そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.342 この手にとまれ

 去年羽化したばかりのアゲハチョウを見たのは4月8日のことだった。物置においていたのが冬越しをして,自然のものより早く羽化したのだった(No.172参照)。
 我が家のサンショウにはよく卵を産みつける。幼虫の間は餌のサンショウから離れることはないが,蛹になるとき彼(彼女)は大移動をする。離れたところにおいている鉢植えのシンビジュームの葉にぶら下がっていたり,コンクリート塀にくっついていたり,枯れ木に攀じ登って変身していたりする。
 多分それらのうちの何匹かがこの春には羽化して飛んでいったことだろう。

 さて,家の前のエンゼルス・トランペットの刈れた枝を切り取ったのは,3日ほど前のことだった。
「おや,アゲハの蛹がくっついている。」
 蛹は黒っぽくてじっとぶら下がったままだ。蛹のままで死んでしまっていることも多いので,横に立てかけてそっとおいておくことにした。中から出てきたのは蜂だった,という経験もあるからだ。

 2日ほどしてそこを通りかかると,なんとアゲハが地面をごそごそと歩いている。蛹の殻にはぽっかりと穴が開いて。
「おっ,羽化したんだ。」
 春羽化したアゲハが卵を産んで,幼虫から蛹になり,またチョウになったものと思われる。まだ飛ぶことはできず,羽を開いたり閉じたり,時々ばたばたとしてみたり。
 花にとまらせると,風が少しあって揺れるためか羽を閉じたままにしてしまい,羽の模様を写真に撮ることができないので,左手にとまらせて右手でシャッターを押す。
「チョウチョ チョウチョ この手にとまれ」
 チョウはおとなしくしていたが,私の方は蚊がよってきてチクリとやられたのには参った。蚊をたたくこともできない状況なのだ。

 アゲハは,ランタナの花にとまらせると色が気に入ったのか,蜜の味が気に入ったのか(ランタナにどんな蜜があるのか知りませんが),1時間程もその場で羽をパタパタとやって,もう一度私が近づくと近くの花や木を飛んで,今度はしっかりと飛び去っていった。
 それから何回かアゲハの飛ぶのを見かけたが,あのアゲハかどうかは知らない。でもアゲハだって,羽化してすぐ自分を支えてくれた私の手の味は覚えているだろうから,きっとまたこの近くを飛ぶことだろう。