そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.168  煙が目にしみる 

 
 演劇鑑賞の会に入って,第一回目は『煙が目にしみる』(作・演出:堤泰之)だった。どこかで聞いた題名だなと思っていたら,幕前に流れてきた音楽で「あっ,これだ」と思い出した。演劇と音楽とで結びつかなかったのだ。
 しかし,劇の煙は煙草の煙であり,火葬場の煙だった。

 いきなり白装束の二人の男が登場する。そこは斎場であり,二人は死者であった(死者の魂と言った方が正確か)。そこに二人の家族が登場する。家族には彼らの姿は見えない。家族達はお骨が焼けるまで,さまざまな会話がなされる。
 故人のさまざまな思い出。ちぐはぐでばらばらな家族の思い。故人との不倫を思わせる女性に対する娘の怒り。などなど。
 二人の死者はそれを聞き,嘆き,怒りをあらわにするが,家族達には声も聞こえず姿も見えない。

 火葬場というシチュエイション(situation)の設定がおもしろいが,決して特異ではなかろう。だれもが身内の死を通して経験する場所である。そして,誰もが口にまでは出さなくても,案外心のうちには似たような思いがあるのかもしれない。
 それを死者と,痴呆が始まっているとされているおばあちゃんとの会話を通して,表現しているのである。

 結局は死者の声を伝えるおばあちゃんの仲立ちによって,人々の絆がこれまで以上に強くなって劇は終わる。「ボケている」と言われながら家族のことを真剣に考えているおばあちゃんの願いが,この劇のテーマだろうか。

 1時間30分という比較的短い劇ではあったが休憩なしというぶっ通し,涙あり笑いありで,飽きない時間を過ごした。ステージが斎場待合室で終始し,ステージ上の大道具もテーブルとソファ2つ。登場人物の動きと会話でストーリーを展開させていることも,バタバタしたところがなくてわかりやすいものになった要因かもしれない。

 おばあちゃん役の麻生美代子さんはアニメ「サザエさん」のフネ役,「アルプスの少女ハイジ」のロッテンマイヤー役(いずれも声役)だったとか。道理でどこかで聞いたような声だった。故人役の内海賢二さん,鈴置洋孝さんもアニメの声優だそうである。それで会話もはっきりしていてよかったのかな。

 背景となっている桜は,美しく印象的だった。(2003.3.29)