ワイルド・カード −遠野志貴SIDE−

作:しにを



「あいにくの雨でしたねえ」  本降りになってきた忌々しい雨を窓から眺めていると、シエル先輩も残念そうな声を出した。  まったくだ。  昨日はあんなに晴天だったのに、どんどん雨雲が広がって暗くなってきたものなあ。  なにも久々のシエル先輩とのデートの日に降らなくても良いだろうにと思う。  どれだけ未練がましく外に居続けようとした事か。  まあ、それでずぶ濡れになるより、こうして小雨のうちにシエル先輩の部屋に向かって賢明 だったけれど。 「何か温かいものでもいれますね。体冷えちゃうといけませんから」  お勝手でごそごそやりながら、シエル先輩がなだめるに言ってくれた。 「コーヒーと紅茶と日本茶、何がいいですか、遠野くん?」 「じゃあ、緑茶がいいなあ」 「ちょっと待っててくださいね。何かお茶菓子もあったと思うんですけど……」    こういう何気ない会話って良いよなあと思いながら、ぼんやりと部屋の中を見回す。  それなりに片付けているが、塵一つなくきっちりと整理整頓されている訳ではなく少々雑多 にものが散在している。まあこのくらいこの位の方が落ち着く。  ふとテーブルの上に置いてあるものに目を引かれた。  何だろう、これ。  一山に重ねられたカード……?  黒を基調に狼と樹と月を模した絵が描かれていて、どこか禍々しい雰囲気が漂っている。  興味を引いたが、先輩の持ち物だとすると素人が変に触れると呪われそうで、手を伸ばすの が躊躇われる。  そうこうしていると、お盆を持った先輩が居間に戻って来た。 「先輩、これ何?」 「ただのトランプですよ」  先輩は無造作に手に取り引っくり返して見せてくれた。  なるほど、数字にクイーンやキング、確かにトランプだ。  字の書体とか嫌な笑いを浮かべたキングとか、やっぱり異様だけれども。 「あ、そうなの。なんか呪術にでも使うカードみたいで手を触れるの怖かったんだけど」 「うーん、あながち間違いでもありませんよ。トランプ自体の成り立ちがタロットを起源とし て……なんて薀蓄は置いておいて、これはさるお人が本式の占いに使ってたものなんです。確 かに魔力を秘めてますよ。縁あって譲ってもらって、私もお遊びでその、恋占いしてみたりと か……」  末尾がごにょごにょと声が小さくなる。  ふーん、先輩にもそんな女の子っぽい処があるんだ。   「ふうん。あれ、キリスト教徒って占いとか禁じられているんじゃなかったっけ」 「だから、ちょっとしたお遊びです」  「そうか、でもなんか立派なものだね」 「そうですね。でも普通にゲームに使ったって構わないんですよ。本式に一回ゲームに使った ら廃棄なんて真似はできませんけど」  恐る恐る手に取ってみた。紙でもプラスチックでもない不思議な感触。  でも確かにトランプはトランプだな。  試しにシャッフルしてみても違和感は無い。 「そうか。ね、それじゃ暇つぶしに何か一勝負しない、シエル先輩?」 「かまいませんよ。何をします?」 「うーん、ポーカーでもブラックジャックでもセブンブリッジでも、神経衰弱でも何でも。そ うだ、ただやるのは何ですから一つ賭けませんか?」 「賭け事ですか……」  あまり気乗りしない様子。  割と負けず嫌いの処があるから乗って来ると思ったのに。 「あっ、もちろんお金なんかは賭けないよ。負けた方は勝った方の言う事を何でも聞く、なん てのはどうかな?」 「それは、一見軽そうで、実はかなりのリスクを持った勝負ですねえ」 「そうだね。でも、賭け事はハイリスク・ハイリターンの方が楽しいよ。昨日アルクェイドと 勝負した時も」  あ、まずい名前を出しちゃったかな……。 「遠野くん」  ほら、先輩が怖い顔をして口を挟む。 「アルクェイドと、何をしたんです」 「昨日、部屋に来てうるさかったんで、花札など教えて……」 「同じ様に勝負したわけですか?」 「はい」 「で……? どっちが勝ったんです?」  「それはもう俺が」 「そうですか。で、遠野くんの言う事を聞くはめになったという訳ですか、あの泥棒猫は」 なんか取り調べを受ける容疑者になったような気分。 「うん。だから今ごろアルクェイドは部屋で寝てるんじゃないかな。部屋からは出れないから……」  あれ、どうしたんだろう? 先輩の顔が急に硬直し蒼褪めている。 今の会話に何かあったのだろうか……。わからない。 「そうですか、アルクェイドとそんな事を。……いいでしょう、やりましょう」 「は、はい」  数秒の沈黙の後、迫力ある声で挑んできた先輩に、俺は頷くことしか出来なかった。  種目、ラミーの10セット勝負。 「勝った」 「な、何でそこでキングが出るんです」 「確率なんてのは単なる目安ですよ、シエル先輩」 「納得がいきません」  あれだけ感情を乱してちゃ勝負事は勝てませんよ。  それに、負けない手立ても講じてますからね。 「じゃ、もう一回やる? その代わり負けたらもう一回分言う事を聞いて貰うよ」 「いいですよ、やります」 「……」  結果、3回勝負してストレート勝ち。 「遠野くんがこんなに強いとは思わなかったです」  シエル先輩がはあ、と落胆の溜息をつく。 「そんなにがっかりしないで。……慰めてあげようか」  一回くらい負けてあげればよかったかな。  そう思いながらシエル先輩の背後に回り耳元で囁いた。  手を回して軽く抱きしめる。 「これが遠野くんのお願いですか?」 「あっ、そんな事言うなら止めちゃいますよ」  シエル先輩は首を動かしこちらに顔を向けた。軽く顎をあげ唇を閉じる。  何を欲しがっているのか明白なので、ご希望に応える。  唇を寄せる。軽く、そして強くキスする。眼鏡が当たって軽くカツンと音がした。  顔を離し、「いい?」と目で尋ね、シエル先輩もこくりと頷いて答える。  ベッドに向かい先輩が横たわりかけて……、と行く途中で無粋な音に邪魔をされた。   電子音で奏でられる音楽。  テーブルに置いておいたあったシエル先輩の携帯電話からだ。  誰の曲だったか、レクイエム。どういう趣味だろう……。 「あ、遠野くん、待ってください」 「いい所で……」 「まったくです。でもこれは部屋のと違って番号知ってる人が限られている緊急用ですから。 ちょっと待ってて下さい」  電話を手にしてシエル先輩が部屋の隅へ行くのを眺める。なんか間抜けな状況だな。  もう体はそっちのモードに変形しかかっていただけに。 「はい、もしもし……。えっ」  うん? 先輩が当惑した顔で俺を手招きする。  なんだろう、あの電話はシエル先輩が「仕事」で使用するもので頻繁に番号も変えているそ うだし、少なくとも俺に関係あるとは思えない。だいたい俺だって今の番号がどれなのか知ら ないんだから。 「琥珀さんからです」 「何で琥珀さんがシエル先輩の……」  さあ、という表情のシエル先輩が携帯を手渡してくれる。 「もしもし、志貴だけど」 「あっ、志貴さん、やっぱりそちらだったんですね。昨日からそわそわしてたからもしかして と思ったんですよ」 「そ、そ、そんな事より何? 何かあったの?」  何で分かった、という疑問はさておいて、わざわざこんな処まで電話してよこすのだからよ ほどの用事だろう。  秋葉か翡翠にでも何かあったのか? 「あの、志貴さん。今日の夕食はどうなさるおつもりでした?」 「はい?」  何だいったい……。 「ええと、バレてるなら仕方ないから正直に言うけど、シエル先輩に手料理ご馳走して貰うん だけど」 「はああ。やっぱり。駄目ですよ、志貴さん」 「駄目って何が」 「お忘れですね。今夜、秋葉さまとついでに私と翡翠ちゃんと皆で外に食べに行く約束ですよ」 「えっ、今夜……?」  なんだ、それ。覚えが無いぞ。 「何日か前に、たまには外で食べるのも良いですね、なんてお話を秋葉さまとなさっていてそ ういう事になってるんですよ。秋葉さま、午後からずっと着ていく服をああでもないこうでも ないと選んでますし、翡翠ちゃんも志貴さんとお出掛けするので、朝からそれはもう楽しみに してわくわくとしています」 「そうか、思い出せないけどそんな約束をしてたのか……」 「ええ。シエルさんとデートするので心ここにあらずだったんじゃないですか」 「うっ、そうかも。それすっぽかしたら……。とんでもない事になるよな」  秋葉の修羅のような怒り顔がリアルに浮かぶ。それに翡翠をがっかりさせるのも心が咎める。 「そうですね。私だって楽しみだったんですから。がっかりして何しちゃうか分かりませんよ」  怖いよ、琥珀さん。 「今から戻れば、何とか間に合うか」 「そうですね。でも、よろしいのですか、シエルさんの方は……」 「意地悪……。すぐ戻るから、何かあったら誤魔化しておいてくれないかな、琥珀さん」 「分かりました。シエルさんにはごめんなさいしておいて下さいね」 「ああ。ありがとう、本当に助かったよ」  電話を切った。  でも……、さあ困った。 「ごめん、シエル先輩。急遽戻らなくちゃならなくなった」  もう、何の捻りも芸もなく平謝りモード。 「えっ、夕飯まで一緒って約束だったじゃないですか」  シエル先輩のがっかりした顔。  俺だって本当に残念なんですけど……。でも、ごめん先輩。 「本当にごめん。秋葉が……」  ぶつぶつと言い訳しながら頭を下げる。  本当にごめん。でも下手すると生死にかかわるんです、俺の。 「……仕方ないですね。私のことなんてどうせ優先順位低いんでしょうから」  言葉とはうらはらに全然「仕方ない」顔をしていない。  どうする、どう切り抜ける? 「ごめん。この埋め合わせは絶対……」  何だろう、こんなある意味修羅場だというのに、突然頭の中に浮かんだのは。  さっき不発に終わった分のリビドーの作用か。 「遠野くん?」 「そうだシエル先輩、最初のお願い。明日さ、今の続きをしよう。先輩も期待してたのに不完 全燃焼でしょう?」  言うか、言っちゃっていいのかな。 「え? はい、それは構いませんが……」 「では、続きは明日、学校の中でと言う事で……」  あ、言ってしまった。 「え、ええっ。そんな、駄目です」 「拒否権はないですよ」 「うっ。……」  了解したという事でいいのかな。いいのだろう。  そそくさと靴を履きドアに手をかけながら、シエル先輩の耳に顔を近づけた。 「それと、あと2回言う事を聞いて貰う権利があるから、そうですね、明日は……」  そして耳元に二つ目を言い残した……。

§ § §

 朝、それもまだ薄暗い早朝というにも早すぎる時刻。  時計も、起こしてくれる手助けもなく、ぴたりと目を覚ました。  現金なものだなあ。  目的があるとこうも違うものか。  昨日はあれから走って屋敷へ戻り、秋葉に帰ってくる時刻について文句を言われつつも何事 も無くお出掛けとあいなった。  それはそれで楽しかったけれど、ややもするとシエル先輩の事を考えていて、とんちんかん な受け答えをしてしまったりもした。  そして帰ってきて早々にベッドに入った。    賽は投げられた訳だけど、あんな事を言っちゃって大丈夫なんだろうか。  冷静になって考えるとじわじわと不安になってくる。  シエル先輩の矛先をかわす為に、ああいう提案をした訳だが、その場では了承したものの、 一夜明けた今はむしろシエル先輩を怒らせてしまっているかもしれない。  でも、かねてよりの願望充足のチャンスだったし。  男だったら誰でも恋人が出来たら、いや出来なくてもそんな事を夢見るものである。  ある者はそれを口にする事無く諦め、ある者は要求はするものの引っぱたかれておしまい。  実行には幾多の困難な問題があり、ほとんどの者は実行しようとする処までも至らない。  でも男なら一度は頭に描き、渇望するものである。  一握りの選ばれし者のみがそれを叶える。  それは……。  学校内でエッチ。  誰もが夢見る……。  多分……。  一度シエル先輩に頼んでみたら一言で断られ、くどくどとお小言を頂いた事がある。  だから、少々不安ではあるけど、シエル先輩は約束はきちんと守るから……。  それに、シエル先輩と恋人関係になって数ヶ月。  ときどき疑問に思う事がある。  最初は気にならない程度だったのに、だんだんと不安すら伴うまでに育った疑問がある。  シエル先輩は、はたして俺なんかで満足しているのだろうか?  …………………………ベッドの中で。  確かに、こちらのせいいっぱいの行為に感じてくれているようなのだけど、それは見かけ通 りに受け止めていいのだろうか。  時折、シエル先輩の会話の中に洩れ出る事がある、ロア発現時の忌まわしい過去。  はっきりと何もかも話してくれた訳ではないが、その過去の中には想像を絶するような淫靡 な体験も含まれている。  あくまでロアのした事だけれども、そんな体験を経たシエル先輩が、経験が浅く稚拙であろ う俺相手で、本当に喜んでくれているのだろうか。  シエル先輩は容易に内面を見せてくれる人ではないし、何でも受け止められる包容力のある 人だから、俺に気をつかってくれているだけなのかもしれない。  もしかして、俺が帰った後で溜息つきながら、「自分本位でやりたいだけやっておしまいです から、遠野くんもお子様ですねえ」とか言ってるのかもしれない。  本人に聞くわけにもいかないし、こういう疑惑に取り付かれるとある意味地獄である。  答えが出ないだけに、これはたまらない。    そこでだ、異常なシチュエーションでシエル先輩とえっちしてみたら、違った姿が見られるの ではないか、嫌だと言うまで恥ずかしい目にあって貰えば本当のシエル先輩が見られるのではな いだろうか、そんな事をいつしか考えていた。  はなはだ自分本位な妄執だとは思うのだが。 「よし、いい加減起きて支度するか」  翡翠が起こしに来る前にベッドから起きる。  今日ばかりは早く学校へ行きたくて仕方ない。わくわくしている。

§ § §

 学校の正門の前でぼーっと一人突っ立っている。 時々登校してきた生徒に奇異の目で見られるのにはまいったが、待つのは楽しくはあれ少し も苦痛にならない。  早くシエル先輩来ないかなあ。  ・  ・  ・  どのくらい待っただろうか。  遥か遠くに見える小さな人影。シエル先輩だ。  取りあえず来てはくれた。  うーん、先輩らしくなくうつむき加減にとぼとぼ歩いている。  ふっと顔を上げた時を狙って手を振る。  気づいてくれたようだ。  でも、シエル先輩は急ぐでもなく、ゆっくりと近づいてくる。 「ずいぶん早いんだね、先輩」 「遠野くんこそ」  二人で見つめ合って沈黙。 「で、どうなのかな」 「どうと言いますと?」 「シエル先輩、ちゃんと言いつけに従ってくれたのかなあって」 「約束は、守ります……」  暗い表情でシエル先輩は答えた。  それを気遣うより、その返事に全神経が向かっていた。  じゃ、シエル先輩の……。  まさか、本当にしてくれるなんて。  どうしますか、という目でじっとシエル先輩が無言で問い掛ける。  とりあえず誰も来なさそうな処……。  シエル先輩の手を引っ張って校舎裏の陰、およそ誰もこんな時間に現れないスポットに連れ 込んだ。 「ここなら、誰も来ませんよ」  ドキドキしながら、じっとシエル先輩を見つめる。  さて、どうするかな。  手が汗ばんできた。    しばし逡巡し、シエル先輩はスカートの裾を掴んでそろそろと上に持ち上げ始めた。  さすがに顔を背けている。  膝が露わになり、太ももが少しずつ晒される。  そして、さらにその上。  普段なら隠されているそこが、剥き出しになって現れる。  透けるように白い太股の合わせ目、その上を彩る恥毛の丘。  立った姿勢だから谷間までは残念ながらはっきりとは見えないが、目を奪われる光景だった。  数秒そうしていて、先輩は指で摘んでいたスカートを落とした。 「もう、いいでしょう」 「あ、ああ。ちゃんと下着を着けないで来てくれたんだ」  喉がからからに渇いて声がかすれる。 「上も確認しますか?」  言いながら制服の胸元のリボンを緩める。  そしてブラウスの上のボタンを外して胸元を広げるようにする。 「いいよ、先輩、わかった」  確かに言われた通りにしてくれている。 「明日、下着を着けないで学校に来てください。上も下も……」  そう昨日帰りがけに囁いた言葉に従った姿だった。   「それにしてもブラジャーしてないといつもより胸が大きく見えるね」  先輩の大きな胸を普段押さえつけているブラジャーが無い為か、心なしいつもより胸のボリ ュームを感じる。  いや、心なしどころか、ちょっと身を動かした時の揺れなんか凄い。 「そうですか」  シエル先輩は無感動に答える。 「じゃあ、行きましょうか、シエル先輩。今日一日はその格好で我慢してね」

§ § §

「シエル先輩……」  3限目が終わった休み時間。シエル先輩に会いに行くとタイミング良く出て来てくれた。  目で階段脇の一角に行くよう促す。   「どうしたんです」  警戒している声。まあ無理もないか。 「先輩の顔が見たかったんだよ」  無言で責められているように感じられ、なまじ微かな罪悪感があるだけに居心地が悪い。  何とはなくポケットに手を突っ込んでみたり手を閉じたり開いたりと……、少し落ち着け。    ん?  シエル先輩の様子もどこか変だな。 「あの、シエル先輩、どうしたの? 真っ赤な顔して……」 「遠野くん、授業中に何て事を。酷すぎます」  これはシエル先輩が一人で暴走している時の表情だ。  俺はシエル先輩の頭の中で何をしているんだろう? 「……。あのね、シエル先輩。何考えてたのか知らないけど、俺、先輩とは教室違うし、何も できないんだけど」 「え。……、ああっ」  でも、かなり酷いことしてるのは確かだよな。 「でも、それじゃ何をしに来たんです」 「だから、本当に先輩の様子を見に来たんだってば。それとお昼のお誘いに」 「そうですか。それはかまいませんけど、それでわざわざ?」 「うん。昼は20分程遅らせて、皆いなくなった頃に食堂に来て欲しいんだけど」  不安そうな顔をしつつも、先輩は頷いてくれた。  その表情に不思議な満足を覚えていた。

§ § §

 昼休みになった。授業時とは一変して活気に満ちた教室でしばらくぼうっとする。  早い奴なら弁当の一つも食べ終わる位の間そうしていて、おもむろに学食に向かった。  もう、かなり学食にいる生徒は少なくなっている。  先輩はまだだな。  隅の方の人目に付きにくい席をキープして待つ。  おっ、来た来た。先輩の目に留まるよう手を振る。   「ごめんね、先輩。昼遅らせちゃって。とりあえず何か食べよう」  今日はパンにするか。  ううん……。  承知はしていたがろくなのが無いなあ。  頭脳パンとシベリアケーキ、それに牛乳という取り合わせを手に席に戻る。 「シエル先輩が普通のきつね蕎麦を啜ってるのなんて珍しいね。それだけで足りるの?」  あまり美味しそうでも無く先輩はぼそぼそと蕎麦を啜っていた。 「食欲なんてないです」 「ところで、シエル先輩、下着無しの格好で授業受けててどうだった?」  周りに人がいないのを確認した上で唐突に質問をぶつける。  先輩が箸を落としてむせてしまった。 「な、何を言うんです。こんな処で」 「大丈夫、聞いてる人なんていないよ」 「そういう問題じゃありません」 「で、どうなの。さっきは様子が変だったけど?」 「もう慣れました。普段と少しも変わりありませんよ」 「そうなの? ふーん」  周りを窺いながら手のひらを先輩の足に乗せた。  先輩のピクリと体が反応する。  そうっと手が膝の辺りからスカートの中に潜らせ、太ももを滑って奥へと這い進む。 「ちょっと、遠野くん。こ、こんな処で……」 「誰も見てませんよ。でも大きな声出すとまずいんじゃないかな」  こんな処でまずいとは思う。  いくら人が少なくても、何処で誰の視線に晒されているとも知れない。  でもやめられなかった。  誰かに見つかるかもという緊迫感、触れるだけでうっとりとするような先輩の肌の感触。  それに何より、先輩の困惑した少し泣きそうな顔。  これは演技ではないよな。  本当に嫌がってるんだよな、そう思うと負の快感が沸き起こってくる。  あと少しで、先輩の下の唇に触れる。  こんな昼間、他人の散在する学校の中で……。   「遠野くん」  小声で叱責される。  無視する。もう少しだけ……。  指が動き、微かに敏感な処をかすめる。  これ以上は、まずいな。  手を引っ込めるとシエル先輩は安堵の表情を浮かべる。 「ねえ、シエル先輩。ずいぶんと熱くなってるけど? それに少し濡れている」  指が閉じられたシエル先輩の下の唇に触れた時、確かにそこは熱く湿り気を帯びていた。  ずっと下着無しで過ごしていたからか、今のいたずらでか、シエル先輩は感じていたのだろ うか。  シエル先輩は下を向いて答えてくれない。 「シエル先輩、もう放課後までなんて待てないよ。5限目は休んでくれないかな。放課後より 他人に見つかりにくいと思うし」 「……わかりました」 「じゃあ、茶道室の辺りに昼休み終わる前に来てよ。俺は体調不良で保健室に行くことにして おくから」

§ § §

 シエル先輩と別れた後、折り良く次の授業の体育教師に会ったので欠席を申し入れた。  最近は貧血など無くなったけれど、前のイメージが強いのか二つ返事で「無理するなよ」と 了承して貰い、少しだけ良心がとがめた。  さっさと茶道室前に来て、少し考える。  何処に行けば良いのだろうか。  茶道室が一番条件が良いのだけど、ここは躊躇われた。  ここは神聖な場所だから。  シエル先輩との少々血なまぐさ過ぎる思い出の場所だから。  ここでシエル先輩とそんな事をするとあの時のシエル先輩の呼び声を、自分の中の大切な何 かを、自ら汚してしまうような気がした。  そのシエル先輩本人に酷い事をするのは、どうなのだろうと思わなくも無いが……。 「でも、他に何処行けばいいんだろう」  定番としては……、屋上はちょっと寒そうだし、体育用具室は空気が悪いし案外汚いし、そ もそも校庭でうちのクラスが授業しているし見つかったら逃げられない。廃校舎……、そんな ものは無い、空き教室とかも案外危なそうだし……、うーん。  いや学校での定番ならもう一つあったな、少しマニアックなのが……。  とか何時に無く真剣に考えていると先輩がやって来た。   「じゃ、行きましょうか」
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