〜 Baker st. 221B 〜
『ベイカー街の亡霊』におけるホームズ様共通項詮索
!!! ATTENTION !!!
ー 映画公開に伴いネタバレ含んでおります。未見の方はご注意下さい ー


10.ハドソン婦人 Hudson, Mrs.

もしもあなたがアパートの大家で、店子の一人が壁に無許可で拳銃で穴を開けたり、
怪しげな化学実験をして臭い煙を出していたり、小汚い子供がウロウロと入り込んで騒いだり、
訪問者は早朝深夜、老若男女問わず、時には物騒な人間が怒鳴り込んだり、
仕事が立て込むと何日も食事をとらなかったり、
いきなり「東洋の奇病」とやらに罹って瀕死になったり、
店子の姿を模した胸像を、一時間おきに動かしてくれと頼んできたり、
いきなり「すぐ食事にしてください!」と大騒ぎしたり、
挙げ句の果てに、店子が原因で放火されたあげく、ある日突然失踪し、
3年後に、その店子がフラリと戻ってきたらどうします!?
こんな問題店子(ホームズ)を、尊敬し信頼して、つくした下宿の大家。
料理の腕は良かったようで「スコットランド女顔負け。」とホームズは評している。
ホームズは、これら全てのことに感謝し、取り決めの家賃より、かなり多額の謝礼を払ったと言っている。
(25/May/'02)

9.ベイカーストリート イレギュラーズ Baker Street Irregulara

ホームズが雇った浮浪児の一団。
ホームズ曰く「12人の警官よりもイレギュラーズ1人の方がいい働きをするんでね。」
大人では潜り込めないような所でも潜り込み、子供だと油断した相手から大切な情報を得たりと、実はホームズシリーズ第一作『緋色の研究』から大活躍している。
リーダーはウィギンズ。イレギュラーズの信頼を集め統率している。
賃金は1日1シリング。目的の物を探した者には1ギニー与えていた。
(25/May/'02)

8.ライヘンバッハの滝 Reichenbach Falls

スイスの中央部に流れているアーレ川の支流の一つにライヘンバッハ川があり、
その川にかかっている複数の滝をまとめてライヘンバッハの滝と言う。
『ライヘンバッハ』と言う滝自体を指す固有名詞ではなく、
『ライヘンバッハ川』にある滝だから『ライヘンバッハの滝』と…なるほど…

下流側にある滝は、マイリンゲンという町から徒歩で約10分ほどらしい。
そこから更に5分ほど上流に、『ケッセルの滝』と言う別名を持つ二番目の滝があり、
また更に上流へ向かって30分ほど歩くと水煙を上げる瀑布があり、
この三つの滝の総称が『ライヘンバッハの滝』。
遠くにはローゼンラウイの村落を見ることが出来る。

この一番上流にある滝の脇に小さな小道があり、その突き当たりでホームズとモリアーティー教授は対峙した。
最後の決闘に当たり、ホームズは教授の手の者に騙されて、マイリンゲンに戻っていったワトソンのために遺書を書く許しを得、その遺書を近くの岩の上に、銀のシガレットケースを重しにして遺した後、二人で取っ組み合いの死闘を演じ、モリアーティー教授は滝壺に落ちた。
その遺体は上がらなかったとされている。
モリアーティー教授の残党が一掃されるまで身を隠した方が賢明と判断したホームズは、
自分の足跡を後ろ向きに戻り、結果、ワトソン騙すことになったが、自分が死んだ話しがリアルだったため、油断したモリアーティー教授の残党は一掃された。
(18/May/'02)

7.モリアーティー教授 Professor James Moriarty

犯罪界のナポレオンと言われている数学者で、有名な『小遊星の力学』と言う論文の著者。
若い頃に二項定理について書いた論文が認められて地方の小さな大学の教授職に就いた。
のちに教授にまつわる、よからぬ噂により教授職を追われる事になる。
外貌は、背が高くて痩せており、は虫類を連想するような顔立ち。
1891年にスイスにあるライヘンバッハの滝でホームズ氏と格闘の後、
滝壺に落ちてその生涯を閉じる。
…ここまではシャーロッキアンなら空で言えるくらい有名。

ホームズが唯一「自分と同程度の知力」と認めた相手であり、
モリアーティー教授の魔の手から逃げるためにヨーロッパを行くホームズが、
それまでの事件のように「アイツならこうやるだろう。」と推測せず、
「私ならこうやって追いかけるから、裏をかくにはこうするしかない。」と、
自分の知力を最大限にし、必死に彼の手から逃げる姿が印象的だった。

三兄弟で、兄は軍人でジェイムズ・モリアーティ大佐、
弟はイングランド西部で駅長をしているらしい。
………あれ?兄もジェイムズ??複合姓!?
(11/May/'02)

6.アイリーン・アドラー Irene Adler

ホームズが失敗したと明言しているのは「男で3回、女で1回。」
その唯一の「女で1回」の相手。
ニュージャージー州生まれの元ワルシャワ王室オペラのプリマドンナで、
スカラ座にも出演経験がある有名なアルト歌手。
近々結婚を控えているボヘミア国王が皇太子時代に、一緒に撮影したツーショット写真と、
幾度かかわした親しげな手紙を使って、婚約を妨げるスキャンダルにすると脅迫した。
ホームズはこの写真を取り返すように依頼される。
調査中にアイリーンは弁護士のゴドフリー・ノートンと結婚式を挙げ、
それの立会人として変装したホームズが立ち会い、半ソブリン金貨を貰った。
結局、手紙のありかは突き止めたものの、国王の依頼を受けたホームズの影を察知し、
二度と写真を使うことはしないと置き手紙を残し、ノートンと写真と一緒にヨーロッパへ逃げた。
結局、ホームズはアイリーンによって出し抜かれた事となる。
それ以来、女性を小馬鹿にしていたホームズは彼女のことを「あの女」と呼んだ。

たかだかツーショット写真で、婚約を解消するような大椿事になるとは、
品性に厳格なヴィクトリア朝時代らしい話しであるなぁ…と思った。
(03/May/'02)

5.セバスチャン・モラン大佐 Sebastian Moran

1840年生まれ。元ペルシャ駐在英国公使第三級バス勲章従男爵オーガスタス・モランの息子。
インド陸軍の士官。インド第一の射撃と猛獣狩りの名手で、虎狩りの最高記録保持者である。
数々の戦歴で、軍人として輝かしい閲歴がありながら、悪の道に歩を進めてしまう。
雇用者であったモリアーティー教授がライヘンバッハの滝に落ちた後、
カード賭博のイカサマ(猿は使わなかったようだ)で、生活していたらしい。

イカサマを見破り、世間に告発しようとしたロナルド・アデア卿を口封じに殺害した数日後、
三年ぶりに帰還したホームズを、ベイカー街の窓に映るホームズのシルエット(ダミー人形)に、
モリアーティー教授の敵とばかり凶弾を放った所を、ホームズとワトソンに取り押さえられ、
駆けつけたレストレード警部に『ロナルド・アデア卿殺人容疑』で逮捕された。(空き家の冒険)
(03/May/'02)

4.『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』
  原題“The Seven per cent Solution”(7%の溶液)

1974年発表。当時26歳だったニコラス・メイヤー氏によるパスティッシュ(※)である。
重度のコカイン中毒に陥ったホームズを、医師として友人として、ワトソンが治療に当たっている間に起きた事件が記されている。

『犯罪界のナポレオン』と呼ばれているモリアーティー教授は、実は単なる地方の数学者で、シャーロック&マイクロフトの両兄弟幼少のみぎりに、家庭教師をしていたに過ぎず、犯罪界のナポレオン云々はホームズのコカインによる幻覚に過ぎなかったり、
中毒の治療に際しては、かの有名なフロイト博士が出てきたり、舞台はロンドンではなくフランスだったりと、新書の帯にコメントを寄せた筒井康隆氏曰く『抱腹絶倒』と書きたくなる気持ちは解る。
…が、私は笑わなかった。
中毒から回復し掛けたホームズが、フロイトの小さな娘と夜中に二人でこっそりとバイオリンの音に合わせて踊ったり、発生した事件を無関心を装いながらも淡々と解決したり、ホームズの女性不信は、幼い頃に負った心の傷が原因だったと判明したり、なかなか胸に染みた。

どうやら『ベイカー街の亡霊』のクライマックスは、これのクライマックスを模した物と推察。
暴走列車の屋根の上で決闘して、相手が落ちていくなんて、まさしくそうだったもんなぁ…
しかも、トンネルにぶつかりそうになったりとか……
そんな感じなので、あの屋根の上にコナン君と犯人が対峙したとき、
“あー、ニコラス・メイヤーだ〜”と思ったし、犯人が落ちるのも判った。
…とは言え、あの状態で犯人が消えるとしたら落ちるしかないか。(^^;
ついでながら、列車の屋根によじ登る際にホームズは、
「ワトスン、ぼくらが二度と会えなくても、きみはぼくのことを懐かしく思い続けてくれるか?」と
差し違える覚悟だったので、蘭ちゃんの自己犠牲も逆推知出来た。

原題の「7%溶液」は無論、ホームズが常用していたコカイン溶液の濃度のことである。

余談ながら、これはユニバーサル社によって映画化されているので、
品揃えのいいビデオ店なら、あるいは置いてあるかも知れない。
もっとも、都内某私鉄沿線の、とある駅の改札を出てすぐ右側にあるビデオ屋に、このビデオが置いてあるのは、独身時代の私が9ヶ月リクエストし続けて入荷して貰った物である。(大笑!)

※パスティッシュ=サー・アーサー・コナン・ドイルの手によって書かれた60編を
 『キャノン(正典)』と呼ぶのに対し、
 他の人物が書いたホームズ物語を『パスティッシュ(偽典)』と呼称する。
(18/Apr/'02)

3.『ボヘミアの醜聞』“A Scandal in Bohemia”

1891年7月、記念すべき短編第一作で『ストランド』誌に初めて掲載された作品。

1888年3月の事件だとワトソンは語っている。
いきなり第一作目から、ホームズの失敗した事件を書いたのも、よく考えてみれば凄いなぁ。

ボヘミア国の国王が、皇太子時代に親しい関係にあった、オペラのアルト歌手アイリーン・アドラーと当時、ツーショット写真を撮ったことにより、近々、近隣の皇女と結婚を控えている国王としては、昔の過ちとも言えるその写真を取り返すべくホームズに依頼。
聡明かつ才女であったアイリーンは写真を気安く渡そうとしなかった。
結局、写真の場所をホームズが突き止めたものも、身近にホームズの気配を感じたアイリーンは写真を持って国外へ逃げ、国王と共にアイリーンの家に乗り込んだホームズは空き家を目の前にして愕然とする。
以後、それまで女性をバカにしていたホームズは、自分を出し抜いたその知性に敬意を表して、
アイリーンに関してのみ「あの女」と称した。

工藤ほど…違った。くどいほど念を押すがホームズ様はアイリーンに対しては“女にしてはやるじゃないか”程度で、恋愛感情は持ってはおりませぬ…
ホームズ様に恋愛感情など持たれてたまるかーーーーっ!!ってのが、ファン的心理?(笑)

(17/Apr/'02)

2.『最後の事件』“The Final Problem”

いたいけな女子中学生が、タイトルからしていやーな予感がしていたのに、
ページを手繰っているうちに指先がかすかに震えて、
ホームズがワトソンに宛てた遺言を読みながら、最後はびゃーびゃー泣きながら読ませた罪な作品。
この年代で初めて読んだなら、ビックリするだけで済んだだろうに、
感性豊かなお年頃に読んだので、あの日の部屋の風景、窓から斜めに射し込む夕日までも、まさに昨日のように覚えている。

1893年の『ストランド』誌、及び『マクルーア』誌12月号に発表された。
ホームズ氏を以てして「犯罪界のナポレオン」と言わしめた、ロンドンに巣くう悪の帝王、
ジェイムズ・モリアーティー教授が、ホームズの功労により自分が追いつめられているのを感じ、
ホームズ氏を亡き者にしようと執拗に追いかけ、またホームズ氏も保身のため、ヨーロッパにワトソンと逃げるが、ついにスイスのマイリンゲンにある、ライヘンバッハの滝まで追いつめられる。
教授の策とは知らずワトソンがその場を離れるようにし向けられ、
それを策と気付きながら、ホームズはワトソンが危険の及ばない所に行ったのを見届けた後、
モリアーティー教授と取っ組み合いの末、二人とも滝壺に落ちた。
1891年5月4日に起きた事件と言われている。(日付の明記はなし)

(16/Apr/'02)

1.ホームズ様推理ポーズ

ロングバージョンの映画予告を見て「ひええーーっ!!」と声にならない雄叫びを上げた原因。
ホームズ様推理ポーズをするコナン&御本尊様でしたが、これが元絵。
『Sherlock Holmes』シリーズのイラストで名を馳せたシドニー・パジェットのイラストです。

小さく見づらくて申し訳ないのですが、二つとも両方の指を軽く付き合わせているのがお分かり頂けるかと思います。
もっとも、足は縮めていませんが、足を椅子の中に折り曲げて膝を抱えてパイプを吸うイラストも(どこかに)あります。
どうしてもその絵が見つからないの〜(^^;
あったら、また気まぐれでアップするかも知れません。
(とにかく絵がちっこいね〜(^^; 本の絵が元々小さかったのと、
 オットに散々注文付けて、携帯電話付属カメラで撮った写真なの。(^^;)

それにしても、著作権者の死後50年以上経っていて著作権が切れているから
イラストをアップするのに気兼ねしないっていいわ〜(笑)


A Case of Identity.
『花婿失踪事件』
The Adventure of
the Copper Beeches.
『ぶなの木屋敷』

(05/Apr/'02)