studio BReeZe Revised Edition
-- passing through the Night. --

小説を書いていく上で注意してもらいたいこと

Last update 03 Feb 2002[Sun.].

Written : Sue, Nakaaki
Assisted : Fujiduka, Yoshiaki
and studio BReeZe

1.描写
1.1 視点
1.2 物体
1.3 人物
1.4 情景

 ここではstudio BReeZe内で小説を書くときに前提となっている規約のようなものを記していく。読者諸氏にはこのページに掲載されている作品が、これらの約束事に則っているかなども気にして頂けたら有り難い。
 また各最小項目に、[e.g.]という形で例のような短い文章を載せておいた。これは、藤塚が書いたものを引用、あるいは書き下ろしという形で借りている。あまり質の良いものではないが、何かの足しになればと思う。

1.描写

 およそ小説といわず、文章というものは、ショート・ショートであっても、あるいは長編であっても、単語や言葉の羅列、あるいは文字の組み合わせによって構成されている。これは音楽でいう楽譜と同じで、その可能性は無限なようでいて有限であったりもする。それは、言語を使用しているのが人間であるからだが、たとえ限界があったとしても高々数千億の人間で埋め尽くされるものでは到底ない。
 ただ、ここで問題にしたいのは表現が単調であれば、それが何処かで見たものになりがちになってしまう、ということである。それを避けるためにはどうすれば良いかといえば、他を真似ず、自分の言葉で語ればよいということになる。
 しかし、人間の知識が前人の行いの積み重ねであることを考えれば、自分の言葉というものを探し出すことは並大抵ではない。そういったことも考慮し、ここでは自分の言葉を探すためのきっかけとして、小説で何かを表現するときに必要であったり使い易かったり、注意したい要素やキーワードを項目として上げていく。

1.1 視点

 誰が見ているかを明確にすること。
 このときの視点が読者のものになることを意識しなければならない。これには、何人称なのか混乱しないようせよ、ということでもある。
 人称に関しては1人称と3人称による描写が殆どであろうが、気を付けなければならないのは3人称で描く場合である。3人称にも幾つかの種類があり、studio BReeZeではそれを3つのものに分けて考える。

A.背景的3人称

 1つめは、誰の心理描写も描かないものである。分かり易くするために、以後これを「背景的3人称」と呼ぶことにする。これは読者と各登場人物の距離を一定に保つことができるが、その距離は相当数開き、作品が淡泊になる。読者にしてみると、淡々とした流れで物語が進んでいくように思えるので、惹きつけておくためには物語が面白くなければならない。

e.g.

「本気で言っているの?」
 拓は理恵の瞳を正面に捉えながら呟いた。
「ウソに決まっているじゃない。ジョーダンよ、冗談」
 理恵は拓の少し焦った言葉を軽く受け流すようにして、明るく笑う。

B.消極的3人称

 2つめは、心理描写をするときに主人公のそれしか描かないものである。1つ目と区別するために、以後これを「消極的3人称」と呼ぶことにする。例えば、サブ・キャラクターと主人公が会話をしているときに、主人公がどうしてその発言をしたかを書けても、サブ・キャラクターについてはそれを行わない、ということである。ただ、当然ながらサブ・キャラクターの仕草などは描ける。

e.g.

「本気で言っているの?」
 拓は理恵の本心を解りかねてそう呟くように言った。他人の心など解るはずがないとはいえ、目の前の女の子の心根は自分の感覚とはあまりにかけ離れているように思えた。
「ウソに決まっているじゃない。ジョーダンよ、冗談」
 理恵は拓の少し焦った言葉を軽く受け流すようにして、明るく笑う。

C.積極的3人称

 3つめは、主人公だけではなく、サブ・キャラクターの心理も描くものである。他の2つと区別するために、以後これを「積極的3人称」と呼ぶことにする。これを使ってシナリオを展開すると、全ての登場人物の心理を読者に暴露することになるため、ミステリなどにはあまり向かない。

e.g.

「本気で言っているの?」
 拓は理恵の本心を解りかねてそう呟くように言った。他人の心など解るはずがないとはいえ、目の前の女の子の心根は自分の感覚とはあまりにかけ離れているように思えた。
「ウソに決まっているじゃない。ジョーダンよ、冗談」
 自分が好意を寄せる男の少し焦ったような言葉を受け、理恵の胸はいまにも張り裂けそうになっていた。しかし、最低でも拓と親友であるといういまの心地よい状況を崩すわけには行かない。だから、必死で明るい表情を保ち、軽く受け流すようにして笑ってみた。それが巧くできたかは、不安であった。

 以上のように3人称を3つに区別したのは、作品の途中で視点が変更されないようにするためである。1人称であれば、3人称との違いがあからさまなので、書いている当人にも間違いが分かり易いのだが、3人称の場合はなかなかにそうはいかない。視点が固定されないのである。
 伏線であったり、過去を秘密にしているキャラクターの心情が明らかにされないのに、他のサブ・キャラクターは主人公と同程度かそれ以上によく喋るようでは、書いている上では書き手の、読んでいる上では読者の混乱を誘うことになる。
 予め視点を明確にし、それを意識しながら書くようにしなければならない。

1.2 物体

 多様な表現法の使い分けをする。
 基本的にオブジェクトを描こうとするときに使われるものが五感などの感覚である。以下では、それらを踏まえた上で、物を描くときの基本事項を確認する。

A.視覚

 ある視点から見たオブジェクトの形状、色彩、サイズなど。また、これには見た目から得た触感などの推測も入ることがある。

e.g.

 透明感があるその奇麗なグラスは、古めかしい机を覆い隠すようにして広げられた白いテーブルクロスの上で、艶めかし姿を誇らしげに見せつけていた。黒く重い感じのする石を積み重ねてできた壁が四方を囲む部屋に幾つも並べられた調度品のうち、唯一それだけがくすんだ埃を被っていなかった。

B.触覚

 ある視点が感じたオブジェクトの肌触りや質感、温度など。ものを実体を持たせて表現するのにいちばん有効な表現法。

e.g.

 地下の閉ざされた空間の無情な冷気に当てられていたそれは、しかし柔らか味のある冷たさで私の指を向かい入れた。と、私はとっさにその硬質の滑らかさを持ったグラスから指を離す。そのひんやりとした温もりが失われるのを恐れたからである。

C.嗅覚

 ある視点が得たオブジェクトの匂いなど。話の展開や場面の転換などのきっかけとして用いることができる。またこれを巧みに使うことで雰囲気や場の重みを演出できる。

e.g.

 窓らしきものといえば天井近くの壁に開けられた鉄格子の填った月明かりを取るような小さな穴ぐらいで、長い歳月に渡り満足に換気もされていないこの部屋は、どこからか漏れてくる水気を糧に生きる中途半端に湿った苔のすえた匂いが充満していた。

D.聴覚

 ある視点が耳にしたオブジェクトの音など。読み手の想像力をかき立てる為に最良の手法。但し、擬音を多用するのは良くはない。

e.g.

 耳鳴りだけが響いていた私の耳は、この部屋に続く廊下の奥から足音がこだましてくることに気が付いた。ここの廊下では、壁と同じように丸みを帯びた石を丁寧に敷いて作られている床が、あらゆる音を心地よく周囲に分け与えてくれる。

E.味覚

 ある視点が得たオブジェクトの味など。あまり使うことはないが、登場人物が読者と同じかそれに近い(または遠い)存在であることを確認させることができる。また、これにより登場人物にリアリティを与えることも可能である。

e.g.

 ふと、私は喉が渇いていたことに気が付いた。それどころかもう随分の間、何も口にしていない。思い出したようにジャケットの内ポケットから携帯用のウィスキーボトルを取りだし、口内に水気を与えてやる。苦みと甘味を持った極端な熱が喉を通り過ぎ、やがて空っぽの胃へと届く。

F.その他

 ある視点がオブジェクトに対して感じた感覚。あるものがもたらす影響。想い出、感慨、その他あらゆる思考。

e.g.

 少しだけ、私は後悔した。ウィスキーは喉を潤してくれる代わりに、無自覚な私に空腹と寒さを教えてくれた。しかし、もうじき彼女がここへと辿り着くのだ、素面ではやっていられまい。
 私は振り返り、もう一度その傷一つないグラスを間近で見つめる。決して薄くはない。持てば相応の重さがあるだろうことは推測できる。夢にまで見た、いや夢そのものであったそれを目前にしても、震え続ける私の手では、それを抱きかかえることすらできなかった。
 透き通ったグラスはそんな私を嘲笑うでもなく、ただ凛と佇んでいた。

 物体を表現するということは意外に難しいことである。それは多分、人工的なものになればなるほど、そうなっていくだろう。自然のものであれば、それぞれ特有の柔らかさや、生き物らしさを表現しようとするから、違いがでたりもするが、人工物、それも手作りの品ではなく、大量に生産、消費されているものは色や形といったものが画一化されているため区別することが困難になる。
 ただ、そういった大量生産物をとことん描くことはそうないであろうから、まず考えないでいい。

1.3 人物

 人物の個別化を図るために特長付を行う。
 ここでは直接的な表現だけではなく、一見関係のない要素から目的の要素を表現することもできる限り述べる。

A.容姿

 個人を区別する要素の中でいちばん単純で、しかも効果的なものが容姿、外見である。肌の色や顔の造型などから民族を判別させたり、体つきや骨格からその人物の性格をパターンに嵌めることができる。中には、年齢や性別など容姿の描写だけでは表し難いものもあるが、それを逆手にとって読み手を撹乱することも可能である。

e.g.

 顔の彫りはあざとくはなく、コーカソイド特有の細く高い鼻も嫌みなほどではない。少しだけぷっくらとした肉付きと、それを包み込む血行の良さそうな白い肌。緩やかに弧を描く金褐色の髪の毛と同じ色をした薄くはない眉毛の下で、その存在をアピールする緑柱石を模した瞳。

B.服装

 個別化を図ることができると同時に、容姿とは逆に単一化も可能な要素。制服がその典型である。ある目立たせたい存在がいるときは、森に樹ではなく大洋に孤島が良い。但し、この要素を活躍させるためにはかなりの知識が必要であり、同時に読者にもそれを要求することになるので、注意が必要である。

e.g.

 アイボリーをもう少し柔らかめにしたような色を基調としたジャケットとタイトスカートを姿勢の良い長身で着こなし、ベレー帽を被ることで柔らかすぎる髪の毛に落ち着きを与える。そして、深い、鮮やかな深紅のネッカチーフをワンポイントとすることで、一見しては地味な服装を見事に演出していた。

C.仕草

 細かい動作の一つ一つがその人物を表現することになる。それは、性格や癖であったり、そのときの感情であったりするわけだが、それを見せるのと見せないのではそれぞれの読者が思い描く人物像が大きく異なってしまう。読者が持つ登場人物の印象を単一化させるためにも、これは有効となる。

e.g.

 左肩に提げられたバッグの肩紐を右手でゆっくりと外し、交差させた両手でバッグを覆うようにして正面へと運び静止する。そして、ゆっくりとした動作でリクに向かいお辞儀をした。

D.表情

 人物のその時々の感情を表す手段。項目名には反するが、この要素では顔の表情だけではなく、例えば手といった身体の部位の微妙な表現も含める。「C.仕草」との違いは、仕草が行動の範疇に入る動きであるのに対して、表情はもっと小さな動きであるということ。注意点としては、動きが微妙すぎるため、ちょっとの言葉の違いでまったく異なった表現になることがあること。

e.g.

 最敬礼に近い状態から上げられた顔は穏やかなものであったが、気の所為であろうか、リクにはどこか憂いでいるようにも思えた。

E.経験

 人物が積み重ねてきたもの。人物そのものでもある。この場合は誰かと共有した経験や想い出も入るが、主としては個人が経験してきた人生そのものを指す。これを巧みに演出することで、人物に深みが増し読み手も感情移入が容易くなる。

e.g.

 その静かで、丁寧な動作を目の当たりにして、リクは驚きを隠せず、啜っていたミルクティーを口元で止めたまま数瞬の間は動くことができなかった。ほんの数ヶ月でこうも変わるとは、少なくともカレッジ時代の、あのはしゃぐことが生き甲斐であったようなナタリーの言動からは信じることができなかった。

F.科白

 小説に限らず、現実においても為人を体現している要素の中で、科白の占める割合は大きい。軽はずみなことを言う人間は軽んじられ、真実しか言えない人間は疎まれる。人物を表現するのに最も簡単で、そして最も重要な要素である。

e.g.

「久しぶり、だね。4ヶ月ぐらいか?」
 リク本人としては不本意なことだが、見慣れないナタリーの挙動にドギマギしながら、ようやくそれだけを言うことができた。今更だが、このデートの約束もメールで取り付けただけで、TTで姿を見ることもなかったのだ。
「卒業式の約束を覚えている?」
 男の質問に答えることなく、視線をリクの瞳に合わせたままナタリーは呟いた。

G.思考

 登場人物をより直接的に表現する要素。これを多用すると、ストーリーがテンポよく進まなくなるため、乱用は避けたい。また、あまりにも表現が露骨になることがあるので、使うときは気を付けるようにする。

e.g.

 大学の卒業式。例年通り、ここぞとばかりにバカ騒ぎを始める学生、また数年の間通ったキャンパスに思いを馳せる学生、人それぞれであったが、皆、一様に嬉しさの中にあることは変わりなかった。
 そこで永遠の別れを演じるものもいれば、いつかきっとの再会を約束するものもいる。その中で、リクは自分が選択した仕事に対する熱意とは裏腹の軽い気持ちで、ナタリーと約束を交わしていた。
 嘘を吐いた訳じゃない・・。
 心の中で、リクは誰へとでもなく言い訳をしていた。

 人物に限ることではないが、思い入れの強い部分に力を入れて書いてしまうことがよくある。それは悪いことではないが、そういったこととは逆に、どうでも良い部分だから力を抜いて書く、ということをなくしていってもらいたい。
 人物を描く場合に注意をすることは、脇役と主人公格の描写量の差が歴然としていたりすることで、読者を白けさせてしまうことであろう。脇役を使い捨てと考えて書いているのであれば、改めてもらいたい。
 また、上に挙げた7つの項目以外にも、人物を1つの物体と捉えて表現をする場合もあるだろう。そういった場合は、上記「1.2  物体」の項を参考にしてもらいたい。

1.4 情景

 どれほど人間を上手に描ききってもその舞台となる背景を的確に、そして鮮やかに演出できなければ、せっかくの人物もその実力を存分に発揮することができない。場面の描写はまた、単純に場所を表現するだけではなく、そこにいる人物も含めた場の雰囲気や時間の流れとその速さを表すことにもなる。
 それらを踏まえ、連続する場面を比較しながら描くことで、舞台転換を容易に行なうことができる。
 ここでは、単に背景を描く場合と舞台を演出する場合をまとめて書く。

A.舞台

 1シーンを構成する場を、大まかに表現する。曖昧である必要はないが、この時点では細々した描写はしない方が良い。まずは雑把にどのような場であるかを読者に理解させることが大切。

e.g.

 男が歩む先を無表情な緑がどこまでも深く、そして分厚く閉ざしていた。その樹々たちは無礼な異界の者を拒んでいるのではなく、ただ自分たちが生きるのに精いっぱいなだけなのである。その証拠に森の樹々は進入者に優しくはないが、決して辛く当たったりもしないのである。

B.状況

 場がどのような状態に置かれているかを表現する。舞台で表現したのが場の静であるのに対し、こちらは動を表現する。人や空気、時間など流動しているものを必要最低限で描き出す。

e.g.

 森の閉塞した空間に少し疲れながら、男は蒼い空を期待して顔を上に向ける。まだ陽は高いはずなのに、その恩恵に少しでも多く預かろうとと貪欲に延びた樹々によって光が届くことはほとんどない。それでも、時折どこからか心地の良い風が通り抜けたりするので、森では息苦しさを感じたりはしないという。

C.雰囲気

 静と動の交差によって作り出される場の重み。当然のことだがまったく同じ舞台であっても、季節や時刻が異なれば表現される場は変化する。しかし、舞台や状況といった大きすぎる要素では表現し難い微妙な部分があり、それを補うもの。

e.g.

 静かだった。耳に入ってくる音といえば、男の少し弾んだ息づかいと風が奏でる青葉のざわめき、そして小動物や鳥たちの営みの音ぐらいだ。その中で、この森を必死になって歩いているだけの自分の存在を考え、男は急に愉快になった。愉快になれば、男の足取りは軽くなり、樹々が乱立する路なき路を再び歩き始めることもできる。

 情景を描く上で重要なことは、大小、つまり大舞台と小道具の描写に拘りすぎて中間部が薄くなることを避ける、ということである。特に室内など、狭い特定の空間を描くときにありがちだが、部屋の大きさや調度品を説明してから、突然机の中身を解説してしまったりすることになったりする。
 舞台の大まかな部分と細やかな部分をどこまで書くかを決め、できる限り不必要な部分を削っていくことが分かり易さという点でも鍵になってくる。

まとめ

 言葉というものは微妙であり、特に日本語は曖昧を美点としていたりもするので、多くの言葉で語ればそれだけ誤解が生じてくる。
 studio BReeZeがいま目指している描写は、必要最低限の言葉で的確な表現をすることである。但し、そこには自分の思考が含まれていなければならない。でなければ、偶然生じた単語の羅列でしかない。それを避けるためには、自分の頭を整理し、自分が読み手に伝えたいことを正確に理解する必要がある。
 また、このときに自分だけが理解すれば良いというのではない、ということも心に留めておかなければならない。他の人間に自分の意志を伝えてこそ、ものを書き記す意味があるのだから。
 上記した項目も何かを語り始めるためのきっかけとして上げているに過ぎない。これを読み、何かを書きたいと思いはじめる人がいればいうことはない。

 最初と言うことで感覚が掴めず問題も多々あるが、一区切りは付いたので、今回はこれで終わりにする。
 これからこういった規約を少しずつまとめて行こうと思う。
 誰のためでもなく、まずは自分たちの作品のために。

 了

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