そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.355  鳥取平野・水尻

 7月町誌編纂委員会の始まる前に,編纂委員の一人池澤眞一氏が,
「はい,奥さんの分もいるかいなあ。」と言って封筒を一つ渡してくれた。中を見ると,「池澤眞一詩集 鳥取平野・水尻」(詩人会議出版)とある。彼の何冊目かの詩集らしい。
「いやいや,1冊で十分です。」と感謝していただくと,
「いや,Fさんなんか1冊ずつ欲しいと言っている。」
 ふうん,そんなものかなあ。

 池澤氏は私より3級年上の大学時代の先輩だ。文芸部の先輩でもある。私が大学に入学して一月ばかりたって,文芸部に入部しようと部室を訪ねると,彼が一人火鉢にあたっていて「どうぞ」と招き入れられた。
 その頃鳥取大学は立川にあって,古い木造の学舎だった。部室はもっとひどく,旧鳥取連隊の馬小屋を使っていると言う評判だった。冬期の暖房は火鉢の炭火で取るしかなかった。4年生の彼は授業も少なくなって,空いた時間には部室にいるらしかった。

 詩を書いていた彼からは学ぶことが多かったし,須崎氏,西崎氏,小寺氏,平尾氏,福田氏などさらに多くの先輩を知ることもできた。私も大学を卒業して,何年かは詩を書いた。発表の機会として井上氏や,後輩の手皮氏などと同人誌も作った。
 しかし,仕事が忙しくなったことを理由に私はしだいに現代詩から遠ざかっていった。池澤氏は高校の,私は小学校の教員となっていたので,接点は少なかった。ときたま詩誌を送ってくることもあったが,ほとんどは一方通行で終わった。

 彼は5年前に,私は3年前に退職した。同じ町内なのでたまには会う機会もあった。一昨年の詩誌『菱』の忘年会で,久し振りに昔の仲間たちと会う機会があった。今年になって,町誌の委員会に出てみると池澤氏の名前があった。文芸関係の委員として選ばれているようだった。県内の詩人の動向には詳しいから適任であろう。

 新しい詩集を見ると,彼の作品の昔からの調子が変わらず表れているような感じがした。
〜刃物を砥石にあてて/指先に力をこめて/一心不乱に研ぐ/鈍い鋼色を削ぎ落として/光り輝いてくるもの//刃先を立て/左手の親指に擬せられて/徐ろに指を動かし/そのまま 斜めに引けば/一瞬の肉色の裂け目から/湧き出して来る血の粒//指がひっかかりを感じるまで/いくどでも 研ぎなおす(以下略) 「光るもの」より

 鋭い観察眼。働いているのは目だけではない。指先からもびりびりと伝わってくる。そこには生活者の逞しさもある。まだ全部読んでいない。ゆっくり読み進めよう。