そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.37 /入院雑記4 日暮れ小景

 5月連休ごろから天気が安定しなかった。予報も安定しない。昨日言ったことと今日言ったことが違う。入院している私にはどうでもいいことだが,「洗濯物が乾かなくて困ってしまう」と妻はこぼす。洗濯物のほとんどは私のものだろうから,なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
 下旬になってようやく快晴。テレビは「五月晴れが続く」と報じているが,はたしてどうか。

 日暮れて 山は次第に黒い闇に溶け込んでいく
 遠くヘッドライトは流れているのに
 町に灯りがともらない
 遠くにぎやかな通りの空は
 あんなに白く煙っているのに
 この町に灯りがともらない
 
  きみは
  アンコールワットの寺院の上で
  石遊びをしていた少女の
  明るい笑顔を覚えているか
  あの日アンコールは
  夕焼けもなく 暗く沈んでいった
  人々は見えるはずのない夕日を
  いつまでもいつまでも追っているのだった

救急車が入る
 私の病室は病棟の端っこにあるらしく
 悲鳴も喧騒も伝わってこなかったけれど
 「1・2・3」の掛け声とともに
 苦しみと悲しみが また一つ
 痛みをともなって送り込まれる
 
  夕暮れ迫るシェムリアップの市場
  立ち去ろうとする私たちに
  手を合わせる二人の男女
  男の片足は義足である
  そこには
  生きることを求める悲痛な祈りがあった  
  
 もうすっかり日は落ちて
 行き交う人が誰かも分からぬまま
 互いに黙って通り過ぎていった
 車が行きすぎた後の闇
 
この町に灯りがともらない


  [注]アンコール遺跡:カンボジア・クメール王朝時代の遺跡
     シェムリアップ:カンボジア北部の都市

   * 記述内容と日付が一致しないことがあります。ご了解ください。