「ふぅ」  いつになく疲れた声を出して、美綴綾子は教室へと戻った。  気力にしても体力にしても、同年代の少女の平均を遥かに超えている彼女が、こんなに 溜息をつくなど珍しい。  授業が終わってから、まだ運動もしていないというのに。   「あら」  誰もいないであろうと思っていた教室の戸を開け、綾子は少し驚いた顔をした。  無防備な表情を少し改める。 「氷室さん」 「うん」  本から顔を上げて、少女は頷く。  一応は会話になっているような、なっていないようなやり取り。 「なんで?」 「それを訊くかね?」  疑問を疑問で返され、綾子はふむと考える。  と、すぐに答えが浮かぶ。  なるほど、訊くまでも無い。 「私が美綴で……」 「氷室という苗字は近い。  つまり、私も進路相談だったということ」 「そうよね」  特に問題なければ、名前の順で行われる面談。  は行とま行とあれば、同一日となっていてもさほど不思議ではない。 「部活を休んだのね」 「ああ。美綴さんと同じだ」   「面白くないかね?」 「え?」 「遠坂凛が、ゆっくりと変わった事が」 「遠坂……」 「距離を置いていた彼女が、手のひら返しとは言わないまでも、少し変化した。  あれほど振られつづけた昼食を一緒に取ったりするほどにはね」 「私は……」 「あるいは本人にはわからずとも、見ている者にはわかるのかな?」 「見ている……」  今日は驚きの連続だった。   「美綴さん」 「え?」  頬に柔らかいものが触れた。  手のひらだと近くした時、近づいた。  眼鏡を掛けた、綺麗な少女の顔。  彼女自身もかなりの美人ではあったが、また別な人形のような美しさにも似た少女。  その唇が触れた。  おそらくは虚を突かれ、氷室にその意図があれば、異性であれ同性であれ、物心ついて以来、受けた事の無い唇の感触を味わえていただろう。  しかし、初めては奪われなかった。  限りなく唇に近く、しかし頬よりは