扉を叩く音

 作:しにを


 天井をぼーっと眺めながら、志貴は溜息をついた。 「早く帰ってこないかなあ、琥珀」  もうかれこれ何度口にしたか分からない言葉。  これまで、誰であれ他人に執着する心が薄かった事を思うと、考えられない事だ。  普段はともかく、こうやって何もしない時間を持っていると、久しく顔すら見ていない 琥珀の事ばかり脳裏に浮かんで来る。  不安を抱えて遠野の家の門をくぐった時の再会のこと(その時は初めて会ったと思って いたが……)や、シキとの事件でのあれやこれ、死ぬような目にあったこと、琥珀に惹か れ結ばれた時のこと、日常の本当に何気ない会話や琥珀のしぐさ、表情。  特別な事よりも何より、朝に顔を合わせて言葉を交わして、学校から戻ったらまた暖か く迎えてくれて、そんな当たり前だった事が今は無くなっているのが寂しい。  その代わり、週末に琥珀が戻ってきた時、なんとか自分が会いに出掛けた時、互いを再 認識する行為が激しくなりはするのだが……。  あんな事をしたり、こんな事をされたり……。  ふと、そちら方面の回想に入って、己の下半身がしっかりと反応しているのに気が付き、 ちょっと思考が止まる。  ……しばらく御無沙汰してるからなあ。  定期的に遠野の家に帰っていた琥珀であるが、志貴の過去をつなぐのに成功して、今度 は別のやらねばならぬ事が出来たという理由でさらに遠方に行ってしまっている。  詳しくは話さないが、自分の為らしいので、頑張ってねとしか言えない。  概ねやるべき事は出来ましたと連絡があり、戻ってきて秋葉としばらく話し込んだ後、 今は翡翠も琥珀さんの許へ旅立っている。  かれこれ琥珀と最後に会ってから半月以上になるなあ。  また、溜息。  正直、会えないのは寂しいし、何もせずにベッドに寝転んでゴロゴロしている時など、 いけないと思いつつも、ここにいた琥珀の柔らかく良い匂いのする肢体、そこから生まれ る蕩けるような快感を思い出して悶々としてしまう。  と、回想とも妄想ともつかぬ琥珀で頭をいっぱいにして、気が付いたらベッドにごろご ろとしながら、ズボンを膝の辺りまで下ろしていた。やや窮屈になっていたパンツもまた 引き降ろされている。  そして無防備になった下半身を何とかしようとしてか、右手が猛っているそれを掴んで いた。  健康な男子高校生としては別段、恥ずべき行為ではない。  ……終わった後、何とも言えない空しさとも罪悪感ともつかない残滓は残るけれども。  たまに有彦に押し付けられる夜のおかずみたいなものは必要なく、心と体が覚えている 琥珀の感覚の再現をしつつ、一人想念の世界に没頭する。  琥珀……。  忘我の集中、琥珀がリアルに現れる。  周りの音も景色も消え、ただただ琥珀で満たされて行く。  頭の中でのプレイが佳境に入り、精神が肉体を制御して、極限まで高まってきたまさに その時……。 「兄さん、失礼しますよ」  やや、怒ったような声。  秋葉が扉を開け、部屋に入って来た。 「起きているのなら、返事ぐらいして下さい。何回ノックしたと……」  いくら呼んでも反応が無い兄に業を煮やしたらしい秋葉が、はや怒気を漂わせながら近 づいてくる。  志貴はと言うと、一瞬で、妄想世界から現実世界への帰還を果たしたものの、精神に肉 体がついていっていなかった。  いや、理性とか判断力などというものも、今の志貴からは消え去っていた。  アア、アキハガメノマエニイルヨ。  何も出来ないまま、その下半身まるだしの姿のまま、右手はまだ勃ったままの肉根を握 り締めたまま、秋葉と目を合わせる。  互いに凍りついたように動きが止まる。  時間にすればほんの数秒であっただろうが、志貴には時が止まっているように感じられ た。  ちょっと怒り顔で、入るなり文句を言いかけて口を開いている秋葉。  まだ兄の姿が目に入っていない秋葉。  何かが目に入り、言葉がとまった秋葉。  とまどったように表情が消える秋葉。  理解できないといった顔が、何かを認識した顔に変わる秋葉。  驚愕の表情になる秋葉  真赤になり、どうしていいか分からないという表情に変わる秋葉。  それぞれがゆっくりとしたコマ送りのVTRでも見ているかのように、志貴にははっき りと認識出来た。嫌なくらいはっきりと。  その代わり、自分の体は、まったく身動き一つできない。  その永劫の数瞬、ゆっくりとした時の流れが終わり、次の時間は逆に早回しのように跳 んだ。  気が付くと秋葉は部屋から消え、バタンという物凄い扉の閉まる音が響いていた。  志貴は布団をかぶると頭を抱えて、絶望のうめきをあげた。               §    §    §  何時間が過ぎただろうか。  いつの間にか暗くなっている。  眠る事もできず、丸くなった姿勢のまま志貴は堂々巡りの思考の中で過ごしていた。  正直、すぐさま屋敷を飛び出して有彦の処にでも転がり込もうとも思ったが、琥珀も翡 翠もいない屋敷に秋葉一人を残す訳にはいかなかった。  逃げる事は出来なかった。  時計が鳴っている。  夕食の時間だ。  食欲などまったく消え失せている。  でも、秋葉一人にする訳にもいかないか……。  死刑台に向かう様な心境で、食堂に向かう。  既に秋葉は料理を前に待っていた。  志貴も妙にただっ広く感じられる食卓につく。 「いただきます」とだけ口にして、ひたすら目の前の食事だけに意識を集中する。  さすがに、琥珀も翡翠もいないとなると、秋葉と志貴の二人で生活全般に対処する訳に もいかず、家事その他は有り体に言えば豊富な遠野のお金で外からサービスを買う形でま かなっている。  食事についても、わざわざ料理人を雇う事はしていないが、何もしないでも志貴の目に はかなりのごちそうと写る品々が並ぶようになっている。正直、琥珀の食事が取れない以 上は志貴にとっては、こちらの方がありがたい。  また、休みの日などはそれと並んで必ず見劣りがする一品があり、それについては秋葉 が作っていた。出来不出来の揺れ幅が大きかったが、自分に対して一生懸命料理を作って くれているようなので、志貴としても文句を言わず平らげて見せる事で、それに答えてい た。  もっとも、それが今日は無い。  ちらと、秋葉の方を見ると、秋葉も言葉を発せずに下を向いたまま、ぽそぽそと口を動 かしているのみ。  平静を保ってはいるが、明らかに深い物思いの中にいるのが分かる。  志貴は溜息をつきかけ、呑み込む。  さっきのをどういうレベルで受け止めているのだろうか?  兄が自慰行為に耽っていたと認識しているのか、良くは分からないけど下半身裸で何か いかがわしい事をしていたという風に想っているのか。  何か汚らしいものでも目にした、そんな感じか。  琥珀がいれば意見を聞ける。……いや、駄目だ。琥珀にだけは知られちゃいけない。そ もそも琥珀が傍にいてくれたらこんな事には。自分で処理しなくても、琥珀が、いやそう じゃなくて。  誰か相談できる相手は……。いない。  有彦……、生涯有効な弱みを自ら差し出す訳にはいかない。  シエル先輩……、どう話せと言うんだ、こんな事を。  考えてみたら「自慰行為を妹に見られました。どうすればいいですか?」などという質 問が出来る相手なんて、この世にいるのだろうか?  強いて言えば、有彦の姉のイチゴさんがいるが……。あの人なら笑って笑って笑い転げ た後で、真顔になってきちんと考えて道を示してくれるだろうけど、万が一にも有彦に事 が洩れたら、と思うと躊躇してしまう。  しばらく、茶碗を片手に動きが止まっているのに我に返り、宙をさまよっていた視線を 前に向ける。  秋葉と目が合ってしまった。  志貴と目が合うと秋葉はすぐさま下を向いてしまう。  やっぱり軽蔑されたんだろうなあ、反射的に椅子を蹴倒して走り去りたくなる衝動を抑 えながら、志貴は今度は溜息をついた。  拷問のような一時を終え、「ごちそうさま」と声をかけて秋葉の反応を待つ。  聞こえなかったのか、答えたくないのか、秋葉は何も答えない。  志貴は、立ち上がって食器を片づけた。  とうとう秋葉、一言も喋らなかった……。 そんな事を思いながら。                §    §    §  夜深く。  部屋に戻り、何も出来ずベッドに横になりながら、志貴はまた「どうしよう」という答 えのでない設問をいじくり回していた。  ときどき呻き声をあげてゴロゴロとベッドを転がる他は、ただ天井の一点を見つめて身 じろぎもしない。  よく考えたら、こっちが被害者じゃないか?  好きで見せた訳じゃないぞ。別に悪い事をしていたのでもないし。  でもなあ……。  なんで鍵を掛けておかなかったんだ、遠野志貴の間抜け野郎……。  さっきの秋葉の姿がフラッシュバックのように浮かぶ。  また頭を抱えて呻き声をあげる。  と、ノックの音がした。  かなり強く、規則的に何度も。 「兄さん、起きていますか?」  秋葉……?  いや、今屋敷にいるのは自分以外秋葉だけなんだが。 「起きてる。なんだ、鍵は開いてるから……」  そうだ、部屋に鍵を掛けるっていう習慣がないんだ、俺は。  有間の家の時も自室に鍵なんてなかったし。  カチャリと音がして、扉が開いた。  秋葉が入ってくる。  いつものとは違う薄手の寝間着、でいいのかな女性の衣服の別はよくわからない、を着 て何故か胸の前に枕を抱えている。  食堂での俯き気味で物思いの中にあった姿と一変している。  やや強ばった顔で、だが真っ直ぐに志貴の方を向いている。  迷いから抜け決意を固めたと言うか、静かに殺気を漂わせていると言うか。  何を言いに来たのだろう。  むしろ事が進んでいるのを感じ、安堵感を志貴は感じていた。と、同時に秋葉の雰囲気 に反応して僅かに緊張感が湧いてくる。  身を起こして、秋葉が口を開くのを待つ。 「一緒に寝ます」  そう一言、宣言。  返事を待たずに、掛け布団を剥ぐと、秋葉は志貴の横に身を横たえる。  慌てて、志貴は秋葉から飛び退く様にベッドの端へ避難した。 「あの……、秋葉サン?」 「一緒に寝ます。聞こえませんでしたか?」  感情が無いというか、逆に強すぎて色が判別出来なくなったような声。少なくとも志貴 には秋葉が怒っているのか別の感情を抱いているのかさっぱり分からなかった。  これは、どういう事なのでしょうか?  何をどうすればいいのだろうか?  走って走って後ろを振り返らず逃げ去るというのが、この場合一番正しい答の様な気は するが、すぐ横で背を向けてしまった秋葉に見えぬ糸で縛られたように、行動に移れない。  迷った末、秋葉の言葉を文字通りに解釈をして、もぞもぞと身を再び横たえた。  かなり大きなベッドはなんとか秋葉と二人横たわっても触れずにすむ距離を保てるスペ ースがある。  秋葉は終始無言。  志貴は、せめて眠りという安住の地へ逃れようと目を閉じたが、全神経が隣にいる妹に 向っている状態で、眠れる訳が無かった。  かすかな秋葉の動き、呼気にすら、反応してしまう。  秋葉はまだ眠っていないようだが……。  何なのだろう、この殺気にも似た緊張感は。  或る意味かつての秋葉との殺し合いの時に匹敵する。  何分か何時間か分からないその状態が続き、いい加減緊張感の高まりに耐え難くなった 時、秋葉がぽつりと呟いた。 「なんで手を出さないんです?」  そう言うと、くるりと志貴の方を向く。  志貴は、秋葉の言葉がまったく脳内で消化出来ず、凍りついたように固まっていた。 「な……、何を言い出す……」  絞り出す様に、そう言うのがやっとだった。  点になっていく兄と対照的に、秋葉の方は感情が弾けたように、涙すら浮かべて言葉を 兄に叩き付ける。 「だって、兄さんが、一人であんな事するくらいなら、私……」  と、秋葉の体が動き、志貴は妹に唐突に唇を奪われた。  柔らかい秋葉の唇の感触。  しばらくただ唇を合わせただけだったが、秋葉の舌が志貴の口を犯しはじめた。踊るよ うに動き、志貴の舌に絡まり翻弄する。  まだ固まったままの志貴は、秋葉のされるがままになっていた。  気持ちいい……、ってなんで秋葉がこんなに?  ゆっくりと唇が離れる。 「私のファーストキスですよ」  ちょっと頬が赤くなっている。 「それにしては、上手い」  思わず言わなくても良い事を志貴は呟く。 「初めてです。……少なくとも異性とは」  何か思い出したようにちらと顔に陰を走らせ、秋葉は答えた。 「ここまで来たら、後には引けません」  きっと上げた顔には強い決意が浮かんでいる。 「秋葉、あの……」 「とりあえず、先程兄さんがしていた続きをしましょう。お手伝い致しますわ」 「続きって、秋葉」  最後は叫び声になっていた。  秋葉の手が志貴の下半身に伸び、下着ごと寝間着を引き摺り下ろそうとしていた。 「やめろ、秋葉」  秋葉を押しもどそうとして、いつの間にか志貴は自分の体が普通ではなくなっている事 に気がついた。  痛みや苦しさは何も無いものの、完全に力が抜けたように、まるで体が動かない。  これはまるで、あの時のような。  深夜の学校での死闘の前、秋葉に生命力を根こそぎ奪われ、死ぬ寸前まで衰弱した時の。  衰弱と言うか、頭の先から爪先まで体の隅々まで疲労の極みにあるようだった。何もし なければ何という事も無いが、僅かに頭をもたげ声を出すだけで、根こそぎの気力を振り 絞らなければならない。 「あ、き……は」  下半身を弄りながら、秋葉が心配そうな顔をする。 「兄さん、じっとしていて下さい。前みたいに力加減を間違えてはいませんけど、体に無 理をさせない方がよろしいですわ」  誰のせいだ、と叫びたかったが、口を開くのがやっとだった。  苦しげな表情の志貴を見やり、秋葉は少し申し分けなさそうな表情を見せた。 「少し、強すぎますね」 暖かいものが僅かに体中に広がって行く。少しだけ活力が戻る感覚。  大きく息荒げながら、体の自由を確かめる。  動くは動くが、やはり力がまったく入らない。  こんな事も出来るのか、秋葉は。  基本は略奪の力なのだろうけど、単に加減の問題なのだろうか。  志貴の様子を見て取ると、秋葉は行動を再開した。  無抵抗の兄から寝間着を剥ぎ取り、パンツを下ろして下半身をむき出しにする。  しばし逡巡した後、手が近づく。  秋葉の細い白い指が、志貴のまだ半勃ちのモノに触れる。いきなり握るような真似はせ ず、指先で突つく様に触れる。恐る恐るといった感じで、感触を確かめているらしい。  幹の辺りから赤黒くなってきた先端の方に指がなぞる。  それだけで、徐々に志貴の意志と関係なく反応しはじめてしまう。  秋葉も、それを感じ取り、指先で力を入れずに握る。 「硬くなってきましたよ。それに熱い……」  その秋葉の視線と柔らかい手の感触でまた、刺激される。  志貴は何とか力を取り戻そうと無駄と思える努力をしつつ、己が分身が意に反している 事実に涙が出そうな情けなさを感じていた。  妹、なんだぞ。秋葉は。  そう思いながらも、そのたどたどしい動きからなる快感の波に、素直に感じてしまう。  ともすればさらなる刺激を期待しそうな心を、理性が必死に否定する。  秋葉はというと、大きくなった兄の姿を見て、喜んだ顔をすると、ゆっくりと幹に手を 添えて上下に動かしはじめていた。 「こう、でいいのかしら」  兄は返事をしない。  それでも繰り返しの動作の中で、志貴がピクピクと体を動かすのを見て、これでいいの だろうと判断する。  空いた方の手で幹の付け根、袋の方までさわさわと触れたり、逆に先端の傷口のような 穴に触れて、思わず志貴が呻き声をあげるのに、クスリと笑みを浮かべる。  高まりつつも刺激に慣れて、なんとか堪えられるかと思った時、遥かにレベルが上の快 感が脊髄を走った。  暖かく濡れた柔らかい感触。  自分の一番敏感な部分がとてつもなく快美なものに捕らえられた感触。  脱力も何も無く、男としての抑えがたい欲求から、信じがたい力で上半身を起こして、 その光景を見た。  秋葉が、自分のものを咥えている姿を。  肉体が受けている性感よりも強く、脳に直接刺激が送り込まれた。  あの秋葉が、跪き、男の肉棒を咥え、快感を与えるべく、奉仕している。  目に情欲の色を浮かべて、蕩けるような笑みを浮かべて。  その対象が、兄である自分なのだ。  琥珀と比べればそうした行為の技巧は稚拙だったが、その目に飛び込む刺激ははるかに 強かった。  稚拙ながら、舌と唇を動かし、だんだんと引き返せない処に志貴を追いつめて行く。  そして、上目づかいに兄の方を見る。  その目……。  その魅惑の瞳と視線がぶつかった瞬間、志貴は耐え切れず、秋葉の口の中に精を放った。  1秒の何百、何千分の1という本当に僅かな間、死んでいたのではないか。  琥珀としている時の暖かい力を分け与えられる快感と逆ベクトルの、力を奪われ魂まで も吸い取られるような快感。  秋葉の口に放った瞬間、確かに死んだ。  文字通り、その瞬間、生命力を秋葉に吸われつくしたようだった。  しかしその死と螺旋を描く快感の凄さ。  息を荒げ、またバタリとベッドに深く倒れ込んだ。  秋葉が身を起こしたので、かろうじて顔は見える。  咳き込みそうになりつつも、淫蕩な笑みで秋葉は兄の目を捉え、こくりと喉を動かした。  呑み込んだのか……。  口の端に零れた白濁を指先で拭うと、それもそのまま口の中に入れてしゃぶっている。 「これが、兄さんのなんですね」  子供の頃を彷彿とさせる儚げな笑みとも、普段の穏やかな微笑みとも、反転した時の不 敵な笑みとも違う、淫らさを漂わせた笑み。  ぞくりとしつつも、吸い込まれるような笑み。 「まだ、全然元気なようですね」  大量に精を放っても猛り狂ったものは、おさまるどころかいっそう凶悪さを増している。  まずい。  琥珀との交わりの中で自覚もし、また睦言の中で琥珀からも何度も指摘されている事で あるが、一度精を放つと、自分は人が変わったようになる。 (普段抑圧されてれている分、こんな時にはっちゃけちゃうんでしょうかねえ。私は嬉し いですけど……)  琥珀にはそんな風に言われた事もある。  このままだと、このままではおさまらなくなって秋葉の体を思う侭貪ってしまいそうだ。  秋葉モソレヲを望ンデイルダロウ?  内心でそんな声が囁く。  ダッタライイジャナイカ。コンナウマソウナオンナハソウハイナイ……  駄目だ、駄目だ、駄目だ。  そんな兄の心の内を知らず、秋葉は次に進もうとしていた。  嬉しそうな、悲しそうな、何か胸打たれるような表情で、仰向けに横たわった志貴に馬 乗りになるような姿勢を取る。 「想いを遂げさせてもらいます……。」  顔も上げられない状態で、どうなっているのか目で見る事は出来なかった。  秋葉が腰を浮かせ、片手で肉棒の先を自分の中に導こうとしているのは分かる。  敏感な先端が柔らかく濡れた何かに触れている。  正直、それだけで尋常でない快感が走っている。  肉体的なそれだけでなく、秋葉に触れているという事実が理性を崩壊させつつある。  黙っていれば、そのままより深い快感の中に沈むだろう。  駄目だ。  そんな事をしたら、秋葉の純潔を兄である自分が奪う事になる。  どう見ても無理矢理体を奪われているのは志貴の方であったが、その思いに志貴は恐怖 すら覚えた。  止めないと、秋葉を止めないと。  何でもいい、気を逸らせる事を。  こんな事許されない……。  そんな事をしてしまったら。  ああ、そうだ。  必死の思いで左腕を上げる。  それだけで気が遠くなる程、苦しい。  同時に右手で眼鏡をずらす。  ……見えた。  指をパチンと鳴らすような仕草で親指の爪を走らせる。  鋭利な剃刀でも滑らせたように、人差し指と中指の指先に赤い線が走る。  ポタリ、ポタリと血が滴る。  ポタリ、ポタリ、ポタリと赤い雫が落ちる。  秋葉が息を呑んだように動きを止めた。  そこに見せつけるように、今度は親指を残りの指の付け根押しつけ力を込め……。 「なに、やってるんです、兄さん」  慌てて秋葉が両手で、志貴の手を押さえつける。  そこからも血は滴りつづけている。 「うん……」  秋葉が血を流す指を自分の口に含む。  しばらくそうして舌で傷口をちろりと舐め、喉をこくりと動かす。  鈍い痛みがあった指が、癒されていく。  そのまま、秋葉は志貴の指をしゃぶり、陶酔の色を浮かべながら唇を離した。  既に血は止まっている。 「何をするんです、兄さん」  叱責の声。  理解出来ないのだろう。  何をしているのか。  そんな事、俺にだって分からないよ、秋葉。  志貴は胸の中で呟いた。  ともかく、気が付いたら秋葉の集中が緩んだからか、声を出せる程度には生命力が戻っ ている。何かするなら今しかなかった。 「お願いだ、秋葉」  志貴の先程までと違う、低くむしろ穏やかといっていい声の不思議な強さに、秋葉はっ とした様に動きを止めた。 「正直、今必死になって我慢しているんだ。もし最後までいってしまったら、一線を越え てしまったら、もう俺達は兄妹でいられなくなる」  なんだ、視界が滲んできた……? 「俺は、秋葉の兄さんでいたいんだ」  声も、なんでかすれているんだ?  秋葉の声がする。不思議に優しい声。 「泣かないで下さい、兄さん……」  泣いているのか。俺は。情けないな。 「頼むから、秋葉。俺は、秋葉の兄さんでいたいんだ」  ああ、目から何かこぼれている。涙なのか。 「……分かりました、私も兄さんを失いたくありません。もう、止めます。だから、だか ら、泣かないで下さい」  どんな表情をして言っているのだろう。秋葉だって涙声じゃないか。  ああ、頭がクラクラとする。  無理をしすぎたか……。  秋葉が何か言っている。  聞こえないな。  目も耳も手も何も真っ暗だ。  そして最後に、頭の中が真っ暗になった……。                §    §    §  気がつくと、体が信じがたいほど軽く温かく、活力が漲っていた。  琥珀の力を貰った時のような。  いや、さっきまでが重く冷たく、枯れていたんだ。これが普通の状態なんだ。  目を閉じたまま深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。  本当に生き返ったようだ。 「大丈夫ですか、兄さん?」  ビクリとして、目を開けると、秋葉の顔。  覗き込むようにこちらを見ている心配そうな顔。 「うん、楽になった」  上体を起こそうとする志貴をかいがいしく秋葉が手助けする。  先とはうってかわって太平楽な表情の兄に、ポツリと秋葉が言った。 「まったく、あの時もそうですけど、なんて兄さんはここぞという時にあんな顔をして私 を駄目にするんです?」  どんな顔をしていたというんだ。そんな志貴の心の声が聞こえたかのように秋葉は言葉 を続ける。 「自分で鏡でもご覧になって下さい。……なんでみすみすチャンスを逃すんです。じっと しているだけで良かったのに」 「大事な、一番大事な妹を、殺したり抱いたりできる訳ないだろう」  反射的に叫んだ志貴の言葉に、秋葉が頬を赤く染める。 「いや、あの」  志貴もまた動揺したように口篭もる。  しばし二人で俯いて沈黙を守る。 「一番大事と言ってくれても……、一番好きなのは琥珀なのでしょう?」  問いかけと言うより、確認の言葉。 「それは……、一番好きなのは琥珀さんだよ」  馬鹿正直に本当の事を言ってしまう。 「そっか……」  じゃあ、仕方ないですね、という顔で秋葉はベッドからトンと降りる。  また枕を抱えて扉の方へ向いかける。 「秋葉」  怪訝そうに振り向く。  志貴はベッドに横になり、隣の空間をボンポンと叩いて見せる。 「一緒に寝るんじゃなかったのか?」 「……はい、兄さん」  一面の笑顔に変り、秋葉は嬉しそうに兄の横に潜り込む。  志貴は黙って布団を肩までかけてやろうとして、初めて自分が今、きちんと寝間着を着 ているのに気づいた。  さっきまでの乱れた姿が直っている。  と、言う事は……。  気絶しているうちに秋葉が直したのかと思うと、猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくる。  自分の姿を見て呆然としている兄の姿に、秋葉もまたもじもじとする。 「あの、兄さん。その……」 「いや、いいから」  寝てしまおう、志貴はそう思った。 「秋葉、あんまり引っ付くなよ」 「おやすみなさい、兄さん」  そう言いながら、秋葉は少しだけ擦り寄って、頭だけ志貴の方につくようにする。 「引っ付くなって」 「もう。明日になったら秋葉は兄さんの妹に戻りますから。……駄目ですか?」 「……好きにしてくれ」  ・  ・  ・  月明かりのみの暗がりの中。  志貴は眠れずに虚空を見つめていた。  いろいろな事が頭をぐるぐると廻っている。  秋葉のこと。琥珀のこと。さっきはあれだけ秋葉を拒んだくせに、それを後悔している 自分のこと。その感情を必死に否定している自分のこと。  傍らの妹に目をやる。  秋葉はすやすやと寝息を立てている。穏やかな安心しきったような寝顔。  秋葉の事を本当はどう思っているのか分からない。  本当に妹としての「好き」だけなのか、いや多分それだけじゃない。  でも、俺は秋葉の兄さんでいたいんだ。  それは嘘じゃない。  そう結論づけると、やっと心が落ち着いた。 「おやすみ、秋葉。」  最後に一言呟くと、志貴は目を閉じた。 《おしまい》 ―――――「後書き」  地下室系書いた反動で、萌えでほのぼので軽めの秋葉が可愛いお話でも書こうと思った んです。 「お兄ちゃん、あのね、あのね、お兄ちゃんは秋葉の事なんか気づいてもくれないけど、 秋葉、お兄ちゃんのこと……」みたいな原作置いてきぼりの奴を。  なのに何故? 攻め秋葉、とか思った時点で間違いだったか。  長々書いた割に寸止めだし、さながら空手ダンス。琥珀ルートでの可愛い妹に迫られて、 握り締めた拳に爪を食い込ませ血を滴らせながら「否」と言う志貴が好きなので、今回も それを遵守して頂いたのですが。 前回、翡翠を出しておきながら指チュパが無いという失敗を犯しましたので、今回秋葉 でやれてちょっと満足しました。 蛇足。志貴と秋葉入れ替えると猛烈にやらしいシチュエーションになりうる事に気がつき ましたが手後れ? by しにを 2001/8/6
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