいます。
それから、いろんな人や動物が、そのとうもろこしパンに、なにをやっているんだい?と尋ね、逃げていく
パンを追いかけますが、その度にパンは、今まで自分が置き去りにした人や動物のことをずらずらと並べ
あげ、最後に、そいつらたちも無理だった、お前も追いつけっこないよ、と言い残し、やっぱり逃げていって
しまうのでした。
しかしとうとう、とうもろこしパンの返答に、え?聞こえない、と返した動物に、聞こえないならもっと近くで
答えてやろうと近づいたパンは、ぱくり、とあっけなく食べられてしまうのでした。

「キースは、とうもろこしパンを焼いているところを見たことがある?」
「ない。だから、これが本当かどうかはわからない」

今まで何回か食べたことのあるおばあちゃんのとうもろこしパン。
自分たちが知らないだけで、本当は、いつもおばあちゃんがつかまえてくれているのかもしれない…

「じゃあ」
「うん」

おばあちゃんにとうもろこしパンを焼いてくれと頼んでみよう!と、ふたりは本を閉じてぱたぱたと階段を
降りました。

「おばあちゃーん!」
「はいはい、どうしたの?」

居間のソファで繕いものをしていたおばあちゃんが顔を上げます。

「おばあちゃん、とうもろこしのパン、って、すぐにできる?」

おばあちゃんは、なにかを心得たという表情で、にこりと頷きました。
「できるよ」

それを聞いて、キースとシウも嬉しそうに顔を見合わせて、にっこりと笑います。
「よかった!」

おばあちゃんは、針を針山に戻しながら言いました。
「じゃ、今から作るけれど。でも」
「でも?」
「おばあちゃん、縫い物の続きをしたいから、オーブンに入れてからは、ふたりでパンを見ていてくれる?」

キースとシウの顔がぱっと輝きました。
「うん!」

「じゃあ、オーブンに入れる前にふたりを呼ぶからね。それまでまた、遊んでおいで」
おばあちゃんは、裁縫道具の入った箱と布をソファに置き、よっこらしょと立ち上がりました。

ふたりは、ラケットを持って庭に飛び出します。

「やった!ね?どうするシウ。ほんとうにとうもろこしパンが飛び出していったら!」
「そりゃもちろん、追いかける!」
シウがわくわく楽しそうな顔で笑いました。

「キース、おれたち、つかまえられるかな?」
「だいじょうぶ!なにやってるんだい?って質問して、答えたら、聞こえない、って言えばいいだけだもん!」
「そうだよな!」

それからしばらくして、家の中から、ふたりを呼ぶ声が聞こえてきました。
ふたりは、急いでキッチンまで戻ります。

「今オーブンに入れるよ。おや?ちゃんと手は洗った?」
「ま、まだ」
「なら、ちゃんと洗っておいで」
「わかった!わかったから戻ってくるまでぜったいにオーブンに入れないでね!!!」
「うん、ちゃんとふたりを待っているよ」

ばたばたと洗面所に走っていくふたりの姿がキッチンから見えなくなったとき、おばあちゃんはたまらず
ふきだしてしまいました。

さて、ふたりが戻ってくるのを待って、丸いパンの種がオーブンへと入れられました。

「じゃ、ふたりとも、よろしくね」
「うんっ!」

ふたりは、オーブンのそばまで椅子を引っぱってき、そこに腰を下ろしました。

「キース」
「ん?」
「目をはなしたときに、って書いてあったけど、いつ、目をはなせばいいんだろう?」

キースは、うーんと唸って、少し考えました。

「最後に食べられちゃうんだから、やっぱり、もうすぐ焼ける、ってときじゃない?」
「あっそうか」
「焼ける前だったら、やわらかくてぺたぺたして走れないだろうし」
「そうだな。じゃ、それまではずっと見てよう」
「うん」

ふたりは、じっと、オーブンの中のパンを見つめます。

ふくらんで、薄いキツネ色から、だんだんと濃いキツネ色へ…
ふわりとただよう、パンのいいにおい…

「…おいしそう」
「逃げても、ぜったいつかまえようね」

本を読んで、テニスの練習もして。ふたりは、おなかが空いていました。

「あっ、目をはなさないと!」
「あっ」

ふたりは、ぷいとオーブンから顔をそらしました。
居間のソファからときどき様子を見ていたおばあちゃんが、声を殺してくつくつと笑います。

パンの焼ける、香ばしいにおい。キッチンにも、居間にも、ふわふわと。

さ、そろそろかしらね、と、おばあちゃんは道具を片付けて、キッチンに向かいました。

「どう?ふたりとも。パンの焼け具合は」
「あっ!おばあちゃん!」

バツが悪そうにふたりが振り返ります。なぜなら、ふたりは今、オーブンを全然見ていなかったからです。
慌てて中を覗きこみ、

「うん!あ、もう、いいみたい!」
「うん!焼けたみたい、です!」

「そう。じゃあ、お皿に出して、いただきましょうか」

とうもろこしパンは、オーブンから飛び出すことなく、オーブンから、お皿の上に、取り出されました。

「さ、テーブルに運んで。おばあちゃん、お茶を淹れるから」
「はーい」

ふたりは、パンをテーブルに運びながら、たいそうがっかりした様子で、

「飛び出さなかったね」
「飛び出さなかったな」
「目をはなすタイミングがちょっと違ったのかも」
「もしかしたら、飛び出さないしゅるいのとうもろこしパンだったのかも」

と、ぼそぼそと言い合いました。

「また、焼いてもらおう?」
「うん」

お茶の用意が終わり、あったかい焼き立てのとうもろこしパンに、ふたりはかぶりつきます。

「おいしい」
「おいしいね」

たちまちふたりはご機嫌になり、残りのとうもろこしパンも、あっという間になくなってしまいました。

にこにこ楽しそうに笑うこどもたちを眺めながら、本当はとうもろこしパンは飛び出したりなどしないのだと
ふたりが納得するまで、私はあと何回パンを焼かされるのかしらね、と、考えて、おばあちゃんは、とても
幸せそうに微笑んだのでした。

おしまい。





後書き。キースやシウが子供のころどんな物語に触れているのか知りたいと図書館から借りてきた本にこう
いう話がありまして。ふたりがこれ本当かなあとオーブンの前でじっと待ったりがっかりしたり機嫌が直ったら
萌えるなと思って、書きました。

とうもろこしパンが実際どんなパンなのか、ごめんなさい調べてません(苦笑)
本当は作るのに時間がかかったり、焼き立てすぐは美味しくなかったりしたらごめんなさいね!(´▽`;

(13/09/17)

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