決壊

作:しにを


※本作品は『Crescendo』(D.O.)の二次創作であり、あやめ姉ちゃんにも うズッポリとやられた方だけに向けたお話です。 ※と言うか、なんというか自慰的な作品ですので、筆者のように「今度生まれ変わった ら出来すぎた姉に歪んだ愛情注がれて破滅する人生送りたい」とか真顔で語るような、 方向性の誤った姉属性持ってる人向けです。念の為。多分そういう人でないと……。
 あやめは、ぼんやりと目の前の椅子を眺めていた。  残ったのは自分一人。  だが、今までの残滓が残っている気がする。  弟の姿、声、匂い、そして目に見えぬ空気。  自分の部屋へ戻っていた涼を追いかけようとして、あやめは躊躇した。  そのまましばらく、あやめは見えぬ弟の後姿を凝視し続けて、力なく椅子に身を預けた。 「ねーちゃんはどうしたいんだよ。オレがこの母親ってのと、一緒に暮らした方がいいと 思うのか?」  ……押さえ切れない感情の込められた声。 「……オレの気持ちはどうでもいいんだな」  ……叩きつけるように激しく、そして沈み込むような重い声。 「わかったよ。考えさせてくれ」  ……ほとんど悲鳴のような声。  今のやり取りが頭の中で何度も再現される。  繰り返し涼の声が甦る。  失敗した……。  胸のうちの想いとは別に、妙に冷静にそう判断する自分がいる。  そしてその自分は続けて分析する。そもそも上手く話をする事など出来る訳がないと。  あやめ自身が結論を出していないのだから。 「……しょうがないじゃない」    ぽつりと呟く。  自分に対してとも、涼に対してともつかない言葉を。  無意識のうちにあやめは片方の手を、指先を握り締めていた。  大事な宝物に触れるような仕草で。  さっき涼の手が触れた処。  そう、久々に涼に触れた……。  喜んではいけないのに。  そんな事を自分に許してはいけないのに。  そう思ってもあやめは己の手をそっと握り締めていた。  階段をゆっくりと上る。  出来るだけ静かに。  それはあやめの意識せぬ動作だった。  部屋にいる涼の妨げにならぬように音を立てない習慣的な行動。  廊下の涼の部屋の前であやめは立ち止まった。  涼に会いたかった。  涼に何か言ってやりたかった。  でも、今は掛けるべき言葉が何も無かった。  結局、あやめは少し佇むと立ち去り、自分の部屋に向かった。  ベッドに横たわった。  どっと疲れが押し寄せる。  肉体的な疲れもあるが、精神的な疲労が大きかった。  しかしそれを癒すより深める方向に思考は向かっていた。     この体も心も、弟の為のものだった。  親不孝な、いや人として最低な自分の出来る、せめてもの償い。  どんな形であれ愛していた父と母の死に対して喜ぶ気持ちを、安堵を、持ってしまった 自分には、せめて弟を立派に育てる事で罪を償う事しか出来ない。  いや……。  許されはしないだろう。  でも死んでからも父と母に謝ることは出来ない以上、せめてそれだけは、と思う。  だから、働く事を辛いと思った事は無い。  時に、もっと収入を得られる仕事に惹かれる事はある。  もっと涼に楽をさせてあげられたら、贅沢をさせてあげられたら……。  そう思う事はある。  取り得など何もない女だが、少なくともとも二十三という若さの女ではある。社会でど の程度の商品価値があるかは知っている。  幾らでも己を代償としてお金を手に入れる方法はある。  涼の為ならこんな体を汚すのは何でもない。  涼以外の男に触れられたくなど無いが、同時に涼の為ならこの体を道具とするのは構わ ないと思う。  ただ、同時に涼の為に、絶対そんな真似は出来ない。  姉がそんな事をしていると知ったら、どれだけ傷つくだろう。  そんな姉を軽蔑するのならまだ良い。  自分の為にそんな真似を、ときっと己を責めるだろう。  そういう子だった。  おそらくあやめの推測は正しく涼の人となりを捉えていた。  それに、傷つこうと汚れようと、どれだけ辛い思いをしようと構わないが、涼の姉とし てだけは完璧になりたかった。  優しい姉に。  涼が恥ずかしくない姉に。  優しい涼が恥ずかしくない……姉?  笑いが洩れる。  ひとりでに口が歪んだ笑いを浮かべる。  なんていう欺瞞。  そういう態度を取れば取るほど、姉として演じれば演じるほど、涼がより傷つくのを知 っているのに。  それが涼の逃げ道を塞いでいると知っているのに。  結局は自分が弟の人生を駄目にしている。  理性はそうあやめに語っている。  あれから三年が経った。  涼の高校の三年間がもう終わろうとしている。  人生の中でも活気に満ちた、後の人生でもその輝きがまぶしい期間。  そんな高校生活を涼はどう過ごしていただろうか。  中学生の頃から、明るくまっすぐな性格という訳ではなかったが、友達もいたし、それ なりに楽しく毎日を送っていたと思う。  それが……。  今はどうだ。  友達を家に連れてきた事があっただろうか。  話の中で高校生らしい無謀で馬鹿で、でも楽しそうなそんな出来事を口にした事があっ ただろうか。  そんなものはほとんど涼の口から洩れた事は無い。  自分が涼から奪ったのだ。  涼のかけがえのない高校生としての大事なものを。  無口で無愛想な、人付き合いというものに希薄な少年。  本当はナイーヴで優しい男の子なのに。  姉である自分が奪ったのだ。    それだけではない。  あやめの心の中の弾劾者が叫ぶ。  おまえの真に醜悪で歪んだ魂はそれを悔いつつ別の感情を有していると。  涼に、弟にすまないと思いつつも、その事実を喜んでいる。  弟が他者との接触を希薄にしている事を、密かにそれを喜んでいる自分の存在がある。  どれだけ否定しても、その歪んだ喜びは心に在る。  自分だけがこの優しい繊細な少年を知っている。  自分だけが弟の優しさを知っている。  自分だけが涼を知っている。  その事実はあやめに昏い喜びをもたらしていた。  そうだ。  私と分け合った傷痕故に、涼は……。    憐憫。  弟への、涼への。  自分への、馬鹿な女への。  そしておぞましいこの体。  さっきから涼の事を繰り返し繰り返し考え、さっきのやり取りを何度も頭の中で再現し ている自分は……。  克明に涼を思い描き、条件反射のように汚そうとしている。  いつものように。  いつものように。  涼の姿態を、言葉を、表情を、匂いを、頭の先から足のつま先まで何もかもを。  考えて、思い起こして、自分は、欲情している。  姉であろうと考えているのに弟を。  ただ一人残った大切な家族を。  自分より年下の少年を。  頭の中で汚そうとしている。  初めてではない。  禁忌とも思っていない。  数え切れない回数にまた一度加わるだけ。  涼の心の傷を、ただ一回の過ちを、何度も思い出し、今の涼の姿に重ね合わせて。  酷い。  酷すぎる。  やはり私は人間じゃない。  涼、姉ちゃんはやっぱり、涼の姉さんなんかじゃない。  こんな姉ちゃんいらないよね、  涼……。  ……。ふふふ。  一人で妄想し断罪し涙を流して、そして……。  そして、ほら、こんなに濡らして、下着を汚している。  弟を失うかもしれないという不安で動揺し、そしてそれで自分を可哀想がって。  恥知らず。    ・  ・  ・  いいわ、慰めてあげる。  指をゆっくりと、激しく動かす。  じんわりと体中に快感の波が広がっていく。  声を洩らさぬ為に唇を軽く噛み締める。  自らを慰める行為を繰り返す度に思い知る。  涼を幸せにしてあげたい。幸せになって欲しい。  どんな事をしてでも。  姉として、あるいは死んだ両親の代わりとして。  引け目無く家族として涼を弟を愛していると言える。  でも。  でも同時に。  姉である事を否定したい自分がいる。  成長する弟の姿に心を奪われている自分がいる。  あの時の一度の交合を思い出し、何度も何度も頭の中で弟の体を弄び貫かれて悦びの声 をあげる自分がいる。  ほら、もうすぐだ。  自分の指を綺麗な涼の指に重ねて……。  高まる。  もう少し。  もう少しでつかの間の絶頂に。  肉体だけの悦びが……。  その時ドアが叩かれた。  一瞬で陶酔は消え失せる。  涼だ。  ビクリと身を起こす。  まるでその恥知らずな所業を知られたかのような動揺。 「……涼?」 「うん」 「なに?」 「……さっきはゴメン」 「……いいよ。姉ちゃんの言い方も悪かったし」 「そんなことないよ」 「うん……」  ドア越しの会話。  あの時以来三年間、涼がこの部屋に入った事は無い。 「……よく考えて、あんたがいちばんいいと思うようにしなさい。姉ちゃん、そのとおり にするから」 「うん」  まだ体にさっきの熱が残っているのに、心は姉に戻っている。  心からの誠意を込めて、あやめは涼に話し掛けた。  どれだけ涼に想いが伝わっただろうか。 「……おやすみ」 「おやすみ」  涼の足音が戻っていく。  心なしかそれは重い足取りのようにも思える。  ドアの閉まる音を聞いてあやめは深く溜息をついた。  もう耐えられないかもしれない。  本当の姉以上に姉である事に。  あさましい女である事を抑える事に。  その二つの狭間を行き来する事に。  もう自分は耐えられそうに無い。  せめて涼が誰か素敵な女の子を、自分以外の誰でもいいからずっと優しく涼の事を愛し てくれる女性を、見つけてくれていたら。  自分がどう転んでも涼の姉であると気付かせてくれたら。  そうしたら心に傷を負いつつも、心から姉として祝福して上げられるのに。  狂ってしまう。  このままでは狂ってしまうよ、涼。  姉ちゃんを助けてよ、涼……。  ……。  ひとりでに笑みが洩れる。  嘲笑。  自嘲の笑み。  なんだ……。  なんた、結局は自分の事を考えているんだ。  涼の事を考えていながら、結局は自分の事を。  ……。  ごめんね、ごめんね、涼。  こんな最低な姉ちゃんで。  こんな最低の女に愛されて、縛られて。  ごめん、涼。  姉ちゃん、もう耐えられないよ、涼……。  涼……。    《FIN》  ―――あとがき  うわあ、生半可な珍奇プレイの18禁SSなんかよりよっぽど、恥ずかしいです。  言い訳出来ない位、内臓まで晒しているのがわかる出来。  多分書いている当人以外(でも?)面白くないでしょう。  きっと、本編のあやめさんともズレていると思います。  でも、これがあやめさんなんです、俺世界の。  ええと少しでも『Crescendo』に興味持った方はプレイしてみて下さい。D. O.のHPに本編の断片が納められています。それで感じるものがあれば期待を裏切りま せん。どのシナリオも素晴らしいです。      by しにを  (2002/5/3)
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