「集合!」
手塚のよく通る怒鳴り声にみな練習の手を止めて駆け寄る。
…ちらりと斜め上に目をやると暖かな春の空がだんだんと濃い朱色に染まりつつあった。
もう部活終了時刻か。
「英二、行こう」
大石が俺に微笑みかけたっと小走りに走り出した。
俺も頷いて動き出す。



手塚が淡々と部の連絡事項を口から吐き出していく。
そして最後に、今年の黄金週間は五月一日が日曜日で、二十九、一、三、四、五と休みとなる
ため、間の三十日と二日も学校が休みになることになったと告げた。
うん、そだね。一日だけ出てくるのって面倒だもんね。先生も休みはまとめてのほうがいいよね。

「休みの間の部活予定は後日部室内に貼り出しておくので各自確認しておくように。以上。
解散!」
手塚の声に、入部してまだ間もない一年生達が後片付けのために蜘蛛の子を散らすように
さっと散って行った。
自分も二年前はああだったなあ、とちょっと懐かしい気持ちになる。
「どうした?なんだか嬉しそうだな」
側にいる大石が俺にそう言った。
「ん?うんちょっとね…。一年ボーズ見てたらなんか懐かしくなって…」
「ああ、そうか。そうだな…」
大石が忙しなくボールを拾い集める小さい一年達をいとおしげに眺める。
いつも浮かべている彼の優しげな笑みがいっそう深くなった。
…ああ、やっぱり大石好きだな。大好きだな。

「大石。これから職員室まで行って竜崎先生と連休中の部活について決めたいんだが…」
手塚が大石の側に来た。
「あ、うん。わかった。今行くよ。
…じゃ、英二、お疲れ様」
「おつかれ」
大石に小さく手を振ると、大石も小さく手を振ってくれた。
………俺、部長になればよかったかな…
と、こういうときばっかりは自分が管理職に向いてる向いてないを度外視して、思う。


それから二日後の部活終了間際、一年の子が大石にテニスのことで相談が、とやってきたので
その子が片付け済ますまで二人で待って、それから大石が懇切丁寧に初心者くんの質問に答えて
あげるのを、ときどき俺も話に加わりながら側で見ていた。

「大石副部長、菊丸先輩、いろいろ教えてくださってありがとうございました!」
「わからないことがあったら、また聞きにおいで。俺にわかることならいつでも教えてあげるから」
「はい!
じゃあ、お疲れ様でした!お先に失礼します!!」
一年生は、きびきびと挨拶して頭をぺこっと下げると、元気よく部室を飛び出していった。

「…初心者にわかりやすくテニスについて色々なことを教えるのなら…
乾のほうが適任だって、思うけど…
俺でよかったのかな…」
「いーんだよ。だって乾はデータ提供しないと何もしてくれないも〜ん」
わあ、俺ってばみんな帰って二人しかいないのをいいことに。
「それに、入ったばかりの一年生にはやっぱりあのイマイチ表情が読めない分厚いメガネのでっかい
先輩に質問するってのはキビシイんでないの?」
大石はメガネの辺りでふき出した。
「…あ、いや…、そんな…。
乾だって…、後輩の面倒見はいいんだから…」
大石がもごもごと歯切れ悪く言い訳めいたセリフを口にする。
ごめんね、そんなに困らせるつもりじゃあないんだ。
「知ってるよう。でーも、事実だし」
「こら」
けらけら笑う俺を、大石は苦笑して軽く小突くマネをした。
「あはは。さ、もう帰ろ?」
俺はするりとレギュラージャージを肩から落とした。

あ。
「やばやば、連休の予定、まだ見てなかった」
手に取りかけた制服の上着はひとまずそのままにして、ホワイトボードに貼られた真新しい印刷物を眺める。
「ああ、そう言えば俺もまだ見てない」
「え?だってこないだ手塚と先生んとこ行ったじゃん。あれ、これ決めるためでしょ?」
「うん。そうなんだけど。あの時はまだ雨のときの体育館使用について他の部との調整が出来てなくてさ。
別の日に手塚と竜崎先生二人で…」
んだよ、それ。だったら大石連れてくなっつの。
大石は、お前と違って人望あるから、よく後輩から相談されたりして忙しいんだからな!
「…ふぅん」
「あ…、ちゃんとメモしておかないと…」
と大石が上着の内ポケットから手帳を取り出す。

「へえ〜。全休もあるんじゃん」
「授業がないかわりにごっそり宿題出すらしいからな」
「げー!」
「だから、部活だけってわけにはいかないんだろう」
うーん、こりゃ学校来る方がマシだったか?
…ん?あれ?
「あー!大石の誕生日全休じゃん!」
「あ…。ああ、そうだな」
「へえ〜…。よかったじゃんおーいし!
誕生日のお祝いにみんなで遊びに行こっか!」
「…あー、いや、そのことなんだけど…」
「ん?なになに??」
「うん。あ、とりあえず先に出ないか?
もう、暗いし…」
「あ、うん」

がちゃりと音を立てて回した鍵を引き抜いて、大石はそれを鞄に仕舞った。
「ごめんな。遅くまで付き合ってもらって」
「いいんだよそんなのー」
俺も大石の側にくっついてたかったし。
ぽりぽりと鼻の頭に指をやる。顔赤くなってるんじゃないかな。暗くなっててよかった。
「ところでさあ。さっき言ってた事、なに?」
「うん、歩きながら…」
そう言って大石は俺の背中を押した。

「俺のうち、二十九日から一日まで、法事で親と妹が田舎に行っていないんだ」
「へえ〜。ありゃ、妹ちゃん、ガッコどーすんの??」
「母さんが休ませるって。部活あるのに面倒見るの大変でしょ?って気を遣ってくれた」
「うん。
それで?」
「で、そのかわり、留守中はできるだけ家にいて欲しいって…。最近いろいろ物騒だからね。
だから、部活以外ではあんまり外に出たくないんだ」
「うん…」

んー?だったら

「それで、その…、もし英二がその日何も用がないんだったら。
うちに来てくれないかな。
一緒に宿題したり、ご飯食べたり、したいと思ってるんだけど…。ダメかな…?」

うわあ。

「ううん!!
うん!大丈夫!っていうか今俺も大石と同じこと言おうと思ってたとこ!
俺が、大石の誕生日お祝いしたげる!」
「ありがとう。英二。嬉しいよ」
大石が、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
嬉しくて俺涙出そう。

「じゃあおーいし、その日は俺がご飯作ってあげる。
何食べたい?」
「え…。でも…」
「なに、俺が作るのやなの?
ひどいなあ、前に弁当作ってってあげたときは喜んでたじゃん」
「いや!そうじゃなくて!英二の作るものが美味しいのはよくわかってるよ。
だけど俺が誘ったのにそんなことまでさせるのは…」
「お誕生日の人は、黙って祝われてばいーの!
で、なにがいーの?
大石、串揚げ好きだったよね?やっぱそれがいい?」
「あ、いや、その、油使うものは危ないからやめてって言われてて…」
「そうなんだ」
残念。でも実はあんまり自信のないメニューだからちょうどよかったかな。
だって俺んちの家族がみんなでおなか一杯串揚げ食べようと思ったらとんでもない串の消費量じゃん?
ゴミばっか出るって、そういうわけで作ったことなかったんだ。フライなら何度もやってるんだけどさ。

「うーん…。ちょっと、考えさせてもらってもいいか?」
「いいよ」
「ごめんな。明日、言うから」
「そんなに急がなくてもいいのに」
「うん、でも早いほうがいいかと思って…」

優しいね、大石は。
「…ありがとう、大石。
あ、もうこんなとこまで来ちゃった」
「あ」
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、じゃあ、また明日」

ばいばいと手を振って俺は大石と別れた。


わー…。
大石と、大石の誕生日を二人で。わああ。
びっくりしたあ。
そう言えばなんとなく二人でだと思っちゃったけど、もし誰か他にも呼ぶつもりだったらどうしよう。
んー、でも大石の口ぶりじゃあそんな感じしなかったけど…
帰ったら電話してみようかな…。
あーでもなんだか早く食べたいもの決めろって暗に催促してると思われても嫌だし、それにそんな風に
ガツガツと二人なのかそうじゃないのか聞くっていうのもなんだか…
そういうとここだわり過ぎて大石にひかれても嫌だしなあ…
よしそれは明日聞こう。いや、大石が食べたいものを言ってきたときに聞こう。材料調達の都合があるから
とかなんとか言って。うん、そうしよう。


次の日の朝、部室を出てコートに入ったところで大石に声をかけられた。

「英二、おはよう」
「おお、大石、おはよー」
「昨日の話なんだけど…」
「あ、う、うん」
なんとなく襟を正してしまう。

「…ちらし寿司、で、いいかな?
なんだか、和食が食べたくて…」
「あ、う、うん。ちらし寿司だねっ。うん、大丈夫。
と、ところでさあ!」
「あ、うん、なに?」
「あの、な、何人分作ればいいのかなあ!?」
「え…。何人分って…
俺と英二、のぶんだけで、いいんじゃないかな…。
あっ!」
「わっ」
「ごめん!俺、言ってなかった…
あの…、俺と英二だけ、のつもりで誘ったんだ…、けど…
い、嫌だったか?」
大石が真っ赤になって目をそらす。
「ややややや、嫌じゃないからっ。全然嫌じゃないから!」
俺はぶぶぶぶぶんと、首を横に振った。

「あ、なら、よかった…
ふ、二人分、で、お願いします…」
「は、はい。
承りまし、た…」
はあ〜…。よかったあ〜…

「よかった。ありがとう。
嬉しいな、誕生日のプレゼントに英二のご飯って」
「へっ?
いや、あの…、プレゼントは別に用意するつもりなんだけど…」
「えっ。俺は作る手間をプレゼントとして受け取るつもりだったんだけど…」
「で、でも…」
「ご飯作ってくれる、っていう英二の気持ちがすごく嬉しくて、俺はもうそれだけで十分なんだ。
…そういうことにしておいてくれると、とても嬉しい」
「…え…、あ…、…う、ん。
…なんか、そーゆーのって、照れるなあ〜…」
どうして大石はそういうことをさらりと笑顔で言うかな…
顔を上げてられなくて、俺はもじもじとジャージのファスナーを弄くりまわした。


「大石」
「不二」
「あっちで手塚が君を探してたよ。行ってあげたら?」
「ああ。わかった。
じゃあな、英二。またあとで」

大石が走り去るのを見送っていた不二は、大石が手塚に声をかけたのを確認すると、くるりと
こっちを振り返った。
「二人で」
「ん〜?」
「お見合いみたいに顔赤くして、なにやってたの?」
「や…っ、別に何もしてないよう」
目敏いんだから、不二は〜…
「ふーん、そう…
ふふっ、ま、いいけど」
「そ、いーの。
あ、柔軟一緒にやってもらっていい?」
「うん。」
俺は頷いた不二の手を恭しく握った。


『お見合いみたい』、だってさ。
やー照れるなあ。
嬉しいなあ。
えへへ。

誕生日は、がんばろうっと。
ああ、早く言いたいなあ。
大石に。

『誕生日おめでとー!大石!』



(03/11/28)

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