「じゃ、行きましょうか」

 茶道室に行くと既に待っていた遠野くんが声をかける。
 行く?
 てっきりここだと思っていたのだけれど……。
 人が立ち寄らず、鍵が掛けられる密室。ちょっとくらい音がしても大丈夫だし。

「ここじゃないんですか?」
「ここは駄目です」
 少し困ったような口調で遠野くんは否定する。

 着いて来てと言うと迷い無く遠野くんが足を進め、私はその後に従う。
 空き教室? 
 屋上?
 体育倉庫? 
 いずれも違うようだった。
 職員室の横を通り過ぎ、遠野くんが足を止める。

「職員トイレ?」
「良い選択でしょう。ちゃんと外から遮断できるし利用者も少ない。それにここなら洋式だし」
 手を取られ引っ張られる。
 少し考えて遠野くんは女性用の方へ入る。

「確率から言えばこっちの方が人と会う率が低いからね」

 中に入り、遠野くんは珍しそうに一望している。

「ふーん、ピンクのタイルなんだ」
 そして、真ん中の個室に私を連れ込む。
 カチャリと音がして、二人だけの閉鎖空間が作られた。

「お待たせしましたね、シエル先輩」
「待ってなんかいません……」
「ふーん? そのわりにはずいぶんと……」
 左手でスカートが捲り上げられ、右手が無造作に私の太ももを、そしてその奥を撫で上げる。

「準備がよろしいようだけど?」

 その指摘に幾分上気していた顔がかあっと真っ赤に染まる。
 遠野くんが私の前に指を突きつける。
 それは私のもので濡れ光っていた。
 そう、さっき遠野くんにいたずらされてから、ずっと体は火照りそこは潤んでいる。
 朝から異常な状態のままでずっと過ごし、これから抱くと宣言されているのだ。少しくらい
おかしくもなる。

 反応できずに固まる私を、遠野くんはかまわず抱きしめる。
 唇が合わさり、舌が口の中に入れられる。
 望んでいたように私はそれを受け入れ、自分の舌を絡めた。
 遠野くんは遠慮なく私の口を蹂躙し、それを私は受け入れる。
 吐息を絡ませながら、遠野くんの手が背から動き、つうっと下へ降りてお尻を撫でる。
 もう一つの手が制服のスカートのホックを外す。
 遠野くんの舌が引っ込み、糸を引きながら触れ合った唇が離れる。

 かろうじて引っかかっているスカートを脱ぐように促される。
 ああ、とうとう校内で一糸まとわぬ姿にさせられるんだ……。
 下半身に何も隠すものが無くなってしまった。
 そして命じるままに制服のベストも脱いだ。
 ブラウスのボタンを外しかけて静止させられる。
 じっと、遠野くんに見つめられる。
 靴下と靴は履いているが、他はブラウス一枚。
 裸でいるよりも何故か恥ずかしい。
 剥き出しの太もも、見え隠れする谷間、中途半端にボタンが外され開かれた胸元。今の刺激
で胸の先が固くなっているのも分かってしまうかもしれない。

 気が済んだのか、遠野くんは蓋をしたままの台座に座り、私を手招く。

「後ろ向きで腰を下ろして」

 その言葉に従い遠野くんの胸に背中を預ける。
 遠野くんの姿が見えないだけに、ドキドキとした感じだけ強まる。
 両の胸に遠野くんの手が伸びる。
 ゆっくりと薄布一枚を挟んで胸がもまれる。
 そう力を入れないゆるゆるとした動きだが、そこから甘美な波が広がる。
 ときどき指が尖った乳首を刺激する度にビクと反応してしまう。
 自然に声が、吐息が洩れる。

 しばらくそうしてやわやわと愛撫が続き、遠野くんは今度はボタンを外して直接手を触れた。
 乳首を押すように、摘むように刺激する。
 ぎゅっと痛いほど強く指で潰される。

「うん、痛い。あっ、んんん」
 じわっと痛みが快感に転換する。痺れにも似た快感に。

 と、物音がした。
 戸を開く音。足音。

「やだ。遠野くん。誰か来ました」
「そうですね」
 また、乳首がつままれる。

「駄目。ちょっとだけやめて下さい」
「俺はさっきから黙ってますよ。シエル先輩が口を閉じていてくれれば、そんなに音なんかし
ませんよ」
 言いながら遠野くんは胸を責めていた手を下に動かす。

 まさか? 
 ああっ、駄目。
 いきなりツプと指が挿し入れられる。
 胸とは違う刺激に反射的に体が動き声が洩れそうになる。
 遠野くんの指が1本、2本と既にとろとろになっている私の中に抵抗無く潜り、弧を描くよ
うに動く。

「ん…………」
 歯を食いしばり、背中を丸めるように顔を伏せ、必死に洩れそうになる声を押し殺す。
 遠野くんはかまわず指でかき回し、浅く深く出し入れをする。
 親指が膣の上、硬直している肉芽を押す。

「ひ、ん……」
 とっさに手で口を覆う。
「その調子……」
 耳元で囁いてふっと耳に息を吹きかけられる。
 きっと睨むが遠野くんは平気で笑っている。

 かた、とすぐ戸を挟んで外で音がした。
 前を歩く物音。
 身を硬くする。
 止まっていた遠野くんの指がぐいと奥へ潜り、折り曲がって襞を引っかくようにして動く。
 と、同時に私が口を塞いでいた手首を掴み引き剥がした。

「やだ、ぃ…………」

 ショックのあまり軽く昇りつめ、むしろそれ故に声が潰れた。
 体が硬直して跳ね、そして糸を切ったように弛緩する。
 トイレの戸が開く小さな軋み音と共に遠ざかる足音が消えた。
 安堵の溜息が洩れる。
 ぱっと立ち上がって遠野くんの手から離れて向き直る。

「なんて事をするんです。ばれたら、どうするつもりだったんですか」
「シエル先輩なら大丈夫と思ったから」
 私の小声での叱責に、遠野くんは明るく笑って答える。
「もし見つかって、授業をサボって二人して職員トイレで不純異性交遊に励んでいましたなん
てバレたら、退学にはならないまでも停学かな。それであっという間に学校中に噂が広まって、
いたたまれなくなって自主退学。俺は遠野の家を追い出されて路頭に迷うかな。そんな事にな
ったら」
 そんな事を真顔で言いながら、ベルトを外し、ズボンのチャックをじいっと外す。

「そうならないように早くやろう。シエル先輩?」

 パンツからはみ出さんばかりに遠野くんのものが隆起している。
 スボンごとパンツが下ろされ、隆々とした下半身が露になる。
 手を取られ、促される。
 言葉は発せられないが、遠野くんの意図のまま従う。

 右手で熱い遠野くんを握り、自分のそこへ導く。
 左手で自分のそこをくつろげる。
 なんて屈辱的で恥ずかしい姿。
 でも触れただけでさっきの高ぶりが蘇る。
 遠野くんの上気した嬉しそうな顔。

 角度を合わせてあてがい、ゆっくりと体を沈める。
 いつもよりずっと熱くて大きい。
 濡れて滴るほどに恥ずかしい状態になっているのに、遠野くんは一息には挿入できず、狭道
を押し開くようにみしみしと少しずつ私を犯していく。

「んん……。入りました……」

 ああ、これだけでもどうにかなってしまいそう。
 遠野くんの足に座る形で体重を預ける。
 しゃがみながら立っている体勢はもう維持できなかった。

「いつもよりずっときつい。凄いよ、シエル先輩の中」
 腰の辺りを掴まれ、遠野くんに上下に揺すられる。
 激しい動きに翻弄されるわけではなく、緩やかとも言える動きでどんどん性感が刺激され、
快美感に支配されていく。

「いいです。遠野くん……」

 気がつくと遠野くんの動きに合わせて、自ら腰を上下に動かしていた。
 嫌だったのに。
 嫌だったのに。
 本当に嫌だった筈なのに……。

 両手を遠野くんの肩にかけ、体を動かし貪欲に快楽を貪っている。
 遠野くんはそれを受けて上下に揺れる乳房に手を伸ばしたり、二人の動きの合わせ目に指を
忍ばせたりして、体のあちこちから別の刺激を引き出していく。

「遠野くん、遠野くん、遠野くん」
「シ、エル、先輩」

 互いに呼ぶ声と、動きによる音、ぐちゅぐちゅ言う水音がこの狭い空間を満たす。

 あ、もうダメだ。
 軽い絶頂を何度も繰り返し、最後の高みに近づいていく。

「あ、ああ、もう……」
 
 ギシッと小さな音がした。
 戸が開く音、誰かがまた入ってきた音。
 微かな音ではあったが雷鳴のごとく耳に響く。
 そして水をかけられた様に一気に陶酔が醒め、体の動きが止まる。
 しかし、遠野くんは行為をとめない。
 口こそ閉じたものの、腰を揺らす動きはそのまま。むしろより強い動きに変わっている。
 そして、手は私の手首をそれぞれ掴んでいる。
 身をよじっても逃げられない。
 
 そして、そんな状態なのに、いやそんな状態だからか。
 パニックを起こしている理性とは無関係に、体の中で一度低くなった情欲の火種がまた激し
く燃え上がる。
 訴えるように遠野くんを見るが、許しては貰えない。
 このまま絶頂を迎え、叫び声をあげる自分の姿が脳裏に浮かぶ。
 その声に集まる先生たち。
 扉が開けられ、曝け出される遠野くんと私の姿。
 それを想像するとこらえようもなく高まり、快楽を求める本能が全てを支配する。

 いつしか自分でもラストスパートとばかり上下に動いていた。
 そして、声だけは外に洩らさぬ様に最後に残った理性が、あるいは駄目押しの快楽を求める
雌の本能が、私の体を動かした。
 ぐっと前に顔を突き出し、強引に遠野くんの唇を奪った。激しいく舌を遠野くんの口蓋奥に
潜らせ、悲鳴のような喘ぎ声をそこに吐き出す。

 そして、かつて味わったことの無いような絶頂に身を浸した。
 それと同時に、私の中で遠野くんが一瞬膨らみ、弾けるのを感じた。
 ああ、遠野くんの熱いものが私の中に溢れている。
 陶酔の中で、良くて幸せで夢中で腰を動かしていた……。
 

 しばらく、そのまま二人でじっとしていた。
 外の事など頭の中からはまったく消えていた。
 どちらからだったか、のろのろと身を離した。

「先輩、綺麗にしてよ」

 どこか拗ねたような声で遠野くんが次の奉仕を求めた。
 珍しくも一度の放出で縮こまってしまった遠野くんを手に取り、舌先でどろどろと濡れた粘
液を掬い取る。遠野くんと私の混じったそれを嫌悪する事無く 
口に入れ呑み込む。
 あらかた舌を這わせ終わると、今度は遠野くんを口に含む。
 依然柔らかいままのそれを唇でしごくようにしながら、中にまだ残っている精液を吸出し、
舌先で掻い出す。
 いつもと変わらない動作だったが、遠野くんは小さくなったままだった。

「一回で終わりか……。凄すぎた」

 ポツリと遠野くんは呟く。
 私は、トイレットペーパーを何枚か重ねると、膣口からこぼれ出た精液と愛液のドロドロを
拭き取ろうとした。

「駄目だよ、シエル先輩」
「えっ? 何がです」
「拭いちゃ駄目って言ったんだよ。そのままスカート穿いて」
 ?
 なるべく制服を汚さぬよう、スカートをまた身に着け、上も整える。

 遠野くんもズボンを穿き、立ち上がった。

「じゃあ。戻ろうか。いつまでもここにいると危ないからね」
 こっそりと外を窺いながら外へ出る。そのまま手を取られ端の階段へと向かう。

「ちょっと、遠野くん、待ってください」
 歩くたびにぐちゅぐちゅと音がするのがわかる。
 それに垂れていたものが膝の辺りまで伝っている。

「あと一時限ですから、そのまま授業に出てください」
「そんな。気持ち悪いです。それにこんな状態じゃ皆におかしく思われます」
 まだ火照った体、外観だってどこか尋常ではないかもしれない。
 汗と淫臭にまみれた姿、一歩一歩、ぽたぽたとさっきの名残を滴らせて歩く自分の姿を想像
してぞっとする。

 しかし、かまわず、遠野くんは歩きつづける。
 私は従うしない。

「何とか言ってください。遠野くん……」
 遠野くんは妙に醒めた目で私を見た。
 そして口を開く。

「もしバレても、皆の記憶を消してしまえばいいでしょう」
 それだけ言うとまた歩き始める。

 ・
 ・
 ・
 あ、駄目だ。
 何かが砕け散った。
 遠野くんはきっと何の気なしに言ったのだろうけど、その言葉は……、駄目だ。
 ぴたりと足を止めた私を遠野くんが振り返る。
 どうしたのだろう。
 遠野くんの顔が強張っている。

 私は今どんな顔をしているのだろう。
 泣き出しそうなのを必死に堪えているのは確かだけれど……。
 遠野くんが何か言っている。
 でも聞こえない。耳が拒絶している。
 
 私は二度目の生を受け入れて以来、ずっと感情を意思の力で制御していた。
 痛みや悲しみにいちいち反応していたら心が耐えられないから、自分の感情には厚い壁を作
っている。
 だけど、だからと言って何も感じない訳ではない。任務ではあっても、偽りではあっても、
この町に来て普通の学校に通う普通の女の子として過ごして、それがどんなに嬉しかったか。
  そして、自分の手でそれら全てを消し去った時、どれだけ哀しかったか。
  その時の傷痕は今も心の奥底深くに眠っている。
 昨日まで、私と言葉を交わして笑ってくれた人達が、今日は見知らぬ他人を見る眼で私を見
るそのぞっとするような虚無の感覚。

 だから、遠野くんに言って欲しくは無かった。
 私のことを憶えていてくれた彼には。
「記憶を消してしまえば」などとは。

 すっと、心の傷を塞ぐように何かが降りて来た。己を守る為のもう一人の自分が。
 どうしたんです、遠野くん。
 なんです、その慌てたような心配したような顔は?
 何もありませんでしたよ、続きをしましょうね。

「ごめんなさい、遠野くん。行きましょうか。それより、そんな事じゃ面白くないでしょう。
どうせなら……」
 言いながらブラウスのボタンを外し、スカートのホックを外す。

「な、何を、シエル先輩……」
「どうせ記憶を消してしまえば何事も無かった事になりますよ。どんな騒動になるか観てみた
くはありませんか。眼鏡と靴下だけって格好がいいですか。何なら首輪と鎖をつけて四つん這
いにして引き回してみますか?」
「何を言ってるんだよ」
「何って。遠野くんに楽しんでもらおうと思っているだけですよ……。何でも言ってください。
教壇でひとりエッチしろと言われればしますし、みんなの見ている前でもう一度抱きたいとい
うなら、思う存分見世物にして楽しんで貰っても……」

 言いながら歩く。
 後、一、二歩で教室に面した廊下に出る。授業中でまだ人目にはつき難いだろうけど。

「シエル先輩。いいよ、もう。ごめん、調子に乗りすぎた。ちょっと、とりあえずこっちに……」
 遠野くんは下に落ちていた制服を掴むと、私の手を取って強引に何処かに向かった。

 茶道室。
 要所要所で迂回しながら辿り着いたのはそこだった。
 入ってカチャリと鍵を閉めて遠野くんが安堵の溜息をつくのを、無関係な他人事のように眺
める。

「とりあえず目のやり場に困るから服を着てください」
 制服を受け取って機械的に袖を通す。

「ごめん、先輩」
「……なにを謝っているんです、遠野くん」
「わからない。先輩にあんな顔をさせるような真似をしておいて、自分で何をしたのかわから
ないのが、申し訳ない」
「そうですか。自分でも何をしたのかわからないのに謝る必要なんてないんじゃないですか」
「でも、先輩を傷つけたんだろう。いや、朝からずっと酷い事してのは確かだけど、さっき俺
は何をしてしまったんだ?」

 そのまま口を開くと取り返しのつかない事を言ってしまいそうだった。
 意識して感情の高まりを押さえ込む。
 
「朝から私が平気でいたと思いますか」
「だってシエル先輩ずっと平然としてたから。正直、本当にあんな格好で学校くるとは思って
なかったのに……」
「恥ずかしかったんですよ。町を歩くのも教室にいるのも」
「全然そんな風に見えなかったけど」
「そういう人間だと分かっているでしょう。本心を隠すのが習い性で、そんな事ばかり上手く
なってるんだって、私は」
「だからエスカレートして少しでもシエル先輩が嫌がったり恥ずかしがったりするのを見たい
なって思ったんだ」

 遠野くんは私を何だと思っているのだろう……。

「そうしたら、やめてくれたんですか」
「うん」
「じゃ、学校でえっちしたいと言うのも冗談だったんですか」
「それは本気。でも、それとシエル先輩に恥をかかせるのは別な事じゃないか。このまま行っ
たら何を言い出すか自分でも怖かった」
「そうですか。遠野くん、さっきバレたら記憶を消してしまえばって、そう言いましたよね」
「言った……、あっ」

 遠野くんがしまったという顔をする。
 
「ごめんシエル先輩。それは言っちゃいけない事だった。本当にごめん」
「それをどんなに嫌悪してるか遠野くん知らなかった訳じゃないでしょう……」

 抑えていた感情が洩れる。
 語尾が震え、涙がこぼれた。

「遠野くんの……、ばか……、」

 額に何かが当り、ふっと暖かいものに包まれた。
 気が付くと遠野くんに抱きしめられていた。

「ごめん、本当にごめん、先輩」
「嫌だったんですよ。あんな恥ずかしい事ばかりさせて……、遠野くんの馬鹿。遠野くんだか
らあんな真似したんだから……」
「謝る。本当に心から謝る。何でもするから」

「じゃあ、今ここで愛してください」
「ここで?」
「あんな処であんな格好で無理やり犯されたみたいで凄く凄く嫌だったんです」
「でも先輩も凄く感じてたじゃない」
「だから、余計に嫌だったんです。心が嫌がっていたのに体だけ享楽を感じるなんて……。だ
からさっきみたいじゃなくて、私を抱いてください」
「わかったよ」

 優しく優しく壊れ物でも扱うように、とろとろと体も心も融けだすように、遠野くんは私を
愛してくれた。
 何度も、何度も。
 このまま溶けて消え去ってしまったら幸せだろうな、と思った。


§ § §

 その余韻に浸っている。  結局、午後は全部サボってしまった。気がつけばもう放課後の遅い時刻。  正座をする私の胸に後頭部を預けるような形で遠野くんは座るとも寝るともつかぬ格好で放 心している。  疲れさせすぎちゃった。   「そう言えば、あと1回残ってますね」 「何が?」 「遠野くんが私に何でも言うことをきかせる権利ですよ」 「もう、いいですよ。放棄します。……そうだ、シエル先輩に進呈します」 「えっ?」 「お詫びに。シエル先輩の言うことを何でも聞く。どんな無理難題でもかまわない、従う」  目を瞑ったまま、遠野くんは少し強みを帯びた真剣な声でそう宣言した。 「そんな事言っていいんですか」 「さっき、シエル先輩に嫌われたくないって思った時の気持ちに従います」 「……? そうですか。じゃあ、ゆっくりと使い道を考えさせて貰います」  うん、と頷いて遠野くんは目を開き、身を起こした。 「ところで、遠野くん」 「なんです」  一つだけ昨日から気になっていた疑問が残っていた。 「アルクェイドとも賭けをして勝って、一つ言う事を聞かせたんですよね?」 「うん」 「いったい彼女には何をしたんです?」 「何って。日曜日にシエル先輩とデートだって知られちゃったから、約束させたんだよ。絶対 に邪魔はしない、おとなしく1日部屋から出ないって。久々に二人きりで過ごせるのに不安要 素は取り除かないと。前から楽しみにしてたんだから」  何でこんな事を聞いているのだろうという顔の遠野くん。 「あれできちんと約束した事は守るから、きっと不貞寝でもしてたんじゃないかなあ」 「……」  そうですか。  そんな事でしたか。  私とのデートを大切にしてくれて、そんな前準備をしててくれていたんですか。  それを、あの泥棒猫相手にこっそりと楽しんだのだろうと思っていたなんて……、ダメです ね、私は。  遠野くんに知られたら「俺を信じられないんですね」となじられて恋人失格の烙印を押され ちゃいそうです。  でも、その同じ人がなんで当の恋人にあんな真似をしますかね。 「そうでしたか。でも負けたらどうするつもりだったんですか。一緒に行くとか、シエルとデ ートするのやめて私とデートする事、とか言われたら」 「大丈夫ですよ。絶対に負けませんから」 「なんでそんな強気なんです」 「伊達に有彦相手に鍛えていませんよ」  そう言えば前に乾くんが言ってましたっけ。遠野くんとはお互いにサマの腕が上がりすぎた ので今では紳士協定で二人で勝負する時は一応正々堂々勝負しているって。  麻雀牌の扱いは乾くんの方が熟練していて、カード関係は遠野くんが優れているとか。  カード……?  ・  ・  ・  ふうーーーーーん。  そうだったんですか。  そうですよね、バレなければイカサマじゃないですよね。気づかなかった私が間抜けだって 事ですよね。  でも、今、最強の切り札持ってるのは私ですからね、遠野くん。  何でも言うこと聞いてくれるんですよね。  今日の私みたいに。  拒否権は無く。  何でも。  ふふふふふ。うふふふふ。  ゆっくり考えさせて貰いますよ、ええ、ゆっくりとね……。    《FIN》 ―――後書き  なんでシエル先輩はこんなに難しいんだろう。  どんどんどんどん長くなるし。   試しに定番のありがちシチュエーションで書いてみたらどうなるかな、と思ったら……、ど うにもなりませんでした。あーあ。  学校舞台ってシエル先輩だけの特権なんだけど。秋葉はそういう機会が無いし。  それと、これは「シエルSIDE」と謳っております。察しの良い方は勘付いたと思います が、同じ話の使い回し、もとい別視点からのお話「遠野志貴SIDE」というものが存在して います。  二つ合わせると補完しあって感動の真実が明らかに……とか、第3のシナリオが出現とかは まったく無いです。話はほとんど同じ。ちょっと小手先の違いはありますが。  もともと三人称で書き始めて、どっちかの視点がいいなあと思って結局シエルにして、その 後で、いや志貴で○○したら結構良いかもとか思って泥沼入り。  シエル先輩でやるべきではありませんでした。ええ。  ともあれ、こちらでこっそり公開していますので、よかったらどうぞ。    http://www5d.biglobe.ne.jp/~sini/index.htm  事後承諾だけど、載ってたら阿羅本さんに了承頂いたと言う事だと思います(いいのか?)  これが裏シエル祭に掲載されたらUPしておきます。  とにかく疲れました。以上。                    byしにを(2001/11/11)  ※で、両方並べて置いてみました。両方含めて見直ししたりして。   もうこんな面倒な事はしません。ええ。秋葉でやって狂いっぷりを巧く書けたら楽しそう  だけど……、いやいや。(2002/4/2)      
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