空の山通信11

No.575  花冷え

 花冷えとはよく言ったものだ。桜の花が満開になる頃に,必ずといっていいくらい冬に逆戻りしたかと思われるような寒さがやってくる。この辺りでは雪が降るようなことはめったにないが,冷たい風が吹き,空はうす寒く曇り,やっと咲いた桜が散ってしまうのではないかと心配する。
 実際にはそんなに簡単に散りはしない。受粉が終わって,もう散ってもいいよ,ということになって散って行く。その時期になれば風がなくてもはらはらと散って行くのである。
 
 さて,日本を代表する桜のことだから,さぞかしたくさん歌われているだろうと,ここでは童謡唱歌を見ることにした。
 さくら さくら 弥生の空は 見渡すかぎり 霞か雲か 匂いぞいずる いざやいざや 見に行かん (「さくら さくら」琴歌・わらべ唄・唱歌。作詞・作曲者不詳)
「まず琴歌として作られ,子どもの遊びに転用されてわらべ歌となり,そのわらべ歌としての浸透度に立って唱歌に改作されるという歩みを辿った歌である (上笙一郎編「日本童謡事典」)」。山桜は稲作の予祝の花として特別な感情を持たれており,平安時代には「花の代表」と見られていた,と上氏は書いている。さらに江戸時代には「大和心の象徴」とまでされるようになったのは,花の咲いたときの美しさと,散る見事さを日本人の精神にたとえたものであろう。

ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉にとまれ 菜の葉にあいたら 桜にとまれ 桜の花の 花から花へ とまれよ遊べ 遊べよとまれ
これが私たちが習った歌詞であるが,明治時代の歌詞を見ると後半は「さくらの花の
さかゆる御世に とまれよ遊べ 遊べよとまれ (蝶々 文部省唱歌 スペイン民謡 野村秋足・稲垣千頴作詞)」となっている。
「この歌の2番を知っていますか」と尋ねると,まず知っている人はいない。
 おきよおきよ ねぐらのすずめ 朝日の光の さしこぬさきに ねぐらをいでて こずえにとまり あそべよすずめ うたえよすずめ
 ちょっと教訓めいた感じがして,歌われなくなったのだろうか。

 十五夜お月様 一人ぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま 車にゆられて行きました (花かげ 童謡 大村主計作詞・豊田義一作曲)
 3番まですべてに登場する花かげはもちろん花蔭。はじめに述べた「花の美しさ」とそ
の蔭に象徴される哀愁をうまく対比させている。
 などと桜に関する童謡について書いてきたが,紙面がなくなった。またの機会に。