そらのやま「通信」     Yukito Shimizu


No.63 トイレは美術館 

  案外流行っているらしい。我が家のトイレはそんなに広くもないので(いや,どこの家でもそんなに広いトイレはないだろうが),数点しか展示することが出来ない。
 海外のものに限ることにした。といっても高価なものはちょっとよくない(もちろん我が家に高価なものはないのだが)。

 そう言えばこの間ラジオでエッセーを朗読していたが,その作者である詩人は,小さくてもいいから有名な画家の本物の作品を,家の中(トイレというわけではなかった)に飾っているのだそうだ。本物にふれることが子どもにとってどれほど大事なことか,ということを書いていた。
 その考えには私も賛成で,そうしたいのはやまやまだが,なにしろそのものがなければ(買う金もなければ)いかんともしがたい。

 海外旅行をするときは,そこに行ったというしるしの物を一つは買って帰る。露店で売っている絵本だったり,帰りの空港でコインの後始末に買う絵だったりする。

 フランスではノートルダム寺院の前で絵を買った。パリの街でよく見られる画家の卵たちが書いている土産物用の油絵だった。
 オーストラリア・シドニーでは,アボリジニの神話の絵を買った。18オーストラリアドル(1200円くらい)とあるからこれも安いものだ。
 ハワイ・ホノルルではホテルの売店で小さな絵を買ったが,「これは額の材料がいいのです」と店員が言っていた。
 中国・西安では王義之の書(拓本),カンボジア・シェムリアップではアンコールワットの壁画のレリーフの拓本,シンガポールでは魔よけの面という具合だ。

 そんな中から何枚かを選んでトイレの壁を飾る。「美術館」というほどではないが,私たちの「旅の思い出」というわけだ。そこに入る度にその旅行を思い出す。そして思う。「今度はどこに行こうかな」と。だから次の旅の出発点でもある。
 トイレにはそんな総決算の場所と,新しい出発の場所との2つの意味があるような気がする。あなたの家でもしてみられたらどうですか。毎日のトイレの時間が楽しくなりますよ。
                  (2002.7.18)