そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.432  少数民族の村2 ベトナム(ハノイ近郊)春紀行13

 高床式の入り口に臼が置いてあった。「あ、石臼だ」、年配の女性が迎えてくれた。そして、長い棒を石臼にはめるとごろごろと回し始めた。なるほど、こちらの石臼は立ったままで回すのか。自分が手本を示して「やってみなさい」という合図を私たちにする。私たちは代わり合って回してみる。臼の上の部分に入っている米が少しずつ粉になっていく。
 今度は米搗きの臼と杵の棒を示す。「搗いてみなさい」というわけだ。彼女が少しずつ籾を入れて私が搗く。籾殻が取れて米が出てくる。道具は多少異なっても稲作文化は共通だ。

 階段を上って家の中に入っていく。板間に茣蓙が敷いてあってこのうちの家族が迎えてくれた。家族は夫婦と女の子が2人、それにさっき臼のところで迎えてくれたおばあさんの5人暮らし。
 家は板敷きの広い一部屋で、壁面を利用して押し入れや台所、物を置く棚を作ったりしてある。織機もあって、織りあがった布や縫い上げたものがさおにかかっている。

 子どもは10歳と7歳という。学校はどうしているの、と尋ねると、ここから5キロほど離れたところにあって、毎日通っているという。しかも、午前も午後も勉強があるので、午前の勉強がすむといったん帰って昼食を家で食べて、また歩いて登校する。1日の通学距離は20キロにもなる。7歳の子がそれをやっているのだからたいしたもんだ。また、そのようにしつけがしてあるのか上の子は母親の言うことを聞いてよく働く。言われなくてもさっと動く。日本の子どもに見せてやりたいね。

 この村の戸数は30軒ばかりで、米作りを中心に、家を建てたり屋根を葺いたりなどみんなで協力してやっている。結婚も村の中の人同士だという。お茶と酒をごちそうになった。来る途中道の横に並べてあった壷のものと同じ酒で、そんなにアルコールは強くないが結構いける。奥さんはなかなか飲める口らしく、飲んではしゃべっている。なんでも赤ちゃんを産んだ後、この酒を何日間か飲む習慣があるという。だから酒に強くなるわけだ。
「これはマンゴーです。」すすって飲むとほんのりと甘くのどを潤す。さっき入るときに庭で見かけたものだ。

 トンさんがお父さんに煙草を土産に持ってきていた。それを二人が吸っている間におばあさんが話の中に入ってきた。何歳ですか、と尋ねると、手と指を使って「61歳」を示した。「若い」というと、「だめ、だめ、目も耳も悪くなった」とやはり身振りで表す。この辺りでは50を越えるともう年寄りで隠居だ、という。
「あなたはいくつ」と逆に私たちに聞いてくる。「60」、「63」とやはり手と指を使ってこたえる。「3人とも同じくらいだ」アッハッハッ。
 お礼に妻が少し買い物をして、わたしが少しチップを渡して、辞去することにした。
すぐ下の家にも客があったようだ。ヨーロッパ系の人が出入りしているところが見える。