十月最後の早朝。左助はぱちりと目を開けた。
顔に触れる空気がひんやりと冷たい。あたたかい布団の中が気持ちいい。ここから出たくない。
『弦一郎は、外国のことには疎いから』
けれど、昨夜床につく前に小耳に挟んだ父の声。思い出し、左助はえいやと布団を跳ねのけた。
からかいがいのある大好きな叔父が、ハロウィンをよく知らないのだという。
こんな心が浮き立つことがあるだろうか。
「ゲンイチロー!」
「む、なんだ、こんな朝早くに」
左助が部屋に飛びこむと、ちょうど道着に着替え終わった真田がぴしりと襟を整えているところだった。
「トリックオアトリート!お菓子くれきゃ僕はゲンイチローにイタズラしちゃうよ!」
「は?な、なんだ?と、鳥…?」
「ちがうよ!鳥じゃないよトリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラするんだからね!」
「お、お前がなにを言っているのかよくわからないが…
目上の人間を恫喝して菓子を手に入れようなどとは不届き千万!こい!悪戯なぞ返り討ちにしてくれるわ!」
と真田は、もし左助が自分に向かってきてもすぐさま払いのけてやろうと、両手を前に出して身構えた。
「ちがうし!そういうのじゃないし!」
「む?では、なんだというのだ?」
「ふん!もう、いいもん!」
たたたたた、と、左助が真田の部屋から出て行く。
「あっ、さす」
け、と突き出した、真田の右手が宙をさまよう。
甥の言っていることが全く理解できない。
真田はどうしようか、追うべきか、と少し考えたが、おそらくただ困らせてからかいたかっただけだろう、と、
強いて自分を納得させ、竹刀を手に道場へ向かった。
隠れて様子を窺っていた左助が、真田の出て行った部屋に戻る。
「ゲンイチロー、ほんとにハロウィン知らなかったんだ…」
弦一郎は外国のことには人一倍疎いから、クリスマスやバレンタインくらい普及している行事じゃないとわから
ないのだ、と、母と話していた父の言葉は本当だった。
「どんなイタズラしようかな…」
真田の部屋の中をきょろきょろと見渡す。
お菓子くれないゲンイチローが悪いんだからね、左助の目が、きらきらと輝いた。
立海大付属中の昼休み。柳生と真田が教室で一緒に昼食を摂り始めようとしたとき。
廊下から白髪頭がひょこひょこと入ってくるのが見えたので、柳生は弁当箱の蓋を閉じ箸を置き立ち上がって
それに足早に近づいた。
「なんの用ですか仁王くん」
「柳生!トリックオアトリート!お菓子は要らないからイタズラさせて!」
「つまらないことを言ってないで早く教室に戻ってあなたも昼食を摂りなさい」
「じゃあ、お菓子ちょうだいよ」
「持ってません」
「持ってるよ」
「持ってませんよ」
「持ってるよ、そこに」
と、仁王は柳生の胸元を指でさした。
「え?」
上着の、胸ポケット、に、なにかが入っているようなふくらみはない。
柳生は内ポケットの中を探った。
「あ」
「入ってるじゃろ?」
仁王が目を細めてキツネのように笑う。
柳生は、上着の内側から取り出した手を広げた。
「チョコレート…?」
ピロ包装にくるまれた、秋口になると店頭に並ぶ口どけのよさが売りの銘柄。
指先に触れた感触が少し柔らかかった。体温で溶けてしまったのか。
「え、でも、どうして」
「俺が昨日入れておいた」
「あなたが?」
「おう」
「なぜ」
「今日、柳生からいただくために」
「いただくもなにも、これは、あなたのでしょう?」
「そうだけど」
「なら、これはあなたにお返しします」
「おう」
柳生は仁王の手の上にチョコレートを載せた。
「あ、ダメです、やっぱり。お返しできません溶けてしまいました。同じものを新しく買い直して」
「バカだなあ柳生は」
もう一度つまみあげようとする柳生の指先をかわしながら仁王は広げた手のひらを握り、その手をさっと自分の
胸元までひく。
「お前の体温でとろけたチョコレートを舐めしゃぶりたいからわざわざこんなことをしているんじゃないか」
「はあ!?」
「ハロウィンなのに、どうせお前は俺に美味しいお菓子もくれなきゃ楽しいイタズラもさせてくれないんだろう?
なら、こうすることくらいしか俺に楽しみはないじゃないか」
「なっ、ちょっ、返してください!」
「返すもなにも俺のだし。じゃあ柳生!ありがとな!」
はははと笑ってすたこらと出て行こうとする仁王の白いしっぽに柳生が手を伸ばしたそのとき、背後で真田が
激しくむせ返り咳きこむのが聞こえ、仁王と柳生はぎょっとして振り返った。
「真田くん!?どうしました!?」
今しがたまで仁王を追っていた柳生が身を翻し真田に駆け寄る。それが仁王には大変つまらなく同時にとても
好ましかった。仁王も柳生を追い真田のところに行く。
真田は胸を押さえながら慌しくペットボトルの蓋を開け、茶を口の中に流しこんだ。
また少しむせて、真田の口元が濡れる。
「大丈夫ですか?」
柳生がハンカチを差し出すのを真田は手で制止し、自分のポケットティッシュを上着から取り出す。
「なんでもない、握り飯に、唐辛子が入っていただけだ」
ティッシュで顔を拭いながら真田が言う。
真田くんそれはなんでもないことではないです、と柳生は口に出しかけて、はっと気がついた。
そういえば授業中、なにやら背中を丸めて忙しなくちまちまとペンをいじったり、ルーズリーフを外して机の上に
広げていたのは、もしかして…?
文房具のみならず弁当にまで細工が出来るとなると、犯人はあの、一緒に住んでいる…?
そんなことを柳生が考えている間に、どうやら真田はまた更なる災難に見舞われたようである。
「む…? このちり紙はおかしいな… すぐにボロボロになるぞ…?」
「粗悪品かのう?口の周りに紙クズがついとるぞ、トイレ行って洗ってきたらどうじゃ」
「そうか?では、ちょっと行ってくる」
真田の姿が教室から消えた途端仁王が口火を切った。
「トイレットペーパーだったなあれ。これ真田の甥っ子のイタズラじゃろ?おもしろいから黙っていようぜ」
返答しないで柳生は仁王の手首を強く掴んだ。
「駄目に決まってるでしょうそんなの。それとチョコレートを返してください」
「ああそれならさっき口の中に入れてしもうた」
仁王がべえと茶色くなった舌を見せる。鼻先でふわりとチョコレートの香りがして柳生は眉をひそめた。
「柳生がどうしても言うというなら俺の知ってるお前の秘密のうちのひとつをバラすぞ」
「勝手になさい」
興味なさげに柳生は掴んだ手首を離す。
「ほんと柳生は俺にとって憎いあんちきしょうだわー」
「意味がわかりませんね」
「俺も真田の話聞きたいし、弁当取ってくるぜよ」
そう言ってひょいと仁王は姿を消した。
弁当を手にした仁王が昼休み教室の外に出る人間から椅子を拝借する。それを柳生の隣りに持ってきて腰を
落ち着けたとき、きれいな顔になって真田も戻ってきた。
「待っていてくれたのか、すまないな、柳生、…む?仁王もここで昼を?」
「俺もお前が今日どうしてこういうことになってるか知りたいし」
「真田くん、あなた今日、左助くんからお菓子くれなきゃイタズラするぞと言われませんでしたか?」
「どうして、わかるのだ?」
「そりゃ、弁当のおにぎりに唐辛子を入れられていれば…、今日はハロウィンですし、だいたいの察しは」
「はろうぃん?」
「はい。あ、その前に…」
残っているふたつにも入っているかもしれないから割って調べてみろと柳生は言う。
真田がおにぎりを割ってみると、危惧された通り、本来梅干が入っていたと思しき真ん中の丸い空洞の中に、
七味唐辛子がどっさり詰めこまれていた。
「あー…」
誰からともなくうめきが零れる。三人は箸先で、四つになったおにぎりの中から唐辛子をこそげ取った。
「すまないな」
「困ったときはお互い様ですから」
「プリッ」
真田のおにぎりが全て問題なく食べられる状態になり、遅い昼食が始まる。
食べながら、柳生は真田にハロウィンについてかいつまんで説明した。
「そうか…、だから左助は、あんなことを…」
「あんな?唐辛子以外にもまだなにかあったのか?」
真田が少し恥ずかしそうにぽつぽつと話し出す。
出かけるとき、靴をはいたらゴキブリが入っていてそれを中で踏み潰してしまったのではと冷汗をかいたのだが
よく見たらオモチャだったり。
朝練でタオルを使おうとバッグを開けたら、複数用意してあるタオルの端と端が全て結ばれて円状になっていて
すぐに使えず汗をだらだら流したまま往生したり。
一時間目は授業の最初が十分間の小テストだったのに、全てのシャープペンシルの芯が抜かれていたので、
その対処にテスト時間の三分の一くらい費やすはめになってしまい最後の問題まで出来なかったり。
自己採点だったその小テスト、正解に丸をしたらボールペンの芯も入れ替えられていて丸が赤ではなく黒に
なってしまったり。
仕方がないから上から赤でなぞったら、下の黒が透けて見えてどうしても赤で黒を覆い隠すことが出来なくて
そこだけ黒と赤が二重にぐるぐるしていたり。
さらにその小テストは成績を記録するために回収するので、そのおかしな有り様を教諭にも見られてしまうのか
と思うと今までこんな間違いは一度もしたことがなかっただけにひどく屈辱だったり。
ルーズリーフの順番も入れ替えられていてそれらを正しい位置に戻すのに授業中だけでは足りなくて休み時間
までかかってしまったり。
「そしてあの、唐辛子、というわけだ」
話し終え、真田は沈痛な面持ちでまだ少し唐辛子の残ったおにぎりを口に含んだ。
「それはまた…、なんとも…、災難でしたねえ…」
どうも様子がおかしいとは思っていたが。小さな甥のいたずらにあの鬼の副部長が泣かされていたのかと思うと
柳生は可笑しくてたまらなくなる。しかし笑ってしまっては真田に申し訳ないので、そこは堪える。
「やるのう、左助」
「ちょっと!仁王くん!」
「おお、スマンスマン」
叱責する声が厳しい。それはおそらく柳生も仁王と似たようなことを考えていたから。仁王は満足してあっさりと
引き下がった。
横目で柳生を盗み見る。いつもより目を見開いている、体が前に出ている、瞳がきらきらしている、どれもほんの
僅かな違いだが、仁王にはわかった。ああ、柳生でも、泣いた鬼の副部長は珍しく、興味深いのだな、と。
柳生と仁王が、めったに目にすることのないチームメイトの珍しい姿に軽い興奮を覚えている中、真田が苦悩に
満ちた顔で重々しく口を開いた。
「いったい、どうしたら左助は機嫌を直してくれるのだろうか…」
機嫌を直すもなにも元からイタズラするのが目的だったんだろうよ、と、仁王は思うのだが、しかしそれは推測の
域を出ないし、言えば真田は甥を厳しく問い詰めるだろう。
左助は真田に叱られたいのではなく真田を困らせたいのであろうからそうなってしまっては左助に申し訳ない。
なので仁王は黙っていることにする。
「それならきっと、お菓子をあげればいいと思いますよ」
柳生が、慈母のような微笑みを浮かべながら口を開いた。
「それだけで、いいのか?」
「はい、だって、ハロウィンですし」
柳生がにっこりと明るく笑った。真田の表情も少し明るくなる。
仁王は、あ、柳生は笑いたいのをずっとガマンしていたんだな、と思った。
立海大付属中の放課後。部活が始まる前に少し調べ物を、と、コート脇で帳面をめくっている柳に、切原が声を
かけてきた。
「柳先輩!トリックオアトリート!お菓子くれきゃイタズラしますよ!だからください!」
全開の笑顔で両手を差し出す後輩に柳は帳面をぱたんと閉じた。
「お前に菓子をやることはやぶさかではないが、お前は今日どうして菓子がもらえるのか、知っているのか?」
切原はぽかんとなって、それからしばらく考えて、質問をされている側にもかかわらず疑問形で答えた。
「え?えー?ハロウィンだから?」
「そうか。わかった。わからないなら、なら話して聞かせてやろう。
大事な後輩の無知を看過するわけにはいかない。お前がどこかで恥をかいたらかわいそうだからな」
柳は切原の腕をひっぱって他の部員のジャマにならないところまで連れて行き、事細かにハロウィンについて
話して聞かせた。
話が長くなり、切原が、えっ俺もしかしてここでこれ以上話聞いてたら練習始まってお菓子もらいそびれる?と
書いた顔でそわそわするようになっても、なお続けた。
「…と、いうわけだ。赤也、わかったか?
何か行事に参加しようと思うなら、最低限これくらい知っておくのが、その文化に対する礼儀だと俺は思うぞ?」
柳はにこりと笑ってそう言うと、ひきつり顔の切原の手を取り、ポケットから取り出した大きな飴玉をひとつ、上に
のせた。
「あー…、やっともらえたー…」
「そろそろ集合だな、行こう。…ところで赤也」
「はい?」
「お前は、自分がバカだから俺が怒ってこんなことしてるんだと思ってるか?」
「えっ違うんすか?」
「かわいい後輩が、俺以外の人間から菓子をもらっていたら、おもしろくない、から」
「えっ、それって」
「それって、来年は先輩がもっとお菓子をくれるってことっすか?」
「は?」
「え、だって、そういうことっすよね?俺が他からもらう分をぜんぶ先輩ひとりで俺にくれるってことっすよね?」
「赤也、お前は…」
「はい」
「お前はわざわざ高等部まで菓子をもらいにくるつもりなのか?」
「あっ!」
「赤也…、お前は本当にバカだな…」
「ええっ、じゃあ、もう今年からたくさんくださいよ今年から!ね!そうしましょう!」
「今年の分はもうあれで終いだ」
「そんなこと言わないで、せんぱーい!」
「ははは」
せんぱいせんぱいと切原が柳にまとわりつく。柳はずっと笑っていた。
真田と幸村の帰路。並んで歩く真田に幸村が言う。
「ね、真田、今日はうちで妹とその友達がハロウィンパーティーをするんだけどよかったら真田もこない?
手作りの美味しいお菓子がたくさんあるよ」
俺も昨日は妹を手伝ってお菓子を用意したんだよ、と、幸村が少し照れくさそうに笑った。
「あ、でも」
「知らない女の子の集団に混ざるのは嫌かな?」
「あ、いや」
「大丈夫、心配しないで、挨拶してお菓子をいただいたら俺の部屋に行くつもりだから。それとも、真田は、
女の子と一緒のほうがいい?」
それならそれで俺はかまわないけど、と、幸村が返答を促すように優しく目を細める。
「あ、違うんだ、幸村」
「ん?」
幸村が、真田の顔を覗きこんだ。
「その、今日は… 帰って、左助に菓子をやる約束をしているから…」
「そう」
「だからその、せっかく、誘ってくれたのに申し訳ないのだが、今日は…」
「ねえ真田」
幸村が突然立ち止まった。
「左助くんにあげるお菓子、それってもう用意してるの?」
「え?あ、ま、まだだ。帰りに、買おうと」
「そうなんだ。だったら、やっぱりうちにおいでよ。うちのお菓子を持って帰ったらいい。たくさん作ったから。ね?」
幸村が、ぱっと顔を輝かせる。
「しかし」
「種類もいろいろあるんだ。ねえ真田、やっぱり少し寄っていきなよ。
お茶を飲んで、お菓子を食べて。その中から、気に入ったのを選んで、左助くんに持って帰ってあげたら?」
ね?そうしよう、と、幸村が、するりと真田の手に自分の手を這わせ、握りしめた。
真田の肩がぴくりと揺れる。幸村が満足そうな顔で真田を見る。
「あ、幸、村」
「行こう?早く」
幸村が、真田の手を引いた。
「真田」
これをやるからなにもしないで行ってくれ、そう菓子を差し出したくなる気持ちが、はっきりとわかった。
しかし真田の元には身代わりの菓子などない。
「あ、その、申し訳ない、幸村が、そう、言ってくれるのはとてもありがたいが…、今日は、遠慮、しておく」
幸村が、しゅんとうつむく。
「そう、残念だな…」
幸村は、握った真田の手を名残惜しそうに離した。
「じゃあ、また来年」
そう言って幸村が快活に笑う。真田は、そっと、静かに、ほっ、と、息をついた。
帰り道、仁王が、上着の内ポケットの中からピロ包装にくるまれたチョコレートを取り出す。これは、今日、
柳生からもらったチョコレート。
柳生の目の前で食べて見せたのは自分が持っていた別のチョコレートで、柳生のチョコレートはこの通り、
胸の中に大事に仕舞っていた。
早く家に帰ろう。家に帰ってネクタイを緩めてベッドに寝転がり、口に含んで幸せな気持ちで目を閉じよう。
幸村の誘いを蹴ってしまった真田が家路を急ぐ。
しかし幸村が笑ってまた、と言ってくれてよかった。幸村が気分を害したようではなくてほっとした。
真田の心配はあと左助だけ。
自分がハロウィンのことを知らなかったばかりに不愉快な思いをさせてしまったらしき左助のことだけ。
早く帰って、菓子を手渡して、悪かったなと言ってやろう。真田は、家の近所のスーパーの軒先をくぐった。
左助が宿題のノートの上に突っ伏す。
からかいがいのある大好きな叔父がハロウィンを知らなかったのをいいことにあれこれイタズラした。
イタズラされたことに気づいた叔父が学校でどんな顔をしているだろうと想像するのは楽しかった。
けれど、だんだん、少しやりすぎただろうか、と、不安が大きくなってくる。
机に広がっているノートの内容も、ぜんぜん頭に入ってこない。
怒られたらどうしよう、叱られたらどうしよう。いや、それならまだいい、ただ悲しそうな顔をされたら、もう僕は。
たかたかと急ぐ足音が近づいてくる、ビニールのがさがさという音が大きくなる。
そう左助が感じ取ったとき、部屋の戸が開いた。
「…あっ」
「ただいま、左助」
「お、かえり、ゲンイチロー」
机から顔をあげた左助が、おどおどと真田を見る。
その顔を見た真田は、やはり、ハロウィンを楽しみにしていた甥が当日の早朝から菓子をねだってきたのに、
なのに自分はやらなかったから甥をひどくがっかりさせてしまったのだと思い、すたすたと左助に近づいた。
「左助、今朝は、ハロウィンというものがどういう行事なのか、わからなくてすまなかったな」
「えっ」
「ほら」
遅くなってしまったが、受け取って欲しい、と、真田が、ふくらんだスーパーの袋を左助の前に突き出す。
受け取った左助が中を見ると、ハロウィン仕様のパッケージの菓子が、たくさん入っていた。
「え!いいの!?」
「もちろんだ、だって、今日は、ハロウィンだからな」
「けど、僕、お菓子もらえない代わりに、イタズラしちゃったよ?」
「ハロウィンを知らなくて、お前に見当違いな返答ばかりしたのにがっかりして、あんなことをしたのだろう?
叔父として不勉強だった。これはその、詫びだ。これで、許して欲しい」
真田が帽子をとって小さく頭を下げる。いいよいいよと左助は慌てた。
「許す、許すよゲンイチロー、…あ、でも、ひとつ質問がある」
「む、なんだ?」
「あのさ、これ、ゲンイチローが選んでくれたの?」
「ああ」
「ゲンイチローが、ひとりで?」
「ひとりで、選んだが?」
「幸村は、一緒じゃなかったんだ?」
「な、なぜそこで幸村が出てくるのだ!」
「だって、幸村はなにかと、僕とゲンイチローのあいだに割りこんでこようとするじゃん」
左助が口をとんがらせる。
真田が幸村は別にそんなことは、と、否定しようとしたとき、それを遮るように左助が言った。
「けどこれは、ほんとにゲンイチローだけなんだよね!?」
「ああそうだ、俺が、ひとりで選んだ」
左助の顔がぱあっと明るく輝く。
「わーい!嬉しい!ありがとう!ありがとうゲンイチロー!」
菓子の入った袋をぎゅっと抱きしめた左助が、しかし次の瞬間、バツが悪そうな顔で、真田を上目遣いに見る。
「あの…、あのさ…」
「ん?」
「ゲンイチロー、ごめんね。イタズラ、やりすぎた」
謝って、しょぼんと目を伏せる左助に、真田の表情が柔らかくゆるんだ。
「ふ、握り飯は、なかなか驚いたぞ」
「ほんとう!?」
嬉しそうに目を輝かせる左助を、真田がこらとたしなめる。
「褒めているわけではない、調子にのるな」
「へへ、ごめん」
「あ、そうだ、ねえ、ゲンイチロー。じゃあ、僕もお詫びにこれゲンイチローにあげる!一緒に食べよう!」
と、左助が袋から菓子を出して封を切ろうとするのを、真田が慌てて押しとどめた。
「こ、こらっ!今、菓子を食べたら夕飯が入らなくなるだろう!やめんか!」
左助がぷんと頬をふくらませて見せる。
「じゃあ、晩ごはんのあとで、いいよ」
「そうだな、それならかまわん…、そうだ、それから左助、今日一日でぜんぶ食べるのではないぞ?毎日三食の
食事に差し支えない範囲の量をきちんと考えてだな…」
「わかったよー、もー!」
「わかってなさそうだから言っているのだ!さっきもすぐに開けて食べようとしていたではないか!」
「だから言うこときいて食べてないじゃん!」
そのとき、ご飯ですよ、と、ふたりを呼ぶ声。
「あっごはん!行こう!ゲンイチロー!」
菓子の袋をそっと机の上に置く。それから左助は真田の手を握りしめて強く引いた。
「こら、話はちゃんと最後まで…!」
「もー、くどい!あんまりくどい叔父さんは甥からきらわれちゃうんだからね!」
真田がぐっと言葉に詰まる。左助はそんな真田を見て、嬉しそうにけたけたと笑った。
後書き
2013年10月31日の雑記で書き散らしていたハロウィン妄想に手を加えたもの。(原文は下に収録)
仁王誕にアップするつもりで書いていたので仁王成分多め。そして幸村がなんだか怖くなってしまった(笑)
あと左助を小一のつもりで書いてますけど… アイツまだ幼稚園だったらどうしよう(苦笑)
6才だからな… 微妙なところだ…(思案にくれる)
(以下雑記から再録)
■左助と真田
「ゲンイチロー!トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」
「人を恫喝して菓子を手に入れようなど不届き千万!こい!返り討ちにしてくれるわ!」
「違うし!そうじゃないし!」
「むっ?ではなんだというのだ?」
「もう、いいもん!」
「あっ」
次の日、目覚ましを三時にセットされてたり靴の中にGのオモチャ入れられてたり筆箱の中のシャー芯をぜんぶ
抜かれてたり(予備の芯には手をつけられてないので誰かからもらったりせずには済んだけどめんどくさい)
ルーズリーフの順番がバラバラにされてたりポケットティッシュの中身がぜんぶトイレットペーパーに替えられて
たり(溶ける)弁当のおむすびの中の本来うめぼしが入っているはずのスペースに七味唐辛子がぎっしり入って
たりして同クラの柳生が内心ちょっとおもしろいと思ったりするよ。
■真田と幸村
ハロウィン翌日の帰り道。
「真田。昨日はハロウィンだったけど、左助くんにお菓子をあげたりしたのかい?」
「えっ?」
「うちは妹と、その友達がきたからお菓子あげたよ。そのあとのパーティーにも混ぜてもらって。楽しかったなあ」
「そ、そうか」
「仲のいい友達同士のおうちで、お菓子を用意しあって。
順番に尋ねていって、お菓子をいただいて、最後のおうちでパーティーするんだって。
去年からやってて今年はうちだったんだって」
「そ、そうか」
それから真田のよくわからないパーティーの話をえんえん聞かせてくれる幸村。真田ハロウィンでミスしたらしき
情報はとうに柳生から入手済み。
だけどそれを知らなくてもきっと幸村は真田のいない楽しいパーティーの話をにこにこと話して聞かせた。
■再び、左助と真田
「…あっ」
「ただいま、左助」
「おかえり、ゲンイチロー」
やりすぎたかな、と、バツが悪そうに目をそらす左助。
「左助、昨日、ハロウィンがわからなくて、すまなかったな」
「えっ」
「ほら」
と、菓子の入った袋を手渡す真田。
「あ…、ありが…、って、安かったから買ってくれたのー!?!?」
イベントが終わって一日経って、割引シールを貼られた売れ残りのお菓子。
「ちっ、違っ!
ハロウィンと明記された菓子を買おうとしたら全部そうなっていただけで、断じて安かったからでは…!」
「ほんとう?」
「本当だ!」
「そう、なら、いい」
左助がにこりと微笑む。
「ゲンイチロー、僕もごめんね。イタズラ、やりすぎた」
「ふ。弁当は、なかなか驚いたぞ」
「ごめん。ありがとう、だから、一緒に食べよう?」
左助が真田の袖を強く引く。
「あっこらっ、夕飯の前に菓子を食べてしまっては、お前の成長に必要な食事が摂れなく…!」
「じゃあ、そのあとで!」
■柳と切原
「柳先輩!トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラしますよ!だからください!」
全開の笑顔で両手を差し出す後輩に、
「お前に菓子をやることはやぶさかではないが、お前は今日どうして菓子がもらえるのか、知っているのか?」
と、柳は尋ねる。後輩はぽかんとして、
「え?えー?ハロウィンだから?」
「そうか。わかった。わからないなら、なら話して聞かせてやろう」
と、柳は事細かにハロウィンについて説明する。
話が長くなって、えっ俺もしかしてこれ以上ここで話聞いてたら練習始まってお菓子もらいそびれる?と後輩が
不安な顔をするようになっても、なお。
「…と、いうわけだ。何か行事に参加しようと思うなら、最低限これくらいは知っておくのが礼儀だと思うぞ?」
と言って柳は後輩の手を取り、飴玉をひとつ、その上にのせた。
■柳生と仁王
「柳生!トリックオアトリート!お菓子はいらないからイタズラさせて!」
「……」
柳生はにこりと笑って黙って仁王の手にお菓子を握らせると、その手を上から強く強く握った。
(再録終わり)
(13/12/13) |