そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.165  勝山さん(勝見シリーズ6) 

 
  勝山稲荷神社は,勝山城跡登山口の中腹にある。勝山城については別の機会に取り上げるとして,この神社の例祭が3月23日に行われた。

 全国にある稲荷神社は,「和銅4年(711)京都伏見稲荷大社の祭神である倉稲魂神(くらいなたまのかみ)が,伊奈利山の三箇峰に降臨されたのが始まり」(『勝見のあゆみ』より)という。
 その後「仏教の茶枳尼天(だきにてん)崇拝と習合し,茶枳尼天が狐に乗っているところから狐と結びついて信仰になった」(同上)のだそうだ。
 勝見の場合は勝山城の守護神として,また,商売繁昌の神として祀られていたようだ。

 この祠の下に篭り堂を建てて,そこで祭りの行事をしているというのだが,篭り堂の建物が老朽化したためできなくなってしまった。役員会でも調べたのだが,かなり危険な状態である。現在では祭りそのものを公民館で行っているという。それでも天気がよければ,おはらいは祠でしてもらう。

 当日朝,準備担当の班の人たちが神社の祠までの道に幟を立てる。一時間ほどの余裕を見て行ってみると,準備が着々と進んでいた。
 この日,よい天気に恵まれた。
 ♪ 勝見勝山からりと晴れて ♪
 というのは薬師祭りの歌だが,本当によい天気になった。

 例祭は加知弥神社の宮司を招いて祝詞を上げてもらい,勝見の人もお参りをする。七・八十メートルほどだが急坂である。宮司もなかなかの急坂に息をつく。足にはこたえる。それでも30人ばかりの参拝者があった。
 しかし,私は準備のために山の中腹の祠と公民館と数度の往復をしなければならなかった。これにはくたびれた。
「3日分ほどの運動をしたことになります。」
とは言っているが,ひざが笑う状態だ。

 その後第二公民館(薬師会館)で一杯。急に疲れが出た感じだ。それでもお参りをした人が皆寄って,この小さなお祭を祝った。(2003.3.24)