そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.470  校内研究会

 たまに研究会の指導助言に頼まれて学校にいくことがある。退職して3年も経つのだから現場の事は忘れてしまったみたいだし,指導要領は変わったし,教科書も大改訂が1回,今年は小改訂があった。だから私にはわからないことがたくさんある。とはいっても,一緒に勤めていた先生も校長先生になって,わざわざお願いされたりするとなかなか断れないものだ。

やむなく引き受けると,1週間前くらいに正式な依頼状が来る。そこで初めて指導者と研究内容と教科書のどこを扱うかということがわかる。さらに2・3日前に指導案が届く。それから本気で何を話そうかと考える。
今回は私が指導案が届いている事を忘れていた。あまり催促もできないので,前日まで黙っていたが,電話で聞いてみると,
「持って行きましたよ。」との答え。うっかり他の文書を上に乗せてしまっていて,そのまま見えなくなっていた。

時間がない。教科書を出して文章を確かめて,指導案に目を通す。1年生は有名な「おおきなかぶ」だから参考資料は多いと思うが,あまりにも有名なので,話すことに目新しいこともなさそうだ。
5年生は,「ちかい」という文章だという。国語の場合教科書会社が私の退職の年に変わったので,ほとんどの教材が見たこともないものだ。文章を読んで指導案のねらいなどを見て,ちょっと資料探しをして,「あとは明日考えよう」ということにする。

全体的な話としては,教科書について考えてみよう。私の扱ったことのない教科書だから,私に見えるものがあるかもしれない。そこから現在の国語の問題も見えてくるかもしれない。だいたい「読み」ということについて話をまとめることにした。「読み」には音読とか朗読とか「暗誦」とかいう場合と,「読解」をさす場合と,読書をさす場合とがある。いずれも現在の小学校国語の課題となっているところだ。教科書に表れた編集者の読みの意図を考えてみよう。あとは,それぞれの学級の実態に即して話せばよかろう。1年生には1年生の課題があるだろうし,新教材に向かう5年生にはそれなりの課題があるだろう。
新しい教材については,指導者がどんな事をすればよいか知らせるために,少しインターネットや図書館で調べて,準備完了。

しかし,たいへんですね。私の勤めていたころと学校がすっかり変わってしまった。たった3年でですよ。また近いうちにそのことについては書きます。誤解のないように。現場が間違っていると言うことではないのです。