そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.149  言葉考8「方言」 

  
 ずいぶん春らしくなった。この冬は雪が恐ろしく早かったから,私の経験から,中ごろがあまりきびしくなく後が長引く,そんな予想を立てているのだが,なんとなく当たってきている感じだ。
 仕事も気候に合わせてのんびりしよう。そんなある日,埃をかぶった書庫の中から『鳥取県方言分布の実態』(昭和32年2月 石黒武顕著)という本を見つけた。
 開いてみて驚く。B4横書き374ページの手書き印刷のものである。六百語について鳥取県内の方言を調べている。

「序」に曰く。
「昭和二十七年十二月鳥取県方言辞典後編の刊行を終えて後,鳥取県方言六百語の県下各市町村に於ける分布実態の究明に専念すること既に三年九ヶ月。現地調査のため県下各市町村を遍歴して足跡到らざるなく,同一町村に数回の調査を行ったことも珍しくない。」
 どれだけの人数でしたのか詳しくは分からないが,交通機関も現在のように便利でなかった当時のこと,たいへんな作業であったろう。

 中を少し覗いて見よう。
 ハコベ(春の七草の一つ)では31の呼び方が県内では使われているという。
はこべ,ひずる,ひずるぐさ,ひずー,ひずーな,ひんずる,ひーずる,ひーじろ………
鳥取県地図の中に記号で入れてある。浜村では「はこべ」「ひずる」,隣の青谷町では「ひずろ」,岩美あたりでは「ひよこぐさ」(浜村でも使うのだか)が多い。
 メダカでは実に57もの呼び方が上げられている。日野郡多里では「ちりんご」,八頭郡若桜では「みみんご」というのもある。

 地域によってさまざまな呼び方がある。それができ上がるまでにはそれなりの理由があり,変遷があったのであろう。「時代と共に新語が発生し,一般の考え方が違ってくる様も知られて来る。居酒屋に対して立ちきゅーという新語が最近急速度で,鳥取市附近に広がりつつある事実,………」(同著「序」より)
 そして,言葉は変化していくものだから,今も昭和30年当時の方言がそのまま使われているとは限らない。いや,使われなくなっているものの方が多いのかもしれない。
 
 方言は地方の文化,言葉は人の思考の原点である。人柄・地域柄も表す。
 それをある時点で調べまとめておくことはたいへんな作業だが,地方文化のために価値あることだと思う。          (2003.2.18)