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鬼の舌震出発地点の茶店まで帰って時計を見ると12時過ぎ。しかし,せっかくここまで来たのだから,少々昼を遅らせてもいい,もう少し見るところはないか。鬼の舌震のパンフレットに「絲原記念館」が載っている。どんな記念館かは知らないが行ってみよう。 「絲原家は藩政期,農民でありながら松江藩の『五人扶持士分格』であり『鉄師頭取』『下郡上座役人』等を勤めてきた家柄であった」と記念館のパンフレットにある。古くからこの地に盛んだった「たたら製鉄」の大鍛冶屋だったらしい。 たたら製鉄コーナー,美術工芸品コーナーなど館全体を見て回って外に出ると,庭園入り口がある(別料金)。現在も使われている居宅の一部とそれに面した庭園を公開している。ここも紅葉が少し過ぎたかな,というところ。ざっと見て外に出ると「楓滝」「紅葉谷」は無料の部分。まだ,整備中らしかったが紅葉はこのミニ旅行の中でいちばんよかった。 さて,帰路につく。広瀬町に入って間もなく,妻が, 司馬遼太郎が「砂鉄のみち」を訪ねたころにはこの民俗館はなかった。民俗館の少し上に建立されている金屋子神社について,『街道をゆく』には次のように書かれている。 私たちは,出雲で「神話」と言えば「出雲神話」を思い浮かべ,スサノオノミコトやオオクニヌシノミコトなどの話が出てくるのかな,と単純に考えていたが違っていた。金屋子神話民俗館は,この地のたたら製鉄にかかわる,自然と神と人の共生の伝説・神話・道具などを集めたものだった。私たちのような不勉強な人にとっては,少し難しい民俗資料館と言えるのかもしれない。 去年・今年と島根県のさまざまな施設を見る機会が多かった。もちろんそれぞれに目的を持って,その地にあった施設として建設・整備されたものである。鳥取県にはこれほどの「箱物」はない。しかし,作られた当時の意義が十分理解され,活用され続けているかというと疑問に思うことも多い。競争してつくって,多くの赤字に悩まされていなければいいが。そんな心配もさせられた今年の紅葉狩りであった。(終わり) |