翡翠色の化石














    ──コンコン。




    ドアをノックする。

    「入っていいよ。翡翠。」

    そう答えを聞いてから、私は部屋に入る。

    「失礼します。志貴さま。」

    ───と。





    志貴さまは、今は、ベッドに寝ています。

    そう、彼は、そう長くないそうです。

    それでも、笑ったりできる志貴さまと私はずっと二人でこのお屋敷で

    過ごしていたのです。

    「やぁ、翡翠。今日は、気分よくてさ。秋葉が読んでいた本を読みたいんだけど

     適当に何か持ってきてくれないか?」

    微笑んで志貴さまは言う。







    午後、乾さまが見えました。

    志貴さまが倒れてから、何度か来てくれています。

    二人が話しているのは、楽しそうで、

    『やっぱり親友なんだなぁ』と思わせてくれます。

    乾さまは、最初の印象は怖かったけれど、でも、今は、とてもよくしていただいております。

    大体、月に二回くらいは、必ず来てくれますし、私にも、気軽に接してくれる

    のは、とても嬉しいです。

    部屋からは、笑い声が聞こえます。

    二人とも、『腐れ縁』というのに楽しそうです。

    多分、そういうのが、『親友』なのでしょう。

    私には、そういう方がいないので、少しだけ羨ましく思います。

    それに、何よりも、乾さまは私の知らない志貴さま、を知っているのです。

    




    ───がちゃ

    乾さまが帰られるようです。

    挨拶しなければ、と向かいました。

    乾さまはちょうど、部屋の前の廊下の壁にもたれていました。

    私に気付いて、

    「ちょっといいか?」

    と仰って、客間に向かいました。

    



    「遠野は・・・もう長くないんだろ?」

    いきなり、そんなことを言われました。

    私が答えられずにいると

    「俺はさ、勘ってものには自信あるんだ。それに、遠野とは長い付き合いだからな。

     翡翠ちゃんが知ってるんなら、聞いておきたいんだ。アイツとは、親友だったんだし。

     残りの時間、アイツのことを忘れないようにしたいからな。」

    そうやって言います。

    私も、感応者としての血が、志貴さまがそう長くないのを知らせていました。

    おそらく、始まりは、あの事件。

    シキによって、秋葉さまが殺されました。

    シキを『殺して』、命を取り戻した志貴さまですが、もう、志貴さまの命は

    『死んで』いたのです。

    だから、始まりはおそらく、あの日。

    徐々に、その影響が出てきたのは、半年前。

    あの日から、4年経っているけれど、そうなのだと思います。

    ・・・なんていう、因果。





     でも、志貴さまは、そうなっても、私の側で、ずっと一緒に居てくれたのです。







     「えぇ。おそらくは。」

    私は意を決して、乾さまに言いました。

    乾さまは、「ふぅ」と、大きなため息のあと、

    「そうか。うん、じゃ、二人の邪魔にならない程度に、ここには来させてもらうよ。」

    とだけ、笑顔で言って、

    「じゃ、帰るわ。」

    と、帰っていかれました。









    そして、10日ほど経った日、志貴さまの容態は悪くなる速度が上がったようでした。

   それでも、いつも、私には、笑顔で、優しく接してくれて・・・

   いつも、私は、志貴さまの部屋を掃除して、いつものように、一緒に話して、

   そして、眠るのですが、廊下に出た途端、目から涙が溢れました。








    ―――どうして、貴方はそんなに優しく、強い瞳でいられるんですか・・・。







    そう、呟きながら。










    毎日、そんな生活をしていて、1ヶ月くらいが経ちました。

   私が志貴さまの部屋の掃除をしていると、

   「ねぇ、翡翠、今日は、海に行きたいんだけど、いいかな?」

   急にそう仰いました。

   はっきり言って、志貴さまが外出するのは、ダメだと思いました。









    ・・・でも、それ以上に






       その瞳が、






       
        その声が







     
         私に否定することを許さなかったのです。













     私は、そうして、車の手配をして、着替えて、志貴さまの部屋に行きます。

    そうすると、今までが嘘のように、着替えて志貴さまが座っていました。

    そして、あの笑みで言うのです。

    「それじゃ、行こうか。」

    ―――と。

    二人で車に乗り込んで、海に向かいます。

    そうやって、浜辺に着いたのですが、志貴さまは、なぜか眠っていました。
 
    「志貴さま、着きましたよ。」

    あくまでも、いつものように、と心がけて、私は言いました。

    






     浜辺に辿り着くのも、志貴さまには大変だったでしょう。

    でも、私が手を貸すのを断って、波打ち際の近くまで、やってきました。









     「運動不足が祟ったよ。本当に情けないね。」

    志貴さまは、それでも、すっきりしたような顔で言います。

    でも、汗の量は普通ではなくて・・・。












        ―――ザッ











    いきなり砂の上に志貴さまが倒れたのです。

    「・・・は・・・はは。ごめんな、翡翠。」

    「志貴さま!」

    私は志貴さまの身体を抱いて叫びました。

    心の底から。

    「うん・・・翡翠と・・海に・・・行ったことって少なかったから・・さ。山のほうが多かっただろ?」

    あくまでも、いつものように振舞って。

    それでも、身体には力がなくて・・・。

    私の体に、その重みが、全然伝わらなくて・・・。

    「・・・どうした?翡翠。なんで・・・泣いてるんだ?」

    弱々しく微笑みながら、言います。

    「泣いて・・ませ・・・ん、ただ、砂が、目に入ったんです。」

    そうやって、私も、笑顔でいようとしました。

    「・・・ハハハ。よかった、翡翠が笑ってくれるのが嬉しいんだ。」


    だんだん、


      志貴さまの、瞼が
 

        落ちていって・・・


    「やっぱり・・・翡翠、ごめんな。もっと、いろんなところに・・・・・・。」

    それを遮って私は、

    「志貴さまに、お仕えできて・・・翡翠は・・・とても、幸せでした・・・。」

    聞いた志貴さまは、

    










        ―――ありがとう












    とだけ、それだけの言葉を残して、瞳を閉じました。











 







    「どこまでも、お仕えします。志貴さま。」

 

















     いつか、姉さんの部屋にあった薬で、

    「絶対に飲んではいけませんよ。」

    と言っていた、毒の瓶を、ポケットから出して蓋を開けました。

    胸には志貴さまを抱きながら。

     









      ―――それを、一息に、私の中に流し込んだのです。
























      















     「翡翠、こんどは、どこに行こう?」














      「志貴さまが決めてください。」


















       「ずっと、側にお仕えしますから・・・。」





























       〜〜〜End〜〜〜

























    あとがき



   こんばんは。

   TAMAKIです。

   ここでは、久々の寄贈になってしまいました。

   今回は、翡翠のお話。

   個人的には、グッドな方向に考えていたのですが

   悲観的になってしまいました。

   これは、結構前に、僕が書いたSSの、「翡翠色の翼」という話の対になる

   カタチで書いたものです。

   うぅ、もっとうまくなりたいです。
 
   では

   また、別のお話で。





                                



  *TAMAKIさんは、ご自分のサイト(「夢幻月華」)で『翡翠色の翼』という対になる
   作品もお書きになっています。是非御読みになって下さい。こちらです。

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