セイバーの唇を求めると、こちらの意図を察したのだろう。  ぞくりとするような笑みを投げて、セイバーから顔を近づけてくれた。  むしろ、奪われる。  啄ばむというよりも強く、セイバーの唇と俺のそれが合わさる。  至近距離で、それでも視線が絡む。  お互いに眼を瞑ったりはしない。  舌を絡ませ合う。  セイバーの舌を伝い、唾液が流れ込む。  くちゅくちゅと音をさせながら、それを啜りこむ。  少し嬉しそうな顔、もっと流し込まれる。  甘い息と共に、さらに喉に流す。まるで美酒のように頭をぼうっとさせる。  そうしている間にも、下半身の刺激は続いていた。  ぎこちない動き。  同じ動作でありながら、お手本とは雲泥の差。  けれど、同じように興奮する。  一生懸命さ、羞恥を押し殺した様、拙い動きもそれはそれで堪らないものがある。  視線を下に向ける。  セイバーを見る。  先ほど、自分の純潔を貫いた男性に、舌で奉仕しているセイバーを。  二人のセイバーの唇の感触。  この世のものとは思えない至福、悦楽、歓喜。  横たわるよう促され、従う。  冷たく見えるセイバーの顔。  輝かしきセイバーの反転した姿であれば、当然かもしれない。  敵として対峙した時の激しいプレッシャー、立っているだけで伝わる剣気、あれを覚えている。  けれど、今のセイバーはその記憶と異なっている。  幾分きつい目つき。表情も硬さがどことなく残っている。  けれど、微笑みを宿していた。  冷たい中にある温かさを感じさせた。  セイバーなんだな、当たり前の事実を意外な事のように頭で転がす。  そう、敵であった時も、戦っている最中も、決してそれがセイバーの偽者という想像は浮かばなかった。  間違いなくセイバーであると。  不思議なほど疑わなかった。  死んだ筈、俺に敵対する筈が無い、そう理性は囁きはしたけれど、それより深い魂が、彼女がセイバーであると認識していた。  けれど、セイバーと同じ顔をしている。  それは意外な発見だった。    脚を開いて立っている。  興奮も、感じている体も隠そうとしない。  股を伝う透明な蜜液。  ぼとぽとと垂れ落ちる。  直下に屹立しているものに垂れる。  そんな僅かな刺激に震える。  セイバーの興奮が雫となって、俺の興奮の徴に弾ける。 「ある種の因果律に絡められている」 「死んでも死なないと云う事?」 「死した者は復活などしない。それは世界の摂理。  愚行であれ、献身の果てであれ、避けようの無い運命の綾であれ、死した者は死した者」 「ただし、それを超えて、士郎はやり直しを許される」 「新たな道を進む事が出来る」 「そうか。  そちらは俺を守りきれず、聖杯に到らず、敗れたセイバー。  こちらは、ひとたび敵となったセイバーか」 「俺も、敗れ、死んだ衛宮士郎なんだろう?」  頷く。  輝けるセイバーも。  闇染まるセイバーも。  違いは大きい。  けれど同じ悲痛な色で見つめている。  己のマスターを。 「ならば、受け入れるしかないな。  俺が出来なかった事を、俺に任せて」 「ごめんな、セイバー」  意外そうな顔をする二人のセイバー。  共に、自分に対して言われたのだと理解していた。 「何を謝るのです」 「そうです、シロウ」 「俺が間違ったり、馬鹿だったり、突っ走ったり、躊躇したり……。  要は正しく動けなかったから、セイバーを巻き込んだんだろう?  だから、謝る。  何人、何十人の俺を代表して、謝る。  ごめん、セイバー、辛い思いをさせた」 「では、私を」「抱いて下さい」  同時にではない。  台詞を分けて。  同じ声なんだな、と余計な部分に注意が引かれた。 「シロウ、あなたは私を好きだと言ってくれた。  愛していると。そうですよね」 「そう……だったのかな」  それはおぼろげ。 「いいよ、どの道やる事もない。  それを二人が望むのであれば」  心からの笑みを浮かべる二人。  ああ、と士郎は思う。  こんな形ですら、セイバーに笑って貰えたと。 「もしかして、二人同時に?」 「当然です、シロウ」 「一人がご馳走を食べているのを、残りが指をくわえて見ていろと?」 「その表現はセイバーだなあ。  いいよ、好きなだけ貪って貰おう。遠慮はいらない」 「そう言えば……」 「もう一人いるのです、士郎」 「ええ、私達だけではなく」 「士郎が知らぬセイバー」 「士郎とは会えなかったセイバー」 「アーサー王とお呼びしようか?」 「いえ、剣を戻した時に、私はアーサー王ではなくなった。  生涯を否定するつもりも、捨て去るつもりもないが、区切りとしては。  ですから、呼んで頂くのであれば、別の名前を」 「わかった」 「名乗らずともわかりますか」 「ああ、アルトリア」 「シロウ」  一瞬の間。  どれだけの思いがアルトリアの中に駆け巡ったのか。  俺にはわからない。  己の未来を知りつつも剣を取った少女。  以後を男として、王として生きた少女。  戦いに明け暮れる日々を過ごした少女。  その少女が、背負ってきた名前を降ろすという重み。  その死の間際ですら、自分の為ではなく聖杯を望んだ騎士王が、王座より降りたという意味。  王である事への懐疑とは違った意味で、アルトリアにとっては立ち位置が無くなる行為。  けれども、笑っていた。  嬉しそうに笑顔になっていた。  それだけで、十分だった。  喜びが胸に湧いた。アルトリアの為に喜びで満たされた。  二人のセイバーが見守る中、アルトリアは、腰を落した。  己の純潔を捧げる姿。  この上なく静か。  息の乱れと、苦痛にうめく声。  幾分かの恐怖の色。 「後は、俺に任せて、アルトリア」  士郎の手が細いアルトリアの腰を掴む。  ぐっと自分へと引く。 「もう少しです、アルトリア」 「シロウに……」 「は、はい」  涙がこぼれた。  痛みもあろう。  心の乱れもあろう。  けれど、同時に、喜びを持って。  アルトリアは、アーサー王でも、セイバーでもないただの少女は、愛する者と結ばれた。  気づく。  終りだと。  セイバーの、そして自分の中に残っていた残滓が消えるのだと。