入ってくる風が冷たい。左手を上げて、俺は窓を閉めた。
……。
越前が、アメリカに行ってしまった。
全国大会が終わってすぐ、行きますと俺にだけ告げて、アメリカに。
強い相手を求めてもっと広い世界に行きたい、その気持ちは理解できた。
だから、どこにいてもお前がテニスを続ける限り、そして強く在り続ける限り、お前は青学の柱だ、と言って、
俺はアイツを送り出した。引き止めなかった。
俺は、夏休みが終わったら、ドイツに行こうと考えていた。プロになる為に。
しかし、越前がアメリカに行ってしまった。
先を越された、と、思った。
越前が旅立ったことを部員たちに告げると、皆一様に顔を曇らせた。
当たり前だ、上級生は越前を可愛がり、同級生は越前を慕っていた。皆、越前が好きだった。
そして…
そして、来年度の大幅な戦力ダウン。
三年生は卒業し、越前もいない。海堂や桃城のプレッシャーはどれほどのものか。
だから、まだ、行けないと思った。俺は。
下級生たちを鍛えなおし、来年も地区予選、都大会、関東大会、そして全国を戦えるようになったと、俺が、
下級生たちが、実感するまで。
俺はここを離れるべきではないと思った。
越前は…
越前は、俺がドイツに行くつもりだと知っていたら、部に残っただろうか。
「…残らないだろうな」
そんなことを気にするようなタイプではないだろう。どこまでも自分勝手に自分の強さを追い求めて行く。
そういうヤツだからこそ、俺はアイツが好きなのだし。
特に目を通すわけでもなく机の上に広げていた教科書を閉じ、ベッドにごろりと寝転がった。
時計を見る。
あと数時間で、誕生日だ。俺の。俺はひとつ、年を取るのだ。
後れを取っているだろうか、俺は、越前に。
まさか。俺のドイツ行きが数ヶ月遅れたところで、アイツが先にアメリカに行ったところで、そんなことくらいで、
「アイツが俺に追いつけるわけない」
追いつかせてたまるか。いつだって挑戦は手酷くはねつけてやる。いつだってこっぴどく叩き潰してやる。
俺は…
俺はお前が捨てた青学テニス部を、お前なしでも、強くする。
俺はそれをやる。
それをやってなお、俺はお前より強いんだと、お前は俺に勝てないんだと見せつけてやる。俺は。お前に。
そうだ。
真田との試合で痛めた腕。この腕を、もう一度、今度はどんな長時間の試合でも耐えられるように、きちんと
鍛えなおして。まだ、日本にいる間に。ドイツに行く前に。俺の腕をよく知っている医師のもとで。
部の二年、一年を、もう一度一から鍛えなおして。卒業まで、自分の体にも、俺のテニス部にも、出来る限りの
ことをしてやって。
そして後顧の憂いなく、俺はドイツに旅立つ。
そうだ、気がかりなことは、全て解消するべきだ。日本に気がかりを残したままでは、きっと、ドイツに行っても、
練習に打ちこめないだろう。
だから、俺は、ドイツには行かない。今はまだ、行かない。
越前が俺より先にアメリカに行っても。俺が十五になっても。
そういえば全国後から合宿までの手塚って考えてなかったなと思って。『旅立ち』と一部続いてます。出来ればそちらもご覧下さい。 131007
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