二年の初冬。屋上にて。



「知っとるか、真田は、幸村のために毎晩水をかぶっとる」
「え、本と、う…
…ですよね、それは」
「お、わかった?」




仁王くんは私に嘘ばっかり言います、が。




「ちょっと前、夜中に姉ちゃんと姉ちゃんの彼氏と俺と弟で買い物に行ったんだわ、彼氏の車で。
で、途中真田の家の側を通ったんよ。
すると」
「すると?」
「バシャバシャ、バシャバシャ、水の音がして。
こんな寒い夜中に、いったい水使って何をやる事があるんだって、ちょっと気になって。
それで車止めてもらって」
「様子を窺ってみたんですか?」
「うん。おもしろがってみんなで覗いた」
「人の家を覗く事はおもしろがってする事じゃないですよ!」
「うん、実際見てもおもしろくなかった。
白い着物着て井戸から水汲んではかぶってかぶっては手を合わせてなんかブツブツ言ってるのを見て俺
以外のみんなは軽く引いとった」
「引く、って…」
「あ、姉ちゃん達は真田の事、知らんのよ」
「ああ…」
「今どきあんな事する人いるんだねー、って、素で驚いてた」
「はあ…」

「…真田は、そういう事やっとるのがものすごく様になっていて」

私は黙って仁王くんの言う事を聞いていました。

「いったい何の撮影かと思うくらい。様になっていて…
なんか、悲しくなった」
「……」
「ワルモノがガソリンまいて火をつけようとしているところじゃなくてよかったねって言って、ひきあげたよ」
「…そうですか」


「ところで仁王くん」
「ん?」
「どうして、それが幸村くんのためだとわかるんですか?
真田くんなら、以前からそういう事をしていてもおかしくない気がします。
精神の鍛錬だ、とか言って」
「ああ。
夜中の買い物って時々行くんだけど、でその時いつも真田んちの側を通るんだけど、最短ルートだから。
あんなの初めて見たから」
「そうなんですか」
「そして見た日の次の日とその次の日、同じ時間にチャリに乗って真田んちまで行った。
二日とも、同じ事やってた」
「仁王くん、夜中に一人で外を出歩くなんて感心しませんね」
「今、そんな、ハナシ、関係、ないし、!」
「え、あ… 失礼しました」
「だから、あれは幸村のためだ」
「そう、ですか…」


「あれ以来、俺も風呂場で水をかぶっとるよ」
「はいそれは嘘」
「ちぇ。前はすぐに騙されたくせに…」
「さすがにわかるようになってきますよいい加減」
「まあ、俺としてはお前に理解してもらえて嬉しいけど」
「はいそれはほんと」
「柳生、おま、可愛くなくなった…!」
「それはどうも、ありがとうございます」

私は仁王くんにわざとらしくにっこりと笑ってやります。



「ところで、さっきの話、他の人には話しました?」
「お前があまり人に話していい話じゃないって言うと思ったからお前以外言ってない」
「はい、その通りです。
あまり人に話していい話じゃない。
この事は私達だけの胸に仕舞っておきましょう」
「二人の秘密。嬉しい」
「間接的にでも、人の不幸を喜ぶような事は口にするべきではないです」
「うん、もう二度と言わん」
「素直でよろしい」
「なんか、お前、ほんとに可愛くなくなった…」

まあ、いつまでも一方的に私ばかりが可愛い可愛い言われるのもね。



「なあ、柳生」

仁王くんは立ち上がるとうーんと腕を上に伸ばしました。

「負けたらアイツ、切腹しかねないから。
だから俺は全部勝ちたい。
全部勝とうな」

仁王くんは私に嘘ばかり言う。
でも、本当の事も言うのだって知ってますよ。


「はい。
勝ちましょう、全部」

今度はわざとらしくなく、笑って答えます。
仁王くんはそんな私の顔を見て、嬉しそうに頷きました。






(08/05/05)

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