そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.47 ワカメ

 5月の晴天が続いたある日,一人のおばあさんがやってきた。「今年もワカメを持ってきましたで。買あてつかんせえ。」毎年やってくる夏泊の商人(あきんど)さんである。今年とれたワカメの行商である。

 夏泊は,日本海に突き出した岬「長尾鼻」の西にある漁村である。水田は皆無,畑地にも恵まれないこの地の人々はもっぱら漁業で暮らしを立てている。中でも海女漁が有名である。
 この漁法は,鹿野城主亀井武蔵の守のとき(1600年ごろ)に始められたと伝えられている。夏泊は奇岩・岩礁に恵まれ,海底の地形も複雑,海女にとっては格好の漁場である。
 昭和10年ごろには40人ほどの海女がいたというが,産業構造が大きく変わった今はずっと少なくなっているのではないか。

 20年も前にこの近くの学校に勤めていたことがあった。海に恵まれたこの地区の子どもたちは,海が生活の場である。従って泳ぎはうまい。しかし,中には苦手な子どももあった。そんな子どもに向って言ったものだった。
「夏泊の子が泳げなんだら生きていけんが。」するとその子は答えた。
「ええわい。海女さんに助けてもらうけえ。」

 海女漁は主に春から夏にかけて行われる。海女たちがとるのは海草,貝類であり,そのうちワカメとりは4月の中旬頃から始まる。
「わかめは深いところで水深二,三丈までの岩につく。潜って,小型の草刈り鎌で株の根元から切りとる。とったわかめはしま桶に入れておき,次から次へとわかめをとる。しま桶がいっぱいになったら,岩場に上げておく。このようにしてひとしお(30〜40分)海の中で作業すると,からだはすっかり冷えきってしまう。」(日本の食生活全集『聞き書 鳥取の食事』農山漁村文化協会発行 より)

 こうして海女たちがとったワカメを商人さんが買い,町や農山村の人たちに売り歩く。また,商人さんは夏泊の人たちの注文にも応じて日用雑貨品を買ってくる,という役割も果たしている。
 
 夏泊のワカメはうまい。軽くあぶれば酒の肴になるし,それを手で揉んでご飯のふりかけにしてもよい。味噌汁の実にしても酢の物でもよし。年中保存のきく最高の健康食品である。 

 【写真は長尾鼻より日本海を望む】   (2002.6.12)