今から思えば
俺は、越前。お前の
初めての男になりたかったのかもしれない。
初めてお前を見たのは
大石が打ち損じたロブをお前が正確に籠に返した時だ。
その技術、そして自分より大柄な先輩に胸ぐらを掴まれても動じないその負けん気の強さ。
胸が騒いだ。
俺が命じたグラウンド20周を涼しい顔してこなして。
この新入部員のテニスに
興味が、湧いた。
だから、ランキング戦の対戦表に、俺は、お前の名前を記入した。
荒井とアイツが勝手に始めた試合。
なんだあの変なインパクト音は、と思ったら、どうやらアイツはガットが緩いボロボロのラケットで試合をして
いたらしい。
それでもまともな試合に出来るだけの高い技術。
それを見て俺がどれだけ興奮したか。
その興奮を隣りの大石に悟られないようにするのに、どれほどの労力を割いたか。
越前、お前は知らないだろう。
青学に入って二年以上、その間…
俺は、ずっと、テニスがしたかったんだ。
俺を、微塵も恐れない人間と。
俺を、真っ向から潰そうとする人間と。
お前がそういう相手になりうるのではないかと思った時の、あの時の俺の気持ち。
俺はきっと、一生忘れないだろう。
しかし、まだだ
急いてはいけない
よく、見極めてからでないと行動を起こすのは
俺は一度、失敗しているから。
海堂との試合を見た。
アイツのあの試合運び、試合慣れしているように、思えた。
海堂を倒したアイツの実力からして、試合慣れするほどアイツが試合した相手の実力も相当なものだろう。
乾との試合を見た。
色んなテニスを倒せるから、という事は、色んなテニスを倒してきてはいないという事で。
色んなテニスに負けてきたという意味ではたぶんないアイツの力量からして。
色んなテニスを、知らない。
という事は
彼は
たった一人の相当な実力者、としか
戦った事がないのではないだろうか?
たった一人のテニスしか
知らないのではないだろうか?
多少、苦しむ場面もあったものの、海堂と乾を歯牙にもかけぬその振る舞い。
俺にはアイツがどこか
もっと遠く、を
もっと別のところ、を
見ているような気がしてならなかった。
目の前の海堂や、乾。他の同ブロックのメンバーではなく、他の
誰かを。
俺は
俺を見てくれなくては、嫌だ。
他の誰でもない、俺を
見てくれなくては
俺に
向かってきてくれなくては。
どうすれば、アイツの目線を
俺に、向けさせる事が出来るだろう。
どうすれば
越前の初めての公式戦はダブルスだった。
彼は、ダブルスには向いていなかった。
桃城とのダブルスがうまくいかなくてよかったと思う自分がいる。
今の青学はダブルスが弱い。
越前ほどの実力のある選手がダブルスもこなせればそれは非常にありがたい事。
俺はそう思って彼がダブルスは不得手な事を残念に思わなくてはいけなかったのに。
なのに
嬉しいと思うなんて
そんな事は、いけない事だ。
それでも
彼が自分と同じシングルスプレイヤーだという事実を心底嬉しく思わずにはいられなかった。
越前の、公式戦、シングルスデビュー。
折れて砕けたラケットが彼の顔面に向かって飛んだ時の衝撃。
俺はお前というプレイヤーを生涯失う事になるのかと思ったら息も出来なかった。
ただ、黙って、立って
泣きも喚きもしないお前を見て
俺が、どれだけ安堵したか。
怪我をしている後輩に試合をさせるなんて俺はなんて部長だ。
それでも俺はコイツの力を確かめたかった。
本人はまだ続ける気だ、先生だって越前の気持ちを汲んだ。
そう言い訳して。
怪我をしてなお、相手の弱点を正確に見極める事の出来る冷静さ、見つけた弱点を正確に突ける技術。
何よりその負けん気。
相手の力量も相当なものだ。
それでもなお、怪我をしていてなお、相手を圧倒できるその力。
彼こそが、俺がずっと求めていた人間なんだと思った。
欲しいと思った。彼を。
だめだ、もう気持ちを抑えられない。
越前を俺自身で確かめたい。余すところなく全部。
俺の、肘は。
まだ完全ではない。
でも、ランキング戦の時は問題なかったじゃないか。
越前は
いつかの不二のように
激昂するだろうか。
いや、あの時よりもずっと肘の具合はいいんだ。
いいんだ。だから。
俺はもう、求めて待っているのは嫌なんだ。
手に入れたいんだ。
自分が全身全霊で向かえる相手を
自分に全身全霊で向かってくる相手を
自分のものにしたいんだ。
それに
今回の試合でもし越前が負けてしまっていたら、どうなった?
彼の中の、彼が見ている『誰か』。
その『誰か』を、今回の試合の相手が超えていたとしたら?
越前の関心は、そちらに奪われてしまうのでは?
そう考えた時、俺の中に生まれた感情は恐怖以外の何ものでもなかった。
越前
俺は、お前が、欲しい。
俺の知らない『誰か』だけを見て、他の人間には目もくれないお前。
いつも強気な態度で挑発的な笑みを浮かべて自分はその『誰か』以外には目もくれませんといったお前の、
そのお前の
その、お前と、『誰か』しかいない世界を
俺が徹底的に破壊してやる。
壊して、そこから引きずり出して
むき出しの柔らかなまっさらなお前に深く俺を刻み込んでやる
ズタズタになるまで。
深く傷つけて一生治らない傷をつけて縛りたいんだ、お前を俺に。
屈辱を与えて、そうだもういっそ憎んでくれて構わない。
お前が俺を一生見てくれるなら。
生涯かけて俺を倒したいと思ってくれるのなら。
お前が壊れてしまうほど深く、俺はお前の中に入りたい。
お前が見ている『誰か』なんて、そうやって消してしまいたい。消えてしまえ。
越前
俺が今考えている事を実行したら
お前は、壊れてしまうか?
いい、そうなるなら、なるで。
その程度のヤツなら、俺はもう要らない。
でも
越前、お前は
絶対に壊れたりなんか、しないんだろう?
でなければ
俺は始めからお前に興味なんて、抱かない。
さあ
俺と、試合をしよう
越前。
(08/04/10) |