そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.482  セミ

 今年は随分セミが多い。最もこれは我が家でのことだから,どこも同じというわけではないかもしれない。庭のヤナギの木の近くを通ると,10匹くらいものアブラゼミがあわてて飛び立つ。今年の天候も多少は影響しているのかもしれないが,セミの生態から考えるとどうもそうではないらしい。
 アブラゼミやミンミンゼミは幼虫になって土の中にもぐり,そこで7年過ごして地面に出て来て蛹になり,それから成虫になる。成虫として暮らすのはわずかに一週間ほど。枯れ木などに卵を産みつけて死ぬ。地中での7年間の思いを1週間で一気に鳴き上げるのだろう。

 ということは,今鳴いているセミは7年前に生まれた卵がようやく成虫になっているのであって,今年がどうだという問題ではないということだ。ひょっとすると7年前もこの辺りにはアブラゼミが多かったのかもしれないが,私の記録にも記憶にもないから分からない。

 アブラゼミが盛んに鳴くと,まさに夏真っ盛りという感じ。でも,ツクツクボウシが鳴きだし,ヒグラシが鳴きだすと涼し気が立って「ああ,今日も終わるな」と思う。
 セミが他の昆虫とちがっている点は雄の腹部が完全な楽器になっていることだという。雄の腹の中は,薄い膜の袋がゴム風船のように膨れて入っていて,共鳴室を作っているのだそうだ。消化器などの器官はすべて壁のほうに押し付けられている。つまりセミの雄は鳴くために生まれているということだ。

 セミをめぐる民俗というのが面白い。
 古代ギリシアでは,パンも食べなければぶどう酒も飲まない,したがって体内をめぐる血を持たないセミを神々に等しい生き物と賛美していたという。
また,いきなり地中から生まれてくるというところから,古代ギリシアの人たちの家系の象徴のようなものだとして,尊敬したらしい。
 古代中国でも,露を飲んでものを食べないセミの姿が清高だとして,冠の飾りにセミとテンの尾を高官の徴(しるし)としたという。日本でも蝉冠(せんかん)が高官の徴として作られた,とか。

 セミの語源について。
 セミセミ・センセンという鳴き声から(「風俗歌考」他)。「蝉」の音センの転(「和句解」他)。セヨビムシ(脊喚虫)の義(「日本語原学」)などなど。
 「背見」ではないか,と清末先生から教わったような気がするが,私が見た『日本国語大辞典』(小学館)には出ていなかった。私としては,「鳴き声」から来ているのが自然なような気がするのだが。
  晩学やじわじわ囃す朝の蝉    松村幸一