行政規則について


1.行政規則とは
 そもそも行政規則とは何であるかを説明しないと、話が始まりませんね。まずはそこから始めましょう。
 行政規則とは、行政機関の内部で発せられる命令の一種です。告示、訓令、通達などと呼ばれることもあります。何らかの作業を処理するにあたって、行政機関の内部で統一した取り扱いをするために発せられるものです。これを踏まえた上で、2ではなぜこのようなものが必要になるのかを説明します。
 このテーマは行政法学の分野における定番の一つなのですが、ここではいわゆる「ヘアヌード解禁」を例にとって説明しようかと思います。普通に説明したのでは、それこそ普通の教科書の方が格調高くしかも分かりやすいでしょうから、私などの学の乏しい人間がやっても意味がありません。当空下堂書店「小説の棚」の「午後の恋人たち」でこの関連に軽く触れましたし、それに意外と、これを例に取ることでこのテーマの主要な部分を最後まで説明できるんです。

2.行政規則が必要になる理由
とりあえず、早速ヌード関連を例にとってみましょう。

 刑法第一七五条 わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの者を所持した者も、同様とする。

 これがいわゆる「わいせつ物頒布等」の条文で、その種のものを取り締まる代表的な根拠になります。わいせつな物をばらまいたり、売ったり、公共の場に出したりすると捕まるわけですね。持っているだけでも、売る目的であると見つかれば捕まります。
 問題は、そもそも「わいせつ」とは何かということです。特にこういう価値観って、人によってばらばらですからね。明治時代には、ヘアとかそういう以前に女性のヌードというだけでも取り締まられたことがあるそうですし、今でもそれと同じ基準を持っている人が全くいないこともないでしょう。一方で、極部が丸写しになっているものでも何も感じない人も、中にはいるでしょう。まあ、それ自体は憲法で保障された「思想・良心の自由」という奴でして、たとえどんな価値観であれそれがその人個人の内側に留まっている限り、他人がとやかく言うべき筋合いはありません。
 ただ、取り締まり機関が現場の職員の職務のあり方について、そのままにしていたのでは困ってしまいます。極端に厳格な人が美大のヌードデッサンを「わいせつ」といって取り締まる一方で、無関心な人がエロいを通り越してグロい代物をほったらかしに…では、不公平です。これも憲法の保障する「法の下の平等」に反してしまいます。
 そこで、扱いを統一する基準が必要になる訳です。取り締まる人間の個人的な価値観はどうあれ、少なくとも職務の上ではそれに従わなければならない、という規則を作っておけば、扱いは大体同じになります。
 ここで、そもそも「法律」というのは全国一律に何かを決めて、それに強制力を持たせるためのものですから、法律について「どこからどこまでがわいせつだ」と、細かくかつはっきりと、誤解のないよう書いておくのがある意味では理想的ではあります。ただ、現実の問題はそううまく行きません。
 まずあまり細かく書きすぎると、そこで予定されていない事態が発生した場合に対応できなくなってしまいます。例えば「女性の体のどこからどこまでを露出させたらわいせつとする」と書いてある法律があったとします。するとこの法律では、男性の体を露出させたものを取り締まることができません。それでは次に、仕方がないので「男性の体のどこからどこまでを…」という法律を作ったとします。じゃあ、今度はニューハーフの人の体を露出したものはどうしたら良いのか…。という風に、きりがありません。こういう事態を避けるために、法律というものは必要な範囲で曖昧に、少し難し言い方をすれば抽象的に書いてあります。
 それに一々法律を改正したり、新しく作ったりするというのは、それは大変な作業です。最も例の多い内閣提出法案を例に取りますと、まず各省庁の現場でそもそもどんな問題があってどういう解決をすべきかを考え、それを文案化し、順次上役の許可をもらって行って最終的には大臣の許可を取って、それを閣議にかけて、GOサインが出れば晴れて国会に提出できます。国会に提出されたら今度は専門の各委員会にかけて、それが通ったら本会議にかけて、それを衆参両議院で計二回行ってようやく可決、成立です。さらに、省庁の内部で文案を練ったりしている頃から、与党を中心に法案が通るよう根回しをしたりもします。
 面倒ですよね。まあ、公務員なんだから面倒がらずに働かなければならないんですけど、人を働かせるからにはその分だけお給料を払わなければなりません。その他の経費も、人が動けばその分だけかかります。貴重な税金を、あまり細かいことに使うのも無駄遣いというものです。だから法律というものがある程度曖昧に書かれているのも、仕方のないことなのです。
 それに、何がわいせつかについて日々激論が展開されている国会って…ヤな国会だと思いません? まあ、たまには真剣にやってみるのも良いですが、たまににしておいた方が無難でしょう、きっと。
 しかし、だからと言って一律の基準がないとまずいのは前に述べたとおりです。ここで、行政規則というものが活用されるのです。国会ではなく、現に取り締まりに当たる行政機関の上の方などで、基準を決めてしまいます。これなら少なくとも国会の審議はせずに済みます。それに根回しも基本的に官庁の内部、つまり身内の範囲で済ませられますから、比較的簡単です。新しく発生した事態に対し、ある程度迅速に対応することができるというメリットもあります。つまり、国会が作る法律ではやりづらい部分を補うためにある訳です。

3.行政規則の具体的運用
 このようにして、行政規則というものは作られます。「わいせつ物頒布等」については、取り締まり基準が概ね全国一律になっていますから、全国の警察に「どこからどこまでがわいせつ…」などとする、一定の通達が然るべき上級機関から行っている…はずです。
 はず、と言わざるを得ないのは、通達っていうものは調べにくいんですよ、本当に。六法に載るわけじゃないですし、担当行政機関も一々相当数に上る通達等の全てを必ず公開している訳でもないので。
 そもそも、特にわいせつ物関連の通達はいわゆる秘密通達なんじゃないかと私は思っています。
 普通の通達は、それに関して直接利害を持っているなどの然るべき人間であれば、担当行政機関に聞けば教えてくれます。普段公開しないのは、単にそこまでしようとするとやたらと手間がかかり、結果として費用がかかってしまうからです。
 ただ、秘密通達は違います。基本的にその存在自体が機密事項であり、外部に公開されることはありません。これは取り締まり行政の分野などで細かい基準を作った際に、その網の目をくぐり抜けようとする人間が出るのを防ぐためにあります。
 大体、全国の道府県警の本部長や東京を管轄する警視庁の警視総監の上級機関である警察庁長官や、その上の国家公安委員会、そして最上級行政統括機関としての内閣が、「どこからどこまでがわいせつ…」などと具体的にこと細かに決めてそれを公開するかといったら…しないでしょう、そりゃ。上に行けば行くほど、そんな品のない話題を嫌がりますもの。公開されている内閣の閣議決定だとか、国家公安委員会の通達などは、法律に準じるような形で実に格調高く書いてあります。

4.まとめその他
 …と、言うわけで、わいせつ物については秘密でありうる通達によって、取り締まりの態様が実質的に決定されるのが日本の現状である、となります。表現の自由の観点からするとちょっとどうかなと思えるふしも残ってしまうんですが、他にうまい手段があるかどうかとなると、これはこれで中々難しい話です。
 まず、なるべく行政規則ではなく、公の場で議論する国会で決めた法律で物事を動かすことができればいいんですけれど、この問題点については既に述べました。大勢の人を集めて、議論をして、そこで必要な資料を集めて…となると、それはそれは大変なお金がかかります。今よりもっと細かく、臨機応変の能力をもたせるとなると、当然さらに多額の費用が必要になる訳です。多分内輪で簡単に決めるよりは、ずっとかかるでしょうね。
 アメリカ議会などは比較的議会そのものの力も、またそこに所属する議員の力も強いそうですけれど、これは各議員がその活動に当ってそれなりにお金をかけている結果でもあります。行政機関に依存せずに優秀なスタッフを雇ってどんどん法律案を作り、それを通す、となるとそれはやはり相当な人材と活動費用が必要になりますよ。その人的資源、資金供給源が実質的に全米何とか協会とかの、いわゆる圧力団体になっていることも多く、これはこれでアメリカの国内では問題にされることも少なくありません。
 それでは行政規則を作る際に審議会などの然るべき会議を開き、公開した上で決めてゆく…という方法もないではありませんし、実際に例の見られることでもあるんですが、これはこれで費用の面からみると問題の所在は国会の場合と変わりがありません。会議を開くためにはそれだけのお金がかかります。ただ、それを国会に使うのか審議会に使うのかという、それだけの話です。
 後はそもそも立法であれ行政であれ、そもそも国などに権限を持たせない、規制を必要最低限にする「小さな政府」という考え方もありますけれど、これが本当にうまく行くかどうかは現にやってみないとわかりませんし、おそらく現にやってみたところでそれが本当に正しかったかどうかは意見が分かれる所にしかならないでしょう。
 要するに、本当に理想的なやり方なんて存在しないんですよね。多分。あったら教えて下さい…というか、誰かもっと権力のある人に教えてあげて下さい。私に教えられても使いみちがありませんので。

 …さて、今回はそろそろこの辺にしておきましょうかね。行政規則とはまた別の形で一定の基準を示すことになるものとして存在する判例法理の話とか、通達に関するその他の判例とか、話のネタは色々あるんですが、その分無制限にやっているときりがありませんからね。機会があればまた今度、ということで、今回はこれまでと致します。


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