原価0円のプレゼント


 作:しにを


  「秋葉、今欲しい物ってあるかい?」 「え?」  あまりに芸が無い訊ね方。  でも、自分で出来る範囲の調査では、もうどう足掻いても答えを得るのは無 理のようだった。  もう一つのルートは残っているけど、とりあえず自助努力。それは良いけど あまりにストレートすぎるなと反省しつつ秋葉を見つめる。  こちらの真剣な表情に、秋葉は虚を突かれたような顔で、それでも素直に考 えてくれている。  まあ何か具体的に挙げられてもきっと俺では手が届かないだろうけど、それ で光明が差せば……。 「ありませんね」  しかし、俺の期待はあっさり打ち砕かれた。  しばらく首を捻って思案顔をした後、ようやく口を開いた秋葉の言葉は非常 にシンプルで、それ故にこちらの口をつぐませるに足る力があった。  だが、しかし。  それでも、あえて聞き返す。 「何かないのか?  服とか靴とか、装飾品とか、CDとか、本とか……」  言い募っても、かえって秋葉の顔は当惑の色を深める。 「なんで兄さんがそんなに私の欲しい物に執着するのかわかりませんけど、あ いにく、今あるもので間に合ってますし……。  ごめんなさい、兄さん、お役に立てなかったみたいで」  すまなそうな顔で秋葉に謝られてしまった。  まあ、兄が形相を変える勢いで問い詰めていたら、そうもなるか。  慌てて手を振って打ち消す。 「いや、いいんだ。……良くないけど、秋葉が悪い訳じゃないんだから」 「いったい何なのですか?」 「うん? 秋葉の誕生日がもうすぐだから、何をプレゼントしたらいいのか迷 って、それで……、ああ、しまった」  これだけ露骨に質問しておいてしまったも無いけど、幾らなんでも正面過ぎ たな。  と言うか、普通は気づくよな、言われなくても。 「秋葉?」  でも、秋葉は呆れましたね、といった顔でなく、信じがたいモノを見た顔で 凍り付いている。  俺の顔を見つめたまま、ぽかんと軽く口を開けたままで。 「秋葉、どうした?」 「ブレゼント?  兄さんが、私に、プレゼント……」 「おーい、秋葉……」 「兄さんが誕生日に、私に、プレゼント、兄さんが……」  こっちを見ていながら、俺を見ていない。  ちょっと怖いくらい秋葉は自分の中に入っている。  どうしよう。  だが、幸いにも10分ほどフリーズしただけで、秋葉は再起動してくれた。 「すみません、兄さん。  ちょっと呆然としてしまって」 「いや、いいけど、大丈夫か?」 「はい。私、凶報には冷静に対処できますけど、朗報には気が動転してしまう 性質のようです。まして、こんな不意打ちだと」 「……そんな凄い事言ったかなあ」 「ええ、この幸福感だけで最近のストレスが根こそぎ消えた気がします」 「そうなのか」  確かに、嬉しそうな顔になっている。  なんだか、逆にこっちはどっと疲れたよ、精神的に。 「まさか、兄さんに妹の誕生日を祝うなんてお気持ちがあるなんて」 「人をなんだと思ってるんだ。  まあ、今更黙っても仕方ないな。で、そういう事だと優しい兄としては妹の 喜ぶ顔を見る為に何かプレゼントを、って思う訳だよ。  琥珀さん達からは、主人に対してだから少し変だし、俺が何とかしないと」 「なるほど、よくわかりました」 「そうか、じゃあ、協力してくれ」 「お断りします」  にこやかにきっぱりと。  あれ? 「秋葉?」 「あらかじめ何が貰えるかわかっていたら、つまらないでしょう?」 「まあ、な」 「それに兄さんにしても、せっかく妹にプレゼントをしたのなら喜ぶ顔が見た いとお思いになりませんか?」 「それは、そうだな。せっかくの贈り物なんだから」  頷く俺に、そうでしょうと秋葉は頷く。 「では、ここは兄さんには充分頭を悩まして貰います」 「仕方ないか」  しぶしぶ同意する俺に秋葉は悪戯っぽく笑い、そして穏かな口調で言った。 「大丈夫ですよ。  兄さんが、私の為に考えてくれたプレゼントなら、それが何であれ私には一 番のプレゼントです。絶対に嬉しいに決まっていますから」 「そうなのか?」 「はい」  楽しみにしていますね、と言い残し秋葉は自分の部屋に戻っていった。  うーん、収穫あったような、無いような。  でも、やる気は上昇だ。                  ◇ 「そうですか、秋葉さま、そんな風に仰っていたんですか」 「ああ。琥珀さんの方は?」  すみませんと琥珀さんは頭を下げる。  琥珀さんには、事情を話して協力してもらっていたのだ。  絡め手から、秋葉の欲しがっている物を調べてもらっていたのだけど……。 「秋葉さま、意外とモノに執着しませんから」 「そうだな、あれこれ新しいものを買いまくったりしてないよなあ」 「そうですね、靴でもなんでも一流の自分が気に入るモノをお選びになります けど、さらにあれもこれもとはお望みになりません」 「コレクションとかもしていないしね」  そういう点では我が侭お嬢様な資質には乏しいな、秋葉は。  乏しくて結構だけど。 「どうします、志貴さん?」 「うーん、じっくり考えてみるよ」 「そうですね、本当に何であれ志貴さんが秋葉さまの為に心を砕かれたという 事が何より秋葉さまを喜ばせるでしょうから」 「そういうものかなあ……」  今ひとつピンと来ないのだけど、琥珀さんも秋葉の言葉に何の不思議もなく 同意する。  絶対ですよ、なんて言ったりして。  ふむ? 「では私の方はケーキとか誕生会のお料理に、たっぷりと腕を振るいますね」 「お願いするよ」  でも。  どうしたものかな。  美味しい料理は、お金を掛けるか手間を掛けるかでが決まるなんて言うけど。  喜んでもらうプレゼントはどうなのだろう?  何しろ先立つものに欠けるから。  琥珀さんはご融資しますよと冗談ぽく言ってくれたけど。  せめて手間を掛けないとな、いろいろと試行錯誤して。                  ◇ 「誕生日、おめでとう、秋葉」 「おめでとうございます、秋葉さま」 「おめでとうございます」  誕生会。  とは言っても普段の四人だから、本当にささやかだけど。  友達でも呼んだら、と勧めたけど、秋葉自身が身内だけでと望んだのでこう いう形になった。  二種類のスポンジが美味しそうなケーキが据えられ、ロウソクを秋葉が吹き 消し、シャンパンの栓が景気良く開けられた。  そして、秋葉のお祝いは始まった。  普段の琥珀さんの料理も美味しいけど、今夜のは段違いに凄い。  何日も前から仕込んでいた料理や、普段はあまりに手間が掛かるのでなかな か作れない一品など、手の込んだ美味しそうな皿が処狭しと並んでいる。  結構お手伝いしたけれど、琥珀さんは全然労を惜しまずに料理していて、こ の壮観さには感動させられた。  そう率直に言うと、琥珀さんは珍しく真っ赤になってしまって言葉も出なく なってしまった。  志貴さんの時にも腕を振るいますからね、と最後に言ってくれて。  秋葉は楽しそうに、ケーキを突付き、グラスを傾けている。  琥珀さんはにこやかに笑って、秋葉と話をしていて、翡翠もいつになく和ん だ顔でちびちびとアルコールを舐めている。  そろそろ頃合かな。   「秋葉」 「は、はい、何です、兄さん」  声が上ずっている。  ちらと俺が後ろ手にしているのを目で確認している。  まあ、何が起こるのか察しはついているだろうけど、あえて気づかない振り。 「実は……、おまえに贈り物があるんだ。  誕生日のお祝いの、プレゼント」 「嬉しいです、兄さん」  小さな包みを秋葉に渡す。 「誕生日おめでとう、秋葉」 「はい……」  感激している。   「よかったですね、秋葉さま。ね、翡翠ちゃん」 「はい。おめでとうございます」  ここまではいいんだが。  さて?   「開けていいですか、兄さん?」 「ああ、好きにするといい」  皆が見守るなか、秋葉が包装紙をゆっくりと剥いでいく。  破いたりしないよう、丁寧に。  中から、紙製の平たく細い箱が出てくる。  まるで、商品券とかが入っているような。  実際、そのものずばりなんだけど、入れ物は。 「では……」  妙な緊張感。  秋葉と俺はもちろん、傍で見守る琥珀さんと翡翠まで息を呑んでいる。  白い秋葉の手がゆっくりと紙蓋を取り去る。 「え、これは……?」 「……?」 「何ですか、それは」  思った通りの反応。  秋葉がそれを取り出す。  全部同じ紙の束。 「朝食券。遠野秋葉のみに有効、遠野志貴……」  表面の文字を秋葉が口に出して読み上げる。 「有効期限なし……、*前日までに渡して下さい」  琥珀さんも横から不思議そうな顔で呟く。 「兄さん、何ですか、これ?」 「まあ、わからないだろうなあ。説明するよ。  お手伝い券とか肩叩き券って知って……、いないよな、そうだよな」 「お手伝い券……、琥珀か翡翠は知っている?」 「いえ、わたしは存じません。姉さんは?」 「わたしも初めてです」  そうだろうな。  こういう文化は無いだろうなあ、この家には。 「これは小遣いが乏しい小学生とかが親の誕生日のお祝いとかに渡す、古来よ り伝統ある慣わしなんだ」 「はあ、伝統ですか……」 「小学生って、兄さんはもう……」  手で秋葉を制して、説明を続ける。 「まあ、聞けって。ようするに、貰った人は、買い物とか掃除をさせたいと思 たり、肩叩きして欲しい時にそれを渡せば、無条件でして貰えるんだ」 「ふうん、そういうものがあるんですか」 「要するに労働力のチケットみたいなものなんですね」 「まあね」  秋葉がちょっと感心したように、朝食券を手に取る。 「志貴さま、でも朝食券というのは、何をするのですか?  姉さんの代わりに食事を作るのでしょうか?」 「いい質問だ、翡翠。  料理はさすがに無理だな。それはだね。  秋葉……、前の日にそれを渡してくれたら、翌日の朝は出来るだけ早起き、 いや絶対に早くから起きて、秋葉と一緒に朝食を取るから」 「え?」  秋葉の驚いた顔。 「いつも、もっと早く起きてくださいとか言われているだろ?  さすがに毎日は無理だけど、それを使う時は頑張って早起きするからさ。  秋葉と一緒に朝ご飯食べる為に」 「兄さん……」 「本当はこんなの無しでももう少し秋葉と一緒にいられる時間を取らないとい けないとは思うんだけどな。  百枚あるから、それで慣れて少しは早起き出来るようになるといいかな」 「……」  秋葉は黙っている。  う……。  さすがに、こんなのじゃダメか?  苦肉の策だったのだけど。   「やっぱり、こんなのじゃかえって秋葉を怒らせちゃったかな」 「いえ、嬉しいです」  秋葉がにこりと笑って、紙の束を抱き締める。  僅かに目尻が……、泣いているのか、まさか? 「大事に使わせて貰います。思いも寄らないものでしたけど、確かに私が何を 喜ぶか考えて下さったようで、それがとても嬉しいです」 「よかった」  一安心。  ほっと溜息をつく俺に琥珀さんのにこやかな声。 「でも、志貴さん、起きられるんですか?」 「うーん、前の日に早く寝るか、最悪は徹夜してでも……」 「そんなのダメですよ、兄さん」 「翡翠ちゃん頑張らないと」 「は、はい……」  翡翠がなんだか使命感に満ちた顔をする。  ちょっぴり顔に陰が差している辺り、悲愴感すら感じさせる。 「いや、翡翠に世話掛けるんじゃ何にもならないから、自分で頑張るよ」  ちょっと不安だけど。 「でも、良く出来ていますね、このカード」 「うん、有彦の処でパソコン借りてね、きちんとデザインして印刷したんだ。  さすがに手書きでこれだけはきついから」 「さてと、そろそろメインディッシュを出しましょうか」 「まだ、あるの、琥珀?」 「ふふふ、とっておきですよ。志貴さん手伝ってください」 「OK」  そんなこんなで、秋葉の誕生会での楽しい一時は終わった。  とりあえずは成功。  今から、ちょっと不安だけど、ああも喜ばれると応えないとな。    それと最後に。  お誕生日おめでとう、秋葉。    《了》 ―――あとがき  秋葉の誕生日記念SSです。  珍しくほのぼの。  案外、秋葉って欲しいものなさそうで、要は志貴が傍にいれば幸せかな、と いう辺りからの発想ですね。    落とし処がなくて、へなへなですけど、みなで仲良さそうな平和な遠野家と 言うのは書いてて楽しくてよかったです。  読み手はどうなのか非常に疑問ですが。  お読みいただいてありがとうございます。   by しにを(2002/9/22)
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