「先輩、どうしたんだ。何が起こって……」
「……トイレに」
「え?」
「トイレに行きたいんです。そのお水を飲み過ぎたみたいで……」

 消え入りそうな声でぼそぼそと言う先輩。
 顔も真赤で視線を下に落としてもじもじしている。

「なんだ、遠慮しないでもっと早く言えばいいのに。じゃあ、連れて行くよ」
 あ、でも連れて行くのはいいけど、先輩両手が使えなくて、片足もギブスし
ていてどうするんだろう。

「いつもは琥珀さんはどうしていたの?」
「ここで、その」
「そうか」
 車椅子みたいなのを使ったとしても、琥珀さんじゃシエル先輩を動かすのは
容易じゃないもんな。しびんか何か使って……。
 ……と言う事は。
 シエル先輩に、その、え?
 やっとシエル先輩がずっと我慢してて言い辛そうにしていた訳が分かった。

「あの、どうしよう。何とかトイレまで連れて行こうか?」
「ありがとうございます。でも、もう。それにどのみち一人じゃ」

 泣きそうな顔。
 確かに泣きたくなるような困った事態だ。
 俺もどうしようと頭をひねる。
 確かここまでは何のやましい考えも無く、シエル先輩の火急の事態を真剣に
どうにかしようとしていた筈。

「じゃあ、ここでしようか。仕方ないよね」

 でも、この言葉を何気なく口にした瞬間、遠野志貴の中の何処かに眠ってい
た回路に電流が流れてしまった。

「あの、遠野くん?」
「緊急事態ですから。それともこのままおもらししますか、シエル先輩?」
「それは嫌ですけど」
「幸い、こんなところに水差しがありますからこれを使って」
「……遠野くん、面白がっていません?」
「とんでもない、真剣です。それに今更恥ずかしい訳でもないでしょう、先輩
の体ならなん……」
「恥ずかしいです」

 真赤になって先輩が大きな声を出す。

 それに答えず、努めて真面目な表情でシエル先輩を見つめる。
 先輩は肉体と精神の葛藤を続けているらしく、しばし無言で視線のみ動かし
ている。

 数秒経過。

「……お願いします」
「はい」
 さてと、当然このままじゃ用を足せないから。

「じゃあ、先に下脱がせますよ」
 少し腰を浮かせてもらってパジャマの下を脱がしてしまう。
「グレイのレース付……」
 思わず呟いて、きっ、と先輩に睨まれる。
 目を逸らしてそのグレイのレース付に手を掛ける。

「あの、遠野くん」
 見ると困惑と羞恥とで今にも泣きそうな顔。

「昨日はお風呂には入っていないんです、だから、その」

 言い訳じみた事をぼそりと言う。
 なんだろう。
 ああ、汚れている体が気になるという事かな。
 充分きれいだと思うけど。まあ、かえって恥ずかしがるだろうから、あえて
黙っていた方が良いだろう。

「少しお尻上げて」

 出来るだけ事務的に性的なものを意識しないようにしているのに、妙にドキ
ドキする。
 するりとシエル先輩の下半身を覆う最後の一枚が剥がされる。
 白い太股と中心部のもやっとした恥毛の茂みが露わになっている。
 魅惑的な眺め。
 そして、いつもはシャワーを浴びてるから良く分からなかったが、今は少し
薬と消毒液の匂いと共にどこか甘ったるい匂いがする。
 思わず顔を近づけて、シエル先輩の声で制止させられる。

「あの、遠野くん」
「甘い匂いがする」
「やだやだ、止めて。匂いなんか嗅がないで下さい」
「なんで? いい匂いだよ」
「嫌なんです。お風呂も満足に入れないんですから……」

 お風呂まで運ぶくらいなら俺一人で充分なのだけど、きちんと一通り入浴を
すませるとなるとかなり世話をする琥珀さんなり翡翠にとって重労働になるの
で、シエル先輩は毎日湯船につかるのは遠慮している。1日置きくらいで、後
は部屋でお湯を運んで簡単に体を拭いてもらっているらしい。
 琥珀さんあたりと話をすると「別に毎日でも私は構いませんし、翡翠ちゃん
と二人掛かりなら、そう大変でもらいんですけどね。やっぱり同い年くらいの
女の子に世話されるのが抵抗あるのかもしれません」とか言ったっけ。
「志貴さんが、洗ってあげるとか言えば別でしょうけど」とか、悪戯っぽく付
け加えられて赤面させられたりもした。

「今日は試しにギブスとか外しますし、お風呂の日なんです。そんなに汚いっ
て訳じゃないですけど、そんな匂い嗅がれると……って言ってる傍からまた」

 泣きそうな声で我に返る。

「ごめん、つい。ええと、立ったままより座った方がいいよね?」

 多少こぼれても大丈夫なようにタオルをお尻の下に敷いてベッドの端に座っ
てもらう。出来るだけ前に乗り出させて、腕を俺の肩にかけさせる。
 不安定で、よくよく考えるとかなり凄い光景だが、それなりに真面目な判断
の結果だった。
 少し脚を開かせて、水差しの口をシエル先輩の秘処にあてがう。

「いいよ、シエル先輩」

 声に期待がこもる。
 シエル先輩はもじもじしている。
 時計の秒針だけが虚しく時を刻む。

「……駄目です」
「えっ、何が?」
「やっぱり、こんなのじゃ出来ません」
「だって我慢出来ないくらい苦しかったんでしょう。無理すると体にも悪いよ」
「でも、遠野くんの目の前でなんて……」
「出来ないなら無理にでも出るようにしちゃうよ」

 お腹の辺りをぷにぷにと突つきながら言う。

「こんな風にとか」

 水差しをどかして、空いている手をシエル先輩に伸ばす。
 ふわふわとした恥毛の茂みを越えて柔らかい秘裂の奥に指が触れる。目で確
認出来ないので分かり難いが、感触で当りをつける。
 尿道口と思しき処をつんつんと突つく。

「や、駄目ですってば。そんな事されたら出ちゃいます」
「出そうとしてるんだってば」
「無理矢理なんて嫌です」
「じゃ、自分でおしっこする?」
「します、しますから止めて下さい。おしっこさせて下さい」

 半泣きになってしまったシエル先輩に、やりすぎたなあと思いつつ、指を離
す。
  ちょっと惜しい。
 また、水差しを手に正面のベストポジションにつく。

「遠野くん、なんだってこんな真似させるんです。こんなの見て楽しいんです
か?」
「あっ、人を変態呼ばわりするんですか。ただシエル先輩のお世話をしようと
いう純真無垢な少年の心を……、すみません、本当は見たいです。
 だって普段のシエル先輩らしからぬ姿で、恥ずかしがってる様子とか凄く可
愛くて。あと、どうやって出るのか興味あるなあって。好きな人の全てが見た
いってのは変かな?」

 必ずしも口先での言い訳だけでない。
 先輩もそれを感じてくれたのか、呆れ顔からほうっと溜息をつく。

「幻滅して嫌いにならないで下さいね」
「うん……」

 視線を逸らして、先輩が少し体に力を込める。
 一瞬の間の後。

 ぴちゃっ。
 最初の飛沫。
 輝く様に雫が弾ける。

 一度堰を切ると、後は止まらない。
 きらきらとした液体の糸が絶え間無くガラスの器に弾ける。

「やだ、やだ、やだ。やっぱり見ないで、遠野くん」

 シエル先輩の悲鳴もろくに耳に入らず、その光景に魅惑されていた。
 水差しで性器全体を覆っている状態で、直接目にする事は出来ないが、薄手
の透き通った硝子の器だ。シエル先輩が描く放物線が良く見て取れる。
 それと、手にした部分に当る感触。
 微かに尿の香りが漂う。

 冷静に考えれば体から出る老廃物にすぎないのだけれど、何か凄く珍しく奇
麗なものを見ているようで、心を奪われていた。
 音が止まった後も、しばらくそのまま黙ってじっと凝視し続ける。

「遠野くん、どうしました?」
 ほっとした面持ちのシエル先輩が訝しげに声を掛ける。

「え、ああ、シエル先輩」
 まだ放心している俺に、シエル先輩が呆れ顔をする。
「楽しまれた様ですけど、……満足しましたか?」
「はい、堪能しました」

 皮肉というか、恥ずかしさを強がりで塗布したらしいシエル先輩の言葉だっ
たが、こちらが真顔で答えた為に二の句がつげなくなってしまい、先輩は口を
パクパクさせている。

 二、三秒お互いに黙ってしまう。
 その二人しての静寂の中で、ぴちゃんと水音がした。
 女性器の構造上残ってしまった雫が、滴っている。

「遠野くん、すみませんが拭いてくれますか」
 諦めたようにシエル先輩が言う。依然として頬を赤らめているが、恥ずかし
さの峠は越したようだ。
「……ああ」

 一瞬何を言われたのか分からなくて戸惑い、何をして欲しいのか気がつく。
 男と違って出して振っておしまいとはいかないものな。
 ええと、何かないか。ティッシュでいいや。
 手にしていた水差しは取りあえずサイドテーブルに置く。
 変な体勢で放尿させられた為、下の方まで濡れてしまっているのを、拭き清
める。

「少し薬の匂いがする」
 でも、そう不快な匂いじゃない。
「また、遠野くん、そんな事を……」

 先輩は嫌な顔をしているのだろう。
 でもその時は目の前の光景に注意がいっていた。
 尿道口から下の方まで濡れ光っている水滴の残り。

 後で思い返せば何でそんな事を、と頭を掻き毟りたくなるかもしれないが、
今は変な回路が開いている。
 その濡れ光る処を見て、迷う事無く顔を近づけ、ためらう事無く舌を伸ばし
ていた。
 舌先でなぞる様に動かし、掬い取って飲み込む。
 薬の匂い、そしてしょっぱいような苦いような表現し難い淡い感触。でも思
ったより無味無臭に近い。
 
「な、何してるんです」
「先輩のを奇麗にしてるんだよ。先輩が自分で後始末を頼んだんじゃないか」

 逃げようとするのを予期して、がしりと太股を掴んで固定。
 舌先を動かし続ける。

「やだ、やです、遠野くん。そんな事まで頼んでません。汚い、汚いです。そ
んなおしっこなんて舐めないで下さい。変態です」
「先輩のならぜんぜん汚くないよ。少し残ったの舐めてるだけだし」

 実際、数回舌を働かせるだけでもう当初の目的は終わっているのだが、その
まま関係の無いシエル先輩の柔らかい花弁や包皮に包まれた突起にも舌を這わ
せて愛撫をする。
 だんだんと尿とは別のもので潤ってくる。
 ちろちろと舌先を走らせ、膣口の奥に舌を入れてうごめかせる。
 先輩が色っぽい吐息を洩らす。

「なんか、拭っても拭っても濡れてくるけど? せっかく奇麗にしているのに」
「……」
「ねえ、シエル先輩ってば」
 言いながら、少し自己主張をしている小さな突起をつんと指でつつく。
「やっ……」
 顔を上げるとシエル先輩が怒りと困惑と羞恥の絶妙なブレンドといった表情
で、こちらを可愛く睨んでいる。

「そんな事されたら、反応しちゃうに決まってるじゃないですか。久しぶりだ
し……」
「ふうん。シエル先輩って女の子のおしっこ舐めて喜んでいるような変態の舌
で感じちゃうんだ」
「苛めないで下さい。……うん、やだ、そんな処まで。ああ、駄目ですってば」

 尿の匂いが消えて、代わりに普段よりずっと濃い先輩の雌の匂いが立ち込め
ている。
 シエル先輩だけじゃなく、こちらの体も興奮して、おさまりがつかなくなっ
てきていた。

「シエル先輩。今さ、屋敷に誰もいないんだけど……」
 ここまでしておいてなんだけど、一応了解を貰おうと思った。
「そして俺、興奮して我慢できないんだけど……しちゃ駄目? 怪我して抵抗
できない先輩に無理やりなんて真似は絶対したくないから、嫌だったらやめる
けど」
「遠野くん、ずるいです」
「ずるい?」
「こんな顔をして、そんな言い方されて断れるわけないじゃないですか」
「じゃ、いいんだね」
「……はい」

 さっそく先輩のパジャマのボタンを外して胸をはだけさせてしまう。ショー
ツと同じ淡いグレーのブラジャーが露になる。
 脇の方から手を回して背中をまさぐってピンと弾く。
 そのまますっと胸を覆う布切れを外してしまう。
 張りの有る白い胸、ピンク色の乳首が露わになる。
 そっと、先輩の体を倒してベッドに横たえる。
 
 邪魔になる眼鏡を外して、そのまま先輩の大きな白い胸の谷間に顔を埋める。
 すっぽりと埋まる。こうなると眼鏡の有る無しなど関係なくなる。
 柔らかい。
 服の上からも反則気味な大きさがうかがえるアルクェイドと比べれば小さい
かもしれないけど、シエル先輩の胸も十二分に大きい。
 そういう目ではあまり見ないようにしているけど、琥珀さんや翡翠と比べて
ずっと大きいし、ましてや秋葉などとは比べるべくもない。
 決して太っている訳ではないふくよかなお尻といい、こういう肉体のボリュ
ームだとやっぱり日本人では勝てないのだろうか。

 こうして視界が閉ざされていると、他の感覚が鋭敏になってくる。シエル先
輩の肌の感触。温かさ。トクンという鼓動と微かにもれる吐息。そんなものが
より鮮明になっている。
 そして微かに汗ばんだ甘い匂い。先輩は嫌がるだろうけど、その少しこもっ
た甘ったるいような乳臭いような匂いに包まれ興奮させられる。
 柔らかい谷間に埋もれたまま、深々と息を吸い込む。

「遠野くん」
「こうしてるだけでどうにかなっちゃいそうだよ、先輩。なんていい匂い」
「なんで今日はそんなフェチ入った事ばかり言うんですか」
 先輩の体が悪いんじゃないか。

「じゃあ、いつもみたいに楽しませてあげる」

 頬に当たる柔らかい感触を楽しみながら、右手で山頂をむにむにと揉み始め
る。
 乳房の感触が頂上近くで少し変わりぽつんとした乳首に到達する。
 早くも少し硬くなっている。
 さらに摘まんだり指の腹で優しく擦ったり刺激を加える。

「うんんんっ」

 シエル先輩が断続的に声を洩らす。
 顔を上げて、尖った乳首を咥えて、強く吸いながら、舌を動かす。
 そうしながら、なるべく線を意識しないようにして眼鏡を戻す。
 先輩の表情を楽しみながら、いきなり乳首を少し強く噛む。

「あっ」

 びくびくとシエル先輩の体が動く。
 先輩の急所の一つだから、いつも重点的に責めるが、いつもより今日は反応
が良い。
 愛撫するまでもなく体が紅潮していたから、既になかば出来上がった状態な
のかもしれない。
 指の動き、舌と歯の責めで、面白いように反応よく痴態を晒すのが楽しい。
 右の次は左と、同じ様に可愛がってあげる。

「ああ、遠野くん……」

 普段の笑顔とも凛とした表情とも違う、年下の女の子のような弱々しい顔を
している。
 快感を堪える時、シエル先輩はこんな可愛い表情を見せてくれる。
 胸から離れて体重をかけないように片手で体を浮かせながら、顔を寄せると
シエル先輩も応じて首をあげて舌を伸ばす。
 舌を絡ませながら、口づけをする。
 互いの唾液が混ざりくちゅくちゅ言っているのを飲み込む。
 俺が先輩の口腔を探って引っ込むと、今度は先輩が追いかけてくる。
 これだけで、イッてしまいそうだった。

 そろそろかな。
 挿入しようとしてちょっと考える。
 体重をかける体勢だと先輩がきつそうだし、こちらも片手がつけないし。
 よし。先輩の怪我した方の足を抱えるようにして、斜めから。
 なんだろう、松葉崩しの変形みたいな体位で、先輩とつながる。

 先輩はちょっと苦痛を感じたような顔をするが、異を唱える事無く、僅かに
角度を合わせてくれる。
 しかし、きつい。先輩の体が少しねじれているのと、窮屈な体勢から一つに
なっている為、いつもよりずっと圧迫されている。
 痛いほど締め付けられ、快感を生み出される。
 じっとしているだけでも刺激が与えられる。気持ち良い。

 普段と違いシエル先輩はこちらの動きにまったく協力出来ないし、俺も片手
がほとんど使い物にならないから、著しく動きが制限されている。
 なのに、あるいはそれ故に、逆にいつもより高まっている。
 もどかしさが逆に気持ち良い。
 そして怪我をして包帯だらけの姿、身動きもままならない無惨なシエル先輩
の姿に倒錯した欲情を覚え、その包帯少女と交わっている事に背徳的な快感を
感じていた。
 先輩の快感を堪えているとも、苦痛に耐えているともつかぬ表情もそれを増
大させる効果があった。

 確かに今日の遠野志貴は変だ。
 そう思いながらも快感を求めて、不自由な状態で抜き差しを行う。
 そろそろ歯止めが効かなくなる処まで高まっている。

「先輩、中で出しても大丈夫?」

 忘我の面持ちのシエル先輩が、目を一、二度瞬きする。

「え、いえ。あ、遠野くん駄目です。今日は危ない日なんです。ごめんなさい」
「そうか……。残念」

 蕩けてシエル先輩と一体になったような状態で、正直身を離すのが嫌だった
が限界間近なのでゆっくりと引き抜く。
 先輩も心なしか残念そうな表情をちらりと浮かべた。

 さて、と。
 当然こんな事を予期していないから、ゴムなんて用意していないし今から取
ってくる真似も出来ない。先輩の体にかけてしまって包帯や服をを汚すのもま
ずい。
 ……じゃあ、こっちしかないよな。
 猛ったままの肉棒の先で、先輩のお尻のすぼまりをちょんと突ついてゆっく
りとなぞる。
 先輩の中でドロドロになっていた名残を擦り付けるようにする。

「後ろに入れるよ」
「はい。……あ、だ、駄目です。絶対駄目」
 突然先輩が我に返ったように、大声をあげる。

「え?」
 これほど拒絶反応を示すとは思ってもいなかったので、少し唖然とする。
 拒絶されたものの、体だけ快楽を求めてきついすぼまりに入り込もうとする。

「駄目ったら駄目。遠野くん、お願いですから。今日は駄目です」
 泣きそうな顔すらしている。
「どうして? いつも嫌がるけど許してくれるのに。すぐすませるよ」
 高まった挙句で余裕が無いから、そうこうしているうちに暴発してしまいそ
うなくらいだ。

「いやあ。やだ、遠野くん。今日は駄目です。汚いです」
 かまわず行為を続けようとする俺に、シエル先輩はじたばたと暴れ出す。

「駄目だよ、先輩、そんなに動かされると……」
 僅かなバランスの変化で臨界点を突破しそうな状態の肉棒が危ない。
 もう爆発寸前のそれが、シエル先輩のお尻に僅かに入りかけた処で拒まれ、
結果的に後ろの粘膜で手荒く前後左右に擦られる事となった。
 これはこれで、凄く気持ちが良い。
 この刺激には耐えられなかった。

 ほとんど暴発のような有り様で、情けなくも先輩のお尻から足にかけて盛大
に撒き散らし汚してしまう。
 うわあ、と頭の中が白くなり、放出して脱力した為に先輩の動きを止める枷
が弱くなった。
 その瞬間をとらえてシエル先輩が体を大きく捩って転がるようにして逃れよ
うとし、足を振り上げて蹴りつけるような真似すらする。

「危ない。危ないってば、先輩」

 ただでさえ一人用のベッドで二人して変な体勢でいるというのに。
 いつの間にかベッドの端で不安定な……って。
 先輩の体がずり落ちそうになる。
 とっさに先輩の体に被さるようにして右手で抱き止め、上半身を宙に投げ出
したまま左手を虚空にさ迷わせる。
 なにか掴むもの。
 棒状のものに手が触れ、ぎゅっと握り締める。

 落ちかけた体が均衡を取り戻す。
 そこまではよかった。
 しかし、痛めて完治前の手首にシエル先輩と俺の体重の大部分と衝撃が集中
した。
 悲鳴が洩れる。
 思わず手を離してがたんと下に落ちる俺と先輩の体。
 とっさに先輩を抱きしめながら体を捻って俺の体を下に潜らせる。
 落下の衝撃。
 
 さらに、次の瞬間、サイドテーブルが倒れ掛かる。
 反射的に空いている右手を振りかざして二人の体の盾にしようとする。
 何かが当って右手が鈍い音をさせ、そしてテーブルの上にあったものが二人
に降り注ぐ。
 鍋だの、コップだの、皿だの。
 ジャーだの、カレーの残りだの、コーヒーの残りだの。
 そして、水差しと先輩の……。



「どうしたんです、シエルさん?」

 凄まじい物音が外からも聞こえたのだろう。
 痛みにのたうっていた処に誰かが飛び込んでくる。
 目だけをそちらに向ける。
 呆然としている琥珀さんの姿。
 目が合ってしまう。
 何を思ったか、琥珀さんは後ろ手に扉を閉めて鍵を掛ける。

「姉さん、どうしたの、ねえ」
 扉の向こうから翡翠の切迫したような声がする。
「大丈夫よ。翡翠ちゃん。何でもないから、ええ何でもね」
「じゃあ、何で鍵なんか」
「大丈夫だけど、翡翠ちゃんにはちょーっと見せたくない光景なの。落ち着い
たら志貴さんから説明があると思うから、呼ぶまで入らないで」
「志貴さま?」
「大丈夫。何でもないよ。仕事に戻ってていいから」
 平然を装い、翡翠に声を掛ける。
「志貴さまがそうおっしゃるのなら……」
 納得がいかないような口調ながら、そう言うと翡翠は立ち去ったようだった。

 琥珀さんはしばらく外の物音を覗っていたが、ニコリと笑ってこちらに近づ
く。

「翡翠ちゃん戻りましたよ。それにしても……」

 惨澹たる有り様の俺とシエル先輩の姿を見つめる。
 鍋とかお皿とか食事の残りを辺りに撒き散らし、カレーやらコーヒーやら尿
にまみれた状態の下半身剥き出しの俺とほぼ全裸のシエル先輩の姿を。

「いったいまた、何をなさっていたのですか?」
「……」
「……」

 俺もシエル先輩も無言。
 ただ、俺が言葉を捜しあぐねているのに対し、シエル先輩は答えようとせず
非難の色を浮かべて俺をじっと見ている。

「まあ、後で素敵な理由を聞かせて下さいな。片づけましょう」

 頷いて、起き上がりかけて、悲鳴を上げて崩れる。
 え?
 右手?
 見ると何か嫌な角度で曲がって膨らんでいる。

「ああ、折れてはいないようですけど捻挫か、関節か筋を少し痛められてるよ
うですね。ほっとくと大変ですよ」
 琥珀さんがちっとも大変そうでない顔で言う。

「その代わりシエルさんの方はもうよろしいみたいですね。外しちゃっていい
ですよ」

 ピシッという音とともに、右手のギブスが縦にひび割れ、手が露わになる。
  握ったり閉じたりを何度かしてニコリと笑う。
  と、いったい何処に隠し持っていたのか、カッターの刃だけのような形の刃物
が魔法のように現れる。
 無造作に左手と足とに走らせると、パラパラと包帯が千切りとなって落ちる。

「琥珀さん、すみませんけど取りあえず先に遠野くんを連れてシャワーでも浴
びて来ますね。ちょっと酷い有り様ですから」
「はい。着替えは脱衣所にありますから。私は部屋の後始末をしておきますの
で、終わったら志貴さんの治療をしましょう」

 俺の意志とかに関りなく段取りが決められ、なおかつ猫のように首根っこを
つかまれて問答無用でお風呂場へ直行させられた。

「ずいぶんとマニアックなプレイをされますねえ」とか呟く琥珀さんの声を背
にしながら。


           §  §   §


 両腕をぐるぐると包帯に巻かれ、なおかつ極悪囚を移動させる時に着せるよ
うな両腕を交差させて固定するまったく自由が利かない拘束具姿。

 秋葉は心配そうな顔と怒り心頭といった顔をブレンドさせてこっちを見てい
る。
 後ろに控えた琥珀さんは普段と変らぬニコニコ顔。翡翠は無表情ながらどこ
か非難するような目でこちらを見ている。
 シエル先輩は包帯を取った姿で、秋葉と微妙な間を取った位置で怖い笑顔。
  にこやかに笑みを浮かべながらも、まったく目は笑っていない。

「幸い、私はだいたいは治りましたので、遠野くんのお世話をさせていただき
ますね」
「な……」

 シエル先輩の言葉に、ピクリと秋葉が反応する。
 いいぞ、秋葉。
 今だけは、むやみにシエル先輩に敵対しがちな可愛い妹の肩を持つぞ、お兄
ちゃんは。
 シエル先輩はどう見ても看過できない雰囲気を醸し出している。できれば穏
便に何日かお引き取りいただいた方がよさそうだ。

「兄さんの世話でしたら、シエルさんの手を借りるまでもありません。私、い
え遠野の家の者がやりますから、お気遣いは不要です」

 その調子だ、秋葉。一見丁寧な口調でありながら、激しい拒絶が前面に出て
いるその物言い。
 しかしシエル先輩は予期していたと言うように深く頷くと、平然と秋葉に笑
顔を向ける。

「私のせいで遠野くんに、あんな怪我をさせてしまって。秋葉さんが私をお怒
りになるのはごもっともですが、どうか罪滅ぼしに遠野くんのお世話をさせて
下さい」

 言いながらしおらしい表情をして、秋葉に向って頭まで下げて見せる。
 あの、シエル先輩、秋葉に言っているというより俺に向って言葉を叩き付け
てるようなのは気のせいですか?

 判断の言葉を待ち、秋葉をじっと見つめる。
 秋葉の怒涛の反撃と思ったら、反発するどころか秋葉は妙に気おされている。
 どうした秋葉……。

「それに、私は別に遠野くんを一人占めするつもりはありませんよ。秋葉さん
もお兄様の看護をなさりたいでしょうし。きっと遠野くんも喜んでくれますよ。
  何しろ両腕が使えなくて不自由な思いをするでしょうから」

 秋葉は俺の方をちらりと見てから、考え込むように視線を宙にさ迷わせる。

「そうですね。兄さんには安静に病室で過ごして頂かなくてはいきませんから、
私達が変にいがみ合っていては神経を使わせてしまいますね」

 ……なんだ、それは。
 秋葉の言葉にシエル先輩がその通りとばかりに頷く。
 何か意志の疎通をはかったらしく、二人して俺の方に向き直る。
 秋葉もシエル先輩も揃って慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。
 怖いよ。これは怖いよ。

「じゃ、遠野くん。お部屋に戻りましょうねえ。そんな体じゃ不自由でしょう
から、何でも言って下さいね。お世話致しますから」
「そうですよ。兄さんは体を労って無理をなさらないで下さい」

 秋葉が左を、シエル先輩が右をがっしと支える。
 どう見ても囚人護送の光景だ。
 思わず翡翠と琥珀さんの方に目をやるが、翡翠は我関せずといった表情、琥
珀さんは「良かったですねえ」とでも言っているような笑顔。
 助けはまったく期待できないらしい。

 幾分か震えながら、牢獄、もとい病室兼自室へと歩き始めた。
 ギイイと微かな軋みをあげて背後の扉が閉まった。
 監獄の扉のようだな、そんな事を最後に思った……。


《FIN》





後書き―――
 秋葉と比べるとえらく話が浮かび難かったですが、書いてみると楽しかった
です。
 またにょーか、という気もしますが、景気づけと言う事で。
 でも書いてる時、ふと我に返って「何書いてるんだろう、俺」とか思って笑
いがこみ上げました。やれやれ。
 裏秋葉祭の時にいろんな方々の作品を拝読して「嗚呼、我、未だ精進が足ら
ず」と痛感させられたので、再チャレンジしてみたんですけどね。
 どうせなら、もっと構成力とかストーリーテリングとか言葉の選び方とかを
学べという気もしますが。
 前置きが長いよとか、別ににょーシーンとか抜いても全年齢対象版成り立つ
じゃないか(なんかHな事しようとして抵抗されてとかにすれば)とかは書い
てる方も自覚してるので言いっこ無しです。

 これ書いてる時はまだ開催前で、どんな傾向のが集まるのか分かりませんが、
前評判だとかなり阿鼻叫喚な世界が広がりそうな雲行きで戦々恐々としていま
す。
 あんまりシエル先輩苛められませんように、と手後れかもしれぬお願いを星
にしつつ。

 でも妙に屈辱とか慟哭とかの言葉が似合うお人ではありますね。

 BY しにを(01/10/14)
 
 


二次創作ページへ