夜、部活帰りに柳生と桜を見に行った。
ずらりと並んだ屋台の屋根に、時折花弁がはらはらと落ちる。


腹減ったしとりあえずなんか食うかとそれぞれ買ってきたのが俺お好み焼きアイツたこ焼き。
人混みを避け屋台から少し離れたところでさあ食べようかとなったはいいが。

「熱い。持てん」
俺のお好み焼きが入っているのはぺらっぺらの透明なプラスティックケース。
とてもじゃないが焼けた生地の熱さを遮ってくれそうもない。
失敗した。
けどだって仕方ないだろう実際手で持ってみるまで気がつかなかったんだから。
容器のふちをつまもうにもこの薄さぺこぺこねじれてしまいそうで怖い。
置けそうな場所も見当たらず。
限界まで袖を伸ばした手のひらの付け根と指の爪の先だけで支えてるけどこんなじゃ楽しく食べられない。
蓋を押さえている輪ゴムを取る事すらままならない。

「仁王くん」
「ん?」
「熱そうですね。ひとまず私の容器の上に載せて下さい」
柳生のたこ焼きが入っているのは白い発泡スチロールケース蓋付き。
厚みがあるし、柳生は熱くもなんともないといった顔で平気で容器を手のひらに載せている。
「ん、すまん」
ありがたく載せさせてもらう。
あー熱かった。
俺はぷるぷると手を振って熱くなった指先を冷ます。
「でも俺が載せとったら柳生が食えんぞ」
柳生はにこりと笑うと俺のその言葉には答えずに言った。
「私の鞄の中、開けて見てもらえますか?
手袋が入っています。
それを出して使って下さい」
「…えらく… 用意がいいのう」
俺は手の塞がった柳生に代わって彼の整理整頓された鞄の中をごそごそと探った。
「この季節、朝晩はまだ冷え込むことがありますからね。念のために」
あ。
あった。
焦げ茶のウールの手袋。
「じゃ、ひとつ借りる」
「はい、どうぞ」
右手に柳生の手袋をはめ、ようやく柳生を俺のお好み焼きから解放する事が出来た。

「ああ… 私もちょっと… 熱くなってきました。
仁王くん、これ少しお願いしてもいいですか?」
「え?あ… うん。
ええよ」
今度は柳生が自分のたこ焼きを俺のお好み焼きの容器の上に載せた。
そして鞄から手袋を取り出し手早く身につける。
あーもう言うてくれたら俺がお前の手に手袋をはめてやるのに。とんでもなく恭しく、優しく。
ちっ。内心盛大に舌打ち。
気づけよ。
でも柳生は気づかない。
憎いコイツほんと憎い。
にくいにくいにくい思うとったら俺のお好み焼きの上から自分のたこ焼きの容器を取り上げた柳生が笑って
言った。

「あなたは左利き。私は右利き。ちょうどよかったですね」

俺は一瞬でとろける。
この、一対になっている感じ。
たまらなかった。



それぞれたこ焼きとお好み焼きを平らげてしばらくぶらぶらと歩いたあと、甘いものが食べたくなりましたと
柳生はクレープを買った。
中身がアイスクリームと生クリームとカスタードクリームとはどれだけ甘いものが食べたかったんだ柳生。

「この紙… ジャマですね…」
柳生は柔らかい生地の周りをくるりと包んでいる包み紙から無理にクレープを引っぱり出そうとする。
「くっついてて… 出てこない…」
あまり強く引っぱると生地が破れてしまうから柳生は恐る恐るだ。
難しい顔をしてクレープなんて可愛らしいものと戦っている柳生は最高に可愛らしい。
「あー柳生、それは周りを破りながら食べるんよ」
「あ、そうなんですか?」
柳生は素直にぺりぺりぺりと螺旋状に紙を破いた。

「あ下!下たれてる柳生!」
「え?」
包み紙の尖った先端からこれは溶けたアイスクリームだろうか白い液体がぽたぽた落ちていた。
「あっ…」
柳生はぱっと下を見る。
「…よかった… 服には付いていませんね…」
「……」
「さっき引っぱった時、破れでもしたんですかね…」
柳生は包み紙を今度は少しずつ縦に裂いた。
楽に取り出せるところまで裂いて中のクレープを慎重に取り出ししげしげと眺める。
「…ああ、先のほうに穴が…」
そして柳生は、手にしたクレープを少し持ち上げると白い液体がじわじわ漏れ出ているところに下のほうから
そっと唇を寄せた。
うわ…
柳生の舌先と唇がクレープ生地の上を這う。
エロい…
上向いた顎のラインや浮かび上がる首の筋や閉じた目が。
思わず息を飲んでしまうごくりと。その音は彼に聞こえただろうか。
少しの間舌と唇と喉を動かしていた柳生は最後にちゅ、と小さな音をたてて液体化していた部分を全て飲み
込み終えた。
ぺろ、と舌が動いて唇の端を拭う。
それを俺はじっと見ていて、で柳生は俺のその視線を咎めるものだと思ったのだろう。
「失礼…
少々行儀が悪かったですね」
と恥ずかしそうに目を逸らした。
「いや俺それくらい全然気にせんしハハハ」
「でも、申し訳ありません。急いで食べてしまいますね」
急がなくていいまた溶けてぼたぼた零れてしまえばいい。
そして柳生を白くどろどろに汚して。

願い虚しく、柳生はさっさと食べ終えてしまった。ああ!



次の日。
俺はまた柳生を花見に誘った。
今度は日のあるうちにと。
天気は曇りでなんだか空気がどんよりしていたが、まあこれはこれで風情があると思った。

鈍い曇天の空灰色の空頭上を覆う白い花弁はその空に溶けてしまいそうで。
ぼんやり曖昧な境目。
と上を見ながらこれまたぼんやりとそんな事を思っていると、ふいに柳生が俺の腕を掴んだ。
「…!
なに?柳生」
「ああ… いえ… ちょっと… あなたを見失いそうになって…」
こんなに側にいるのにか?
そう俺が思ったのがわかったのか柳生はばつが悪そうに腕を離して下を向いた。
「すみません…」
「いや、いいけど…」
言われて柳生が顔を上げた時俺の頭をちらりと見たのを俺は見逃さなかった。

『見失いそうになって』そして俺のアタマ。
ああ。

「…柳生」
俺はニヤリと意地の悪い笑みが浮かぶのを押さえられない。
「な、んですか」
「俺が、消えてしまいそうに思った?」
「な…!」
「思ったんじゃろ?」
繰り返し問うと、柳生はしばらく黙っていたが、やがてしぶしぶ頷いた。
柳生には適当な嘘でその場を適当にやり過ごすというスキルが壊滅的にない。
「どうして?」
おおよその部分は察しがついているけれど柳生の口から言っているのを俺は聞きたい。
「…空が白くて、木に咲いている花も、宙を舞っている花びらも全部、白くて…
そんな中であなたの髪も、顔も、白いものだから… それで」
「それで、柳生は俺の腕?」
腕を掴んだのか?と言うように俺は掴まれた腕を柳生に指し示して見せた。
「ええ、まあ…」
柳生はごにょごにょと言葉を濁す。
うん、そういう柳生が俺は見たかった。
「そうか…」
「あの、もういいでしょう?
ちょっとした、気の迷いみたいなものですよ。ごめんなさい」
柳生は落ち着きなくもじもじと何度も眼鏡の位置を直した。
「別に怒ったりしとらんよ」
逆に嬉しいよ。
俺自身は自分がそうだとも思ってないし特にそういう風に見せようとも思ってはいないのだが、なぜか周囲
からはひどく儚く見える時があるらしい。
まあそれはそれで何かと便利なので積極的に否定もしない。
否定しなくてよかった。
柳生が、柳生のほうから俺に触れにきてくれるから。
よかった。
俺はこのまま死ぬまで儚いイメージを守ろうと決めた。







(08/08/02)

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