二年の春。屋上にて。
「柳生は、俺のこの髪、染めてるんだと思っとる?」
「はい。
染めていると言うか… 色を抜いているんでしょう?」
「実は、違うんよ」
「違う?」
「俺がまだ小さいころ…
ひどい虐待を受けて… その精神的痛手で、一晩で真っ白になってしもうたんじゃ」
「え!?ほ、本当ですか?」
「うん」
「差し支えなければ… 話してくれますか。
私で力になれる事なら…」
「柳生… そんな…
俺に… そんな、思い出すのもおぞましいあの事を… 思い出して… 喋れって…?」
「あ!いえ!
その…、無理にとは…
嫌ならいいんです、嫌なら!」
「…話せんよ…」
「ご、ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!
嫌な事を、思い出させてしまって…
ごめんなさい、仁王くん…」
「話せんよ」
「ですから、もう…」
「だって、そんな過去ないから」
「え?」
「話せるような過去、何もないから」
「…え…? じゃ、今の話…」
「うん、嘘」
仁王くんは、私に嘘ばっかり言う。
また別のある春の日の屋上にて。
「柳生、お前は二回以上しとるかもしれんが、俺はあれが初めてのキスだった」
「え……」
「責任、取ってくれる?」
「え、ど、どうして私があなたからそのような事を言われなきゃいけないんですか!?
あ、あれは、あなたが。あなたのほうから…!」
「だって、柳生があまりにも魅力的だから。俺をそんな気持ちにさせた、柳生が悪い」
「そんな、勝手な…!」
「別に構わんじゃろ?誉めてるんだし」
「ほ、誉めてませんよ!」
「本当に、心の底から、柳生のことを魅力的だと思うてるのに」
「嘘!」
「うん、嘘」
「ええ!?なんですか、それ!」
「嘘って言ってもらいたかったんじゃろ?」
「そ…れはそう… ですけど……」
「何か不都合でも?」
「不都合…ないですけど…」
「けど?」
「…ど、こから、どこまでが嘘なんですか」
「知りたい?」
「そりゃあ」
「へえ。
柳生は、俺の初めてが柳生じゃないのも、俺が柳生を魅力的だと思ってないのも、嫌なんだ?」
「…え…っ」
「だって、そういう事じゃろ?」
「どこからどこまでが嘘、だなんて、そんな事を気にするなんて、俺の初めては柳生、か、俺は柳生を本当に
心の底から魅力的だと思ってる、か、少なくともどちらかは本当だったらいいと。
そう思ってるんじゃろ?」
「…え、え…っ」
「そんな動揺せんでもよかろうよ。初心なひと」
「おっ、同い年のあなたに初心とか言われたくないです!!!」
「同い年いうか… 俺のが少し年下じゃし?」
「……っ!」
「そんなにカオ、赤くして。可愛いの、柳生は」
「…あ…、…っ…
…も、もう、全部嘘で結構です!」
「え?それでいいんだ?」
「い、いい…です、よ」
「本当に?」
「ほ、んとうに」
「嘘」
「………だっ、て」
「…ああ、柳生は、俺に嘘ばっかりつくんじゃのう…
はは、寂しいのう…」
「う、う、嘘ばかりつくのはあなたのほうじゃないですかー!!!!!!!!」
「あははははは!!!!」
「笑わないで下さいよ!」
「だって…
だって… 柳生が… あんまり可愛いから… くくっ…」
「どうせそれも、嘘なんでしょう!?」
「ううん、ほんと」
「嘘」
「嘘じゃない。
けど… 柳生が嘘のほうが嬉しいなら… 嘘でもいい」
「……そんなの、私が決めることではないでしょう?
あなたの気持ちなんですから」
「決め付けられてもいいくらい、俺は柳生のことが好き」
「また…… あなたは……」
思わず、大きなため息がもれます。
「信じてくれないの?」
「信じるとか… 信じないとか… あなた相手にそんな事、考えるだけ無駄な気が…」
「それは嘘も本当も、全面的に受け入れてるって事?」
「……え……」
「今ここにいる、俺の存在全部を?」
「…え…と…
はい、そう言って… いいかと………
思いますたぶん」
「たぶんて!」
「じゃたぶんは取ります」
「いったいどっち…
ああ、そうか。そういう事」
「?」
「俺に決め付けられてもいいくらい、柳生も俺のことが好きなんじゃろ?」
「はい」
「えっ!!!」
「嘘です」
「う、そ…」
「そう。嘘です。
あなたには、いつも適当なこと言われてますからね。
たまには仕返し…
って、え!ど、どうして泣くんですか!そこで!」
「だって…
好きな相手から好きって言ってもらえたのに…
次の瞬間、嘘だって言われたら…
誰だって… 泣く、じゃろ…っ、う… うく…っ」
「…だって…
だって、あなたが私の事を…って、それだって… ほんとか、嘘か…」
「……う… うう… ひっ… くっ…」
「…な、なんとか言って下さいよ……」
「…うっ… …っ ……」
「…に、仁王くん…」
「…っ、う、………」
「…ご、ごめんなさい」
「………」
「嘘ですよ。さっきのは、嘘ですよ」
「………」
「決め付けられてもいいくらい、ではないですけど…
嘘って言ったのは、嘘です」
「………」
「だからもう… 泣きやんで…」
「…なんてな!」
「仁王くん、あなた!
…な、泣いてなんか…!」
「するだろ?フツー。嘘泣きくらい」
「だ、だって… あの泣き方は… とても嘘とは……」
「俺、巧いから嘘泣き」
「……そ、そんな」
「なんでも真に受けて。柳生は本当に可愛い。すごく好き」
そう言って、仁王くんは私の口に自分のそれをぎゅっと押し付けました。
「好き」
「…あ…、あ…、あ…」
「あなたねえ!か?」
「そ、そうですよ!
じゃなくて!」
「大丈夫、誰も見てない」
「…そういう問題じゃ…」
「俺は、見られてても構わんけど」
「私が構います!」
「ははは」
「あなたって人は… 本当に…」
「本当に?」
「嘘ばっかり…」
「嘘じゃない」
「嘘。
どうせ今の…あなたのした事だって… 私をからかうために…
本気じゃないんでしょう?」
「うん。そう。嘘のキス」
「…!
…やっぱり…」
「やっぱりとか言いながらそんな傷ついた顔して。
なに?俺のこと誘ってんの?」
「は!?
さ、誘う!!!!???」
「だってそうだとしか思えんよ柳生のさっきの顔」
「あ、あ、あなたの目に私が傷ついてるように見えるのなら!
それは!あなたの嘘に!いい加減!私がくたびれているからですよ!」
「俺、嘘なんてひとつもついてないのに」
「少なくとも泣いてたのは、嘘でしょう?」
「ああ、うん… あれは嘘」
「ほら」
「嘘泣きが、嘘」
「え?」
「本当に、泣いてたよ。
心の中でだけど」
「……じゃ、じゃあ…
先程… あなたが私にした…」
「キスか?」
「そのものずばりの言葉を言わないで下さいよ!恥ずかしいから!」
「ぷっ、く…っ、はいはい…」
「あれ、嘘だって言ったじゃないですか」
「ううん、本当」
「でも」
「だけど、嘘って言ったのも、本当」
「???」
「嘘って言ったときの、柳生の傷ついた顔が、見たかったから。
本気で言った」
「…ん???」
「くっくっくっ… わからんようになったか?」
「そ、そんな…、ことは…」
「とにかく俺が柳生を好きなのは真実だから。
柳生、お前は、そこのところだけ理解してくれたら」
「え、だって…」
ああ、ここで昼休みの終わりを告げる、チャイムが。
「戻ろうか、柳生」
「…え。あ… ちょっと!
待ちなさい仁王くん!話はまだ…!」
「話はとうに終わっとるよ!だって俺は」
本当のことしか言ってないってのが本当に本当なんだから!
と言って、仁王くんは走り去りました。
でも、それは…
嘘?なん…ですよね?
(08/04/01) |