私は一人で指を動かす。
 自分の体に這わせ、快感を引き出していく。
 自分の指が、だんだんと自分のものでなくなっていく。
 では、それは―――

 誰の指なのだろうか?
 ふと、そんな事を考えて、また陶酔の中に沈む。
 
華 娥 魅 (臥)

 既に跡形も無く消えている余韻を反芻するように味わった。  中途半端な時間の目覚め。  その夢うつつの中で、指が戯れる。  昨夜、自分でした事を。  昨夜、琥珀に促された事を。  なぞる。  埋もれ火が弄られる。  下着の上からの軽い愛撫。  寝ている間に濡れた下着をさらに汚す。  そろそろ。  指を止め、僅かに乱れた息を整える。  そしてしばらくして琥珀が現れた。  昨夜の痴態。  それには二人共触れない。  何事もなかったように  琥珀はにこやかに朝の挨拶をして、務めを果たす。  湯浴みの仕度が出来ている事を告げられ、私は頷いて浴室へ向かった。   「秋葉さま」  翡翠が二杯目の紅茶を持ってきてくれた。  既に空になってしばらく経つティーカップをお盆に載せる。  その湯気を啜って、翡翠を見つめる。   「兄さんは?」 「もう、お出でになるかと思います」 「そう」  わかりきった言葉。  翡翠はいつものように兄さんを起こしに行って、いつものように何事も無く居間へ戻っ てきたのだから。  でも、その短いやり取りで僅かに翡翠の表情が変わったように見えた。  翡翠。  琥珀の妹。  兄さんのメイド。  正直、琥珀に比べると私の翡翠との関わりは乏しい。  翡翠自身があまり感情を表にせず、積極的に話をする性質ではなかったから。  必要な事は命じ報告を受けたが、会話らしい会話は琥珀を交えずにする事は少なかった。  子供の頃はあんなに一緒に過ごしていたというのに。  いや、むしろそれ故にだろうか。  あの頃の翡翠の姿が脳裏にあるからこそ、  翡翠と私との間に微妙な距離が存在しているのかもしれない。  翡翠はどれだけ知っているのだろうか。  今に至るまでに、私がして来た事を。  琥珀がして来た事を。  何も知らぬ筈は無い。  しかし、何をどれだけ承知しているのかを私は知らない。  知る事が怖い気もする。  私と兄さんと琥珀との出来事から外れていた翡翠に、私がどう見られているのかを。  一方で知りたくもある。  琥珀が兄さんと結ばれた事を妹である翡翠はどう考えているのかを。  翡翠もまた兄さんに対して恋慕の念を抱いている事を、同じ男への想いを抱いている私 には手に取るようにわかる。  兄さんが琥珀を選んでからも、それは決して薄れてはいないと言う事も。  琥珀が不在であった頃に、何度か翡翠と二人でささやかな酒宴を開いた。  私や翡翠を置いて恋人の元に向かった兄さんへの弾劾を、酒の肴としながら。  翡翠はアルコールをほとんど嗜まなかったけど、それでも少しばかりは杯を傾け、大部 分は私一人が口にしていた取り止めの無い糾弾の言葉に、同調するとも反対するでもなく、 それでもぽつりぽつりと兄さんと琥珀について一言二言口にしていた。  またこの屋敷に四人で過ごすようになってからも、いつの間か琥珀と兄さんの姿が消え た時など、翡翠を誘ってお酒を飲む事もあった。  そうしている時の翡翠とは、いつもより距離を近く感じられた。  先日も、一人でお酒を呑むのも味気なく感じて、翡翠を付き合わせた。  いつになく翡翠にしてはアルコール量が多かったように思う。  そしてその酩酊故か、はっきりと琥珀に対しての言葉を口にした。 「姉さんはずるいです」  他愛無いと言えば、他愛無い言葉。  しかしいつも姉に対する生活態度に対する文句は別として、非難めいた言葉をほとんど 口にしない翡翠にしては珍しい言葉。  そしてその言葉の響き。  嫉妬。  憤怒。  羨望。  そんな感情がどろどろと混ざったような言葉。  ワインの瓶を空にして、その場はお開きとなったが、その翡翠の目は印象的だった。  据わった目というのとは違う。  でもどこか強い目。  傍にいる私ですらそう思ったのだ。  琥珀なら、その翡翠の意思をぶつけられる琥珀なら、どうなのだろう。  あっさりと軽く笑ったまま、いなしてしまうのだろうか。  それともさすがに妹の勢いに呑まれてしまうのだろうか。  それは少しばかり興味をそそる事だった。  それから数日。  翡翠と琥珀に何かあったのだろうか。  私にはわからない。  でも、どこかこの姉妹に変化を感じた。  琥珀が翡翠を見る目つき、  翡翠が琥珀を見る眼差し、  そこに今までとは違う交感の色合いがあるように思えた。   「秋葉さま?」  そんな事を思い出していて、  じっと翡翠を凝視をしていたのだろうか。  翡翠が私を見て何か言いたげな表情を浮かべている。 「何でもないわ」  ごまかすように紅茶を口に含んだ。  そして翡翠の顔から視線を外す。  しかし今度は、翡翠の目が私に向けられているのを感じる。  それは少々私を落ち着かなくさせた。  翡翠の何を考えているかわからない目は、時として私に疑問を抱かせる。  今もそうだ。  琥珀との事は知っているのだろうか。   琥珀が話すとは思えない。  翡翠にも兄さんへの想いと、その妄執は知られている。  それを隠すつもりはない。  だけど、その想いゆえに、翡翠の姉である琥珀、兄さんの想い人である琥珀との関係を 持っている事は知られたくなかった。  兄さんにも知られたくはないが。  それとはまた違った意味で。  この家で、唯一汚れていない翡翠には。  知られたくなかった。  夜にあさましい姿を晒している私を。  使用人に辱めを受ける格好をして、それを悦び、  肉体の悦楽を求めて恥かしい言葉を口にして、  あろう事か本来の性器ですらない処を、快楽の源として弄ばれている私を。  手を。  指を。  動かす。  ベッドの上ではしたない格好をして。  夜着を全て脱ぎ捨てる事はせずに、だらしなくはだけ、肌を露わにして。  私は一人で自分の体を慰めていた。  どうしたのだろう、今夜は琥珀はやって来ない。  胸に触れる。  既に痛いほど張り詰めている。  薄い胸だけれども、その先端はあさましいほど固くしこり、突き出している。  軽く摘むだけでは屈しない。  指の腹に形を変えず、そのままの姿を保っている。  少し力を込めた。  痛みを伴った甘い痺れ。  押し潰し、捻り、引っ張る。  はぁと熱い吐息が洩れる。  琥珀がしてくれるように。  志貴さんはこうしてわたしの乳首を責めるんですよ。  痛いと言っても許してくれずに、でもずっとそうやって苛められていると、だんだんと 痛みが甘く変わっていくんです。じんわりと、志貴さんの手で。  そう言いながらうっとりとした表情をする。  そうすると私は嫉妬して、それでも同じ事をして苛む琥珀の指によって、固くした乳首 から甘い痛みを享受し始める。  その行動をなぞる。  すっかり息が荒くなっている。  いつもなら続けて敏感になった乳首に異質の刺激をくれる。  唇に挟み、舌で舐め、強くしゃぶってくれる。  指で弄ばれるのとは全然違った甘い疼きが生じる。    志貴さんはこうして吸うんですよ。  赤ちゃんみたいに痛いほど。  そして、乳首を甘噛みして、空いた胸も弄りまわして、右だけじゃ足りないって左も吸 われて、そしてまた交互に。  最初はそんな志貴さんが可愛くて頭を撫ぜてあげるんですが、だんだんと乳房が凄く感 じ始めて。  志貴さんも強く乳首を噛んだり、ぎゅって胸を握りつぶして、  わたしが喘いだり、身悶えして悲鳴をあげるのを愉しまれるのですよ。  そう説明して、羨ましいですかという顔をする。  そうすると私は羨望の表情を見せ、琥珀は言葉のとおりにわたしの胸を責めてくれる。  ちゅっと乳首を吸い、舌で転がしてくれる。  今は出来ない。  自分の舌をどれだけ伸ばしても、乳首には届かない。  その分、手で揉みこねる。  薄い胸。  時に琥珀は胸の稜線を指先でつーっと円を描くようになぞってくすくす笑う事がある。  決まって、兄さんが琥珀の胸の柔らかさに酔い、胸の谷間に顔を埋め、飽く事なく背後 から胸を鷲づかみにして形を変える、といった閨のことを語った後に。  私のあまりに未熟な胸を揶揄しているのだとはわかる。  直接は馬鹿にしたりする訳ではないが、志貴さんは乳房が好きなのですよと言う時の目。  これでは志貴さんは満足なさいませんねと言っているように聞こえる。  でも、そう言いながら、琥珀は胸を弄ってくれる。  そして私はそんな事を言われながら、薄い胸から生じる快感に呻き声をあげる。  ああ、やっぱり自分の手だけでは足りない。  さらなる快感を求めて、下半身に手を伸ばした。  すでに濡れ始めたショーツを手早く下ろす。  もう、こんなに?  思ったよりもねちゃりと糸を引いている。  いやらしい。  それに、とても生々しいオンナの匂いがする。  ためらう事無く指を差し入れた。  淫水が指に絡み、くちゅと音を立てる。  その音に体が熱くなり、さらなる露を垂らしてしまう。  そっと、膣口の周りを撫ぜ擦り上げる。  陰核を包皮ごとくりくりと指の腹で追いたて、振るわせる。  溢れる淫水を辺りかまわず延ばし、擦りつけ、いやらしい匂いを染みこませる。  気持ちいい。  すっかり感じ、喘ぎ声を洩らし、身を捩らせる。  でも、足りない。  もっと、  もっと、もっと。  貪欲な私の体が要求して叫ぶ。  膣口を探っていた手をさらに下へとずらす。 恐々と入り口を探る動きでは達する事が出来ない。  前には、陰核を弄り指先を膣口にほんの少し潜らせるだけで頭を真っ白に出来たという のに。  今では、もっと違う強い刺激を私は求める。  琥珀にされている時もここはそれほどには弄られない。  琥珀の指が這い、ねとねとになった谷間を擦り上げはする。  舌でわざと音を立ててぴちゅぴちゃと舐めてみせる。  それはそれでとても気持ちいい。  直接的な刺激だけでなく、言葉でも私を琥珀は嬲ってくれる。  そこがどれだけいやらしく濡れているのか。  処女なのにと。  志貴さんを想われているのに、他人の手でと。  匂いを嗅ぐ。  オンナの匂いですねと言う。  いやらしい男を誘惑する匂いですねと言う。  鼻で粘膜に触れ、おしっこの匂いがしますよと言って私の顔を真っ赤にさせる。  湧き出る愛液を舐め取り、味を説明し、指に塗れさせて私の口に含ませる。  どうです、言ったとおりでしょうと微笑む。  それはとてもとても私を興奮させて、そこに近づきさせてはくれる。  でも、高まりつつもそこでは絶頂までは到らない。  こは兄さんの為の場所だから。  そんな意識が邪魔をするのか、ここではそれ以上の快感には到れない。  琥珀もそれを承知していて、それほどは秘所には執着しない。  私の為の場所なら、他にある。  琥珀が責める処は他に用意されている。  はるかにはしたない場所。  琥珀との関係の前には弄った事などなかった処。  そんな快感を生み出す源泉とは思ってもいなかった不浄の器官。  ああ、なんていやらしい。  なんてあさましい。  なんて淫らな。  私の指先はお尻の穴に迷う事無く触れていた。  指先はさっきまでの行為でどれも濡れている。  ちょんと飛び出した穴の周囲を、幾重にもある皺を、指でなぞる。  粘りのある淫水を丹念に塗りたくっていく。  むずむずとした痒みにも似た感覚。  我慢する。  再度触れた指の感触で、その痒みは薄れるが、よりいっそう強い刺激を求めてくる。  あえて、何もしない。  早く弄りたい。  もっと指で突付き、爪弾き、穴を揉みほぐしたい。  ああ、もう我慢できない。  爪で軽く掻くように、穴の周囲を擦り上げる。  あまりの気持ち良さに泣きそうな声が洩れた。  でも、まだ足りない。  もっと強いしっかりとした刺激が欲しい。  お尻の穴にもっと強く。  ゆっくりと指を挿入した。  溜息が洩れる。  ぎゅっと指が締め付けられる。  外から内への動きに、痛みと気持よさが沸き起こる。  めりめりと指を呑み込んでいく。  第二関節のさらに奥まで。  苦しいほどの圧迫感。  でもそれが気持ちいい。  擦れる。  粘膜が擦られる。  指がねちゃりと熱い感触に包まれている。  すすり泣きにも似た声が自然と洩れる。  しばらくそうしていて、今度は抜く動き。  これも気持ちいい。  ゆっくりと前後に指を動かす。  最初は強かった抵抗感が、腸液に塗れた指の働きでだんだんとスムーズになっていく。  いやらしい音がする。  ベッドで仰向けで、体を丸め、仰け反らせ、指を動かす。  全身にじんわりとした甘い疼きが広がる。  高まる。  快楽の渦に呑まれ、沈んでいく。  イきたい。  真っ白になりたい。  早く、ああ、早く絶頂に。  ・  ・  ・  なんで、  どうしてなの?  イけない。  こんなに高まっているのに。  どこかで堰き止められているように、最後まで達する事が出来ない。  駄目。  こんなに狂ったように指を出し入れしているのに。  すすり泣いた。  もどかしくて、  これほど体が火照り、快楽の果てを求めているのに、  イク事が出来ない。   あまりに淫靡で頭がおかしくなるような快楽を琥珀から与えられたから。  もう一人では達する事が出来ないのだろうか。  自分の指では絶頂に至る事はできないのだろうか。 「琥珀、どうしたらいいの、ねえ……」  泣き声。  いつものように傍に立つ琥珀に何とかしてとすがり付く。  いもしない使用人に。  え?  今の、何?  ピクンて、体が、何もしていないのに。  さっきまでとは段違いの快感が電撃のように走った。 「琥珀?」  んんんッッ。  また、こんな。  琥珀の目を、琥珀の顔を思い浮かべただけで。  おかしい。  でも、今のは。  琥珀の目を意識したから?  私の理性は状況が理解できず、混乱していた。  でも、私の中のオンナは的確になすべき事を悟って動いていた。 「見て、琥珀」  わななきながら、両手の指を穴の両脇にあてがう。  ぐっと開く。  皺が伸びて消えてしまているだろう。  ぽかりと開いた穴を晒す。 「見て、琥珀、あさましい格好でしょう?」  ああ、来る。  琥珀の視線を受けて。  薄く嘲るような表情を隠して、私に微笑みかける琥珀の顔。  その視線に貫かれるとろとろに蕩けた私の恥かしい処。  妖しく動く私の指。  広げられ皺が伸びて、指でも性具でも受け入れられる私のお尻。  中指を折り曲げ、穴へ挿入する。  ああああっッッ。  違う。  さっきとは全然違う。  これだけで達しそう。  琥珀が見ていると思っただけで。  本当にはいないのに。  そんなおねだりのポーズをして、  でもそうよね、ここは、琥珀の場所だから。  私一人ではイクことが出来るわけがない。  何を言っているの。  でも、ああ、気持ちいい。  もっと、もっと凄い事を、頭をおかしくさせて。  既に頭の半分がぐすぐずに崩れていた。  ただ貪欲に止めどなくさらなる刺激を、快感だけを望み貪る。  だから、だろう。  私は琥珀以外にも、私に快感をもたらす存在を……。  求める。  求めた。  琥珀の顔から笑みが消える。  責めるような無表情な顔。  え、これは。  翡翠?  ああ、朝の翡翠の顔を思い出した。  あの時の僅かな危惧を思い出した。  淫らな行為を、私の本性を、知られているのではないかという怖れを。  そうよ、私はこんなオンナなの。  琥珀に責められてよがって、一人でしている時ですらこんな恥かしい格好をして。  見て、琥珀、翡翠。  気持ちいい。  気持ちいい。  ビクビクって体が跳ねる。  昇りつめた。  私はようやく、  達した。  もどかしい思いをしていた分だけ、強く、激しく、  幾度も幾度も快感の爆弾が頭ではじけて、私は叫び、転がりまわった。  明日は、明日の夜は琥珀は来てくれるだろうか?  兄さんの代わりに、私を  責めてくれるだろうか。  可愛がってくれるだろうか。  どんな風に苛めてくれるだろう。  どんな風に可愛がってくれるだろう。  どんな風に私の体を弄んでくれるだろう。  甘美な絶頂の余韻にに身を震わせながら、はやくも次の夜へ思いを馳せていた。  ああ、やっぱり琥珀の指が唇が欲しい。  え?  私はふと恐怖に近い思いを抱いた。  私は兄さんを間接的に感じる為に琥珀を求めているのだろうか。  それとも、琥珀を求めているのだろうか。  兄さんではなく、  琥珀を?  馬鹿馬鹿しい。  私は兄さんを愛している。  兄さんに抱いて貰いたい。  琥珀は、あくまで……。  どこか歪みを感じながらも、私はどっと押し寄せた眠気に素直に従った。  ようやく達する事が出来て、疲労と満足感が全てを覆い尽くす。  そして眠りについた。  最後の瞬間に、何故兄さんではなくて琥珀を想っていたのだろう。  そんな疑問をまったく抱くことなく。  安らかな気分で、眠りの世界へ。  今宵は……。
- Fin -
15th. Aug. 2002 by しにを

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