基本設定

・真田家全員同居。真田は祖父母、父母、兄、兄嫁、甥の左助と暮らしています。
・作中で存在の確認出来ない真田祖母は生きているものとみなします。

・そのうち、日曜八時に必ず大河を見るメンバーは、祖父、真田、左助。
・他の人は見たり見なかったり。

・番組は毎週録画して、ディスクにも落とすけどHDDにも残しっぱなし。
・真田が遠征などで不在のときは、あとで録画を見る。

・真田の部屋は洋室で、机、ベッド、テレビ等がある。

諸注意

・時間軸はかごぷり的なカンジで、幸村の入院期間とかそういうものは度外視です(笑)
・ざっくり自分の記憶頼りに書いていますので、もしなにか間違ったこと書いてたらごめんなさい(苦笑)

・新しいものは下のほうへ書き足していきます。


ある日、幸村が真田の家で真田と一緒に勉強をしているところに、真田の甥の左助がやってきました。

「ねえおじさん、これ見ようよ。幸村も一緒に」
真田の兄の部屋から借りてきたローテーブルに向かって勉強している真田の背に、左助がまとわりつき、
なにやら、ディスクを差し出します。

「駄目だ。今は勉強中だからな。それに、幸村”さん”だと、いつも言っているだろう」
「ははは、いいよ。真田が俺をそう呼ぶからマネしたいんだよ。ね?左助くん」
左助はこくりと頷きます。

「だから叱らないで真田。俺はかまわないから」
「…しかし、真田家の長男として…」
「左助くんは、まだ、小さい子供なんだから、大目に見てあげたら」
左助は、むっとします。

「それでさ、おじさん、見るの、見ないの?」
「さっき勉強中だから駄目だと言っただろう。さ、勉強が終わって幸村が帰ったらいくらでも付き合うから」
今は出て行きなさい、と、真田は退出を促します。

「いいよ、真田。見ようよ。せっかく、”俺も一緒に”、って言ってくれてるんだし」
「何を言っているんだ。お前の貴重な時間を…」
「いいじゃない。ちょうど、一段落ついたしさ。休憩がてら、見せてもらおうよ」
「おじさん、幸村がいいって言ってるんだから、いいでしょ?」

「…あー…、仕方がないな。少しだけだぞ」
真田が、しぶしぶ見ることを左助に許します。
左助の顔が、ぱっと明るくなりました。

「わーい!ありがとう、おじさん!幸村!」
左助は四つんばいでテレビの前まで這っていって、デッキにディスクを挿入しました。
その間、幸村と真田は開いていた本とノートを閉じ、並んでベッドにもたれます。
左助はそんなふたりの間に割って入ると、リモコンを前に向けました。

「で、左助、なにを見るのだ?」
「清盛」
「清盛?あれは一時間くらいあるだろう」
やはり許すのではなかったと、真田は左助の手からリモコンを取り上げようとします。
左助はそれに逆らって、
「ちょっとだけ!ちょっとだけ、わからないところがあるから、ゲンイチローに聞きにきたの」
「わからないところ?」
「うん」
「だったら、幸村も一緒に、などと言わずに…」
左助はそれには答えずに、ぱっぱと画面を早送りしていきます。

「ここ」
「ここ?」
画面には、公家の男が、身分の低そうな武士の男にねっとりと寄り添っているところが映っていました。
「ねえおじさん、これ、なにやってるの?」
「なっ、」
絶句する真田のほうに顔を向けながら、幸村が画面のほうにもちらりと目を向けると、先ほどの武士の男は
公家の男に押し倒されてしまいました。
絡みあうふたりの姿は画面から消え、代わりに現れた鸚鵡がばさばさと耳障りな羽音を立てています。

「ねえおじさん、バサバサいってるあいだ、いったいふたりはなにをしてるの?」
こないだ、頼長は言ってたよね?家盛とは、全てにおいてしかと結ばれた、って。ねえ、しかと結ばれるって
どういう意味?どうやったら結ばれるの?ねえ、ゲンイチロー」
ぐいぐいと左助に詰め寄られる真田を、幸村は黙ってじっと見ていました。
「さ、左助…!」
「ねえ、ゲンイチロー、あれは、なに?」
リモコンを放りだし、左助は真田の両腕をつかみます。

「なにって…、左助、そのことは、お祖父様からも教えてもらっていただろう…!!」
「忘れちゃった。よくわかんなくなっちゃった」
「左助、悪ふざけもほどほどにせんと…!」
「ふざけてない、ゲンイチローに教えてほしい」
「わかったわかった、あとで教えてやるから…! だからもう、これは止めて…!」
自分の腕をつかむ左助の手を、外そうとして身をよじる真田に、幸村は言いました。

「だめだよ、真田」
「え!?」
「子供の疑問には、すぐに答えてあげなくちゃ。そうやって、後で、とか、今度、とか言って誤魔化すの、よく
ないよ?」
「しかし」
「ほら、ゲンイチロー、幸村もこう言ってる」
「…、っ…!」
左助の両手をつかんだまま、ぐっと口ごもる真田を、幸村と左助がじいっ、と見つめます。

「…あ、あれは…、だ、男色といって…、その…」
幸村と左助が、じいっと見つめます。

「お、男同士で、互いに互いを好きになることだッッ!!!」

耳まで赤くして言う真田に、幸村は真田に気づかれないように目だけを僅かに細くして笑みました。
左助はというと間髪いれずに

「でも家盛は嫌そうだったよ!?」
「、っ、それは、…それは、頼長が家盛に片思いをしているのだ!!!」
「片思い、って、なに?」
「頼長のほうが、家盛のことをたくさん好きなことだ!!!」

ちらりとしか見ていないけれど、あれはどう見ても権力で相手を思いのままにしているようにしか見えない、
と幸村は思いましたが、そこは黙っていました。

「じゃあゲンイチロー、しかと結ばれるは?」
左助が、真田の腕づたいに真田の肩をつかみ、ずずい、と真田に顔を近づけました。
真田はのけぞり、両手を、後ろについてしまいます。
幸村は黙って、じっと見ています。

「…それは…、こ、心と心が通じ合ったのだ!ふ、ふたりの、心と心が!」
幸村はポーカーフェイスでいるのが辛いな、と思いました。
左助はというとやはり間髪いれずに

「でも家盛は嫌そうだったよ!?」
「でも、頼長の家盛を好き、というきもちは家盛にも伝わっただろう!?」
「好きって言ってないのに!?」
「言わなくても、態度などで伝わることもあるのだ!」
「たいど?どういうたいど?」
「それは」
「こういうたいど!?」
左助が、左助のくちびるを真田の口に押し当てました。
「!!!」
真田は左助を押しとどめようと咄嗟に両手を左助にのばします。
支えを失った真田の体は、左助の体重に押され、後ろに倒れてしまいました。
幸村は、真田と左助が自分を見ていないと思うが早いか、鬼のように顔を険しくしました。

「こら、よさんか!」
真田が、ころりと横を向いて、自分の体の上から左助をこてんと落とします。
「どうして?ボク、なにか間違ってた?」
「…そっ、れは」
「間違ってないよね?」
「っ、間違ってなくても、身内同士でこういうことはせんのだ!」
「…!」
幸村は悲しくなりました。言われた左助の痛みが自分のことのようにわかりました。

真田は、自分の体を起こしながら、おとなしくなった左助もよいしょと持ち上げました。
「まったく…、お前は、すぐこうやって悪ふざけをする」
「…ふざけてないもん」
「ふざけている!」

「まあまあ、真田」
幸村は、苦笑して真田に言いました。
「可愛い甥っこが、叔父のお前に甘えてじゃれつくくらい、許してあげたら?」

左助が幸村を振り返り、睨めつけます。幸村は微笑みました。
「ねえ、左助くん」
「なに?」
「真田は、いつも左助くんとこれ見てるの?」
「見てるよ、一緒に。いつも」
「そうなんだ。ね、これ、俺も見たいな。録画してるの、借りてもかまわないかい?」
「え…」
「ああ、わかった、幸村。祖父に頼んでくる」
「お祖父様のなの?」
そうだ、と真田は頷いて、立ち上がりました。それから真田は座りこむ左助の肩に手をのばし、

「ほら、左助。もういいだろう。一緒に出るぞ」
と、ぽんと叩きました。

左助は立ち上がり、ディスクをデッキから取り出すと、そのままぷいと部屋を出て行きました。
「こら!左助!挨拶くらいせんか!!」
「ははは、かまわないよ真田」
真田が左助に言ったことが、どれだけ左助を打ちのめしたか俺はよくわかるから、と幸村は思いましたが、
それは黙っていました。

「で、では、すまない幸村。少し待っていてくれ」
真田は、バツが悪そうに、そそくさと部屋から出て行きました。





「幸村、待たせてすまない、少し時間がかかるから、また明日にでもと祖父が…、…幸村?」
部屋に戻ってきた真田が、帰り支度をしている幸村を見て、訝しむ声を上げました。

「幸村、まだ、勉強が…」
「終わってないけど、でも、残りはひとりで出来るから」
幸村は笑って言います。
「しかし」
「左助くん、真田と遊んで欲しそうだったし」
「幸村、左助とならいつでも…、でも、お前は」
「俺?俺は大丈夫、もう、ひとりででも」
「、っ」
「出来るよ、真田」
幸村は美しく微笑みました。真田は口を閉じました。そして恐る恐る、また開きました。

「…気を悪くしたのか」
「してないよ。するわけない」
「…そうか」
ならよかった、と、真田は消え入りそうな声で呟きました。

「真田、ディスクは、明日、貸してもらえるの?」
「あ、ああ、幸村が見たがっていると祖父に伝えたら、幸村のために新しく用意すると、ディスクを」
「そうなのかい?じゃあ、帰りにご挨拶させてくれないか?お礼を言いたいから」
「わかった。祖父も喜ぶだろう。一緒に行こう」

ありがとう、と微笑むと、幸村は真田の部屋をあとにしました。



頼長と家盛のアレのときの話。 121122


真田が風邪をひいてひどい高熱を出したというので、俺は双六を持って真田の所へ遊びに行こう。

「真田、こんにちは」

ガチャリとドアを開けて部屋の中を見ると、真田が俺の声に気づいて俺の方に首を傾けた。
「…ゆきむら…」

「幸村くん、ごめんなさいね、弦一郎をお願いします」
「わかりました、お祖母様。外は寒くて風も強いですから、お気をつけて」
「あら、そうなの?わかったわ、お気遣いありがとう。
弦一郎。
左助を迎えに行く時間だから、少し出てきますね。なるべく早く、戻ってくるから。
そうだ、なにか、欲しいものはある?」
「…いえ…」
「そう。では、行ってまいります」

真田のお祖母様はにこりと俺に一礼すると、階段を降りて行った。
俺は中に入ってドアを閉める。

心身の鍛錬のためだと来客でもない限り点けられることのないストーブが赤々と灯っている。
室内の空気が火照るほど暖かい。
少し髪を乱し、力なく横たわる真田のベッドの下、手を伸ばせばすぐ届くところに洗面器が置かれていた。
「…吐くほどひどいの?」
「…用心で、置いてある、だけだ…」
本当に使わなければならないほど具合が悪いわけじゃないと言いたげだが、途切れ途切れの言葉に
説得力はあまりない。

「…そう」
俺は、持っていたバッグと紙袋を床に置き、巻いていたマフラーと着ていたコートもするりと床に落とすと
真田のベッドに近づく。

「…幸村、どうして、こんな…」
「早い時間に、って?
今日は真田以外にも休みが多くてね。天気も悪いし、昼からの授業はなくなったんだよ」

言って、俺は横たわる真田の体の上にかかっている布団をまとめて全部剥ぎ取った。
あれ?パジャマじゃない。着物だ。白い。

「幸村…!?」
「そっちを向いていられるとやりにくいから、頭をこっちにして寝てくれるかい?」
真田が驚きに顔を強ばらせる。
しかしすぐに黙って俺の言う事に従った。
真田は力の入らない手で蕎麦殻の枕をしゃらしゃら言わせながら引き摺り、先程まで真田の足があった所
に据えると、浴衣の裾の乱れを気にしながらもたもたと体の向きを変え、倒れ込むように枕に頭を載せた。

「真田、今日、パジャマじゃないんだね」
「汗で、パジャマが…」
「そう」
それはちょうどいい。雰囲気が出る。

俺は、抱えた真田の布団をもう一度真田にかぶせ、肩口まで引き上げちゃんと真田を覆うよう整える。
それから、汗で少し貼りついた前髪をかき分けるようにして真田の額に触れた。

熱い。

「…幸村…、風呂に、入って、いないから…」
「いいよ、真田だから」

真田の目がとろんと潤んで、目元がぽうっと赤くなる。
これは熱のせいじゃないと俺は知ってる。

手を離して、俺は真田の勉強机から椅子を引っ張ってき、真田の枕元に腰を下ろした。
床の紙袋に手を伸ばし、中の、古ぼけた風合いの厚い木の板を取り出してベッドの上に静かに置く。

「これは…」
「よく出来てるだろ?仁王が作ってくれたんだよ」
俺は、箱に入った白と黒の駒を、白は白、黒は黒、とわけて、板の上、端から並べて置きながら答えた。

ドラマの中に出てきた、あの、双六。
いつか俺も真田とやりたいと思い、しかしルールがわからなかったので、遊び事に長けた仁王に尋ねた。
調べてみると言った仁王は、数日後、
『すまん、わからんかった』
と言って、代わりに、と、これを俺にくれたのだ。

『ありがとう…!よく出来てるね…!!』
『小道具作りの技術も騙しの技術のうちのひとつやけんの』
あれこれとがんばってるうちにすっかり手先が器用になってしもうた、と、仁王は悪戯ぽく笑った。

「ルールは…、調べてもわからなかったんだけど、真田は?知ってる?」
「…知らない」
「そう。じゃあ、こうしようか」
俺は、サイコロや駒を実際に動かして見せながら、真田に話した。

「サイコロをふたつ振って、出た目の大きいほうから、小さいほうの数を引く。
今だと…、二と三だから、三引く二で一。
この一のぶんだけ、駒をこっちに動かして…」
俺は駒をつまんで左から右へと動かす。

「先に、全部の駒を盤の外に出した方が勝ち。
そうだな…
自分の駒を動かす以外に、相手の駒も戻せるって事にしよう」
俺は、動かした駒をもう一度つまみ上げる。

「そうすれば」
パチリ、と盤の上に駒を置いた指を止めて、俺は真田の目をじっと見た。

「終わるまで、時間がかかるだろ?」

俺を見上げる真田の喉が、ひくりと動く。

「はい。先攻は真田でいいよ」
俺は、サイコロの入った筒を真田の手に握らせた。

真田がサイコロを振り、駒をひとつ進める。
俺がサイコロを振り、真田の駒をひとつ戻し、俺の駒をみっつ進める。

「真田」
「…なんだ」

次にサイコロを振った真田が駒を移動させ終えるのを待って、俺は口を開いた。

「どうして、真冬の、真夜中に、外に出て、その格好で、頭から水をかぶったりしたの?」

その瞬間、まさに冷や水をぶっかけられたような顔を、真田はした。
真田の口が、どうして、という形に動く。

「質問しているのは、俺の方だよ。真田」
「、あ…、すま…」
「謝らなくていい。俺の質問に答えて」
俺はゆっくりとサイコロを振り、真田の駒をまた全部最初の位置まで戻した。

「そ、それは…」
「うん」
真田にサイコロの入った筒を手渡す。真田の手が受け取る。触れた真田の指が熱い。

「それは」
「早くサイコロを振りなよ」
「え、あ」
真田は力の入らない腕を伸ばし、サイコロを転がした。
真田の震える指が駒をひとつだけ動かす。本当に真田はろくな目を出さない。

俺はぐたりと突っ伏してしまった真田の傍に散らばっている筒とサイコロを取り上げる。
筒の中にサイコロを入れ、からからと鳴らした。
「待っててあげるから。答えて。今、すぐに」
「…幸村…」
残った僅かな力を振り絞り…といった体で、真田が顔を上げ、縋りつくような目で俺を見る。

「…。言いたくないのかい?」
真田は、まるで気絶でもしたかのようにがくりと首を落とした。

「そう」
真田の肩が、ほっと緩む。

「じゃあ、言いたくないのはどうして?」
ぎゅうっと、真田の肩に力が入った。

「どうしてなんだい?真田」
呻いて真田が顔を上げた。
あなたはひどい人だと今にも叫びたそうなその顔を、俺は目をそらさずにじっと見る。
やがて真田は諦めたように目をそらせ、
「…、っ、ふ」
と、口惜しそうに息を吐いた。
口を割るまで俺が追求する事をやめないと察したのだろう。

「…自分に」
「うん」
「活を、入れる、ために」
「それはどうして?」
俺はサイコロを筒の中から盤の上に転がした。
一と五。
俺は真田の駒をひとつ戻し、自分のをまたみっつ進める。

「真田」
俺はサイコロを入れた筒を盤の上に置き、真田の方へ押しやる。
真田は手を伸ばし、それを倒した。
サイコロが転がり出る。
「…心が…っ、乱れ、たから」
真田は言いながら駒をふたつ動かした。

「それは、どうして?」
真田が倒したままの筒とサイコロを拾い、筒の中に放り入れる。かたんかたんと耳に障る音を出した。
「それは…」
真田が言葉に詰まる。そして真田は何度か唾を飲み込んでいたが、真田の体にまだ半分ほどかかっていた
布団を突然はね飛ばし、ベッドの上を這い動いて床の洗面器を引っ掴んだ。
腹ばいになった真田は自分の胸元に洗面器を抱え、げほうっ、げほうっ、と大きく体を波打たせる。
「……」
発熱してから、何も食べたり飲んだり出来なかったのだろうな。
真田の口からは、何も出てこなかった。

俺は持っている筒を傾け、真田の駒を戻し、自分の駒を進めた。
「真田の番だよ」
言って、かつり、とサイコロを入れた筒を、盤に置く。
真田は空っぽの洗面器を床に下ろすと、ずるずるとベッドの上を這いずり、戻った。

「続きを」
真田が筒に手を伸ばす。
「話して?」
真田の手が止まった。
「早く」
「……」
真田は黙って筒を倒した。のろのろとサイコロに目をやり、駒を進めた。
真田はサイコロを拾い、筒に入れ、それを握って俺に差し出す。
俺は真田の指に一切触れないように注意しながらその筒を受け取った。真田の表情に落胆の色が浮かぶ。
真田が沈んだ顔で下を向くのを待って俺は横目でベッドサイドの時計を見た。

「真田」
「、お」
「うん」
「お…、おまえの、や、病が」

やっぱりそれか。

「うん」
「まだ、治っていないのでは、という、う、噂を」
「うん」
「きいて…」
「うん」
「だから…」
「うん」
「心が…。だから…、ひとまず、落ち着、こうと」
「それでこのザマなの?」
真田の全身が硬直した。

「そんなくだらない噂に振り回されて」

くだらない噂などではない。真田にとって俺の噂がくだらない噂などであるはずがない。

「そんなくだらない噂に心を乱されて」

ちらとでも。
治ったものだと安心しきっていた病気が本当は治っていなかったのではないかとちらとでも、疑いが頭を
かすめてしまった時の真田の衝撃、動揺、苦痛、心労は察するに余りある。

「こんなことに。俺に直接、尋ねていれば」

だからこそ、俺に直接真偽を問い質す前に、先に自分の心の乱れを落ち着けたかったのだろう。
俺から何を聞かされても動揺を俺に見せぬよう。
揺らがずに、俺を支えられるよう。

自分が強くあらねばならぬと、真田は。しかし、

「俺は死なないと、俺は真田に言ったのに」

しかし、今回の事は、真田には少し、荷が重すぎた。
いつもなら、真冬に水をかぶっても平気な真田の肉体が、平気でいられないくらい、荷が重すぎたのだ。

知っている。
だけど真田、俺は、

「許さない」

からりとサイコロを振る。
盤上に自分の駒を滑らせ、真田の駒全てを押し戻す。

「どうして、俺だけを信じてくれなかったの」
「、ゆ」

俺は、真田の手を取って、サイコロの入った筒を握らせた。しっかりと。俺の手で、包み込む。

「これにお前が勝ったら、許してあげる」
「…幸、村…」
「さあ、続きをしよう。真田」



…あれからもう三回もサイコロを振っているのに、真田の駒は全く進んでいないし、俺の進みを止められも
しない。

「ほら、早くいい目を出さないと。俺に勝てないよ?」
俺は立ち上がり、腰をかがめて手を伸ばし、真田の頬から顎を、そうっと撫でた。

「俺に許して、もらえないよ?」
俺の番が回ってくる。俺はサイコロを振り、大きく駒を進める。

「…あ、あ…」
真田の振ったサイコロが、盤の上から、そしてベッドの上からも落ちて、俺の足元に転がった。

「…、くっ…」
真田は盤を脇にどかし、ベッドの上から体と、腕を伸ばす。
「…あ…っ」

真田の手指が、俺の足の周りをがさごそと蠢く。
俺の膝に真田の頭が時々ごつごつと触れたが、構わない。

…階下で、物音がした。

たたたたと軽い足音がひとつ、真っ直ぐにこちらに迫ってくる。

「ゲンイチロー!」
声と同時に、ガチャリとドアが開いて左助が飛び込んできた。
「…さ、すけ」
真田が俺の腿にすがりついて左助の方へと目をやる。
左助の目がまん丸になり、髪がざわりと逆立った。

「さすけー、お邪魔しちゃだめでしょうー」
おりてきなさーい、と、真田のお祖母様からの声が遠くから聞こえる。

「、大丈夫だよお祖母さま!幸村さん、今ちょうど帰るところだって!」
左助は背後へそれだけがなると、ドアをばたんと閉めて真田に取りすがった。

「弦一郎!なにしてるの!」
左助が声を押し殺して叫ぶ。
左助は真田の襟首を掴み子供とは思えないものすごい力で真田を俺から引き剥がした。
ぐいぐい引っぱり仰向けにすると、ドラマよろしく真田の頭を自分の胸の中に抱え込んだ。
「帰れ!」

「わかった」
「あ…、ゆき、むら…」
真田が俺に伸ばそうとした手を、左助が上からばちりとはたいて押さえ込む。
「だめ!」
だめだよ、と左助が真田の目も、耳も、腕で覆った。

俺は手早く双六を片付け、防寒具を身につけた。
荷物を手にし、まだ左助に抱えられている真田を振り返る。

「じゃあ俺はこれで。真田、また続き、しようね」

左助が険しい顔で俺を睨む。
俺はそれに微笑み返すと、部屋から出、真田のお祖母様に挨拶をして、退去した。



重盛とごっしーの双六のアレのときの話。ルールはほんとわかんなくて適当ですスミマセン。 121212

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