「英二、これ。
誕生日のプレゼント」
「えっ」
「誕生日、おめでとう」
そう言って大石は菊丸の手を取り、その手のひらの上に小ぶりの紙袋を載せた。
「あ、ありがとう。
大石…」
「どういたしまして」
「開けて、みていい?」
「どうぞ」
袋の口を閉じてある熊のキャラクターのシールを破いてしまわないようにゆっくりと剥がして
手のひらの上で袋を逆さまにした。
バラバラと、絵の具のチューブのようなものが五本、落ちてくる。

「…?
大石、なに?これ」
「歯磨き粉」
「歯磨き粉?これが?」
白く、手の中にすっぽり収まるサイズのチューブを、菊丸は指先でそっとつついた。
「うん。
この前、妹の買い物に付き合わされたとき、見つけたんだ。
いろんな味があるんだよ」
「へえ〜…
あ、ほんとだ。キャラメル味だって!」
「せっかくだから、あんまり歯磨き粉っぽくない味を選んでみた。
キャラメルと、はちみつ、バニラ、あと…
パンプキンプリンと、ブルーベリー。
紙袋とシールは、妹に可愛いのを見立ててもらった」
「へえ〜…
ありがとう、大石!
さっそく使ってみるね!
うわ〜…、楽しみ〜…」
菊丸はにこにことチューブの群れに頬擦りした。
「使ったら感想聞かせてくれよな」
「んー?
大石はこの味、使ったことないの?」
「うん。
あ…、俺…
自分で試しもしないで…」
プレゼントしてごめんと、心苦しそうに僅かに眉を寄せる大石へ、菊丸はにかーと笑ってみせた。

「えっへっへ〜、じゃあさ、大石。
次の休みにでもうちに泊まりで遊びにおいでよ」
「え…?」
「朝、昼、晩、俺と一緒に歯みがきしよう。
味見してよ。
不味かったら責任とって大石も一緒に消費して?
ね?」
「英二…」
「大石込みで、俺への誕生日プレゼントってことに、してよ?」
「それでいいなら…
喜んで」
「ありがとう、大石。
ありがとう」
「俺のほうこそ、喜んでくれて、ありがとう」
「えへへ。おーいし大好き」
手が歯磨き粉で塞がっていて抱きしめられないかわりに、菊丸は大石にぴったりと寄り添って
自分の頬を相手のそれにぎゅっと押しつけた。

(04/11/28)

 


「クリスマスイブにあるクラシックコンサートの券をもらったんだけど、よかったら一緒に
行かないか?」
「クリスマスに?
うん、行く行く〜!」
「よかった。せっかくもらった券を無駄にしなくてすんだよ」
大石が、ほっと胸を撫で下ろす。

そしてコンサートの帰り道。
「大石ごめん!ほんっとごめん!俺…」
「うん、よく寝てたね」
「ごめん…!!」
お願いだから、もうお前は誘わないなんて言わないでと菊丸は念じる。
「英二」
「ごめんごめんごめん!」
「あのね」
「うん、ごめん!」
大石は立ち止まると、両手を合わせてひたすら平謝りの菊丸の手をそっと自分の手を包んで
下に下ろさせて、言った。
「前に、聞いたことがあるんだけどね」
「?」
「下手な役者の舞台って、眠れないんだって。
発声が悪いと、耳ざわりで、とてもじゃないけど眠れないんだって」
「…そう、なの?」
「らしいよ。
それでさ、英二。
音楽も一緒なんじゃ、ないかな?
英二が、あんなに気持ち良さそうに眠り込んでたってことは、その演奏がすごく、よかったって
ことじゃないのかな?」
「…そう、なのかな…」
「だから、俺は嬉しいよ?
英二を、いいコンサートに連れてこられたんだって、わかって」
「…でも…」
「英二が気持ちよく過ごせたなら、それでいいじゃないか。
少なくとも俺は、英二に気持ちよく過ごせる時間を提供できたんなら、嬉しい」
「うん…
確かに、すごく気持ちよかったけど…」
「なら、もういいだろ?」
「…いいかな…?」
「いいよ」
泣きそうに歪んでいた菊丸の顔が、柔らかく破顔した。
「ありがと、大石…」

(04/11/28)

 


「英二、ごめんね。俺、今日がお前の誕生日だってさっき不二から聞くまで知らなくて…」
「ううん、いーよ、そんなの…
…っひゃあ!うわー!寒いっ!」
初冬の部活帰り、菊丸は吹きつける冷たい風から少しでも身を守ろうと、肩をすくめて詰襟の
中に首筋を潜りこませた。
「じゃあ、これ巻いて」
大石はつけていた赤と黒の格子柄のマフラーを外すと、菊丸の首に巻いた。
ふんわりと軽くて、柔らかくあたたかいその感触に、すくめた肩に入った力がゆるゆると抜けていく。
「ふにゃ〜…、あったか〜い…
って、これじゃ大石が寒いじゃん!」
だめだよ〜と菊丸がマフラーを取ろうとする手を、大石がそっと抑えた。
「英二、今日、替えのTシャツを忘れて、学ランの下、カッターシャツ一枚だろ?」
「見てたの?
やだなあ…、恥ずかしい…」
「そりゃ、一緒に着替えてるんだから…
とにかく、俺はちゃんと着てるから、寒くない。
これは、英二が…」
ふと、大石の言葉が止まる。
「どしたの?」
「いや…
それ、似合うなあって思って…」
「そう?」
「うん…
そうだ、それ、あげるよ」
「え?」
「妹が正月に買ってきた福袋に入ってたんだけど、妹も俺もあんまり赤が似合わなくてさ。
ずっと、誰かもっとよく似合う人にプレゼントしようと思ってたんだけど、誰も思い浮かばなくて。
で、諦めて俺が使おうと思って今日下ろしたところ。
一度使ったもので申し訳ないんだけど…、貰ってくれると嬉しい。
だってそのマフラー、ほんとに英二に似合ってるんだもの」
そう言って大石は幸せそうに笑った。
「ほんとう?」
「うん、本当」
「…ありがとう。大事に、するね」
菊丸は照れて赤くなる頬を、マフラーの肌触りを楽しむふりをしてそっと隠した。

「ねえ英二。俺、知らなかった」
「…なにを?」
「英二にはそういう色がよく似合うって、こと。
俺、他にもまだ、知らないこと、たくさんあるけど、これから、英二のいろんなこと、見つけるから。
だから」
「うん」
「今年はちゃんと英二のためだけに用意したプレゼント渡せなかったけど、でも」
「うん」
「次は、期待してて、ね?」
「うん!」

(05/08/13)

 


「…っひゃあ!うわー!寒いっ!」
真冬の部活帰り、菊丸は吹きつける冷たい風から少しでも身を守ろうと、肩をすくめて柔らかいマフ
ラーの中に首筋を潜りこませた。
「英二。お前また替えのTシャツ忘れてカッターシャツ一枚だろ…」
大石が『スポーツ選手が体を冷やすなんて』、と苦笑する。
「平気だよ。マフラーあるし。
そりゃ、いきなり強い風が吹いたときはちょっと寒いけどさ。
でも、本当にあったかいんだ、これ…」
菊丸は嬉しそうに首に巻いたマフラーを撫でた。
「喜んでもらえて嬉しいよ。
だけど」
「だけど?」
「やっぱりそれだけだと少し寒いだろう?
ほら、これ」
と、大石は自分の学ランの内ポケットから使い捨てカイロを取り出す。
「英二にあげるよ。
入れておくといい」
大石は菊丸の手をとって手のひらを上に向けると、その上にぽんとカイロを載せた。
「だけどそうしちゃうと大石だって寒いじゃん。
…んー。
…じゃあ、さ」
菊丸は悪戯を思いついた子供のような目をして笑った。
「?」
「こうしよ!」
菊丸はカイロを持った右手を大石の左の手のひらの上に重ねてぎゅっと握った。
「英二」
「こうやって手を繋げば二人ともあったかいでしょ!
ねっ?」
にっこり笑う英二に、大石もにこりと小さく微笑みを返す。
「うん…
そうだな、英二の言うとおりだ。
ありがとう」
「ふふ。
俺のほうこそカイロありがとうね!大石!」

二人はゆっくりと歩き出した。

(05/08/13)

 


冬の部活帰り、暗い道を大石と二人並んで帰途につく菊丸がけほけほと軽く咳き込む。
「風邪か?」
「ううん。
昨日寒かったからうっかりストーブつけたまま寝ちゃって…
空気乾燥させちゃったから、それでちょっとノドがイガイガ…」
少し声が出にくいのか、菊丸は、んっ、んっ、と喉を鳴らした。
「じゃあ、これあげるよ」
大石は鞄のポケットから小さくて黄色い袋にひとつずつ分けて包装された飴をいくつか取り出した。
「あめ?」
「うん。喉飴。ビタミンC入りだよ。本格的に風邪ひかないようにね」
「わあありがとう。
ん… 甘酸っぱくておいしい」
菊丸が美味しいそうに舐めるのを見て、大石も『じゃあ俺も』と袋を破いて飴を口に含む。

「うん、美味しい」
「おいしいね」
二人の白い息が甘く混じりあう。
「ありがと。大石」

(05/08/13)

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