先日、機会があって久しぶりにたぬき小路へ出かけた。
昔と変わらないような気もするが、よく見ると馴染みの店がない。
歩いている人達の年齢層も変わったのではなかろうか。
信号が青に変わったので歩き出すと、前から来た女性がニヤニヤ笑っている。
どうしたのだろう。
私の顔にごはんつぶがついているのか?
手に何かを持っている。
指を起用に動かしている。
あれはなんだろう。
近頃はやっている携帯電話というものだろうか。
気持ち悪い。電話を見ながら笑うなんて。

今度は後ろから「よっ、元気か!」と話しかけられた。
振り向くとハリネズミのような髪をした若者がいた。
てっきり私に話しかけたのかと思ったが、目は下を向いている。
私は立ち止まってしまったが、その若者は独り言を言いながら3丁目の信号を渡っていった。
手に何かを持っている。
あれも携帯電話というものだろうか。
ずいぶん大きな声だ。

立ち止まったまま、周りを見渡す。
急ぎ足の人たち。
お店の前で商品を眺めている人たち。
敷物もないのに道路にぺったり座っている学生たち。
私と同じように立ち止まっている人たち。
立ち止まってはいるが、電話の向こうの人と何やら話しをしているらしい。
またある人は、電話を見つめて指を動かしている。
私のそばで音楽が流れた。
私はびっくりして振り向くと、スーツを着た中年が「もしもし…」
私は気を取り直して歩き始めた。

私の行く手を阻むように前から近づいてくる若者。
手を後ろに組みながら、私を睨むように歩いている。
まるで獲物を狙うかのような目をして。
私は右へ避けた。
すると間髪をいれずに彼も同じ方向へ進路を変更した。
そして、後ろに組んでいた手が前に伸びてきた。
命を狙われている!
私はすぐに直感した。
齢96歳、今までにやましいことがなかったとも言えない。
ここで果てるのか。
彼の持っているものが胸に刺さる。
ナイフだろうか。
意識が遠のいていく。
ん!
小さな紙切れが一枚。
「お金に困ったらこちらへお電話を」
彼は次の獲物を探しにいった。

心臓が痛い。
でも私は歩きつづけた。
映画館の前を通るとすごい人だかりだった。
「千と千尋の神隠し」
流行している映画だ。
若い女性がニコニコ近づいて来た。
私と映画を見たいのだろうか?
妻の顔が脳裏に浮ぶ。
私はもう歳だ。君にはもっとふさわしい人がいる。
断るセリフを考えなくては。
そう思ったとき、彼女は私にティッシュペーパーをくれた。
そうか、この映画は泣ける映画なんだ。
なんてやさしい女性なんだろう。
私はあたたかい気持ちになって5丁目をあとにした。