自己の中の秘めやかなる痛み

作:しにを



「それにしても、秋葉の胸って小さいよな」  志貴の言葉。  陰口ではなく、本人を前にしての言葉。  間違えようが無い、秋葉の耳にはっきりと聞かせるための言葉。  この部屋にいるのは志貴と秋葉の二人だった。  湯上りのさっぱりとした姿で、火照った体に涼をとっているところである。  その前には一勝負、いや二連戦を終えていた。  ちなみに、結果は一勝一敗の痛み分け。  どちらが勝つかの勝負が終わり、互いに相手の健闘を称えて汗を……、いや汗以外のい ろいろな分泌物のどろどろも……、を流し終えて綺麗になった処だった。  当然お風呂も一緒に入った訳である。  そういうシチュエーションであると新たな気分でもう一度などと志貴としては思わなく も無いが、それは秋葉にきっぱりと拒否されていた。 「一回とかおっしゃってますけど、この前なんか何度も熱中した挙句、倒れてしまわれた じゃないですか。  琥珀や翡翠を呼ぶわけにもいかなくて、私が裸の兄さんを引きずって出たのお忘れじゃ 無いでしょうね。あんなのはもうごめんです」  今日の初めてならともかく、既に秋葉の体を充分に堪能しているので、そこまできっぱ りと拒否されると志貴としては引き下がるしかない。  お風呂はお風呂で楽しいんだけどなあ。  秋葉だってあの時はあんなに喜んでたのに。  内心でぶつぶつと言いたくはなるが、この前の事を言い出されると赤面して引き下がる しかない。  のぼせて意識を失った自分を介抱してくれたのは、何度も絶頂を迎えて虚脱して腰も立 たない状態の秋葉であったから、無理は言えなかった。  ……とりあえずほとぼりがさめる迄は。  結局、互いに背中を流しっこしたり、泡まみれの秋葉の姿を目で楽しむ事で志貴として は満足する事にした。  だが、湯浴みを終えて部屋に戻ってしまうと、今度は湯上り姿の秋葉に志貴の眼は惹き つけられた。  上気して赤みがかった頬、髪を梳いているので露わになっているうなじの線などが、ど きりとするほど色っぽく見える。  楚々とした姿であるにも関わらず、情欲が刺激されてやまない。  さすがにいきなり本能の命じるままにケダモノの様に押し倒すという真似はしないが、 志貴は秋葉によりそって肩を抱くようにして髪に手を触れた。  軽く触れるくらいなら構わないだろうと思いながら。  はたして、ちょっと驚いた顔を向けはしたが、秋葉は志貴の手を拒否しなかった。  ほっとしながら志貴は愛撫というには軽すぎる行為を続けた。  髪に触れ、体に触れ、髪に口づけし、と。  それを黙って受け入れながら、秋葉はくすぐったそうにしている。  秋葉の反応に力づけられて、志貴の手が秋葉の顎に触れ、心持ち上を向かせる。  意図を察して秋葉は顔を志貴のほうに向ける。  唇が軽く合わされる。  ちょんと触れてまた離してしまう。  嫌がってはいないよな、と志貴は判断したがそれ以上の行為にでるのはためらわれた。  こうしているだけでもそれなりに満ち足りた気分になっていたし。  普段は二人の関係に気づかれているとはいえ翡翠と琥珀の前でいちゃいちゃとする訳に もいかないから、出来るだけ自制はしている。  だからこうしているだけでも、充実感は高い。  無理して秋葉に嫌われたくないなあ、と志貴はちょっと心配しているのであったが、秋 葉にしてみれば、何だかんだと文句は言いつつも、志貴が望んだ事を無下に断る様な事が できる訳が無かった。こと自分を求めている状態、自分の体に志貴が夢中になっている状 態というのは、それだけで陶酔してしまう嬉しい事であり、志貴と引き離されていた歳月 やその後のごたごたなどがあった往年を思えば、涙を禁じえない。  さわさわと遠慮がちに触れてくる兄の手に、官能を刺激されちょっぴり感じつつ、もう 少し強くなさってもいいのになどと思う。  まさか自分から言うわけにもいかないし……、だっておんなのこですもの。  意地悪な兄さんは、私が泣きながら懇願するまでじらしたりもするけど。  でも、兄さんったらお風呂でも随分としたそうだったし、今はこんなに優しくしている けど、突然ケダモノに豹変して私のこと力いっぱい抱きしめてきたりして……。  そうしたら、仕方ないわよね。兄さんのほうが大きくて力もあるし、私には止める事は できないもの。  本気で力づくの勝負となれば、むしろ相手の生命を自由に出来るのは自分の方だという 事実は、都合良く秋葉の頭からは消え失せていた。  兄さんは自分のすっかり逞しくなったものを私に無理矢理触らせて、私は仕方なく、そ う仕方なく、握って兄さんの命じるままに動かしてドキドキしていると、兄さんは「秋葉 が熱心にしてくれたからこんなになって苦しいくらいだよ、責任を取ってくれるよな」と おっしゃって私は泣く泣く口で兄さんのに奉仕して……。  それでも兄さんのだと思うから懸命になっていたら「秋葉はおしゃぶりが好きだなあ」 とかなじられて、でも口の中がいっぱいで反論できなくて、兄さんは私にしゃぶらせたま ま、体を回して私のあそこを弄り始めて「あれ、秋葉のここ、もうこんなになってる。何 もしてないのにおしゃぶりしてるだけでびしょびしょにするなんて、秋葉っていやらしい なあ」なんて謂れの無い誹謗で責めたてるのよ、きっと。「そんなにお望みなら、入れて やらないと、可哀想だよなあ。でも、その前に言うことがあるだろう、秋葉?」とか言っ て私が懇願するまで、指でじらされて……、そして私は兄さんに命じられるままに屈辱的 な台詞を。  でも兄さんには逆らえないから、きっと私は涙を浮かべながら「秋葉は、兄さんのおち ……、おちん、ちんをおしゃぶりするだけで感じてしまう、いやらしい女の子です。どう か兄さんのでお仕置きしてください」なんて言ってしまうんだわ。  でも、兄さんは意地悪にそんな事を言わせるけど、一転してとびきりの笑顔で私を抱き 締めて、「よく言えたね、秋葉。お仕置きなんてとんでもない、ご褒美だよ」とか囁いて 優しく私の中に……。  さらにエキサイティングな場面に移行しかけていた秋葉の脳内妄想劇場が、突然志貴の 言葉で上映を中止させられた。 「それにしても、秋葉の胸って小さいよな」  一人別世界に旅立っていた秋葉は、急に殴りつけられた様な衝撃で我に返る。  気がつくと、いつの間にか胸ははだけ、志貴の手が触れている。  しなだれて秋葉の体は志貴の胸にもたれていた。  いつの間にこんな後はなし崩しに、みたいな状態に……。  いや、そんな事より今の言葉。  瞬間的に怒気を滾らせつつ秋葉は首を動かし、志貴の顔を見る。  しかし、そこにあるのは、穏やかな笑顔。  何か、聞き間違いかしらと秋葉は思った。  とても自分自身の処刑執行書にサインをした人物の表情には思えない。  もしかしてさんざん兄さんに弄られたり、揉まれたり、しゃぶられたりしたから、大き くなったのかしら、胸。  それで、「それにしても、秋葉の胸って大きくなったよな」って感心して言葉を。  数値上の変化はコンマ何ミリの世界まで常に把握している、という事実を秋葉は棚に上 げる。  まあ、現実世界の事などより志貴がどう思うかが大事なのだが。 「小さいな、秋葉の胸」  また志貴は言葉を紡ぐ。  今度はどう足掻こうとも間違えようが無かった。  目を合わせて、はっきりと秋葉に向けて志貴は言葉を口にしていた。  瞬間的に激昂し、瞬殺モードに入ってもよさそうなものだったが、あまりに自然な志貴 の表情と言葉に秋葉は怒る事が出来ず戸惑っていた。  口を開けて何か言いかけ、困ってそのままぷいと顔をそむけるのがやっとだった。 「……なんでそんな事を言うんです」  つとめて冷静に口にしたつもりだが、声が震えている。   「だって本当のことだろう?」 「それは……、そうですけど」  あくまで平静な志貴の声に、秋葉は唇を噛み締めながら認める。  自分で自分を鞭打つかのような所業。  怒りは霧散して、むしろ悲しくなってきた。   「そんな事……、見ればわかるじゃないですか。なんで、そんな事……」  言葉尻がまた震えている。  さっきは怒りを抑えていた為だが、今度は泣き声になっていた為。  秋葉は視界に霞がかかるのを感じていた。 「秋葉? ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ」  志貴は後ろから秋葉を抱き締めた。  秋葉の体の震えが志貴に伝わる。  志貴の体の温かさが秋葉に届く。 「別に秋葉の事、言葉で苛めている訳じゃないんだ。俺が秋葉のここ、凄く好きなのはよ ーく知っているだろう?」    そう言いながら、志貴は前に回した手で秋葉の薄い胸に触れた。  愛撫ではなく、大切なものを庇う様な優しい手つきで。  手で軽く押さえたまま言葉を続ける。 「何度も見たし、触ったり舐めたりしたけど、一度だって文句言った事あったか?」 「ないです」  秋葉は兄との事を思い出して顔を赤くする。  綺麗だと言ってくれた。  手に吸い付くような肌触りだと誉めてくれた。  赤ちゃんみたいに乳首を吸って長いこと可愛がってくれた。 「そりゃ大きい胸だって嫌いじゃないけど、俺は秋葉のほっそりした体つきが好きなんだ。 足首も脚も腕も首も何もかもほっそりしてて少し手荒な真似したら折れちゃうんじゃない かと心配になるくらいな、そういう秋葉の体が大好きなんだよ。  閉じても隙間が出来る太股とか、鎖骨の線とか、もちろん乳首だけつんと突き出た胸も、 なにもかも秋葉の体は全て……」 「兄さん……」  幾分かフェチがかった熱の入れ方に釈然としないものを感じなくも無いが、誠意溢れる 志貴の言葉に、秋葉は笑みを浮かべる。 「こんなにほっそりした綺麗な体で、胸だけ変に大きかったらかえっておかしいよ。そう だろう? 大事なのは全体のバランスだと思うな」 「はい……」 「それなのにさ、秋葉は気にしすぎだよ」  最初に奇襲攻撃を成功させてから、志貴は本題に入る。 「さっきお風呂に入ってた時もそうだけど、秋葉は俺に胸を見せるの凄く嫌がるだろ。可 愛がり始めると気にならなくなるみたいだけど、凄く恥を晒しているというか、嫌な事を 我慢しているというか、そんな感じでさ、前からずっと気になってたんだ」  何度も秋葉と体を重ねている。  それでもいつになっても胸を露わにする時に、異常なほどの躊躇を秋葉は見せる。  服を脱いだりお尻を晒したりする時の恥かしそうな様子とは明らかに違った、痛みに耐 えるかのような表情をするのが、志貴は嫌だった。  なんでこんな綺麗な胸をしているのに、自分に見せる時にそんな表情をするのか。  今もそうだった。  秋葉がぼうっとしているのをいいことにさわさわと軽く体に触れる動作から、直接肌に 手を伸ばしたのだが、胸に指が微かに触れた時の秋葉の反応に、志貴は動きを止めた。  志貴の行動を受け入れていたのにも関わらず、それでいて何故か忘我の状態だったのに も関わらず、びくりと秋葉は体を一瞬硬直させた。  秋葉のほかの部分に触れた時とはまったく違った反応。  本人も意識していないのに、秋葉の胸は志貴を拒んでいたのだ。  いちばん大好きな大切な少女が、そんな意味の無い引け目を感じているのを何とかした いな、と志貴は考えていた。 「秋葉は俺以外の奴にもてたいとか思っている?」 「何を言い出すんですか。私は兄さんだけです。兄さん以外の男の人なんて考えた事もあ りません」    ほとんど怒り顔で秋葉が志貴に向かって叫ぶ。  激しい想いの吐露に、志貴は僅かに苦笑する。 「うん。ならさ、いいじゃないか。俺は秋葉の小さな胸が好きなんだから、世界中の他の 男が全て秋葉の事を貧乳って思って笑っててもかまわないだろう?」  あまりと言えばあんまりな言い草に複雑な表情をしつつも、秋葉は志貴の言葉に頷く。 「だから、俺の前ではむしろ誇らしげに見せつけてくれればいいんだよ」 「はい……」  頷く秋葉に志貴はにこりと微笑む。  身を放すと、秋葉は正面を向いて、恥かしそうにはだけて剥き出しになった胸を晒す。  あくまで肌を晒す事に対する羞恥であって、前のような露骨な嫌がり方ではない。  じっとその秋葉の胸を見つめて、ふと何かを思いついたという様に志貴は表情を変える。 「でもさ、今はダメだけど」 「なんですか、兄さん」 「そのうち秋葉との間に子供が出来たら、おっぱい大きくなるんじゃないか」 「そうですね。妊娠したら胸は大きく。……兄さんの子供!?」    目を見開き志貴を見つめ、一瞬で頭の中をいろんな事が渦巻いたらしく秋葉は火が噴き 出るのではないかと思えるほど真っ赤になった。  志貴も唐突にとんでもない事を言ったと気づき赤面して、気を逸らす為に喋りを続ける。 「うん、まあ二人とも高校生だし、まだまだ先の話だけどな。でも、もし秋葉に似た子供 が生まれたら、男の子でも女の子でもきっと凛々しくて強い子供になるだろうなあ」 「兄さんに似てくれてもいいですよ、きっと優しくて可愛いいでしょうから。男の子でも 女の子でも」 「そうかなあ」 「ええ、そうですとも。……兄さん、何か逆じゃないですか?」 「……そうだな」  二人で顔を見合わせて笑う。 「よし、と。前から言いたかった事が言えてよかったよ。とにかく俺は秋葉の微乳が好き だからな。それだけは忘れないでくれ」 「はい、もう気にしない様にします。兄さんが気に入ってくれているんなら、私、この小 さな胸で良かったです」 「そうそう」 「そうですよね。私だって兄さんのおちんちんが他の男の人と違う事なんか、少しも気に なりませんもの」 「えっ?」 「全然変だなんて思いませんもの、それと同じですよね」  志貴の顔がさーっと蒼褪める。  嬉しそうに喋っている秋葉は、志貴の体が凍りついた様に硬直しているのに気がついて いない。 「私は男の人なんて兄さんしか知りませんから、そういうものだと思っていましたけど、 経験豊富なクラスメート達が言うには、もっと、その……、だから、びっくりしちゃいま した」  何か思い出して秋葉は頬を赤く染めている。 「あ、あの、秋葉」 「何ですか、兄さん?」  きょとんとした顔で志貴を見る。  志貴の顔が強張っているのに気づき、どうしたのだろうと顔に疑問符を浮かべる。 「他の男のはどうなってるって?」 「え、そんなの言うの恥かしいです」 「教えてくれ、頼むから」 「だから、他の男の人のは……」  秋葉は思い出し思い出し、できるだけ正確に説明を続けた。  そしてそれを聞くうちに、既に血の気が引いていた志貴の顔がさらにさらに蒼白になっ ていく。 「……なんです。だから兄さんのを思い浮かべて聞いていると私、不思議で仕方なかった んですけど。  でも、私にとっては兄さんが、愛し合ってそういう事をする最初で最後の相手なんです から、どうでも良い事で……、あの、兄さん?」 「知らなかった。いや、前からちょっとおかしいかなあとは思ってたけど、まさか……」 「あの、兄さん……」 「そうか、だからあの時も朱鷺恵さん、あんなに……。うわああ」 「どうなさったんですか?」 「秋葉にもずっと変だって思われてたなんて……」  突然すっくと志貴は立ち上がると、ぶわっと涙を流しながら外へ飛び出していった。 「兄さん! 私は別に兄さんのおちんちんが変でも全然気にしていませんよ!」  秋葉の言葉が聞こえなかったのか、あるいは聞いたからこそなのか。  わんわん言う号泣の声が屋敷に響き渡り、それは志貴の姿が敷地の外、坂の下に姿を消 し去るまで小さくなりつつも止まなかった。    後日談。  それから何処で何をどうしていたのか、三日ほど志貴は失踪していた。  そしてやきもきと心配していた秋葉の許に電話がかかってきた。 「あっ、秋葉ちゃん。遠野の奴、街で見つけたから引っ張ってきたんだけど、なんかヤバ そうだからどっか閉じ込めておいた方がいいみたいだ。あ、ちょっと待ってて。……ん、 何だよ、あん、帰りたくない? ああ、何寝ぼけた事言ってんだよ、おまえ。……あ、秋 葉ちゃんお待たせ」 「あ、乾さん、すみません、替わりました。秋葉さま、そちらへ飛んでいきましたので、 お待ちくださいね」 「あ、ああ。わかったよ。逃げないように見張っとくから。……嫌だじゃないだろ。変だ ぞ、遠野。うわ、何だよいきなりわんわん泣き出して。……琥珀さん、じゃ、一旦切るわ」 「はい、よろしくお願い致しますね」  《おしまい》 ―――あとがき  確か『このはちゃれんじ』プレイしてて微乳擁護モノはどうかなと思いついたのが、き っかけだったと思います。  それと『月姫』本編やってる時に志貴のアレって○○だよなあ、もしかして△△だった りして等と思っていたのでこーいう馬鹿話になりました。  ストーリー構想1日で実際書いたのも1日、計2日で完成しており、随分と簡単に出来 てますね。シエルと違って秋葉はやっぱり書くの物凄く楽です。きっとナイチチ→お尻に 変えてシエルSSにしたら2週間くらいあっても書けないで唸っているに違いありません。  何故かシエル弾劾に変じた処で終わり。読んで下さった方、ありがとうございます。    by しにを (2002/3/2)                 3/3 誤字訂正と一部手直し。   
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