全国大会、決勝戦が終わった日の夜。
自室にいた真田の携帯電話が鳴った。
『…もしもし?幸村だけど』
「幸村… どうした?」
『今から、家に行ってもいいか? 話したいことがあるんだ』
「構わないが…」
『ありがとう。じゃあ、また後で』
それからしばらくして、幸村が真田の家にやってきた。
「ごめんね、こんな時間に。
だけど、どうしても、今日のうちに言っておきたかったんだ」
「どうしたんだ、いったい」
「今夜は風が涼しいね。
外で話してもいいかい?」
「あ、ああ…」
「少し歩こうか…」
幸村は真田の腕に軽く触れて促した。
話がある、と言ってきたくせに、幸村は無言だった。
真田も、黙って幸村の後をついて行った。
なぜ何も言わないのか、少し不思議だったが、幸村が話し出すのを待ちたく思った。
昼間の激闘に、まだ少し火照りの治まらない二人の体を、風が優しく撫でていく。
虫の声が聞こえる。
「真田」
幸村がぴたりを歩を止めた。
「幸村?」
「真田」
幸村が後ろの真田を振り向く。幸村は、真田の目をじっと見詰めてから。
「すまなかった」
と、深々と頭を下げた。
「幸村?」
「俺は、お前に、勝つ為にお前の信念を曲げさせた」
「……」
「お前にそんな事をさせておいて、俺はどうだ。負けてしまった。
本当に、申し訳ない」
「…幸村」
「真田、俺は」
「幸村、もう」
「真田、俺は」
「いいから、顔を上げてくれ、幸村」
真田は、幸村の肩を掴んで、幸村の顔を上げさせた。
「真田、聞いてくれ」
幸村は真剣な表情で真田を見る。
真田は黙って頷いた。
「俺は、お前があの時俺の言う事を聞いて、信念を曲げた事、その事を真田が後悔しないだけの」
「男になると、一生かけてでもなると、今日お前に誓う」
「だから、許して欲しい。
真田…」
「ゆき、むら…」
「………」
幸村は、黙ってじっと真田の返事を待っている。
「…俺は、お前を許す」
「ありがとう… 真田…!」
そう言うと、幸村は心の底から安心したように笑んだ。
三月五日、幸村の誕生日。
幸村と真田は一緒に下校の途中。
「幸村、誕生日おめでとう。
これを…、お前に。受け取ってくれ」
真田は、鞄から紙袋を取り出し、幸村に手渡した。
「ありがとう。
開けてみてもいい?」
「ああ」
「あ… タオルだね。
柔らかい… 気持ちいい…」
幸村は取り出すと、頬にあててその柔らかな感触を楽しんだ。
「嬉しい。ありがとう。さっそく使わせてもらうよ」
「……っ」
「真田?どうしたの?」
真田は声を詰まらせたまま、下を向いている。
「さな…」
「二度と… 祝えないかと、思っ…」
「…真田…」
「一年前は… もしかしたら、これが最…っ、かと思うと… 怖くて仕方なかった…!」
「真田…」
「幸村が生きていてくれて、よかった…!」
真田がぶるりと肩を震わせる。
ふと幸村が下を見ると、地面に、雨が降ってきた時と同じような、水滴の落ちたあとがぽつぽつとあった。
「真田、泣かないで…」
幸村が、真田の頬にそっと手のひらで触れた。
「う…、わかっている…っ」
「嘘ばっかり… 全然止まらないじゃないか…」
「わかって、いる…っ」
「真田、もう泣かないで…」
幸村は、そう言って真田を抱き締めた。
「幸村…!」
「真田…」
幸村は、真田の髪をそっと撫でた。何度も。何度も。
「お前が、生きていてくれて… よかった…!」
決勝で負けた日の夜、幸村はああ言ったが、本当は俺はお前が生きていてくれさえすればそれでいいんだ
そう真田は思っている。が、それを口にすることは、頭を下げて誓いを立ててくれた幸村の気持ちを無にする
ことのように思えた。だから真田は言わない。
「真田」
「本当に、よかった…!」
「真田」
「真田、…ありがとう」
「本当に、ありがとう、真田…!」
真田はとうとう声を上げて泣き出した。幸村も、それきりもうものも言えず、はらはらと涙を落とした。
(08/03/05)
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