「英二、授業中切ったとこ、大丈夫だったの?」
部活が終わって、並んで着替える菊丸に不二は言った。
「ああ、あれ?
平気だよ。薄皮一枚切れただけだもん。
ちょっとひりひりするけど、大丈夫、血、出てないし」
「よかったね。ラケット握るのに支障なくて」
「うん。ほらほら不二、口だよ〜」
菊丸は、手のひらに薄く入った五ミリ強の切り傷を手を握ったり広げたりしてぱくぱくと
動かしてみせた。
「うわ…。ほんとになにか言ってるみたい」
「言ってるよ。
『オナカスイタヨ、ナンカオゴッテ!』
って」
菊丸はけらけらと笑う。

「…口くんは、ずいぶんずうずうしい子だね」
不二は苦笑して菊丸の手、傷口を口に見立てたときにちょうどおでこになるあたりを、
人差し指でちょん、と小突いた。


「なに笑ってるんだ?」
菊丸と不二が体を寄せ合ってくすくす笑いあっているのを見て、着替えの済んだ大石が二人の
側に近寄ってくる。
「英二に第二の口が出来たんで見せてもらってたとこ」
「…は?」
「おーいし。これ。
『シュウイチロウクン、ヨロシクネ!』
…仲良くしてあげてね?」
「い、痛くないのか?」
「別に痛くないよ。血が出てるわけじゃないもん。」
「でも、あんまり動かすと傷が開くぞ。
…ほら、少し切り口が赤くなってる。」
大石は、菊丸の手をとると、傷口を見た。

「大丈夫だよ。傷が割れてもあとは帰って寝るだけだし。
おーいし、放して」
菊丸が、大石の手の中の自分の手を引いたが、大石は放さなかった。
「…でも、消毒して絆創膏を貼っておいたほうが」
「いいかもね」
「不二」
「せっかく大石がそう言ってくれてるんだから、消毒してもらったら?
ばい菌入って膿んだら大変だしね。
じゃあ、僕は帰るから。お疲れ様」
いつの間にかすっかり制服に着替えて鞄を背負った不二は、バイバイ、と手を振るとにっこり
笑って部室を出て行った。

「あ…、…お、おつかれさま…」
「…………あっ不二め!奢ってって言ったから逃げたな!」
菊丸は唇を尖らせる。
「あはは…
じゃ、早く済ませて俺たちも帰ろうか」

「…うん」
いつの間にか、二人だけになっていた。


大石が、掴んだままの菊丸の手を引いて椅子に座らせる。
そして部室備え付けの救急箱を開くと、消毒薬と脱脂綿を取り出した。
脱脂綿に薬を含ませ、傷口に押し当てる。

「…………」
「痛い?」
「ううん」
「そう。よかった」
「おーいし」
「ん」
「なんで俺にこんなことすんの?」

「…なんで、って…」
「こんな小さな傷、どうってことないじゃん。
ほっといてくれていいのに」
「あ、ご、ごめん…」
「俺がすきなの?」
「……そりゃ、部の仲間だし…」
「ふーん…。そう」
「はい、終わったよ」
大石が、菊丸の手のひらに絆創膏をぺたりと貼りつけた。
「ありがと」


立ち上がった菊丸は、手のひらの絆創膏をしげしげと見つめる。
「ごめん、ちゃんと貼れてなかった?」
救急箱を仕舞っていた大石が振り返った。

「ううん…
ねえ大石」
「ん?」

「なんか、こんなことして傷口意識したら…。
急に痛くなってきちゃった。
ね、紛らわせるためになんか奢って?」
猫がするように、大石に体を摺り寄せて甘える。
「英二」

「おなかすいた」
「…仕方ないな」
「わーい!行こう!」

二人は部室の鍵を閉めると、薄暗がりの中を急ぎ足で歩いて行った。



(03/06/23)

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