そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.521  トルコ・エジプトの旅11
いかがですか1枚1リラ
 カッパドキア観光は,最初の日に一般観光とオプションの観光も済ませてしまった(全員オプション参加ということで,二手に分ける手間がなくなった)ので,2日目はプラスアルファの観光ということになった。
 寒い朝だった。トルコの中央部は冬の寒さは厳しいところだという。カッパドキアの奇岩群の観光地もたいへん寒い。この寒さに観光客も縮み上がっているという感じだ。しかし,見るところはたくさんあるので,あちらの谷こちらの岩と見物して回る。
「そこでトイレ休憩をしましょう。水もあります。」店が何軒かあるところでバスは止まった。見るとそこにホジャさんの本があった。実は2日ほど前のこと,「『トルコの一休さん』というのがあります」とシナンさんから話を聞いていた。ナスレッディン・ホジャ(1208〜1284),神学校(もちろんイスラム教の)の教職にもついていたという知識人で,ユーモアの天才として知られているという。
「その本も売っていますから案内します」と聞いていた私は,海外旅行の時にはできるだけその土地の絵本などを買っていたので,すぐさま「お願いします」と頼んでいた。そして立ち寄ったその店に日本語で書かれた彼の逸話集『世界を笑わせたトルコ人 ナスレッディン・ホジャ』(印刷産業株式会社)を見つけたのだった。実にきれいな絵本だ。
「トルコ語のはありませんか」とシナンさんに尋ねると「ありません」という。トルコの人の話なのにトルコ語の本がないなんて変だな,とは思ったが買うことにした(帰国後,気高図書館に寄付した)。
 ちょっとした買い物の時間が終わってバスに乗る。外は寒いからみんなが早く早くと乗り急ぐ。店の外では道端に敷物を敷いて,品物を並べるだけの露店がいくつかあった。トルコではどこの観光地でも見られる姿である。主な外国の言葉を覚えて,観光客の姿を見て呼びかけてくる。私たちを見て,中国語や朝鮮語では呼びかけてくることは絶対といっていいくらいない。「1個1リラ(ドル),2個で1リラ,5個で1リラ,全部で1リラ」などと盛んに呼びかけてくる。しかし,寒さが厳しくなって雪でもちらつきそうな空模様に,それらの露店も次々と店をたたみ始めていた。
 ちょうどバスの停車している場所の道を挟んで店を広げている母娘があった。中学生くらいの娘は,手織りらしいレースを見せながら,私たちに日本語で繰り返し呼びかけていた。
「1枚1リラです。どうか買ってください」そこには私たちだけしかいなかったから,それは私たちに対する呼びかけだった。しかし,寒さと,道を挟んでの露店だったこともあって誰もそれに応じようとはしなかった。バスのみんなは「寒いだろうに,もうしまったらいいのに」と話した。母親らしい人は店をたたみ始めた。娘は私たちに呼びかけて,最後に深々とお辞儀をして店をたたんだ。
「えっ」と私は瞬間感じた。あれは何のお辞儀なのだろうか。「ありがとうございました」とも感じられるお辞儀。「ひょっとしたら」と私は思った。シナンさんが言ったイスラムの信仰による鍛錬,ラマダンにも通じるものだったのだろうか。それによる感謝のお辞儀だったとすると,買うがよかったかどうか。帰国してからも悩んでいる。