母親から頼まれてお使いに行ったスーパー。
青果売り場の前を通ると、『今日のおすすめ品』と目立つポップのつけられた林檎の箱。
『フジ×国光』って書いてある。
二種類の林檎が二つずつ並んで箱の中に鎮座していた。
なんとなくむっときて、ちょうど最後の一箱だったそれを買って帰ってしまった。


思わず買って帰ってしまったものの、別に食べたかったわけじゃない。
国光はまだいいが、フジは特に。
ん。そうだ、これは手塚先輩に上げよう。


「母さん、明日弁当で持ってくから、これ、剥いて?」


朝練の時に昼食を共にする約束を取り付ける。
今日は暖かいし、人目にはなるべく触れたくないから、屋上で。



風もなく、うまい具合に人気もない屋上で俺と先輩は黙々と弁当を腹に収めた。
先輩が弁当箱の蓋を閉じたところで、いそいそと林檎を取り出す。
「これ、この前のマドレーヌのお礼っす」
ぎっちり剥き林檎の詰まったタッパーを開けて見せる。
今日のこれは、フジ。


「はい。あーん」
華奢なフォークに突き刺して先輩の口元へと突き出した。
「…越前。フォークを貸せ」
「やだ」
先輩はちらちら周りを窺って、誰も見てないことを確かめると、目の前の林檎を小さく齧り取った。

…あー、食べちゃった。
フジを。
可笑しくて、口元が緩む。


「………もういいだろう?」
髪の間からちらちら見える耳が赤い。
「もう一回だけ」
俺はフォークに残った林檎をばりばりと片付けると、改めてもう一切れ突き刺して差し出した。
「はい」
「…越前」
「いいから。ね?」
「…まったくお前は…」
先輩は、それでも、目を伏せて林檎に齧りついてくれた。


俺はまた残りを食べてしまうと、あとはタッパーごと先輩に押し付ける。
「あと、全部あげます」
「いいのか?まだたくさん残っているのに」
「俺は、さっきので十分すから」
「…そうか。では遠慮なく」
綺麗な顔に似合いの綺麗な指でフォークを使い、林檎を口に運び入れては咀嚼するのを俺は見ていた。
「…何を見ている」
「…先輩がたくさん食べてくれて嬉しいと思って…」
「…美味いからな。そんなことより礼を言うのはこっちだ。
ありがとう、越前」
「いーえ」

「実は家にまだあるんす。明日も持ってきていいっすか?」
手塚先輩は小さく頷いた。




「はい。あーん」
「…そういうことは、もう、昨日だけでいいだろう」
「…今日でお終いにしますから」
「…本当だな?」
「うん」

先輩は、フォークを摘んだ俺の手を自分の手で引き寄せると、林檎に齧りついた。
俺の手を握ったまま口を動かし、小さく喉を鳴らして飲み込む様を、俺はじっと見た。
…やっぱ、こういうのを共食いって言うのかなあ。

にしても、先輩、なに調子のってんのさ。
この人のこういうとこ、ほんと面白い。


「…なんだか、昨日のとは味が違うようだが…」
「へえ、そうすか?確かに品種は違うけど…」
先輩の齧った残りの林檎を食べてみる。うん、味違うみたい。
「そうすかって…、お前…」
「だって、味見したら先輩にあげる分が減るじゃん」
「………」
先輩は黙って下を向いてしまった。


「…すまない」
「いーんすよ、先輩はそんなこと気にしないで」
ほんとにね。

「はい、これも全部先輩にあげます」
「さすがにそれはお前に申し訳ない。分けて食べよう。
せっかく頂いた物をつき返すみたいで気がひけるが…、やはり美味い物は一人で食べるより
二人で食べたほうがいいだろうし…」
先輩は下を向いたままぼそぼそと言った。


「そうすか?じゃ俺も食べよっと」
国光を。


俺は、国光サンの前で国光を食べているのがなんとなく可笑しくて笑った。
先輩も小さく笑うと、タッパーの中の林檎を摘み上げた。





(03/01/27)

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