リョ塚論文



私が最初にリョ塚と銘打って書いたSSをアップしたのが02年12月3日。

それから約10年の月日が流れ、その間に新たに判明した設定もいろいろ。

私は最初のSSで書いたほぼそのまんまの、
『強いテニスプレイヤーとしての手塚には執着してるけど、大和の柱発言を自分に対しても使いまわしたこと
には怒り心頭で、手塚本人についてはもうほとんど毛嫌いに近い状況のリョーマ』
って設定でずーっとやってきましたが、

さすがに無理が出てきました(苦笑)

だって、リョマさんが柱発言について、そもそもあれが大和の言葉だって知っているのか知っていないのかも
わかんないんだもんね!(笑)

…最終的に、
うちのリョマさんはやっぱり、『知ったら怒る人』、だとは思ってます。

原作ではっきり、『一切気にしません』って言われたらもうそれに従うけど(たぶん)、そう言われない以上は
『知ったら怒る』リョマさんのままで。

だけど、
明らかに『知っていない』描写もないかわりに、明らかに『知った』描写もないのに、『知ってる』前提で手塚に
対して、こう、ツーン!て態度なリョマさんを書き続けるというのも、

どうかな?

って思ってしまって。

10年前に
『書き手の私がそれを知ってしまったから』
って理由で勢いあまって書いたものの設定をずっと引きずってこの先もものを書くというのは、

うーん、どうかなァ?(苦笑)

って、いうのを、
たぶんだいぶ前から無意識に思っていたから、
11年末にとうとう、

あれ?アタシ自分のリョ塚がわかんなくなっちゃった。

という事態になってしまったんだと思います(苦笑)

なのでもっぺんちょっといろいろ考え直してみましょうということで、
『見せてやる!俺のリョ塚を! 〜あれから10年経ったよ2012年バージョン〜』
お送りしたいと思います!(笑)

(テニス始めた当時、こういうタイトルのリョ塚についてのトークページがあったのですよ。
改装したときに恥ずかしくなって消したけど(笑)
『見せてやる〜』ってのはアニメの高架下スペシャルで出てきたリョマさんのセリフのもじり。
あからさまに勢いだけでつけたのが丸わかりなのをもっぺん引っぱってくるとか…(笑)
まあ初心にもかえりましょうということで(苦笑))


あ、アニメ設定とか持ち出してきちゃうともう収拾つかなくなっちゃうので(苦笑)、とりあえず原作オンリーで。

てかそもそも、17巻のあのマンガで描かれてる回想シーンの、

『どっからどこまでを大石が口に出してしゃべったか』

ってのがわからないのが問題なんだよなあ…(それこそ10年ひっぱるほどの(泣笑))

大石が、大石の脳内にあること(読者が見て知ってるのはここ)の、どれほどの部分をリョーマたちに話した
のか。
ほぼ全てなのか、ざっくりおおまかになのか。

『15-15』から、『1-0』で手塚が1ゲーム取るまでの間のことなので…
っていっても、時間があるんだかないんだか(苦笑)

跡部のサーブで始まってるので、手塚やや不利。
てことは、少し時間かかったかな?とも思えるし、見た感じふたりともあまり汗かいてないので、さほど時間
かからなかった?とも思えるし…(苦笑)

とりあえず、『先輩の反感を買いそうだから手加減して利き腕封印』てのはしゃべった。

そしてそれをよく思わない先輩もいて、その先輩から暴力を受けてケガしたこともしゃべった。

それで手塚が一度、『辞めます』って言ったこともしゃべった。

こっから、

『それで手塚部長は部に戻ったんですね』、まで

周囲のリアクションがなにもねえええ…!!!(泣笑)

なのでこのとき確実に周囲が知ったと思われるのは以下の6点。

1、『手塚は一年の時点で部の誰よりも強かった』
2、『手塚、先輩に気を遣って利き腕封印』
3、『それをよく思わなかった先輩がいた』
4、『その先輩の暴力でヒジをケガ』
5、『それによる手塚のオレ辞めます発言』
6、『でも手塚は部に戻った』

問題はこの5と6の間です。

ここを、大石は覚えてること全部しゃべってもいいし、
『でも、当時の部長が手塚を引き止めたから(手塚は辞めなかった)』
の一言で済ませても、話は通るんですよね。

ただこの一言だけだと少し説明不足で親切じゃない感じがするので、もう少し話したかなとは思いますが。

って、その、どこらへんまでしゃべっただろうかってことについてはまた後日!
(ちょっと時間が…!(苦笑))

あと、うちのリョ塚の全ての元になってる最初に書いた話、あれどんなんだったっけって改めて読み返して
みたんですけど、なんかすごいリョーマさんが情熱的でびびった(笑)

うわー…

今もっとキライだよね!リョマさん!手塚のこと!(苦笑)

なんてか…
オチが、
今だったら絶対書かないだろうな(笑)
って感じの甘ったるいのんで(あくまで当社比。あれでも殺伐としてると感じる方は感じるかも…)、

たぶんまだテニス始めたばっかりで、あんまりひどいの書くのはどうかなって思って、探り探りだったんだな

って思いました(笑)(たぶん今だったらもっと容赦ないの書く(苦笑)) 
家から叩き出すくらいはしそう(苦笑)

オチは、ちょっと様子見ながら書いた感もありますが、でもまあ『思ったことを過不足なく書く』という意味では
なかなかよく書けてたかなーと思います。うーん自画自賛!(笑)

(12/01/14)



大石がどこまでしゃべったか云々の前に、
なんかもう、解決しちゃったかもしれない(笑)

ええと、原作を見直すことで、最終的にどこにたどり着けば私としてはベストなのかというと、

『リョーマさんが、手塚にツンケンできる理由が見つかる』

これです。
今まで捏造設定の上に立ってあれこれ感想を抱いたり妄想してきたのはわかってますけど、できたらもう
そこはあんまりくつがえしたくない感じで…(笑) めんどくさいんで…(ヒデエ)

今までずっと、2ケタに及ぶ年数を、
素っ気ないリョーマとそれをヘンタイ的(笑)に追い求める手塚
という図でやってきたのに、そこがいきなりラブラブになったりとかしたら、やっぱりちょっと、ねえ!?(苦笑)

と思って原作見直してたんですけど、
なんかうまく、こじつけられそうな感じです(ニヤリ)

ではそこんとこくわしく(数字は単行本の巻数とページ数です)

■17・P139
『でも もう治ったんでしょ?』

私はこのリョーマの表情を見て、大石は大和の柱発言のことまでは説明しなかったんだと思ってたんですが

でも

仮に大石がぜんぶしゃべったとして、
その場合、リョマさんの中で重要度の高いものは

ケガの治ってない手塚に自分は負けた>柱って使いまわしかよ

なのかも?

と思ったら、ぜんぶ丸くおさまってしまいました(笑)(アタシの10年間っていったい)

で、
次のページで大石に
『越前の言う通りだ 2か月前にはもう完治している』
って言ってもらって、
『え?じゃ俺ケガしてる部長に負けたの?(汗)』
って、こっちの心配はとりあえずなくなったんだけど、
かわりに
『つか柱って使いまわしなのかよ(汗)。部長が俺だけに言った言葉じゃないんだ…』
が大きくなってきちゃって、そこに桃のダメ押しの、
『やっぱり ヒジはもう大丈夫そうっスね!』
があって、で、

■17・P147
『それにしてもあの2人…… 
ププッ 会話なしかよ

の、不機嫌そうなリョマさんに至ると。

おお、うまくつながった…!

てゆか他にもいろいろリョマさんは思うところがあったんだと思う。
自分が負けた相手には、いっそ、完璧パーペキパーフェクトであってくれたほうが、負けたがわとしては気が
楽だもんねえ。
そこがそうではなかったこととか、
過去、手塚のテニスに大きく関わった人がいたとか、
その大和が手塚の中で大きな存在なのは気に食わないけど、大和がいなければ青学で手塚に出会うことも
なかった、とか。

リョマさんの中で手塚の存在が大きいのは高架下のエピソードで一目瞭然だし、
『もっと強い左とやったことあるよ』
ってセリフからも、リョマさんすごい手塚を認めてるし、手塚に試合申し込まれて、負けたけど柱になれって
言われたことは、たぶんリョマさんの中では誇りに近いものになってるんだろうって思う。

って思ってた人のああいう過去を知っちゃったら、まあそりゃ
もにょもにょもしますわな!(苦笑)

■18・P40
手塚の過去になにがあろうが、手塚の中に誰がいようが、それもぜんぶひっくるめて、

俺はアンタを倒して、俺しか見えないようにしてやる

と思った上での

『俺に勝っといて負けんな』

だったら。

そういう万感の思いをこめての
『俺に勝っといて負けんな』
だったら。

うわー… 10年前とはまた違う大きな萌えが…!!!!!

えっ、てかこれだと

リョマさん、手塚大好き?(苦笑)

あー…

でも、
でもリョマさんって、仮にそう本人に聞けても

『だって俺ばっかりが部長のこと見てるのって、ヤじゃん?(ニヤ)』

としか言わなさそうだよね(笑)

そして一度自分に向けさせたあとはもう捨てる勢いでお願いしたい(笑)
(どんだけ手塚にひどいことしたいのこの人ー(苦笑))
(うんでもやっぱ、常に互いに、
『もっと強くて魅力的なプレイヤーが現れたら、手塚(もしくはリョーマ)なんて目もくれず即そっちに全力!』
で行かれちゃう危険性ははらんでいてほしいのね。
そういう常に互いの最強最大のライバルでありたいリョマさんと手塚が好きです)

■18・P80
『2か月前に高架下のコートで言った事覚えているか』

手塚もさすがに使いまわしたのはマズイと思ってんのかな、
大和が手塚にそれ言ったって知ってる大石の前では伏せてますね(笑)

だけどもうリョマさん大石からぜんぶ聞いたけどな!!!(笑)

ちなみに今現在、私は手塚がリョマさんに柱って言ったのは、

単に、手塚の語彙が少なかったから。

だと思ってます(笑)

なにか後輩に奮い立たせるようなこと言いたいけど、うまい言葉が見つからなかったから、こう言ったんだと
思ってます。

10年前、使いまわしが発覚してほんっとーに怒り狂っていた私に、
当時の友人が、
『いや、自分がもらって嬉しかった大事な言葉だから、それをそのまま使ったのかもしれないよ?』
って気を遣ってくれて、
せやけど大事にしてたらしてたでそれはそれで腹立つわー!!!(怒)
とかぶーぶー言いつつも、
うん…、まあ…、そうかもな…
とそれで納得したつもりになってましたが、(で、SSにもそういう風に書いたけど)
ごめんねやっぱ無理やった!(笑)

この人とは価値観の違いから今もうつきあいないんですよね(苦笑)
ええ機会やから、この説ともここできっぱりお別れするわー!

つってもまあ、手塚にとってあれがまったく大事じゃなかったとは思いませんけど。
でもなんとなく、
『大事だから大事な人にあげよう』
とか、そういう使いかたをする『大事』ではないような気がします。

■18・P80
『はい』

ここリョマさんが汗かいてるので、今まで、
『(手塚に期待されて)緊張の面持ち』
だと思ってたんだけど、
アップしてたんだからそりゃ汗はかくでしょ、どれどれこの汗をとっぱらって見ると…

けっこう、冷酷そうな顔にも見えるね(苦笑)

怒ってるというか、機嫌悪いというか、
『ちくしょう使いまわしやがって(イラッ)』
ってふうに見えなくもない(笑)

でも、
『ここは手塚に自分を見せつけるチャンス』
とも思ってそう。手塚の中の大和追い出すチャンス!(笑)(それでちょっとカオこわばり気味(苦笑))

■18・P84
『越前』『お前は』『お前は青学の』『柱になれ!!!』

アタシこれずっと手塚のモノローグだと思ってたんですけど、でも手塚のモノローグだったらたぶん、鍵カッコ
つかないよね?

じゃこれ、リョマさんの回想なんだ…!

だけど、手塚に言われたとき、『!』がみっつもついてたかな?(苦笑)
と思って、6巻を確認してみました。

もともとの手塚のセリフは、

『お前は青学の柱になれ!』

これだけ(笑)

てことは、リョマさん、パワーアップさせちゃったんだ、自分の中で…!(苦笑)

エコーかけて、大きく響かせちゃったんだ、自分の中で…!(苦笑)

うわー…!

リョマさん…!!!(リョマさんどんだけ手塚思ってんのって思ったらもうこれ以上言葉にならない)



…リョマさんが。
さっき聞いたばかりの手塚の過去とか、自分と手塚のこととか、
そういういろんなもの抱えて、

それでも手塚のこの言葉を胸に、こんな表情でコートに立つのだというなら

うわーどうしようすごい萌えるんですけど…!!!(じたばたじたばた)

■18・P104
『越前…!』

リョマさんきばったかいあって、手塚も息をのんでます。よかったね!

でもこれ、
『越前…! 30センチも下がってる…!!!(汗)』
てカオだったらイヤだなー!(笑)

■18・P143
ベストテンションリョマさん。
このテンションも、手塚の過去を知って燃えてたんだったら。
手塚の過去を知って、それでもなお、『だったらもうなにもかもまとめて奪ってやるよ!』という、
決意新たに燃えてたんだったらもうすごい燃える。

■18・P147
『そうだ越前その一球で決めてこい』

手塚がご満悦すぎて笑う(笑)

俺の思う通りに育ってるとか思ってんだろうなー。コイツいつかしばかれたらええのに(笑)



…こんな感じでとりあえずここまでー。
昨日の真夜中単行本見ながらえんえんメモ取ってました。ありがとう真夜中テンション(笑)

『リアルタイムで手塚の過去読んだとき腹立って勢いあまってああいう話書いちゃってしかもそれを公式
設定みたいに自分の中ではしてしまってそれでずっとやってきたけどでも今まで原作でリョマさんがそれを
知る機会がずっとなくって新テニスでも大和部長とはニアミスだしどうしよー!(汗)』

って思っての今回の試みでしたが、
なんてことはねえ、

大石が話したあのとき、全部知ってしまった

のだと解釈すればなにも問題なかったのでした(笑)

でもこれも10年経ってからならではだよね〜(苦笑)
あのときは、まだテニスというものをよくわかってはおらず(笑)、そこらへんすぐに言及されるもんだと思って
あまり深く考えなかったけど…

さすがに10年経って、
テニスで疑問に思ったことが作中で解決されることはまずない!(苦笑)
ってわかってしまったら、そらもう自分でなんとかするしか(苦笑)

いやでもしかし、10年経ってもまだ新しい見方ができるてすごいよ。

たとえばこの2012版解釈だと、

『リョマさんは使いまわしって知っててムカついてるのになんにも知らない手塚(笑)』
『大石に、「あ、手塚、そういえばな〜」と過去バラされたことを明るく知らされて愕然とする手塚(笑)』
『なんで話すんだよ!!!(汗)と大石に詰めよって大石を大いに困惑させる手塚(笑)』
『リョマさんにどう言い訳しようかと悶々とする手塚(笑)』
『言い訳しようにもリョマさんに、「なんのことすか?(ニヤニヤ)」とすっとぼけられて涙目の手塚(笑)』
『逆ギレする手塚(笑)』

とか、いろいろできるよねニヤニヤ!(笑)

ああ、10年経っても、まだこんだけ書きたいことがあるなんてすばらしい!

つか私の場合それまでが書かなさすぎたつーのもありますが…(苦笑)

他にも、この先の話にも火種になりそうなのってありますよね。
関東大会決勝、手塚が頼んで自分を真田に当てたとか、リョマさん知ったらこれもやっぱり怒ると思うんだ…
『俺はアンタの人形じゃない!』
とかね。あー萌える。

そういうのについてはまたおいおい単行本チェックしていきますー。

あともちろん、

あのとき大石は柱のことをしゃべってない

って可能性だってそのまま残ってるので、
いつか原作でそれをリョマさんが知ることがあったら、それはそれで萌えです。



てか今書きながら思ったけど、手塚って、かなりリョマさんの人権無視だよね!(泣笑)
関東大会の真田戦といい、こっそりやってるのがまたイヤらしい!(笑)
もー、ほんまアイツいつかしばかれたらええわ!(泣笑)

(12/01/15)



■41・P176
『越前…… お前の全てを』
『この3か月半をこの試合にぶつけて来い』

アタシこの『3か月半』ってずーっと、

青学に入学してから

の期間やと思ってたんですね。
しかし、ペアプリの年表を見て… 思わず二度見した。

あれ…?
4、5、6、7、8…(指折り数える)
だったら、3ヶ月半じゃない。

8月半ば過ぎから数えて、3ヶ月、半、て………(だんだんイヤな予感(笑))

ごがっ…

これって、青学入学からじゃなくて、
高架下からだったんだ!!!!!!!!(滝汗)

手塚、それまでのリョマさんの人生全否定(泣笑)

伊武や玉林の立場って!!!(泣笑) 海堂や乾の立場ってェェェェェ…!!!!!(泣笑)

ほんとう手塚ってナニサマ(笑)

リョマさん、『うぃーっス』とかにこやかに返事してるけど、キミ、今なに言われたかわかってる!?(泣笑)

『俺と戦ってからのお前のテニスがお前のテニスの全てだ』

って言われたに等しいんだけど…

うんでも、リョマさんて聡い子だし、たぶんちゃんと言われたことの意味わかってるよね。
あの日からなんだって。

互いが互いに、
手塚の言うこの『3か月半』がいつのことを指すのか、どんな意味を持つ日なのか、ちゃんとわかってる。
認識を同じくしている。

なんなんだこの人たち。

アタシもうリョ塚の底が見えない…(苦笑)

ちなみにリアルタイムではこのときどう思ってたんだろうと思ったら、
ただひたすら
『手塚は記憶喪失のリョマさんと戦ってないけど、
リョマさんちゃんと高架下のこと思い出してるんだろうなァァァ!?!?(汗)』
と、
『もうすぐ原作終わっちゃうんだろうか(滝汗)』
と、
その二点の心配ばっかりでした(苦笑)

で思ったんだけど、

もしかしたら手塚はカマをかけるつもりで『3か月半』て言ったのかもしれない。

ここで一瞬でもリョマさんが『なんだっけ?』ってカオすれば…
でも、
微塵もそんな表情しなかった。

リョマさんは、ちゃんといつのことを指すのかわかってるし、その日からのテニスが自分にとってなんなのかも
わかってた。

これがもしほんとに手塚のカマかけだったら、きっとアイツ
内心腰ぬかしてたに違いないよ嬉しすぎて(笑)

でもほんとう手塚ってリョマさんに対してびっくりするほど支配的ですよね。
リョマさんええんかそれで(苦笑)

『子供なんて自分の玩具』って言っちゃうお父さんのとこで育ったから、抵抗ないのかな…(えー(汗))

もうアタシ、リョ塚なんてやめたほうがリョマさんのためなんじゃ…
(えっここにきて自分の10年全否定!?(汗))

だけどほんと、よくよく原作読んでみると、
ほんと手塚ってリョマさんをすごく自分のコントロール下に置きたがるし、
意外とリョマさんもそれを受け入れちゃってるんですよね。
(まあ関東の対真田戦のオーダーとかについては知らない(たぶん)だろうから、自分ではそんなに手塚に
いいようにされてないと思ってるのかもしれないけど)

うーん…、とりあえずなんか、すごいびっくりしました。
手塚は自分が手を出してからのリョマさんがリョマさんの全てだって言っちゃうし、
リョマさんもそれ認めちゃってる。
なんか、今まで思っていた以上に、手塚って深くリョマさんの中に入っているよね。
(そっちの意味じゃなくてね(苦笑))

てかこれって気がついてなかったの私だけなんだろうか。
みんな『3か月半』が高架下から数えて…ってわかってたんだろうか(苦笑)

ひゃー、なんか今ごろ動揺してきた(苦笑)

(12/01/17)



今回のテーマは
『では実際手塚とリョーマはどれくらいの期間、一緒にいたのか』
です。
リョマさん大会終了とほぼ同時に青学からいなくなっちゃてるからさ。
今後、リョ塚を書く上で、
『ふたりが直に会って話をする』
というシーンを書くことが可能な期間というのはいつなのか、そこらへん、自分メモとして書き記しておこうと
思います。

まずざっくり、と。

4月始めごろ出会う(約一ヶ月後)5月始めごろ高架下(約二ヶ月後)7月半ばごろ手塚手塚九州へ

(手塚不在期間が約一ヶ月)

8月15日手塚戻ってくる(10日後)リョーマアメリカへ旅立つ

手塚とリョーマが一緒にいたのは、三ヶ月と少し。

では、細かく見ていきます。

■出会い
4月、リョーマが入学後、かつ手塚が遠征から戻ってきた日。
入学式、始業式の日程、そして部活紹介のオリエンテーションの有無などで変わってくるでしょうが、
4月8日に始業式があると仮定して、だいたい10日くらいと推測。

□その他、次の高架下までの細かいエピソードの前後関係

1・P58
『数週間後』
柿ノ木坂ジュニアテニストーナメントは入学式の数週間前
またペアプリによるとリョマさんは昨年9月にアメリカの小学校を卒業したあと、このトーナメントまでの間の
どこかで日本に帰国しています。
早ければ秋には日本にいたわけですが… そこから入学までの間、リョマさんなにしてたんだろう?
40.5によると日本の小学校には入らなかったようだし…(もし入っていたら樺地と同じ書き方になると思う)
入学前にどっかで手塚と会ってないかなー?
でも、リョマさんは徒歩通学圏内、一方手塚は電車通学だからなあ、家は離れていそうだ…

1・P67
『今日は3年生とレギュラーの2年生が遠征でいないから仮入部は明日からだって』
今日→缶倒し、リョーマ対桃
明日(翌日)→レギュラーたちが遠征から帰ってくる、手塚リョーマと出会う

1・P132
『昨日のリョーマ君スゴかったよねぇ』
昨日→レギュラーたちが遠征から帰ってくる、手塚リョーマと出会う
スゴかった→レギュラーのスマッシュ練習をリョーマもやってのけたことを指す

そしてこのセリフと同日にぼろラケットがあるので、

缶倒し(翌日)レギュラー帰ってきてリョーマと手塚が出会う(翌日)ぼろラケット、という流れ。

調べて初めて気がついたけど、ぜんぜん間があいてなかったんだなあ。

なので手塚は出会ってたった二日、スマッシュ練習とぼろラケットのリョマさんを見ただけで、彼をランキング
戦に参加させることを決めているんですね。
いくらスミレの『お目当ての選手』だからって、ちょっとせっかちすぎやしないか(笑)

そして、
1・106
『来週の校内ランキング戦』
缶倒しと同日のセリフです。缶倒し、レギュラー帰還、ぼろラケットが連続した三日間のことであり、おそらく
日曜は完全にオフだろうということと、
2・P9
『1週間も休みゃ逆に体がナマッちゃって』
という桃のセリフを合わせて考えると、桃がいつケガしたかで多少前後するけど、ぼろラケットからランキング
戦まで長くても三日、そしてぼろラケットから週をまたぐために日曜を一日はさむことを考えると短くても二日
程度の開きしかないと思われます。
まあ桃のセリフも、『厳密にきっかり1週間』って感じじゃないのでもしかしたらもうちょっと間があくかもしれま
せんが。

(40.5の青学部活スケジュールはすいません、無視して考えてます(苦笑)
火木日がオフとされていますが、すると、『三日関連続で部活』という状況に無理が出る。
しかし缶倒し、あれはどう見ても正式な部活じゃないだろう、遠征留守番組が空いてるコートを好きに使って
いいってだけで。
ということで缶倒し(木)、レギュラー帰還(金)、ぼろラケット(土)なら辻褄が合うかと思ったら、ぼろラケット
の日、リョマさん授業受けてるんですよね(苦笑)
テニス世界の土曜日が、昼まで授業のある日なのか、完全に休みになっているのか、またはぜんぜん違う
カリキュラムなのか、そこらへんこのみんがどういうつもりで描いているのかわからないので、ごめんなさい
40.5のスケジュールは、基本スルーで(苦笑))

てなわけで、
ぼろラケット

↓おそらく2〜3日後

ランキング戦開始。同日、リョーマ対海堂。

なので手塚は、長くても、たった一週間程度で、
『越前が明らかに試合慣れしていることだ』『それも相当力のある相手と…』
と判断しているわけですね。
試合、って言っても、海堂との一試合、他はせいぜい荒井とのぼろラケットくらいしか見てないのに…
やっぱりちょっと、せっかちなのではなかろうかというか、どんだけガン見してるんだ(苦笑)

2・P82
『まあ明日もランキング戦があるから〜』

というわけで翌日。ランキング戦続き、リョーマ対乾。

2・P179
『そして翌日―』

さらに翌日。リョーマ全勝決定、レギュラー決定、ランキング戦終了。

三日連続でランキング戦をやり、三日で終了したわけですね。

↓?日後

リョーマ、レギュラージャージ受け取る。カチロー父のテニスクラブに行く。

ミツマルスポーツではSサイズのレギュラージャージなんて扱ったことがないそうなので、できるまで少し
時間がかかったかもしれません。
少なくとも、レギュラー決定の次の日にはできあがっていた…、なんてことはないと思うけど…
運動部経験ないので自信ありませんすいません(苦笑)

↓?日後

3・P29
『地区予選は10日後だもんね』
そしてこのセリフと同日にカラーコーン練習

↓7日−エピソード該当日1日−n日後

切原来校

↓n日後

3・P68
『いよいよ あさってから地区予選が始まるね』
なので、カラーコーンからこのセリフまでの7日間のうち、いずれかの日にやってきたわけですね切原は。
あとこのセリフと同日にリョーマと桃のストリートテニス。

↓翌日

3・P113
『昨日』
大会で玉林と当たる前日に、リョーマと桃がダブルスの練習。阿吽のかけ声を決める。

↓翌日

地区予選開始(そしてペアプリによると少なくともここからは5月)
どうもこの日一日で
玉林、水ノ淵、不動峰、寿司屋、越前と試合させてください
まで、やってしまった模様です。
玉林と峰は別の日かと思っていたんですが、はっきりそうだとわかる記述が見当たらなかったので…

そして、
6・P13
『地区予選から8日』
というわけで、

地区予選

↓8日後

■高架下

5・P115
『なお 両校とも5月の都大会〜』
というセリフと、これについてはまた後述しますが章高おじさんの『2週間』というセリフから、
高架下は、出会いからほぼ一ヶ月後の、10日ごろだと推測します。

なので手塚は一ヶ月、自分の手でリョマさんの実力を測りたくて測りたくて悶々としていたわけですね(笑)

□その他、次の手塚の旅立ちまでの細かいエピソードの前後関係

6・P29
『都大会2週間前』
千石来校、ひったくり、神尾と桃がストテニ場で跡部と揉める(全て同日)のエピソードが開始される回の
サブタイがこれであることと、後述する章高おじさんの『2週間』がおそらく高架下を指すことを合わせて
考えると、

高架下

↓翌日

千石来校、ひったくり、神尾と桃がストテニ場で跡部と揉める(全て同日)

↓5日後

6・P103
『さあ いよいよ9日後だ!!』
ということで都大会9日前。
そしてこのセリフと同日に、ラリー練習と汁。

↓8日後

6・P109
『都大会前日』
6・120
『2週間前にヒヤッとさせられたが…』
このセリフの『2週間前』とは高架下のことを指すのだと思います。
で、このとき都大会前日なので、
『2週間』から『9日』マイナス1日の8日を引いて6日、
高架下からラリー練習までの6日間、そのうちの最初の日に、千石、ひったくり、跡部、があった、と。
また、高架下から都大会までのどこかで、ひもダブルス練習もやっていたと思われます。

↓翌日

都大会開始(原作とペアプリによると、5、6月にまたがって開催されていたようです)
この日一日で鎌田、秋山三中、聖ルドルフ戦まで終了。

そして、
9・P169
『1週間後に 準決勝・決勝 5位決定戦が行われる』
10・21
『来週は都大会準決勝なんだよねー』
このふたつから、おそらく

都大会前半終了

↓おそらく翌日

リョーマ銀華へ
だと思われます。試合の翌日がオフというのも自然だし。

10・P56
『昨日はオレの楽しみ邪魔してくれたなあ』
というわけで

リョーマ銀華へ

↓翌日

亜久津青学へ
タカさんが亜久津に会うのも同日。
すぐに事実関係の確認に行き、手を出すなと釘を刺してくれたんですね。タカさんいい先輩…!(ほろり)

↓おそらく4日後

10・P89
『都大会後半(準決勝 決勝)前日』
この日に、ペナル茶と紅白戦。
そしてこの日まではまだ亜久津にやられたところに絆創膏貼ってます。
(それでも当日に比べたらなんぼか軽装備ですが)
そして紅白戦後帰宅するリョーマと桃の衣替えがまだなので、ここまでは5月でまず間違いないだろうと。

↓翌日

都大会後半開始(ペアプリによると6月)
同日、銀華、山吹戦終了。

↓?日後

異種格闘戦

↓?日後?それとも同日?

13・P104
『6月期 校内ランキング戦』
と、いうわけで、
ランキング戦開始。

↓?日後

ランキング戦終了。

↓3日後(おそらく)

14・P27
『桃城先輩が部活に来なくなってから もう3日だよ』
桃、手塚と乾の試合を見てはいなかったようなんですけど(調べるまで気がつかなかった。見ればすごく
勉強になっただろうに、それを見ないなんてよっぽどショックだったのか桃)、自分の試合はぜんぶこなして
いるし、ランキング戦が行われている間の部活にはきていたと思います。
あと、『もう3日』というのが、1、2、3日目なのか、1、2、3、と丸三日経過したあとの4日目なのかははっきり
してませんが、私は3日目だと思っています。

そしてこのセリフと同日に大菊痴話喧嘩勃発、手塚に留学話。

↓翌日(おそらく)

14・P83
『3日も無断で部活を休んだ罰だ いいな』

P27の『3日』とP83の『3日』はそれぞれ、
P27→1、2、3日目という意味の『3日』
P83→1、2、3と丸3日休んで4日目に戻ってきたという意味の『3日』
だと思っているので、『翌日』ということにしています。

痴話喧嘩で不穏な空気が流れた翌日に、
手塚はスミレに呼び出され留学のことを告げられるも断り、その間にリョーマが部活を抜け出して桃を迎えに
行き、戻った桃は手塚に叱られ、大菊は仲直りをし、なぜか桃より戻りの遅いリョーマは手塚に丸コママンガ
でこっぴどく叱られると(笑)

↓?日後

関東大会抽選会(ペアプリによると6月中らしい)

↓おそらく翌日

14・P108
『昨日伝えた通り』
この言い方だと、『昨日』がイコール『抽選会の日』とは断定しにくいので。

このセリフと同日に、乾が海堂に手ぬぐいを渡す。

↓1週間

14・P141
『1週間で振り抜けるとはなんて奴だ…』
というわけで手ぬぐいを渡した日から一週間後です。

↓?日後?それとも同日?

14・P143
『お兄ちゃん 昨夜遅くまで何作ってたんだろ』
とりあえず、桃がハチマキ作っていた翌朝が関東大会初日なのは確実ですが…
海堂が手ぬぐいを振りぬけるようになった日と、桃がハチマキ作ったのが同日かははっきりしていないので。

また、6月期ランキング戦から、おそらく関東大会前日までの間に、手塚とリョーマの『手塚ゾーンで外に
出しちゃえばいいのに』という会話が交わされたと思われます。
(関東以降は手塚が九州に行ったり、戻ってきてからはすぐに大会が始まったり、会場都合で延期に
なっている間はリョマさんが軽井沢にいたり、と、通常の部活が行われている日はもうないだろということで)

そして、
23・P103
『7/13 関東大会』
なことから、この日は7月13日であるとわかります。

7月13日、関東大会初日。大石、手塚負傷。

↓翌日

18・P171
『昨日はよく頑張ったね!』
なので、関東大会初日の翌日(7月14日)がボウリング。

そして、
19・P23、P24、P25
『手塚は明日から…』『九州へ行く事になった』
というわけで、

↓翌日

■7月15日、手塚の旅立ち

29・P83
『8.17』
全国大会は8月17日からなので、手塚は約一ヶ月間、九州に行って不在です。
しかし

23・P103
『7/20 関東大会』
関東大会二日目。
この日の、緑山戦と六角戦の間に
20・14
『油断せず行こう』
と、メールを送ったり、

7月20日に六角に勝って決勝進出が決まり、
23・P103
『7/27 関東決勝』
7月27日の立海戦までの間のいずれかの日に、
(さすがに決勝進出が決まらないうちから越前を真田に当てて下さいって言うほど、手塚もずうずうしくない
だろ(笑))
27・P112
『今回のS1は越前にして頂けませんか』
と、スミレに電話したりしています。

その後、手塚は抽選会の日に帰ってくるわけですが…
(大石になにも連絡しなかったのは抽選会に間に合うか間に合わないかわからなかったからだと思うので、
抽選会の前日や、それよりもっと前に戻ってきていた…、ってことはないと思う)
ここでひとつ、困ったことが。

抽選会のあった日が、
29・P21
『ここで3日後全国大会が行われるんだ』
と、リョマさんが会場を下見しに行った、大会三日前の日と同日なのか、
29・P63
『全国大会まであと2日』
と、更なる高みがあるのなら僕はそこへ行く!!と不二が4thカウンターを成功させた日と同日なのか、
まったくわからないのです(苦笑)

しかし、手塚は
29・P81
『全国大会まであと1日』
と、はっきり大会前日だとわかっている大石との試合以外に、桃との試合もあるので、ここはもうリョマさんの
大会三日前と、同じ日にしておいていいかと。

なので、
8月14日手塚戻る
8月15日おそらくこの日に手塚と桃の試合
8月16日手塚と大石の試合
8月17日全国大会
となり、

■8月14日、手塚の帰還
ということで、ほぼ一ヶ月手塚はいなかったわけですね。

□その他、次のリョーマがアメリカに旅立つまでの細かいエピソードの前後関係

8月17日全国大会初日
比嘉戦。リョーマのおかえりなさーい。

8月18日全国大会二日目
氷帝戦。S2手塚まで終わったところで雨のため試合中断。

8月19日全国大会三日目
氷帝戦の続き。四天宝寺戦。焼肉。

38・P172
『立海との決勝は会場の都合上3日後に延びた』
と、焼肉のときに手塚が言っているので、
20、21、22日で、
決勝は8月22日。

39・P172、P173
『プロになるためドイツに行こうと思っている』
『明日が日本で最後の試合になるかもしれない』
手塚のプロ発言が8月21日。

41・P84
『明後日 全国の決勝があるんだけど…』
22日が明後日、ということは、このセリフの時点で20日。
焼肉の翌日に、軽井沢にきていたんですね。
で、一晩たって21日、枝で石を打てるようにはなったものの、川に落ちて記憶を失う、と。

42・P160
『青学テニス部が全国優勝を決めた3日後、越前リョーマはアメリカへ渡った』
22日から、23、24、25日。

■8月25日、リョーマ、アメリカに旅立つ

・ペアプリ年表との日付の違いについて。
たぶんペアプリって、たとえば『3日後』って言い方だとすると、
1、2、3、4日目と、間を丸三日あけたのを『3日後』
って解釈してるでしょ?
でも私は『3日後』って言われたら、
1、2、3日目が、『3日後』
だと思うわけ(苦笑)
なのでペアプリの日付はそのまま採用せず、原作に書かれている数字(幸村のカレンダーや看板の文字等)
から上記の自分の解釈で導き出した日付を採用しています。



さてここまで、原作の、日付に関わるセリフを書き出しながらまとめてきたわけなのですが、
自分で言うのもなんだけどすごく見づらいので(苦笑)、
ここでちょっと、エピソードと日付、日数だけを抽出してみます。
・矢印の横に数字の書かれていないものは全て翌日。
月についてははっきり断定できないものがほとんどなので、目安程度で。


■4月
缶倒し

遠征に出ていたレギュラーが戻る、手塚とリョーマ出会う(4月10日ごろと推測)

ぼろラケット、手塚、リョーマのランキング戦参加を決定

↓2〜3日後?

ランキング戦初日、リョーマ対海堂

ランキング戦二日目、リョーマ対乾

ランキング戦最終日、リョーマ全勝決定、レギュラー決定

↓?日後

リョーマ、レギュラージャージを受け取る、カチロー父のテニスクラブに行く

↓?日後

カラーコーン練習

↓7日後(この間、うち1日が切原来校)

リョーマと桃のストリートテニス

リョーマと桃がダブルスの練習。阿吽のかけ声を決める。

■5月
地区予選、玉林、水ノ淵、不動峰戦終了、寿司屋、手塚、スミレにリョーマとの試合の許可をもらいに行く

↓8日後

手塚とリョーマが高架下でテニスをする(5月10日ごろと推測)

千石来校、ひったくり、ストテニ場で跡部と揉める

↓5日後

ラリー練習、汁

↓8日後

手塚、病院に行く

都大会前半、蒲田、秋山三中、聖ルドルフ戦終了

↓翌日?

リョーマ、銀華へ

亜久津、青学へ

↓4日後?

ペナル茶、紅白戦

■6月
都大会後半、銀華、山吹戦終了

↓?日後

異種格闘戦

↓?日後もしくは同日

6月期校内ランキング戦

↓?日後(先のランキング戦と同様のスケジュールなら2日後)

6月期校内ランキング戦終了

↓3日後?

大菊痴話喧嘩勃発、手塚に留学話が持ち込まれる

↓翌日?

手塚が留学を断る、リョーマが桃を迎えに行く、桃部活に戻る、大菊仲直り

↓?日後

関東大会抽選会

↓翌日?

■7月(ペアプリによると少なくとも抽選会までは6月。どこで7月になるかは不明。多少前後するかも)
乾が海堂に手ぬぐいを渡す

↓1週間後

海堂が二倍の長さの手ぬぐいを振りぬけるようになる

↓?日後もしくは同日

桃がハチマキを作る

7月13日 関東大会初日、大石、手塚負傷

7月14日 ボウリング

7月15日 手塚、九州へ旅立つ

↓5日後

7月20日 関東大会二日目、緑山、六角戦終了、手塚、部員にメールを送る

↓1週間後(この間、うち1日が手塚からスミレへの電話(だと思われる))

7月27日 関東大会決勝 立海戦終了

■8月
8月5、6、7日 六角との合同合宿(28・P42『3日間』を二泊三日と考える)
8月8日 海堂と柳生が入れかわる
8月9日 氷の女スパイ青学へ
8月10日 氷帝狂詩曲
8月11日 不二、橘と打ち合う

8月14日 手塚の帰還
8月15日 桃、山ごもりから戻ってきて手塚と試合をする、海堂、菊丸、不二、それぞれの特訓
8月16日 大石と手塚の試合
8月17日 全国大会初日、比嘉戦終了
8月18日 全国大会二日目、氷帝戦S2が終了したところで雨による中断
8月19日 全国大会三日目、氷帝、四天宝寺戦終了、焼肉
8月20日 リョーマ、軽井沢へ
8月21日 リョーマ記憶を失う、手塚のプロ発言
8月22日 全国大会決勝

8月25日 リョーマ、アメリカに旅立つ



・試合のシーンはほとんど調べて(読み返して)いないので、もしかしたらデータに抜けがあるかもしれ
ません。(実際、試合中の回想で出てきた阿吽については最初見逃してました)
また、試合のシーン同様、他校のシーンについてもほとんど調べていません。
リョ塚に関係ないものについてはあえて記載していないものもあります。



■まとめ

とりあえずまず、

デートする ヒマもない (泣笑)

とくに手塚が帰ってきてからはすぐに全国大会が始まり、会場都合で中断している間もリョマさんは軽井沢、
空白のところといったら優勝してアメリカに行くまでの23、24日のみ(苦笑)

私がすごくこだわっている大和部長についても、大石がそのことを話したと思われる関東初日の次の、次の
日にはもう手塚は九州に行っちゃうので、大和部長のことについてふたりになにか喋らせようと思うと、関東
初日の夜か、ボウリングの日の夜か、もしくはずいぶん先になってしまうけど、上記の二日か(泣笑)

そもそもなんでこんなことを調べたかというと、
10年前に比べリョ塚が減っているのは、原作が進むにつれどんどん自由度が減ってしまうからでは
と感じたからなんですが…

いやー…、これは…
思ったより、縛りがキツいなと言わざるをえんな!(苦笑)

原作準拠で話を書こうと思ったらね。
たしかに、私が書いているのも二学期以降の話ばっかりだわ。
無意識に、『キツイ』と感じ取っていたんでしょうね(苦笑)

そして。

実際に、手塚とリョマさんが一緒にいた時間はだいたい三ヶ月半です。

えー、この三ヶ月半という数字、
ここをご覧になっている方なら、
一度は目にしているはずですね?(ハハハハハ(汗))

41・P176
『越前…… お前の全てを』『この3か月半をこの試合にぶつけて来い』

私、この手塚の『3か月半』が、高架下から今現在までの期間と合致することに気づいたときにも震え上がり
ましたが、
もうほんと 手塚ぶん投げたい (微笑)

びっくりしましたよー(泣笑)
まさかこんなとこまで合致すると思わないじゃん(苦笑)
(って思っているのは私だけで、もう皆様周知の事実なんでしょうか?)

それにしてもほんと、調べれば調べるほどアタシ手塚にドン引きなんですけど(笑)
なんなのこの人(笑)

上記の手塚のセリフ、
『リョーマの全て』 イコール 『高架下からのリョーマ、手塚と一緒にいたときのリョーマ』
とも、
『リョーマの全て』 の中に 『高架下からのリョーマ、手塚と一緒にいたときのリョーマ』 も含まれる
とも、
どっちにも取れるといえば取れるんですけどさ…

でも、とにかく、
『高架下から三ヶ月半』 と 『一緒にいた三ヶ月半』 の、両方を指しているにしても、
どちらか片方しか指していないにしても、
どうして、
越前にとって自分の存在がそこまで大きいとここまで信じこめるんだアンタは(泣笑)

これからリョマさんが幸村と試合する上で、そんなにお前とのあれこれが重要かと、
小一時間ほど膝つき合わせて問い詰めたい(泣笑)

ここまで書いといて、ふと、

『もしかしたら、高架下からではなく、地区予選からなのかもしれない。
どちらも五月の始めだし、三ヵ月半と言えなくもない』

と思ったりもしたんですけど、
それだと海堂と乾の試合が含まれなくなっちゃうから…
手塚が、そういう区別の仕方をするとは思えないので…
するとしたらきっと、

自分 と その他大勢

だと思うので…(笑)


なのでまあ、当サイトとしましては、
手塚の言った『3か月半』というのは、
『高架下からの〜』も、『一緒にいた〜』も、両方とも含む
ってことで、結論づけたいと思いますー(苦笑)

だって、そのほうが手塚がきもち悪くておもしろいから(笑)

聡い不二と菊丸あたりが気づいて、『手塚ってホント、いったいなんなの!?(泣笑)』って、ふたりで言って
いたらいいと思う(笑)

そして、手塚がこんなんだからリョマさんアメリカに逃げちゃったんじゃー…
という気が、ちょっとだけしました(苦笑)

(12/06/15)(12/06/19加筆して訂正)



以下加筆訂正箇所箇条書き。

・青学入学前のリョマさんの帰国について
・ぼろラケットからランキング戦までの期間 3〜4日→2〜3日
・地区予選から高架下までの期間の根拠 ない→大石のセリフでそれについて指し示すものあり
・高架下から千石来校その他までの期間の根拠 ない→44話のサブタイがそれについて指し示している
・手塚の帰還 8月15日→8月14日

以上を、12/06/19に加筆訂正しました。詳しくは、該当箇所をご覧くださいませ。



ところで。10.5によると、青学には一学期だけで

4月 始業式、入学式、新入生歓迎会、家庭訪問
5月 スポーツテスト、身体測定
6月 衣替え、体育祭、期末テスト
7月 三者面談、終業式、水泳教室・夏期補習
8月 全校登校日、水泳教室・夏季補習

これだけの行事があります…つか、青学って一学期中間テストないんだ!?(びっくり)

えー…、これって…
今の中学校はみんなないの?それとも青学だけが特殊なの?

(ちなみに私が中学生のころはありました。三学期だけは短いから期末しかなかったような気がするけど)

まああるって書かれてないんだからそれに従っておけばいいかな(苦笑)

しかし中間がなくてもなんやかんやで忙しいというか、生徒会長の手塚は、
新入生歓迎会と、体育祭
の、少なくともこのふたつは生徒会長としていろいろ仕切らねばならないのだろうなと思うと、
そりゃ手塚もヒマさえあれば図書館に行って図書委員のリョマさんの姿を探すよね(笑)
(40.5のよく訪れる学校スポット参照)

しかし、同じ40.5の、青学生徒達の声を見ると、

『生徒会副会長 白鳥あかねさん(3年)
会長やテニス部の皆さんの為に、みんなで応援旗を作りました。
全国制覇しないと、皆怒りますよ(笑)!』

と、(笑)とソフトに見せつつも、でもこれほんとは純然たる脅しなんだろうな絶対(苦笑)と感じさせる
生徒会長すら下に見た恐ろしいコメントをよこす副会長の存在が確認できるので、生徒会の仕事は実質この
白鳥さんがぜんぶ仕切っていて、手塚はなにもしていないかもしれない(笑)

(つかアタシ、手塚が生徒会長だって知ったときからずっと、『他の生徒会役員が優秀、手塚はお飾り』だと
思ってたしね(笑)。もうほんとうそれでいいや(笑))

(12/06/19)

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