Vampire Killer

作:しにを



 まだ陽の領域にある時だというのに、霧と瘴気の帳とで昏く澱んだ空気が漂う。  見上げる程高い厚い城壁が圧倒的な威圧感で寄る者を拒絶し、閉じられた城門もまた招か れざる客を排する意志を示す。 「今回の敵の居場所ってここなんだけど…」 「これまた大きな、城だなあ」 「そうね、ちょっと非常識なほどね」 自分自身非常識な存在ながら、金髪の吸血鬼がそんな事を言う。  普段、写真かTVでしかお目にかからないヨーロッパの何とかシュタイン城とでも名前が ついてそうな古城がそびえ立っている。  それはいいとして、この巨大で古色蒼然としたお城が出現したのが2週間程前なのだとい う。それも一夜にして出現したのだという。  何でも結界に覆われ、普通の人間には感知されない、らしい。 「空想具現化ってやつなのか?」 「違うの。あくまでここの石も土も木も何もかも、本物なのよね。まあ、私でも出来なくは ないけど、規模と時間の速さが異常な程だわ」 「じゃ、アルクェイド以上の力を持つ真祖って事なのか?」 「そうなのかな」  あっさりと、怖い事を言う。 「なんかもの凄い昔に他の真祖と離れちゃって、ほとんど記録が無いのよ。時々姿を見せる んだけど、何故かすぐに消失しちゃうし。それに、この城自体が一つの……まあ、志貴も一 緒だし、ちゃっちゃっと片づけちゃおうよ。  でも、志貴ってば、最近は私と来るの妹に止められないの? 前は力ずくで監禁されたり してたのに」 「日帰りか、遅くとも1泊って約束守ってるからな。空間歪曲だっけ?のおかげで地球の裏 側でも一跳びなんだろ。でも、秋葉のやつ、無理矢理止めなくはなったけど、本当に泣きそ うな顔して送り出して、戻ると凄く安心した顔するから、なんだか心苦しいよ」 「やるわね、妹……」  城門を開けるのにお得意の馬鹿力を振るおうとするアルクェイドをさすがに止めて、壁沿 いにしばらく歩き、大きな裂け目を発見。 丁度良いと、崩れた壁から中に入る。 「それにしても、良く見るとやたらとあちこち派手にぶち壊れてるのは何故なんだろう」 「そうね。教会も此処は手をつけてない筈なんだけど。  特に何も障害も無く、そんな会話をしつつ、一際高くそびえる塔を目指して入り組んだ回 廊と階段を歩く。  と、ある部屋に入った時。 「あれ、志貴、なんか奇麗な短剣が落ちてる…」 「馬鹿。うかつに触るな、アルクェ…」  最後まで言い終える前に、  突然部屋の半分が真っ二つに断ち切れ、凄い勢いで吹っ飛んだ。  アルクェイドを乗せた(入れた)ままで。 「見るからに罠だろうが」  攻撃力も防御力も反則なお姫さまのダンジョンでの対応は、常に正面突破である。  罠も何も力技で抜けるし、迷うと壁を破壊して最短の道を造る真似すらする。  だから、少し後を附いて行くと効率よいのだが。  離れるのはちょっとまずいな。  と、呆然としていると、 「やっほー、志貴」  アルクェイドの能天気な声がした。協会から入手した遠話用の石とやらの力だ。 「いちおう訪ねるけど、大丈夫か?」 「平気、平気。あとちょっとで回復する」  やはり無傷ではなかったようだ。 「でもだいぶ離れちゃったみたい。あの塔の前の高台みたいな処に向って。私もそこに行 くから」 「わかった」階段を降りて外廊を廻ってまた棟に入って、と。  アルクェイドはアルクェイドで何とかするだろう。                  §   §   §  用心しいしい隠密行で進んで、幾つめかの外とつながった踊り場に出た時、  突然、死角から何かが飛んできた。  何の気配もなく。  だから意識してではなく、  動いたのは遠野志貴に眠る身体自身の力。  光の矢のようなソレを、  大きく体を傾けつつ躱す。  避けられないソレの線を断つ。  砕けた破片、背後の壁に刺さったソレは、透明なガラスのような鋭角の針。  ちらと目をやった一瞬で氷のように消え去っていく。  と、その場にはまったく不似合いな人影が現れた。 「なんだ、人間……なのね? 危ないわよ、こんな処にいると」 金髪、というより色の抜けた銀に近い、腰まで流れた髪、昏い青の瞳、年の頃12,3 程度にしか見えない少女。  ひらひらの多いドレスを纏っているので、さらに非現実感が漂う。  あまりに不自然すぎて、なんでこんな処に、という当然の疑問が浮かばない。 「でも、あなた、只者じゃないみたいね。この子がこんなに警戒してるの珍しいわ」  という声に合わせて、突如、白い大きな塊が少女の横に出現する。  雪色の毛並の大きな大きな狼。  六本足の狼を、虎か獅子かという大きさの狼を、狼と呼んで良ければ。 「何か、異質な力を感じる。何か……。あなた、危険ね。  ともかく、何しに来たか知らないけど、私とあの人の邪魔はしないでね。なるべく早く 立ち去った方がいいわよ、死にたくなければ。  思念で話してるから、伝わってるわよね?」  それだけ言うと少女は、ひらりと狼?の背に乗り、狼は体重が無いかのような身軽さで、 崩れかけの城壁を飛び越えて深奥部へと行ってしまった。 「なんだったんだろう」  つかの間、ぼんやりとしたものの、背後の方から聞こえてきたうめき声と足音とに対峙 する。  わらわらと、死者の群れが近寄ってくる。  強行突破を決意し、ナイフを構える。                  §   §   §  その後も右往左往しつつも、約束の場所に辿り着く。  死者に、巨大な蝙蝠、動物のようで生き物でない何か、何十体も襲い来る群れを断ち、 そして殺して。  戦いの中の高揚感が消え去ると、肉体的な疲労と心が錆付くような感覚が残る。  こればかりはいくら戦い慣れしても変わらない。  アルクェイドはまだらしい。  壁の陰に身を寄せ、休みつつも辺りを窺っていた時、  それは突如起こった。  最初は何処か遠くで爆音。  呼応するように、あちこちで同じ調子の音が連鎖。  あっという間に質量を伴うような轟音が響き、足元が凄まじい勢いで揺れ、 「崩れてる、うわっ」  立ってられない。  逃げ場が無い。  さすがにこんな状態だと直死の魔眼も為す術が無い。 「ごめん、秋葉。戻れな……」 「あまりあっさり諦めないで下さい」  こんな時に聞き慣れた声がして、振り向いた。  黒衣に身を包んだシエル先輩が、ちょっと呆れ顔で立っていた。 「なんで…」 「説明は後です」  シエル先輩が何時に無く厳しい声で遮ると、片手で俺の身体を抱きかかえ、飛ぶような 速さで、足場の悪さなど苦にならないように走り、崩れる足場を跳び越えて行く。  何もできず荷物と化したまま、その城の崩壊の様を眺めていた。  大きく裂けた塔の壁から、雷光のような光と、それに照らし出された対峙する2人の男? が見えたような気がしたが、あくまで一瞬だった。                  §   §   § 「ありがとう、シエル先輩。命拾いしたよ」  ちょっと離れた森まで来て、シエル先輩は足を止め、荷物を降ろしてくれた。 「あ、でも、アルクェイドが」 「大丈夫ですよ、残念ながら。後ろをついて来ましたけど分かりませんでした?」  ちょっと瓦礫の粉まみれになっているアルクェイドが拗ねた顔をして現れる。 「自分だけ先行っちゃうなんて、酷いよ、志貴」 「無茶言うな」 「そうですよ、遠野くんをこんな目に合わせて」 ひとしきりやり取りが終わった後で、シエル先生の講義が始まった。 「ええとですね、ある一族がいるんですよ。人間離れした力を持ち、代々ある技術や秘法 を伝えている、という。その力故に普通の人達から忌避されたり、教会から異端視された りもしていました。それでも一族で持ち続けた力を一つの目的の為に継承し続けているん です。  悪魔城が現れると万難を排してこれを打ち砕き、城主を抹殺するんです。教会も彼らの 行動をここ何百年は黙視しています。  邪魔するものは全て敵として倒されますから。  遠野くんが向ったと聞いて止めようと思ったんですけど」 「じゃあ、あの狼連れた女の子も、その一族?」 「私が見たのは鞭を持った大男だったなあ。ちょっと怖かったんで、姿隠したけど」 「あなたが、怖い? ……まあ、賢明でしたね。ベルモンド一族は、あなた達吸血鬼の天 敵ですから。  と、終わったみたいですね」  城から光が放たれ、最後の瓦解の音が届いた。   辺りに漂っていた瘴気が薄くなっていくのが分かる。 「これで、またしばらくの間、悪魔城は城主と共に眠りについて、また何時の日にか何処 かで甦るんでしょう」 「あーあ、せっかく来たのにつまんないの」 「あなたはそうかもしれませんが、遠野くんは…」 「ふーんだ。どうせ自分だってギリギリのところで志貴を助けて、良い処を見せようとか してた癖に」  アルクェイドとシエル先輩の言い争いを背後に崩壊した悪魔城を眺めていた。それ自体 が意志を持ち崩壊して眠りについても城主の目覚めと共に一夜にして新たな姿で再生する という魔城と、不死身の主の事を、そしてその強大な魔物を倒しているという人間の事を 考えながら。  そしてまた、その人間離れした一族の女の子に「危険ね」と言われた自分は、いったい 普通の人間なんだろうか、と考えていた。 FIN ―――後書きらしきもの  アルク・グッドEND後のお話になります。吸血鬼で何かクロスオーバーみたいなもの を書きたいなというのが始まりです。本家本元だとか、「ヴェトゴニア」とか、「屍鬼」 とかカプコン「ヴァンパイア」とか、いろいろある訳ですが、ゲーム系で思い入れの強い ベルモンド一族に登場頂きました。年代も合いませんので、オリキャラですが(余談なが ら、正統の鞭男がアーケル、傍系の女の子がスティアという名前です)。アクションシー ンと設定語りモードをバッサリやったので、大部物足りなくなってしまいましたが、楽し んで頂けたら幸いです。 by しにを (01/3/11)
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