膝枕で耳掃除な午後

作:しにを



 お茶でも飲みたいなあと思っていた。  それと翡翠か琥珀さんでも見掛けたらちょっと話でもするか、仕事中で忙しそうなら少 し手伝おうかな、などと思って階段を降りた。  要は暇を持て余していたのだ。    ええと、誰かいないかな。  下の階は静かだった。  あれ、二人ともいないのか。  ……。  おや?  ああ、いたいた。  翡翠と琥珀さん二人揃って。  でも、何してるんだ、あれは?  ソファーの処に二人はいる。  琥珀さんは普通に座っていて、翡翠はソファーに横になっている。  端に腰掛けた琥珀さんの膝に頭を乗せて、そして琥珀さんは翡翠に顔を寄せている。  翡翠の具合でも悪いのだろうか。  琥珀さんが翡翠の診察なり治療を?  近づく。  翡翠はこちらに顔を向けているが目を瞑っている。  琥珀さんはまっすぐ下を見て、手を動かしている。  二人とも俺に気がついていない。  さらに近づく。  ……。  ああ、わかった。  何の事は無い。  翡翠は琥珀さんに耳掃除をして貰っているだけだ。  ちょっぴり心配したのが馬鹿らしい。  でも安堵。  そうやって見ると和やかで、微笑ましい光景にすら思えてくる。  目を瞑っていながら、翡翠がどこか気持ちよさそうな顔をしているのがわかる。  琥珀さんが何か話し掛け、翡翠は顔を動かさないようにして答えている。  脅かさないようにゆっくりと足を進める。 「あら、志貴さん」 「うん」 「えっ、志貴さま?」 「あ、ダメ。翡翠ちゃん動いたら危ないから」  俯いた格好ながら視界に入ったのか、琥珀さんがどう声を掛けようかと考えていた俺に 気がついてくれた。  琥珀さんの言葉に翡翠もぱっと目を開けた。  次いで身を起こそうとして琥珀さんの制止にあう。 「もう少しだから」 「もういい、姉さん、お願い、やめて」  少しじたばたとしている翡翠。  泣かんばかりに琥珀さんに懇願している。  ちょっと異様にすら目に映る。  どうしたんだろう、翡翠。さっぱりわからない。 「うーん、仕方ないなあ」  琥珀さんは、耳掻きを抜くと引っくり返してふわふわのついた方で翡翠の耳をくりくり とする。 「はい、おしまい」 「ありがとう、姉さん」  ぱっと翡翠は立ち上がる。  顔が真っ赤だ。  俺と顔を合わせずに、傍らに広げられたティッシュをくしゃくしゃと丸めて握り締める。 「志貴さま、何か御用では?」 「いや、別に」 「では、失礼致します」  まるで逃げるように行ってしまう、いや逃げたんだろうな。  何故に? 「翡翠、どうしたんだろう?」 「恥ずかしかったんですよ、志貴さんに見られるのが」 「なんで?」 「そういうものなんです」 「そういうものですか」  論理的な説明はまるでない。  でも琥珀さんの態度に妙に納得させられた。  さすが、翡翠の姉さんだ。 「でも、翡翠気持ちよさそうな顔してたな」 「そうですね。  翡翠ちゃん、喜んでくれるんですよ。自分からおねだりしたりしますしね」 「いいなあ、翡翠は琥珀さんにして貰えるんだ、耳掃除」  俺の声に本当に羨ましそうな感情がこもっていたからだろうか。  それを聞いて琥珀さんがニコリと微笑む。 「よろしかったら、志貴さんもなさいますか? お嫌でなければ」 「えっ」  手にしたままのさっきの耳掻きをひらひらと動かしてみせる。  これは、思わぬ展開。  もちろん嫌じゃない、絶対に嫌じゃない。 「ええと、さっきの翡翠みたいにしてくれるのかな」 「もちろんです。一番やり易いですから」  さっきの翡翠みたいに……。  ソファーに横になって琥珀さんに頭を預けるという事。  つまり、膝枕で耳掃除。  パラダイスか、ここは。そんなシチュエーション。  迷う事無くGOだ。  でも、一応念押し。 「と言う事は琥珀さんに膝枕で?」 「はい」 「いいの?」 「はい。あ、志貴さんがお嫌なら、クッションかなにかに頭を乗せて……」  さあ、どうしますか、と言う表情で琥珀さんは俺を誘っている。  そんなのもちろん答えは決まっている。 「お願いします、琥珀さんの膝枕で」 「はい、どうぞ、志貴さん」    ではではと、ソファーに乗ってもぞもぞと体勢を変える。  左端に座る琥珀さんの膝に頭を乗せる。  外を向く格好で右耳を上にする。  視界の端に何かが動いた。  琥珀さんが覗き込んでいる。 「やっぱり、翡翠ちゃんと比べると耳自体も中の穴も大きいですねえ。うん、これはやり がいがありますね」 「……」  顔をかなり近くに寄せているのだろう。  耳の傍で囁かれているように声がするのが、気恥ずかしい。  それに自分でもよく知らない部分を観察されて感想を述べられるのは頬を熱くさせる。 「そうだ、どの耳掻きを使いましょうかね。お好みはあります?」 「お好みって、そんなに種類があるの?」 「材質で言えばベッコウとか純金のとかありますよ。耳に当たる感触が違ってるんです。  私はさっき使ってた竹製のが軽くて使いやすいんですけどね」 「じゃあ、琥珀さんのやりやすいのでいいよ」 「はい。志貴さんとは初めてでちょっと加減がわかりませんから、痛かったら我慢しない で言ってくださいね。  無理に挿入したり、乱暴にして傷つけちゃうといけませんから」 「了解。でも優しくやってね」 「わかっていますよ。では……」  琥珀さんの手が頭に触れる。  うんっ。  カサリともゴソリともつかぬ音と共に、何か異物が入ってくる感覚。  ぞわぞわとする。  どうしても他人の手で探られているのだと思うと、恐怖とも緊張ともつかぬ感覚が。  少し身を強張らせているのに構わず、琥珀さんはさらに動く。  指で届く一番奥の辺りを、微かに引っかく感触。  そしてそこを通過してさらに奥に。 「どうですか、志貴さん」 「うん、痛くないよ、大丈夫。でもいきなり奥に入れるんだね」 「奥までいかないと取るものが無いんですよ。普段はどうなさってるんです?」 「指でほじったり、綿棒とか使ったりだね」 「そうですか……、よし、ここ」  ズザザ。  ザリ、ガサガサ……。  擦る音。引っかく音。掘る音。  耳の中で動いているのがわかる。  昔はともかく最近では触れたことの無い奥底で、耳掻きが動いている。  痛みは無いがさすがに緊張感が高まる。  でも、その微かな感触は決して不快ではない。    ザクッ、ズリリ、ズズーッ。  内壁を擦りつつ、一度耳掻きは外へ出て、また挿入される。  そんな動きが場所を移動しつつ、何度も繰り返される。  琥珀さん、上手いな。  いつの間にかリラックスして、琥珀さんの技巧を堪能する余裕が出てきた。  痛みなんて、まったくと言っていいほど感じない。  それどころか凄く気持ちよい。  時折わずかにツンとくるのも、耳垢を剥がしているんだという妙な嬉しさを感じさせて くれる。  痒いけど手が届かない処を的確に掻いて貰っているのにも似た気持ちよさ。  いつの間にか目を瞑っていた。  さっきの翡翠みたいに。  もしかしたら表情もさっきの翡翠みたいになっていたかもしれない。  うん、本当に気持ちよい。  溜息が洩れる。  ずっとこうやっていたいくらいだ。  そうやって幾分か忘我の状態だったから、突然未知の感触が襲った時には声を上げるほ ど驚いた。 「うわっ」 「きゃっ」    顔を傾けると、びっくり顔の琥珀さんと目が合う。  手には反対にした耳掻き。  ああ、綿のふわふわか、今の。 「もう、志貴さん、突然声を出されてびっくりしましたよ」 「ごめん。でもこっちも凄く驚いてさ」 「一応声は掛けたんですけど?」 「気づかなかったなあ。気持ちよすぎて、うとうとしてたかな」 「うふふ。そんなにお気に召しましたか?」 「うん。こんなに気持ちよいと思わなかったよ。琥珀さんこんな特技も持ってるんだ」 「そう言われると張り合いがありますねー。では、残り半分にいきましょうか。  今度は私の方を向いて左耳を」 「はい、お願いします」    くるりと体を半回転。  また、琥珀さんが顔を近づける。  さっきと違って、わくわくと待ちかねている。  緊張なんてどこかに消え去って、余裕があるな。  余裕があるから、さっきはあまり意識しなかった琥珀さんの柔らかい太股が……。  おおっ。  今になって気がついた。  いや、やる前は意識していたんだけど、さっきは耳だけに集中していた。  改めて考えると凄い体勢だな。  着物の上からとは言え、琥珀さんの細いけど柔らかい太股の絶妙な感触が頬に。  反対の頬には何やら時折当たるものがあるし。これは琥珀さんのお腹あたりか、胸の膨 らみか?  それに今顔を埋めている先って……。  ……。  いけないな。  好意で、一生懸命耳掃除をしてくれているのに、琥珀さんの体にドキドキして頭の中で は少々不埒な事を考えてしまう。  さすがに本当に手を出すような真似はしないけど。  不純な俺の心の内を知らずに、多分……、琥珀さんはさっきの様に左耳の掃除をしてく れている。  ああ、快感だ。  ガサゴソ、ガサゴソ。ズジジジ……。 「はい、こちらもおしまいですよ」    そう言いながら、耳掻きは抜かれ、こそばゆい刺激に替わる。  今回は、予測していたのでふわふわの感触をびっくりする事無く味わう。 「ありがとう、琥珀さん。すっきりしたみたい」 「大分取れましたよ」  上半身を起こして礼を言う。  はい、と言う風に広げたティッシュを差し出す琥珀さん。 「うん?」  そこには小さなゴミ、ポテトチップスの欠片の様な……、ああ、今取った奴か。  けっこう大きいのもあるなあ。  まじまじと見ていると、琥珀さんも同じように覗き込む。  なんだか恥ずかしくなって、さりげなく畳んでしまう。  翡翠も、こういうの恥ずかしかったのかな?  少々きまり悪くなって、話題を変える。 「翡翠は琥珀さんが、耳掃除してるんだよね」 「そうですよ」 「じゃあさ、琥珀さんは? 翡翠が耳掃除しているの?」 「……いえ」  ちょっと琥珀さん困り顔。  それを不思議そうに眺める俺。 「ええとですね。翡翠ちゃん、細かい作業苦手なんです。一生懸命やってはくれるんです れどねー」  何を思い出したのか、痛そうな表情。  意識的にか無意識にか、耳に手をやっている。  あんまり詳細を聞かない方が良さそう。 「でも、志貴さんなら、耳の穴が大きいから、翡翠ちゃんも熱心に……」 「今度する時も琥珀さんにお願いしますね」 「はい」  反射的に琥珀さんの言葉を止めてしまった。  そうか、翡翠って……、そうなのか。  あれ、だとすると? 「琥珀さんは自分で掃除しているんだ」 「そうですよ」  そうだよな、まさか秋葉に頼む事は無いだろうし。 「ふうん。よかったらお返しに俺がしてあげようか?」 「志貴さんがですか?」 「うん、とても琥珀さんみたいにはいかないだろうけど、他人にやって貰うのもたまには いいんじゃないかな」  少し考え込む琥珀さん。  ちょっとどきどきして答えを待つ。 「そうですね、じゃあ、お願いしましょう」 「OK」  さっきと役割&ポジションを変更。  琥珀さんが横になり、頭が俺の膝に預けた。  左耳を上にして、内側を向いている。    軽い。  軽い頭が腿の上に乗っている。  琥珀さんの小さな頭が。  なんだろう、どきどきとしている。  思っても見なかった。こんなになるなんて。  深呼吸して、気持ちを落ち着ける。  よし。  準備完了。 「始めるね。琥珀さんも痛かったらすぐに言ってよ」 「はい、お願いします」  左手でそっと、耳に掛かった琥珀さんの髪を避ける。  右手の耳掻きを近づける。  やっぱり緊張するなあ。  琥珀さんの耳。  こんなに間近でしげしげ見た事は初めてだ。  可愛いな、こんなに小さいんだ。  白い耳たぶに触れてみたくなるが、そんな悪戯は必死に抑える。    さて……。  耳掻きを琥珀さんの耳の穴に。  いよいよ、始めるぞ。  唾を呑み込む。    挿入れた。  抵抗も無く耳掻きは呑み込まれていく。  小さな細穴を潜っていく。  微妙に琥珀さんの顔の向きを変え、俺も動く。  少しでも奥の方が見えるように。 「ふうん、琥珀さんの耳の中ってこんな風になっているんだ」 「やだ、見ないで下さい」 「見なきゃできないでしょ」 「そうですけど……、でも恥ずかしいんです」 「そうだなあ。俺もさっきちょっと恥ずかしかったし。なんでだろう?」 「自分でも見たこと無い処見られるからですよ。どんなか、わからないんですから」 「なるほど」  少し黙って手を動かす。  小さい耳掻きが凄く太く大きいように思えてくる。  力を抜いて、軽く軽く、物足りないくらい柔らかく動かす。 「大丈夫かな、痛くない」 「平気です。志貴さん意外と上手いですね」 「そう? ちょっと奥やるから動かないでね」  そうーっと。  よし。  いい感じ。  ゆっくり抜いて、と。    もうちょっと奥の方にチャレンジするか。  ここで少し捻りを入れて、もう少し……。  ガリッ。  う、少し噛んだ。 「ごめん、琥珀さん、痛かった?」 「……痛いです」 「ごめん、こっちはこれくらいで終わりにしよう」 「はい。うー、志貴さんにされた処がじんじんしてます」 「ごめんね」  反転。  上を向いた時、ちょっと可愛く睨まれてしまった。  うう、ごめんよー。 「今度はそーっとやるから」 「平気ですよ、本当はそんなに痛い訳ではありませんから。  志貴さん、凄く優しくしてくれて、最後の以外は調子良かったですよ」 「細くて小さいから、無理するのが怖くて。ゆっくりと動かしたのが良かったかな」 「そうですね。他人にして貰うのも気持ち良いですね」 「うん、そうだよね。やるのもなんだか楽しいし。  それとこういう事言うと嫌がるかもしれないけど、女の子の耳の中なんて初めて見たけ ど小さくて可愛いものだね。男とは全然違う」 「……嫌じゃないけど、そんな事言われると恥ずかしいです」  再び、耳掃除再開。  さっきよりスムーズにいくな。  琥珀さんもさっきより協力的に動いてくれているし。  やっぱりさっきは琥珀さんも少しは不安とかあったのかな?    と、あらかた終わって奥の方で無理しない程度に動かしていた時、 「あら、秋葉さま」 「え?」  琥珀さんの声に、手を止めて顔を上げる。 「なんだ秋葉、いつからいたんだ」 「今、来たところです」  秋葉がいた。  怒ってる……んじゃないよな、この表情は。  まあ、別段やましい事をしている訳でもないし。  少々、恥ずかしい格好であり、行為ではあるけれど。 「何をなさってるんです」 「見ればわかるだろ、耳掃除。琥珀さんにして貰ったからお返し」 「こんな格好で失礼致します、秋葉さま」 「……」  黙ってこっちを見ている秋葉。  ?  まあ、いいや。  急ぎでもないみたいだし。 「何か話だったら、もう少しで終わるから待ってろよ。  はい、琥珀さん、残りをやっちゃおう。もう少しだから」  琥珀さんに集中する。  デリケートな部分だし、さっきみたいになったら申し訳ない。 「よし、と。これでいいかな。あと、これで仕上げと」 「きゃっ」  わざとくすぐるように綿帽子をくるくると回して、琥珀さんに悲鳴を上げさせる。  笑い顔と咎め顔のブレンドになりながら、琥珀さんは身を起こす。   「ありがとうございました、志貴さん」 「いえいえ、お粗末さまでした」  実際、あまり怖くて奥まで突っ込んでいないから、これくらいしか取れなかったし。  これ以上はもっとスキルを高めないと失敗率が高くなりそうだな。  収穫物を載せたティッシュに目をやると、琥珀さんもさっきの翡翠の如くぱっと手にと って丸めてしまう。 「趣味が悪いですよ、女の子のこんなの見て喜ぶなんて」 「なんか酷い言われような気がする」 「うふふ、冗談です。嫌ならそもそもお願いしてませんしね」  会話をしつつも、琥珀さんが視線をちらちらと横へ動かしている。  何だろう?  ……。  ああ!!  すっかり忘れてた。  秋葉が所在なげに佇んでいる。 「ごめん、秋葉、何か用事か?」 「いえ、その……」  放置されて怒っているのかと思いきや、何故かもじもじとしている。  うーん。  さっきから秋葉が変だ。 「兄さんは、その、琥珀……、琥珀の……」 「琥珀さんがどうかした?」  言い難そうに口ごもる。  ちらと、視線を投げているのは琥珀さんにかな? 「ちょっとお茶でも入れてきますね」 「ああ、ありがとう。緑茶がいいなあ」 「はい。秋葉さまもご一緒でよろしいですか」 「え、ええ。お願いするわ」  気を利かせたのか、琥珀さんが姿を消す。  少しほっとした顔をする秋葉。 「どうしたんだ、琥珀さんに何かあったのか?」 「違います……。」  二人になったけど、依然、秋葉ははっきりとしない。  我ながら辛抱強く秋葉の言葉を待つ。  ……。  このままでは埒があかないと秋葉も意を決したのだろう。  すっと秋葉が姿勢を正す。  さっきまで俯き加減でもじもじしていたのに、急に威圧感すら漂う。  まあ秋葉らしいと言えばらしいかな。  開口する。 「兄さんは、琥珀にしかしないんですか?」 「何を?」 「耳掃除です」 「……え?」  正面を見つつも、顔を真っ赤にしている秋葉。  なるほどね。  要するに、そういう事か。  ちょっと笑いそうになる。  ちょっと弄ってみようかとも思ったが、何だか秋葉の様子が可愛いので、素直に対応す る事にした。  まあ、たまには、こんなのもいいだろう。  ぽすんと、ソファーに座る。 「秋葉も耳掃除してやるから、こっち来いよ」 「は、はい」  嬉しそうに、しかしおずおずとしながら秋葉が身を横たえる。  全然躊躇いがない。  ずっと見てたのかな、もしかして。  腿に当たる秋葉の小さな顔。  髪を手で束ねるようにして後ろへやったが、まだ耳や顎の方に掛かっている。  しげしげとその横顔を見つめる。  こんな近くから見ると、本当に人形みたいに端整な顔しているんだな、秋葉って。    普段はそんなに意識しないが、なんと言ってもこんな間近にあるのだ。  どきどきしてきた。  琥珀さんの時にもどきどきしたけど、それ以上かもしれない。  だいたい割と平然としていた琥珀さんに比べて、秋葉の様子も尋常ではない。  それも伝わっているのかもしれない。 「じ、じゃあ。始めるぞ」 「は、はい」  二人で何を上ずって言葉を口にしているのだろう。 「なるべく優しくするけど、痛くしちゃったらごめんな」 「兄さんなら、平気です」 「わかった……」  耳を覆う髪を手で束ねながらどかす。  そう言えば秋葉の耳ってあまり普段見ないな。   まして、こんな小さい造りの耳の中なんて。  恐々と耳掻きの先端を挿し入れる。   「大丈夫か」 「まだ全然入っていませんよ」 「そ、そうだな」  落ち着け。  さっきは琥珀さんに誉められたろう。  ……。  よし、震えが止まった。  手を動かす。  狭道を無理しないでゆっくりと進む。  僅かな抵抗感には、最小限の力を入れる。  うん、さっきの感覚は残っているな。  ほじほじ。  うん、順調、順調。 「どうだ、秋葉」 「気持ちいいです」 「秋葉は普段、琥珀さんにして貰ってるんだろ?」 「はい」 「じゃあ、それよりは腕が落ちちゃうな」 「……そんな事ないです」  反対側に突入した頃にはだいぶ余裕が出てきた。  集中して手を動かしつつも他に目がいったり。  「なあ、秋葉」 「なんです?」 「おまえってこうして見るとやっぱり綺麗な髪だなあ。さらさらとしててさ」  ちょっと邪魔になった髪を梳くように手で触れる。  うん、これだけ長いのに根本から先端まで流れるような感触。 「な、な、何を仰るんです」 「馬鹿、動くな、危ないぞ」 「あ、すみません。……だって兄さんが変な事言うんですもの」 「変かなあ」 「変じゃないけど、兄さんが言うのは変なんです……」 「うーん……」  ちょうど終わった頃、お盆を手にした琥珀さんが入ってきた。  と言うか秋葉にしてるのを見られていたんだろうなあ。  この笑顔からすると。  秋葉もちょっと目を合わせようとしていない。 「はい、今日はとびきりのお茶ですよ」 「あ、色からして良いね」 「美味しいですよ。はい、秋葉さまも」 「ええ、いただくわ」  二人で茶碗を手にとお茶を啜る。  うむ。  確かに馥郁たる香りが広がり、喉をくすぐる。  さっきのお礼かな? 「また、今度耳掃除して下さいね、志貴さん」 「え、ああ、いいよ」 「わ、私もお願いします」 「わかった」  ちょっと恥ずかしいけどね。  まあ、これくらいで喜んでくれるならいくらでも。  秋葉と琥珀さんの二人くらい、……いや、それと、いつの間にか部屋の隅からこっちを 覗っている翡翠も合わせて三人かな。    なんだか凄く喜んだ笑顔の秋葉と琥珀さんに、見つめられている。  だから、そんな顔されると赤面するから普通にしてくれ。  ごまかすようにお茶を啜る。  ああ、お茶が美味しい。 「もう一杯お入れしますね」 「うん、お願い」  まあ、こんなのもいいかな。  とある、なんて事のない遠野家の午後の一情景。    《END》 ―――あとがき  うわあ、ほのぼの。  定石としては翡翠か秋葉が琥珀さんから耳掻きを取り上げて、志貴が「みぎゃーっ」と か悲鳴をあげて一同大わらわ。そして幕……、ってのがベタベタで好きなのですが、和や かに終わりました。まあ、たまにはこんなのも。  ……良く考えたらほのぼので別に悪い事何もないな。  最初、素で会話とか書いてたら、意味ありげなエロワード満載だったので、かなり削り ました。まだエロを感じると言う方は心が汚れていると思われます(笑  耳掃除と言えば、台湾だか香港の耳掃除屋(って凄い商売だな)は針金の曲げたのみた いな器具で、不安になるほど奥に突っ込んで耳垢を掻き取ってくれるそうですが、ちょっ と興味あります。「こんなのが?」と驚くのが取れるらしいし。  琥珀さんが膝枕してくれるなら、それに勝るものはありませんけどね。   by しにを (2002/5/29)
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