二月の始め。
夕食が出来上がるまでの僅かな時間、居間でニュースを見ていると、バレンタインデーの話題が出ていた。
最近は、女性から男性にだけではなく、自分への褒美として買ったり、友人同士でプレゼントしあったりする
らしい。
そうか。
「あれ、手塚?」
「不二?こんなに早くどうしたんだ」
「僕のクラス、六時間目自習だったんだよ。課題はもう済んじゃったからさっさとこっち来ようと思ってさ。
一組も自習だったの?」
「ああ、そうだ。
…ところで、菊丸はどうしたんだ?」
「英二?英二は掃除とーばん」
「そうか」
「でもよかった。手塚もいて。せっかくだから、二人で打とうよ」
「そうだな」
「先行ってて。すぐ着替えて僕も行く」
「ああ」
かた。
「ん?手塚、なんか落とした?」
「あ、いや…、なんでもな」
「あ!チョコ?」
慌ててしゃがみこんだが間に合わず、不二に見つかってしまった。
黙って立ち上がり、そっとロッカーの中へ手にした小ぶりの箱を戻す。
「珍しいね、手塚が受け取るなんて。そういうの、面倒だって言ってたじゃない。
だから、生徒会長になったときすぐに『生徒間での物品のやりとり禁止』なんて規則作ったくせに」
「………………」
「十月頭から施行されて。あのときは可哀相だったね、キミのために誕生日プレゼント用意してた子達。
………いったい誰が、そんなキミに規則破らせたのか、興味あるな〜」
不二が、にやにやと意地悪く笑う。
「…貰った物じゃない」
「貰った物じゃない?じゃ、キミが誰かにあげるの?まさか、自分で食べるため、なんて言わないよねえ?」
「………………」
「黙んないでよ…。苛めてるみたいで気分悪いから。
で、どっち?あげるんでしょ?」
「………………ああ」
「お堅いキミが、自分で作った規則破るなんてね…。こりゃ、タイヘン」
「………………」
「どうせ、誰も守ってないからいいと思ったんでしょ〜。
そりゃそうだよね。
あげる側にも受け取る側にも不満がなければ誰も規則違反だなんて騒ぎ立てたりしないし。
作ったキミだけだったよね、あんな悪法律儀に守ってたの。
あんなあってないような形だけの規則、知ってるの、施行されたときを知ってる今の二、三年か、キミに何か
渡そうとして規則を理由に冷たく断られた憐れな女の子達くらいだよ…
ね、彼はきっとそんなこと知らないだろうから、いいと思った?」
「………………」
「だから黙らないでってば。
そんなに、越前にあげたいの?」
「………………」
「否定…、しないんだ?」
「!」
「そんなに慌てなくたっていいじゃない。
…き、キミが越前にご執心なのは、傍から見ててよっくわかるから…!」
不二は、可笑しくて仕方ないと言うように体を震わせてくつくつとくぐもった笑い声を立てた。
「……不二」
「言っちゃおうかな、越前に」
「不二」
「だって、そのほうが越前も感じ入ってくれるんじゃない?
あの手塚が、規則破ってまで自分にチョコレートくれたなんてさ。
他の女の子からの好意は容赦なく跳ねつけてるあの手塚がって」
「…そうか…?」
「ちょっとなに嬉しそうにしてんのさ!つまんない、やーめた!
キミが幸せになっても僕にはなんの得もないし、やっぱり言わない!」
「…………………」
「勝手にガッカリしてれば?でも、おかげでキミも少しは人の痛みがわかってよかったじゃない」
「………」
「さ、僕も帰りにタカさんと英二にチョコあ〜げよっと」
「不二、やっぱり」
「やっぱり守ってないって言いたいわけ?当たり前でしょそんなの…
でも、それ言い訳にしないでよね。作った人間が守らないなんてどういう神経してんの?
キミが、自分の都合だけで、自分勝手に規則作ったんだからね?自業自得だよ」
「…………………」
「…ごめん。ちょっと苛め過ぎたね。
せっかくキミが愛に目覚めてそして自分の過去の過ちに気づくことができたんだもんね。
ごめん」
「不」
「ついでに、キミに気を遣っていまだにはっきり無くせないこの規則、無くすように今の会長に言って
あげたら?きっと、みーんな、喜ぶよ?」
不二は、『みーんな』のところだけやたら強調して言った。
「……そう、しよう」
「そう。
え、もうこんな時間?早く着替えなきゃ…」
「あ、ああ、そうだな」
「あ、僕は可愛い人にしかチョコあげないから。
キミは可愛くないから、あげないよ?」
「…別に欲しくはない」
「そーゆーとこが可愛くないの…
…ま、キミがうまくいくこと、それなりに祈っててあげるよ」
と言って不二は僅かに口元を綻ばせた。
(03/04/01)
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