ここで行き止まり。
もう雪にさえぎられこれ以上は進めない。
車を停めて、我々は歩き出した。
今日の目標は浜益岳。
標高1256メートルの山頂を目指すのだ。
この山には登山道がない。
だから魅力的だという登山家が多い。
「どうせ下山するのに何で登るの?」
と言う質問には、
「山頂で景色を見ながら飲むビールがうまい」
と9割の登山家が返事をするだろう。
今年は雪が少ないので、10分ほど歩くとやぶ越えが始まった。
普通に歩くよりつらい。
両手で竹やぶを掻き分け、足で竹を踏み、前へ進む。
9人の体力には当然差があるわけで、だんだん隊列は縦に長くなっていく。
竹やぶを越えて、視界が広がったところで、隊長が休憩時間を作った。
先についた人から休憩をとり始める。
リュックからお菓子を出して食べたり、水を飲んだりする。
私もチョコレートを食べ、お茶を飲んだ。
メンバーのほとんどが毎週山に登っている。
「私は来週は○○山に登ります」
「私は昨日、○○山に登ったんですよ」
「繁穂さんは?」と言われ、私はとっさに
「私は去年、雄冬岳に登ってます」と答えた。
年に1回しか登らないニセ登山家であることがバレないようにしないと。
スタートしてから2時間ほどで、浜益御殿と呼ばれる山に到着した。
ここは昔、増毛山道の中間点で峠の茶屋があったところ。
茶屋のご主人は、お金持ちの商人が立ち寄ると、殺してお金を奪い、遺体を沢に投げ入れていたという話が残っている。
とても見晴らしが良いところなので「御殿」と呼ばれている。
ここで30分ほど休憩を取った。
私もリュックからバナナを出して食べ、大好きなレモンティーを飲んだ。
メンバーに40歳くらいの女性がいる。
彼女はリュックにウイスキー入りの水筒をぶら下げていた。
彼女も水筒に口を付けてウイスキーをグイグイ飲んでいた。
どうやらみんな、アルコールが入ると調子が良くなるらしい。
浜益御殿を出発した。
途中、アイヌネギを取りながら浜益岳を目指した。
雪に足を取られ、体力を消耗しながらも、何とか山頂に到着した。
山頂でみんなで記念写真を取り、昼御飯を食べることにした。
私も、バーナーに火をかけ、インスタントラーメンを作り始めた。
途中で取ってきたアイヌネギを入れて出来上がり。
アイヌネギはとても苦味があるが、食べていると体が温かくなる。
筋子と鮭のおにぎりもお腹に入れ、体力を回復させた。
帰り道はヒザを痛めないように気をつければそれほど心配はない。
今回もニセ登山家の仮面は剥がされなかったようだ。
下山途中でもアイヌネギを取り、寄り道をしながら林道を目指す。
アイヌネギを探していたとき、後ろから「オーイ」と聞こえてきた。
「次の高台で休憩してくれ」と男性の声だった。
高台に到着した順番に休んでいると、女性が千鳥足でこっちに向かってきた。
両手を羽のように横に広げ、体は右へ左へフラフラしている。
どうやら山頂でたっぷりウイスキーを飲んで、酔いが回ったらしい。
高台に着いた途端、彼女はバッタリと倒れ、そのまま寝てしまった。
30分ほどして、いよいよ出発することにした。
彼女を起こした。
荷物は連れの男性が持つことになった。
彼女は頭をフラフラさせながら、上手に立木を避け、斜面を小走りに降りていった。
竹に足を取られて転んでも、自分で起き上がった。
両手に持っているストックで体のバランスを何とか保とうとしている。
ストックが木に引っかかって転んでも、笹が顔面に当たって転んでも一人で立ち上がった。雪に残った彼女の足跡は、心電図のように行ったり来たりしていた。
太い木にしがみつき、ひざをついてしまった。
もうダメだと思い、メンバーの一人が手を貸そうとしたら、ニヤリと笑った。
そして、自力で立ち上がり、またフラフラと歩き出した。
林道に到着し、車が見えた。
彼女は車の後部座席に頭から突っ込み、そのまま深い眠りに入っていった。
メンバーは彼女が酔っ払ってしまったこに腹を立ててはいなかった。
それより自力で下山したことに深い感銘を覚えていた。
こうして年に一度の私の登山は終わった。
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