空の山通信11

No.557  編纂室便り

「ちょっと教えてください。納税組合のことは今度の町誌に載りますか」,気高庁舎の町誌担当のMさんから内線の電話が入った。
「はい,明治の終わりごろに納税組合が各地区につくられたということは載っています」,何のことやらわからぬままに答える。
「現在のことはどうでしょう。」
「今の納税組合のことは書いてないと思います。」
 そう答えて少しして,Mさんは1人の男の人を伴って部屋にやってこられた。
「実は集落誌を作っていまして,地区の会計簿を調べていると納税組合からの収入というのがありまして,一体いつごろから始まったものか調べてもわからないのでやってきました。」
「わかりました。ただ,それが結成されたのがいつごろか,どういう経緯でできたものかということはわかりますが,明治時代に始まったものが,戦後の今にどうつながっているかということまではわかりません。」
 その原稿は私が書いたものなので,内容はよく知っている。

納税組合の結成
 明治38年(1905)3月,県では納税組合規約標準をつくり,大字を単位としてその結成を督励した。加入には強制力をもたせ,各区長が組合長となり,納税者に規約の実行を促した。また,村によっては,納税組合奨励規定を設けて,組合員全員が期日内に完納の場合は,その組合あるいは各戸に奨励金を交付するなどの方法もとられた。
 下は宝木村・光元村組合議会で議決された納税奨励に関する議決書である。

 一ヶ年度一箇納税組合ノ全員ニシテ国税縣税村税ヲ納期内ニ完納シタルトキハ其組合ニ對シ金壱円国税縣税ヲ納期内ニ納付シ村税ヲ納期后三十日以内完納シタルトキハ其組合ニ對シ金五拾銭ヲ賞与スルモノトス

 この「賞與法」は翌明治42年4月には改正され,村税納付の賞与金を引き上げている。しかし,「組合員全員」ということではかなり難しい面があり,効果を上げることができなかったようである。6月には次の奨励規則が議決されている。

第1條 村税ヲ定期内ニ完納シタルモノニ對シ此規則ニ依リ奨勵金ヲ交付ス
(2条以下省略)
 このような納税奨励は,多くの市町村に見られる。税金の滞納は明治40年代にもっとも多く,村の歳入の大部分を占めていた村税の滞納の解消が,地方改良運動の重点目標になったのである。

 途中省略しているが上のような原稿のコピーをあげると喜んで帰られた。それだけの原稿を書き上げるのにも,古い村議会記録の中から関係あるところを見つけるのに何時間も掛けているのだが,多くの人に読んでもらい,役立ててもらえばいいじゃないか。
 さて,また原稿の仕上げに向かうことにするか。