うん……。
 頬を撫ぜる空気の感触。
 心地よい目覚め。
 目覚め?
 眠っていたのか、俺は。
 ……。
 ……。
 目を開く。

 ?

 まだぼやけて目の前のものが認識出来ない。
 半ば死んでいる意識が活性化する。
 寝ている。
 天井を向いて、仰向けで、俺は寝ている。
 でも、上にあるのは馴染みのある天井の模様ではなくて……。
 顔。
 じっと俺を見つめている顔。

 そう言えばこうやって翡翠に見つめられていた事があったな。
 あったっけ?
 似てるな、でもこれは翡翠じゃない。
 翡翠じゃないけど、そっくりの顔だ。
 瞳の色が違うけど……。

 琥珀さん。

 反射的に上半身を強引に起こしたので、ぶつかりそうになる。

「きゃあっ」
「ご、ごめん」

 それから、顔を見合わせて笑ってしまう。

「本当に志貴さんて、死んだみたいにお眠りになっているんですね」
「そうなの?」
「はい。いっぱい堪能しちゃいました」
「悪趣味」
「そうですかね」

 罪の無い顔で首を傾げる。
 それ以上責めるつもりもないので……、っとそうだ。

「ねえ、琥珀さん、寝ててうなされたりとか、寝言洩らしたりとかなかった?」
「いえ、安らかな寝顔でしたよ」
「そうか。何だかおかしな夢を見ててさ、凄くリアルで……」

 待て、これも夢じゃないのか。
 ここにいる琥珀さんは、本当の琥珀さんか?
 え、琥珀さんも何だか笑みの無い真剣な顔をしている。

「そうか、これも夢かもしれないんだ」

 露骨に警戒心の溢れた声。
 って、何で琥珀さんがそんな事を?

「待ってよ、琥珀さん」
「近寄らないで下さい」

 ええと、困ったな。
 もしかして、琥珀さんも俺と同じように?。
 レンの力だとすると考えられなくは無い。

「琥珀さん、もしかしてさ、琥珀さんも今まで変な夢を何度も見たりした?」
「え?」
「その時には凄くリアルで、でも次々に別なのに変わってさ」
「は、はい。じゃあ、志貴さんも?」
「うん。そうか、琥珀さんもそんな目に合ってたんだ。
 って、これも夢かもしれないけどね」
「そうですね。でも今まで出てきた志貴さんに比べたらずっと……」
「でも何でこんな事に」
「私のお薬のせいですかね」
「ああ、それとレンかな」
「レンちゃん?」
「いや、なんでもない。レンも薬呑んだよなって」

 慌てて誤魔化したけど、琥珀さんは納得いかない顔をしている。
 あーあ。
 うん?
 そう言えばレンは?
 一緒になって倒れたんだから、ここに。
 ……!

「レン」
「レンちゃん?」

 しまった。
 声の方を恐る恐る見る。
 琥珀さんは驚いた顔もせず、すやすやと眠っているレンを眺めている。
 そう、レンを。
 猫ではなく、何故か少女の姿になっているレンを。
 万事休す。

「レンちゃんなんですね」
「……はい」
「そうですか。ただの猫じゃないとは思っていましたけど」
「そうなの?」
「猫と言うにはちょっと違和感がありましたし。そもそもアルクェイドさんの
処にいたのを引取ったなんて説明だと、怪しくて怪しくて」
「怪しいかな」
「秋葉さまと翡翠ちゃんはどうか知りませんけど」
「なるほど」
「で、レンちゃんは何なんです、化け猫ですか?」
「化け猫じゃなくて、夢魔で……、夢を操る使い魔なんだけど、こんな説明だ
とわからない……、わかるの?」
「ええ、まあ。そうすると志貴さんの血を与えたりしているんですか?」
「うん、まあ、それに近いものを……」

 そうですか、と頷かれる。
 さらに突っ込まれないで良かったとささやかな安堵。
 こんなちっちゃい子相手に欲情なさるんですかとか聞かれたらたまったもの
ではない。
 でも、こんな話をすぐに受け入れるとは思わなかった。
 わりあい、琥珀さんはリアルな世界に生きる人だから。
 まあ、遠野の家にいて、最近はアルクェイドだの、先輩だのが跋扈していて
今更夢魔の一人や二人平気なのかもしれないな。

「夢魔と言う事は、これはレンちゃんの作った夢なんですか?」
「多分ね。でも、何だか変なんだよな。レンの見せる夢って、夢だと気づかせ
ない夢なのに、どうもちぐはぐな齟齬があるし、何だか取り留めないし……。
 そもそも、琥珀さんと俺が一緒ならともかく、ばらばらと言うのは?」
「お薬のせいかなあ」

 えっ?
 ああ、動転して忘れてた。
 レンも呑んでいるんだよな、琥珀さんの薬。

「取り合えず起こしてみようか」
「あ、まだ早いですよ。レンちゃんはわたし達より多く……」

 琥珀さんの制止の声より早く、俺はレンを揺さぶっていた。
 レンが目を開く。
 え?
 俺を見ているようで見ていない目。
 酔ったような色。

「にゃあ」

 鳴いた。
 
 そして、暗転。
 ・
 ・
 ・


                         ……つづく



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