学校間の垣根をなくして、自分の学校からでも他所の学校からでも好きな人間を引っ張ってきてチームを
作って、でそのチームが集まって試合をする、そんな大会の開催が決定したらしい。
部活終了後、人気のない職員室に呼び出された俺は、先生と部長からそんな話を聞かされた。
そして二人は俺にそのチームのリーダーをやれとしきりに勧めてきた。
「嫌ですよそんなめんどくさい事」
「リョーマ、めったに会えない他所の学校の強い選手と一緒に練習できるチャンスじゃないか。
この話、断ったらもったいないぞ?」
「…でも〜…」
いつも自分一人で自分のやりたいようにやってきた俺に、リーダーなんて人をまとめる役目が務まるとは
とてもじゃないけど思えない。
でも、強い選手のプレイを間近で見られる機会を手放すのも、惜しいと言えば惜しい。
(どうしようかな…)
「越前、俺は、お前は立派にリーダーの役割を果たせると思っている。
だからこんな話をお前にしているのだし」
「嘘でしょ?
部長の方が向いてますよ少なくとも俺よりは」
「お前がリーダーをやると言うなら、俺は俺の持てる力全てでお前を支えたいと思う」
「人の話聞いて下さいよ」
「心配しなくても、俺がチーム員としていつでもお前を助けるから」
「部長、なんで俺がリーダーやる事、俺がアンタを誘う事を前提でハナシすんですか」
「よかったじゃないか、リョーマ。
手塚が一緒なら何も不安はないね」
不安しかありませんよ先生。
つーかなんであからさまに部長の味方なんですか。アンタ何か弱みでも握られてんですか。
俺は気がついた。先生の抱える事情がどうであれ、この二人、俺の意思などどうでもいいのだ。
この二人の中では俺がチームリーダーをやる事、そして部長の中では俺が部長を俺のチームに入れることは
既に決定済みなのだ。そしてそれを絶対に変更する気などないのだ。
抵抗するだけ時間の無駄だと思った。
それなら、さっさと気分を切り替えて他校の強い選手と共に練習できるこの機会を存分に楽しむ事を考えた
方がずっといい。
「…わかりました。
…じゃあ、やります」
「そうか。じゃあリョーマ、手塚と一緒にしっかり頑張るんだよ!」
先生はそう駄目を押すとさっさと帰ってしまった。
夕日が射しこんで何もかもが暖かみのある黄金色に輝く無駄にムーディーな職員室に俺と部長二人取り
残される。
「竜崎先生…。
気を利かせて下さったのだな…」
「さようなら」
「リョーマさ〜ん、手塚さんからお電話よ〜」
光の速さで学校から逃げ帰って自室のベッドでごろごろしていたら部長から電話がかかってきた。
(めんどくさい…)
おそらくこういうところだけは無駄に気の回る部長はまず俺が在宅しているか訪ねているだろうし、菜々子
さんは在宅していると答えているだろう。
居留守は出来ない状況にとっくになっているに違いない。
「…ハイ」
「越前か。先ほどはすまなかった。
まさか、お前があんなに恥ずかしがるとは」
がちゃん
りりりりん りりりりん りりりりん
「…ハイ」
「越前、恥ずかしがる気持ちもわからなくはないが…
でも大丈夫。俺は、こういう事は互いの気持ちを確かめあいながら進める事が大事だとちゃんとわかっ」
「用はなんですか」
「あ、いや、俺が俺とお前の関係を進展させるのを急ぎすぎてお前を驚かせてしまった事への詫びと」
「ひぃ!」
「しゃっくりか?大丈夫か?」
「…はい…」
「ならよかった。
えぇと、詫びと、それから新しいチームの事で」
「部長には俺がチームのプランを考えてから改めてご連絡差し上げます」
「そうか。じゃあ、待っている………」
「じゃそういう事で」
俺は電話を切った。
はー…
でっかいため息が出た。
チームは、ダブルスひとつにシングルスふたつ。
オーダーを考えるのが面倒なので、人数は必要最低限だけにしとこう。
となると、四人。
自分は試合に出ずにリーダー役に徹しても構わないそうだけど、俺は試合に出たいので、じゃああと
集めなきゃいけないのは三人。
…誰にしようかな…
強いプレイヤーばかりに声をかけてもいいけど…
でもそういう人達ばかりってまとまり悪そうだし…
強さより自分が一緒にいて楽かどうかで選ぶ人と、強さで選ぶ人を混ぜよう。
あんまり自分のチームに戦力が偏っても、大会がつまんないしね。
…じゃあ。
やっぱり一緒にいて楽な人は、桃先輩だよね。
強い人…。部長に勝った跡部さんが気になる…
部長は…
一応、声、かけるか…
なんだかんだ言って、プレイヤーとしてのあの人のことは買ってるんだし。
こうして俺のリーダーとしての日々が始まったのです。
チーム越前活動日誌
○月□日
桃先輩を誘いに行った。先輩は快く引き受けてくれた。よかった。
○月□日
桃先輩と二人で練習していたら不動峰の橘妹さんが、『桃城君もいるなら私も入れて』とやってきた。
もう彼女気取りか強いチームを作るのが目的なのでメンバーもそこそこ強くないと困る。というわけで丁重に
お断りした。
○月□日
氷帝の跡部さんを誘いに行く。そう言えば桃先輩は以前この人と揉めたんだっけ…??
でも桃先輩はそういう事をチームに持ち込むタイプじゃないし、そこらへんは気にしなくていいと思う。
あ、無事に跡部さんをメンバーに加える事ができた。
○月□日
仕方がないので部長に声をかけに行く。
ここでこっちを焦らすようなバカな真似に出るのなら即メンバーに加える事はやめようと思っていたが、『俺で
よければ』とずいぶん謙虚だった。
少し意外。
実は俺の前に菊丸先輩が部長に声をかけたらしいんだけど、『リーダーのくせに実力が足りない。そんな
ヤツにはついていけない』って結構キツイ事言われて断られたらしいんだよね。ぼやいてるの、聞いちゃった。
だから、意外。
まあなんにしてもこれでメンバー四人揃ったわけだし、明日から、いや、今この瞬間から気を引き締めなおして
大会優勝に向けて頑張ろうと思う。
○月□日
今日の休みはメンバー全員揃ったって事で、まずミーティング。
全員から、今度俺の練習にも付き合えと言われた…
俺体ひとつしかないし、無理です。
○月□日
古傷が悪化したとの事で、部長が療養の為九州に旅立ちました。
…
「越前…。本当にすまない。
本当に…、申し訳ない………」
練習が始まる前、えらく沈痛な面持ちの部長から九州行きの事を告げられた。
「仕方ないっすよ。こういう事は。
無理してもっとひどくなったら困りますし。早く気がついてよかったですよ」
「…俺は、チーム員として、必ずお前の力になると約束したのに…」
「それ部長が一方的に言ってただけっすから気にしてくれなくていいですよ」
「…この償いは、俺のから」
「さっさと九州に行って下さい」
頼むから、ジャージのズボンに手をかけるの、やめて。
なんか変な物体見えそうだから。
「わ、わかった…
そうだな、急ぎすぎては、いけないな…」
部長はもぞもぞと下ろしかけたジャージのズボンを整えた。
俺としてはむしろ急いで欲しい。急いで九州に旅立つ方向で急いで欲しい。ものすごく。
「…離れていても、俺の心は、いつも、お前と共にある…」
いや、ないから。
「…いつも、お前の幸せだけを、祈っている…」
少しは自分の体の事を心配した方がええんじゃなかろか。
「毎日電話するからな」
「それはちょっと…」
「そうだな、お前は今俺がいない中たった一人でリーダーという大役を果たさねばいけないのだったな」
桃先輩も、跡部さんもいますけど。
「責任ある立場だ、忙しいだろう…
わかった。俺の声が聞けなくてお前も辛いだろうが」
辛くない。
「…でも、我慢する。
俺と話せない時間、しっかり体を休めて、疲れを溜めないようにするんだぞ?」
言われなくても寝るし。
「そうだ、寂しさが少しでも紛れるよう、俺の写真をお前にやろう」
いっ、いらない…!!
「あ…、いや…
写真なら…
部員全員で撮った集合写真がありますから…」
「あんなに小さく写っているだけなのに、お前はそれで十分だと言うのか…?
なんて奥ゆかしいんだ…!!」
感動したのかな、勝手に。
目を潤ませながらわなわなと震えている。
「越前…!お前は、俺の事をそんなに」
「おーい!!
リーダー、何やってんだよ。
いつまで俺を待たせる気だ。あぁん?」
「すいません、今行きます。
じゃ、部長、道中お気をつけて」
助かりました。ありがとう跡部様!
…
さあ、いつ帰って来られるかわからないし、新しいメンバー、誰を誘うか考えとかないと…
○月□日
いろいろと迷った末、不二先輩に声をかける事にした。せっかく他の学校の選手と交流できるいい機会だった
けど、この人と跡部さんのダブルス、ちょっと見てみたくなって。
大会の事が決まってからだいぶ時間が経っていたので、もしかしたらもう他のチームに入ってるかもと思った
けど、大丈夫だった。無事メンバーにする事ができた。よかった。
○月□日
新しいメンバーが決まったところで再びミーティング。
また全員から今度俺の練習にも付き合えと言われた…
だから俺の体はひとつだけだし、無理だってば。
○月□日
…
今日で、折り返し点だ。
その事実を確認し、気を引き締めようと、俺はメンバー全員を集めて口を開いた。
「大会まで、まだ先は長いけど…」
とここまで言ってふいに天地がひっくり返るような目眩に襲われた。
(え…っ!??)
奇妙な浮遊感と、自分の体なのに自分の意思がまるきり通っていないような変な感覚。
(なにこれ…!)
突然俺の意思に反して口が開き勝手に言葉が飛び出た。
「油断せずに行こう…
ってね…」
(俺、何言って…)
ふっと体の感覚が戻る。
「…えっ、俺、今、なんて言いました???」
「おいおい、越前大丈夫かぁ?」
桃先輩が、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「お前、今、『油断せずに行こう』って手塚みたいなこと言ってたぜ?」
「えぇ…っ??」
「自分で言った事、わかんねえのかよ?」
「わ、わかんない…」
「ふふ、手塚が『越前が俺の事を忘れないように』って、念でも飛ばして言わせたんじゃないの?」
「えぇ…っ!」
「なるほど…。手塚ならありえる…」
納得しないで下さい。
「そ、そんな事あるわけない…」
「じゃあ越前、キミ、好き好んで手塚のモノマネしたわけ?」
不二先輩の細っこい目が、悪戯っぽく輝く。
「…う…」
俺はらしくなく返答に詰まって、で不二先輩はそれを見逃すタイプではなかった。
「手塚、君の事、本当に愛してるんだねぇ〜…」
「そんな事はどうでもいいっす!!!」
「越前、照れなくてもいいじゃない」
「照れてないっす!!!
ほら、くだらない話はそこまでにして、練習始めますよ!!
今日でちょうど大会までの折り返し点っす!!
残り半分、気を引き締めていきましょう!よろしくお願いします!!」
「…まあ、あんまりからかうのも可哀相だしね…」
そう言って不二先輩が踵を返したのを見て、他の二人もそれぞれ自分の練習をするべく離れて行った。
…
厄日だ…
○月□日
帰りのバス停まで桃先輩と競争した。
…
「負けた方が奢りな!」と笑って走り出す桃先輩。こりゃ負けらんないね!
フツーにグラウンドを走ったら、脚の長さの関係で俺はまだ少し先輩より遅いんだけど、通行人を始めとする
障害物の多い街路では小回りのきく俺の方が有利だよって事でなんとか負けずにすんだ。
でも、先輩は優しいから途中から手を抜いてくれてたのかもしれない。
○月□日
…
「練習の最後にグラウンド10周!!
…いっぺん言ってみたかったんだよね」
言ってみたくなどない。
「おーすげー、越前、お前今の部長そっくりだったなあ!」
桃先輩、喜ばないでお願い。
「なんだ、また手塚の生霊が飛んできたのか?」
「…なるほど、僕は念だと思ってたけど、そういう解釈もありだね」
…どっちも嫌です…
○月□日
毎日まじめに練習してる甲斐あって、チームの仕上がりは自分でも上々だと思う。
実力の面でも、チームワークの面でも。
これなら大会は何も心配せずにすみそうだ。
○月□日
練習で少し遅くなった帰り道、夜の公園で桃先輩とぶつかった。
先輩はなんだかひどく急いでいるみたいで、俺には目もくれずに走っていってしまった。
どうしたんだろ…
○月□日
練習試合をした。ダブルス3-0、シングルス3-0で危なげなく勝利。嬉しい。
ダブルスの試合で、最後跡部さんが相手チームで桑原さんと組んでた樺地さんにボールをぶつけてたけど、
やっぱり自分以外の誰かにくっついてたのがムカついたんだろうか。
○月□日
練習後、桃先輩が夜の公園から急いで立ち去っていたことに関する話題になった。
…
「夜の公園で?俺が?気のせいじゃないのか?」
とぼけてる…。何か言えない理由でもあるの桃先輩。
「そう言えば、あそこ、出るって噂だよね、ふふ…」
桃先輩の顔から目に見えて血の気が引いた。
「そんなのにびびってんすか桃先輩」
「いや…俺は別に…」
「桃城が怖がるのも仕方ないんじゃねえの?
なんせ二回もそれっぽい現象を目の前で見せられてるんだから」
そう言って跡部さんはくつくつと笑う。
そんなことどうでもいいじゃん…!!
俺はそれには答えてやらずに言った。
「確かめに行きましょうよ。桃先輩が何を見たのか」
流してやる。部長の話題なんて流してやる。
「怖いから嫌なんて、言いませんよね?」
何でもいいから今すぐ話題変えたいんだよ!!!という俺の気迫に押されたのか、桃先輩はひきつり笑いで
頷いた。
…ごめんね。桃先輩。
でも俺がついてるから大丈夫っすよ!
…
結局、桃先輩が幽霊だと勘違いしたのは、公園で自主連に励む大石先輩の姿だったと判明した。
さて霊なんていないことになると、あのモノマネは俺が俺の意思でやったことになってしまうので、でもそう
なるのは絶対に嫌なので、そのことに触れられる前に、大石先輩だってわかってよかったですねめでたし
めでたしな雰囲気が濃厚なうちに俺は速やかにその場から去った。
疲れた…
○月□日
各メンバーの弱い部分が概ね克服されたので、大会も迫ってきたことだしここらで練習内容を実践的な技の
習得に切り替えようと思う。
○月□日
メンバーで遊びに行った帰り道に入ったファーストフード店で、桃先輩から『ご苦労さん、いいチームになってる
と思う』と労いの言葉をかけられた。嬉しい。
○月□日
明日は大会だ。できるだけの事はやった。あとは自分とメンバーを信じて。
あ、そう言えば部長は結局戻ってこなかったな…
○月□日
大会は、俺たちチーム越前の優勝で幕を閉じた!
勝てた事もすごく嬉しいけど、何よりいい経験になったと思う。
頑張って、よかった!
…
大会会場でメンバーと別れたあと、俺はひとり会場に残ってこれまでの事をぼんやりと思い出していた。
「越前」
「桃先輩…」
「まだ、ここにいたのか」
「うん。いろいろ思い出しちゃって…」
「そっか。そうだよなー…
いろいろあったもんな…
でも越前、俺、お前とチーム組んでやれて、すっげ楽しかったぜ!」
「桃先輩…」
「誘ってくれて、ありがとな!」
「俺のほうこそ…。入ってくれて、一緒にやってくれて…
嬉しかったっすよ」
「へへ。
また、お前と組んで、一緒に何かしたい。
…しような?」
桃先輩………
「はい…!俺もまた、桃先輩と、一緒に何かやりたいっす…!」
俺の返事に、桃先輩は心の底から嬉しそうに笑ってくれた。
あの時、先生と部長の言う事聞いて頑張ってよかった…!!
先生ありがとう!
部長ありがとう!!
俺、桃先輩と幸せになります!!!
アタシのせいじゃないよ。戻ってこない手塚がいけないんだよ(笑)
(04/11/11)
|